今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2023 / 09 / 29
今週の“ひらめき”視点
「年収の壁」対策、導入へ。ただし、“助成金” は根本的な解決とはならない

9月27日、政府は、所謂「年収の壁」問題の解消に向けた施策を発表した。従業員101人以上の企業に勤めるパート従業者に社会保険の納付義務が発生する「106万円の壁」については、賃上げや手当の支給など手取り額の減少を防ぐ措置を講じた企業に対して1人あたり最大50万円を助成、また、従業員100人未満の企業等で働くパート従業者が配偶者の扶養から外れる「130万円の壁」については、これを越えても健康保険組合等の判断で連続2年間は扶養にとどまることが出来るようになる。

厚生労働省の推計によると「106万円の壁」を意識して労働時間を抑制している可能性があるパート従業者は約45万人(第7回社会保障審議会年金部会資料より)、とりわけ、慢性的な人手不足にある流通業やサービス業にとって、年収が106万円に達すると125万円を越えない限り「たくさん働いた方が損する」制度の改善は喫緊の課題であった。こうした声に応えるべく政府の “こども未来会議” も今年度中に是正措置を固め来年度から実施するとの方針を示していた。しかし、10月から実施される最低賃金の引き上げが更なる労働時間調整につながりかねないとの危機感から前倒しされた格好だ。

今回の措置は “もっと働きたい” パート従業者にとって朗報であり、現場の人手不足にも一定の効果があるだろう。しかし、問題の本質は「第3号被保険者制度」そのものにある。これは戦後の日本経済を支えてきた中流世帯の専業主婦の無年金化を防ぐための施策として1986年に導入されたものであるが、被扶養者であることの “お得感” とのバランスにおいて結果的に女性の社会参加を遅らせることになった。そもそも自営業者の配偶者には適用されないし、独身者やフルタイムの共働き世帯に恩恵はない。それどころか保険料を納めていない主婦の年金原資をなぜ負担せねばならないのか、といったもやもや感の種にもなる。

加えて、もう1つの弊害は、年収を増やしたくないパート従業者の存在が時給水準を抑える暗黙のドライブとして機能してきたということだ。企業は低賃金の非正規拡大による恩恵を長期にわたって享受してきた。しかし、労働人口の縮小とともに新規のパート従業者の流入が細ってくると一転、人手不足という経営リスクに直面する。年金制度の改革は2025年度に予定されている。産業、世帯、働き方、人口動態の変化を見据えた持続可能な社会保障制度を描き出していただきたい。現行制度を直ちに廃止することは出来ないだろう。新制度への円滑な移行を実現するためには十分な原資が必要だ。すなわち、企業にも稼ぐ力の絶対的な強化が求められているということである。

2023 / 09 / 22
今週の“ひらめき”視点
インド、多様性を未来につなぐために世俗主義への回帰を

9月18日、カナダのトルドー首相は、この6月にカナダ国内で発生した殺人事件にインド政府が関与していたと発表した。被害者はインド北部パンジャブ州の分離独立運動(カリスタン運動)を指揮したシーク教の指導者ニジャール氏、インド当局からテロリストとして指名手配され、難民としてカナダに移住、カナダ国籍を取得していた。当然ながらインド側はトルドー氏の発言を全面否定、結果、両国が進めていた経済協定交渉は中断、互いに相手方外交官を国外追放するなど、二国間関係は極度に悪化しつつある。

トルドー氏は今月9日からインドで開催されたG20に出席した際、本件についてモディ首相に問い質したとのことであるが、そう言えば、その議長席の国名表記がインド(India)ではなくバーラト(Bharat)であったことが今更ながら思い起こされた。Bharatは古代インドの伝説上の領土を意味するサンスクリット語、一方、Indiaは英国植民地時代の呼称である。法律ではいずれも正式な国名と規定されているが、G20という場であえてバーラトを使ったことに人口の8割を占めるヒンズー教徒に支えられたモディ氏の政治姿勢が表れている。

