日本マーケットシェア事典2018年版巻頭言より
株式会社矢野経済研究所
代表取締役社長 水越 孝
世界の分断を煽る米国、日本は独自外交を展開する絶好の機会を逃すな
作家・演出家の鴻上尚史氏は著書「不死身の特攻兵」(講談社)において、不条理を命令した側の無策と精神主義を断罪するとともに、不条理を容認する集団依存主義を批判する。
自国第一主義は常に“閉塞”の中に生まれ、排除と統制という不条理が“国益”として正当化されてゆく。そして、今、それはつい昨日まで各国が“国益”として推進してきたグローバリズムに押し退けられてきた人々によって支持される。米国、欧州、中国、そして、日本もまた同種のリスクが底流にある。
3月1日、トランプ氏は鉄鋼・アルミの輸入関税引き上げを発表、EUは直ちに報復を示唆、中国も米国産大豆の輸入制限でトランプ氏を牽制する。「どの国が米国に公平に接するか見てやろう」、トランプ氏のこの一言によって世界貿易は報復と制裁がむき出しになった異様な様相を呈しつつある。トランプ氏を支えるのは衰退した“ラストベルト”の白人労働者であり、欧州では反EU派が強固な保護主義を主張する。中国は沿海部の発展から取り残された人々の不満と民主化への声を統制とナショナリズムで押さえ込む。
3月9日、鉄鋼・アルミの輸入制限にトランプ氏が正式署名したまさにその日、離脱した米国を除くTPPメンバー11カ国が新協定「TPP11」に署名した。世界が保護主義へ傾く中、アジア・太平洋地域に高度な多国間通商協定が成立したことの意味は大きい。タイ、インドネシア、フィリピン、台湾、韓国、コロンビア、英国もTPPへの関心を表明する。
新協定ではカナダが主張した「文化例外」が認められた。この意味は小さくない。各国は対等な立場において自由貿易と国民経済のバランスを探ってゆけば良いだろう。世界のGDPの40%から15%へ縮小されたTPPはそれゆえの柔軟性と開放性を確保したとも言える。新自由主義が主導した“強者のグローバリズム”と排除と統制を是とする不条理な国家主義を越えた新たなグローバリズムの可能性がここにある。
さて、世界を激震させたトランプ氏の声明から10日が経った。日本からは「適用除外の要請」がなされただけで制裁はもちろん、米通商政策への批判はない。TPP11を主導したのは日本である。保護主義への懸念を真っ先に表明できるタイミングであったはずだ。
排除ではなく共存を、統制ではなく多様性を、収奪ではなく共生をめざすフェアな枠組みづくりに貢献すること、日本はここを独自外交と通商政策の拠り所とすべきである。
不条理を条理と認めないリアリズムに徹すること、歯止めなき自国第一主義の拡散を防ぎ、新たな覇権の登場を阻止すること、日本は新たなグローバリズムの構築に向けてイニシアティブをとれる絶好のポジションにある。そして、今がその好機である。
(2018年3月)