インドからの分離独立を求めるカリスタン運動は、国家の安全を脅かす非合法活動と規定されている。人口比2%に満たないシーク教徒はこれを宗教弾圧、言論統制、人権侵害と反発する。締め付けは人口比14%を占めるイスラム教徒にも向けられる。2019年にはイスラム教徒が多いジャム・カシミール州に認めていた自治権を剥奪、パキスタンとの領有権問題が残るこの地域の実効支配を強める。ヒンズー至上主義を掲げ、ヒンズーによる国家統合を目指す「インド人民党(BJP)」を支持基盤とするモディ氏にとって領土の一体性は言わば “核心的利益” ということだ。

1947年、独立に際してインドが掲げた理想は「多様性の統合」であり、憲法は世俗主義にもとづく政教分離を謳う。しかしながら、宗教、民族、地域間の対立に収束の兆しはない。そうした中、モディ氏の強い指導者ぶりは多数派にとってある種の快哉であったのだろう。巨大な成長市場を背景に全方位外交を展開するインドの国際的なプレゼンスは高まる。一方、国内における極端な右傾化と少数派の排除は新たな不満と分断の土壌となりつつある。来春には総選挙がある。結果は予断を許さない。いずれにせよ将来にわたって多様性に満ちた民主国家であり続けるためにも世俗主義の再興に期待する。

2023 / 09 / 15
今週の“ひらめき”視点
地方の公共交通の再興に向けて。部分最適から全体最適への発想転換が不可欠

8月26日、次世代型路面電車(LRT)“宇都宮芳賀ライトレール線” が開業した。1993年、宇都宮市内の渋滞解消を目的に当時の渡辺栃木県知事が「新交通システム構想」を発表、以来、紆余曲折を経て、宇都宮駅東口から芳賀・高根沢工業団地を結ぶ14.6㎞の全線を新設、宇都宮市、芳賀町がそれぞれ40.8%、10.2%を出資する第3セクター方式で営業運転を開始した。構想当時の目的である交通渋滞の緩和はもちろん、脱炭素、コンパクトシティ化といった新たな役割も担いつつ、市民生活を支える公共交通として、また、持続可能なまちづくりモデルとしての成果が期待される。

LRTは地方の公共交通にとって久しぶりの明るい話題であった。しかしながら、地方公共交通の危機は深刻だ。災害からの復旧見通しが立たないローカル線も少なくない。JR日田彦山線もその1つ、2017年の九州北部豪雨で被災、不通区間は約40㎞におよんだ。沿線自治体は鉄道での復旧をJR九州に要請するが、結局、費用負担の問題もあり線路跡の一部を専用道化し、一般道と組み合わせて走行するBus Rapid Transit(BRT)への転換を受け入れた。BRTは8月28日に運行をスタート、鉄道駅より停留所を増やすなど利便性を高め需要の維持をはかる。

とは言え、バスへの転換が最終解ではないし、公共交通の経営難は地方だけの問題ではない。9月11日、大阪の南河内エリアで15路線を運航するバス会社が業績低迷と運転手不足を理由に12月20日をもって事業を廃止すると発表した。公共交通政策の歪みは早くから両備グループ(岡山)が問題提起してきたが、この夏、同社の小嶋光信氏が議長を務める全国有力事業者8社から成る「公共交通経営者円卓会議2023」が地域公共交通再興に向けての共同提言をとりまとめた。まず、前提として「コロナ禍によって事業者は経営の体をなさない状況に追い込まれた」としたうえで、運賃制度、交付税、補助金、人員不足、環境対策等の在り方について提言、「競争から協調へ」の制度改革が必要であると結論づけた。

公共交通を巡っては国も動く。この4月にはローカル鉄道の存廃や代替交通の在り方について事業者と沿線自治体との合意形成を国が調整できるよう地域公共交通活性化再生法を改正した。また、国土交通省は現在12分野で外国人の在留を認めている「特定技能」にバス、タクシー、トラックの運転手職を加える方向で調整に入った。利害調整の迅速化や「2024年問題」対策としては有効だ。しかし、問題の根本は内需そのものの縮小であり、したがって、単一線区、特定地域、個別事業者を越えたレベルで公共交通の未来を構想する必要がある。問題の本質は、国土全体をどう維持してゆくか、ということにある。

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2023 / 09 / 08
今週の“ひらめき”視点
処理水海洋放出、漁業と環境の未来を守るためにも開かれた議論を

東京電力福島第一原発 “処理水” 放出への中国側の対応はあらためてこの国の異質さを浮き彫りにした。背景には米中分断以後の日本の立ち位置への不満と足元の経済成長に陰りが見えてきたことへの苛立ちがあるのだろう。同様の対外姿勢は他国にも向けられる。8月28日、中国は領有権を巡って対立する地域、海域のすべてを “中国領” と記した地図を発表する。当然ながら当事国は一斉に反発する。ASEAN首脳会議を直前に控えたタイミングであえて新たな火種を作り出す戦術は文字通り “戦狼外交” だ。

こうした中国の対外姿勢は相手国の国民感情を硬化させるに十分だ。処理水に関する議論や表立った懸念の表明はすっかり封印されてしまった感がある。多核種除去設備(ALPS)は、溶融核燃料(デブリ)によって発生する高濃度汚染水に含まれるトリチウム以外の放射性物質を規制基準以下に除去する。そのうえでトリチウムを含む処理水を海水で希釈し放出する。これが処理水の海洋放出である。つまり、規制基準以下の微量値とはいえトリチウム以外の放射性物質も残存する。ここが懸念の要諦である。

現時点で基準を満たす処理水は全体の3割、残りの7割は再処理が必要だ。新たに発生する汚染水は1日あたり約90トン、雨水や地下水の流入は止まっていない。放出期間は30年、その間、設備や運用上の品質は担保されるのか。30年を越えることはないのか。残存物質の放出総量はどのくらいになるのか。ストロンチウム90の半減期は28.8年、セシウム137は30.2年、炭素14は5700年、、、生体濃縮の心配はないのか。大気放出やモルタル固化など代替案に再検討の余地はないのか。問題の本質はコストではないし、ましてや外交問題ではない。風評被害を防ぎ、漁業者に理解いただき、環境を守るためにも予断を排した議論と誠意ある行動をもって不安の解消に努めていただきたい。

そもそも廃炉における最大の問題は技術的な困難さに加えて、最終的な解決までに途方もない時間を要することにある。震災から既に、いや、まだ12年半、東京電力は今も原子力事業者としての「適格性」を原子力規制委員会から問われている。同社は「緊張感をもって対応する」と約束するが、安全に対して組織的な弛緩はないか。表明した緊張感を次世代、次々世代、その先の世代につなぐ覚悟はあるか。福島は「安全神話」の犠牲となった。今、海洋放出を新たな “神話” にしてはならない。より確実な技術、より信頼できる選択肢があれば躊躇なく決断し、未来への安心を担保していただきたい。我々世代は廃炉の顛末を見届けることは出来ないのだから。

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2023 / 09 / 01
今週の“ひらめき”視点
拡大BRICSと対日強硬策の背後にある中国リスク。社会の安定に向けて構造改革を

8月22日~24日、南アフリカでBRICS(新興5か国)首脳会議が開催、アルゼンチン、エジプト、エチオピア、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、イランからの加盟申請を承認し、閉幕した。BRICSは、もともとゴールドマン・サックスが2001年に発表した自社の投資レポートの中で、高い経済成長が見込まれるブラジル、ロシア、インド、中国の4か国を “BRICs” と総称したことがはじまり。2011年、南アフリカが参加して現在の “BRICS” となり、2024年1月、上記6か国を加えた11か国体制に拡大する。

とは言え、各国の政治体制、財政、産業、発展の段階は一様ではないし、欧米との関係も一枚岩とは言えない。したがって、統一的な施策やルールづくりにおける合意形成はそもそも現実的ではない。加えてロシアを取り巻く国際情勢の変化、盟主を自認する中国の成長力低下もあって、新興国間の経済協力や開発支援についても大きな成果は得られまい。すなわち、経済的な実利およびグローバル経済に対する影響力のいずれにおいても実質的な “果実” は期待できないと思われる。

BRICSを取り巻く環境は変わった。リーマン・ショックに喘ぐ世界を救った「開かれつつあった中国」も変質した。それでも、否、それゆえに中国はBRICSの拡大を主導したとも言える。狙いは欧米主導の国際秩序に対抗するための牽制装置として政治利用だ。不動産不況、膨張した公的債務、若年層の失業、急速な高齢化、金融システムリスク、、、不透明感が募る経済状況の中、拡大BRICSを背景にG7との関係を再構築したいというのが中国の本音であろう。とは言え、安易な譲歩はないだろう。とすると懸念はそれが更なる対外強硬策に向かうことだ。

日本産水産物の輸入禁止措置は政治的な報復以外の何物でもない。問題はどこまでエスカレートするかだ。愛国的行動として免罪される日本への「嫌がらせ電話」は、言わば徹底して政権批判を封じてきた政策的成果とも言えるが、果たして国に対する無批判な同調や過剰な忖度を当の国自身がコントロール出来るのか。回避すべきは世論の暴走が国をもう一段の対外強硬策に追い込むような状況だ。矛先は日本だけではない。不景気の長期化、閉塞感の鬱積はこうした事態を助長する。対処療法で問題は解決しない。中長期的な視点に立った構造改革を望むとともに我々の側もリスク低減に向けて知恵を尽くす必要があろう。

2023 / 08 / 25
今週の“ひらめき”視点
国連ビジネスと人権作業部会、会見。内向きの論理を排し、ガバナンスの強化を

8月4日、国連人権理事会「ビジネスと人権」作業部会は約2週間かけて行った訪日調査について日本記者クラブで会見した。一行は東京、愛知、大阪に加え北海道、福島を訪問、企業、官庁、自治体関係者等と面談、人権に関する国家の義務、企業の責任、救済へのアクセスという3つの視点から日本の人権状況について調査した。作業部会は今後更に情報を収集し、2024年6月に国連人権理事会に最終報告を提出するとのこと、会見は言わば中間報告という位置づけである。

内容は極めて具体的、かつ、広範におよんだ。男女間の賃金格差をはじめとする女性の社会進出の遅れ、障害者雇用率の低さ、被差別部落や先住民族に対する差別問題、過労死に象徴される過重労働、不正な就業実態を助長した外国人技能実習制度、LGBTQの権利保護の不十分さ、内部通報に対する報復、有名芸能事務所の性的搾取とそれを不問としてきたメディアの責任、そして、福島第一原発廃炉作業における健康被害や多層的な下請構造の問題など、日本社会そして産業界における人権の現状について多面的な指摘がなされた。

日本は2020年10月、「ビジネスと人権に関する行動計画」を策定、2022年9月には「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を決定している。しかし、現時点ではあくまでも “ガイドライン” に止まっており、義務化の必要性があらためて指摘された。また、大企業と中小企業、都市部と地方におけるギャップや裁判官や弁護士など “救済する側” の人権意識の低さへの懸念も示された。人権に関する独立専門機関の設置、人権デューデリジェンスの義務化、各層への啓蒙など、国としての更なる取り組みが求められる。

短い調査期間、限られた調査範囲とは言え、会見は “差別や不平等” の背後にある日本社会の負の体質を見事に活写したと言える。旧態依然とした組織の論理、不合理な慣習への無批判な同調、不都合な事実の隠蔽、異論や少数者の排除、責任主体の不在、、、そう、直近ではビッグモーターや日本大学の問題で露呈したガバナンス不全にも通じる構造問題の一側面が浮き彫りになったということだ。今やESGへの取り組みが企業評価の重要要件であることは言うまでもない。
E(Environment)に対する意識は高まりつつあるし、取り組みもカタチにし易い。問題はS(Social)とG(Governance)だ。国、企業、そして、何よりも個人としての私たち一人一人の意識と行動が問われている。