今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2023 / 04 / 14
今週の“ひらめき”視点
上水事業、厚労省から国交省へ移管。総合的な上下水道行政に期待する

3月7日、政府は「生活衛生等関係行政の機能強化のための関係法律の整備に関する法律案」を閣議決定、開催中の第211回国会で可決される見通しである。さて、この名称から法案の中身を正確にイメージ出来る人は少ないだろう。政府は新型コロナウイルス対策が後手に回った要因の一端が厚生労働省の業務過多にあるとし、業務範囲を縮小することで感染症、社会保障、雇用といった中核行政の強化を図りたい考えである。具体的には食品衛生基準行政を消費者庁に、上水道の整備を国土交通省に、水質基準の策定を環境省に移管する(施行期日は2024年4月1日)。

感染症対策で露呈した問題の本質が “所管業務の多さ” にあるとは思えないが、少なくとも上水事業に課題が山積していることに疑問の余地はない。水道は1960年代以降、急速に普及、2018年時点で総延長72万㎞、普及率は98%に達する。しかしながら、全体の2割弱、約13万㎞が既に耐用年数の40年を越えている。年間の更新率はわずかに0.7%、耐震適合率も37%に止まる。一昨年10月に発生した紀の川の水道橋崩落事故(和歌山市)の記憶はまだ新しいが、水道管の事故は年間2万件を越えるという(厚生労働省)。まさに事業存続の危機にある。

背景には人口減少に伴う使用水量の減少がある。結果、自治体単位での独立採算を基本とする水道事業の収支は悪化、体制の縮小を余儀なくされる。加えて、工事事業者の人材不足が対応の遅れに輪をかける。一方、こうした状況は受け入れ側の国土交通省が所管する下水事業も同様だ。2021年度末における下水道管渠の総延長は49万㎞、うち3万㎞が耐用年数50年を越えており、下水道に起因する道路の陥没事故は年間3千件規模に達する。処理場の設備機器の更新も喫緊の課題だ。一方、使用水量の減少に伴う収入減は避けられず、地方公共団体における担当職員も減り続けている(国土交通省)。

問題の本質は上水、下水ともに共通している。したがって、都市や道路、河川から水源地まで、水回りのインフラ全体を所管する国土交通省への事業移管は合理的である。
日本は水資源に恵まれている。しかし、1人当たり降水量でみると世界水準の1/3に過ぎず、ダムなど管理された貯水量は世界の主要都市と比較すると少ない。つまり、四季を通じての安定した降水量が私たちの生活を支えてきたということだ。しかし、昨今の異常気象は供給の不安定化への懸念を高めるとともに内水氾濫の頻発など都市防災の見直しを迫る。その意味で都市政策、防災対策と一体となった、自治体の枠を越えた “水” 行政に期待したい。

2023 / 04 / 07
今週の“ひらめき”視点
こども家庭庁発足、こどもまんなか社会を実現するためには大人社会のアップデートが必要である

4月1日、こども政策の司令塔「こども家庭庁」が発足した。従来型の縦割り行政から脱し、子育て支援、児童虐待、いじめ、貧困対策など関連行政を総合的に調整、主導する。言うまでもなく、新たな行政機関は「異次元の少子化対策」と一体だ。3月31日に公表されたその “たたき台” では、出産一時金の引き上げ、児童手当の所得制限の撤廃、給付型奨学金の支給条件の緩和などが示された。財源の裏付けがない、「こども家庭庁」の権限が曖昧であるなど、実効性については依然不明な点も多い。とは言え、まずは一歩前進ということだろう。

少子化対策の成功事例として取り上げられるフランスの出生率が人口置換水準を割り込んだのは1970年代前半、日本とほぼ同時期だ。異なるのは予見された人口減少に先手を打っていることだ。今、日本で議論されているこどもが増えるほど税負担が軽くなるN分N乗方式をフランスが初めて導入したのは1946年、1977年には最長2年の育休を制度化、以後、保育施設の拡充、乳幼児養育支援の強化など、途切れることなく施策を打ち続ける。そして、1999年、同性婚や事実婚も税控除や社会保障が受けられる民事連帯協約(PACS)を施行する。結果、1993年に1.66まで低下した出生率は2007年に1.98,2010年には2.03に回復する。2014年以降、再び低下に転じるが、2020年1.82、2021年1.83と高いレベルを維持している。

フランスについては婚外子率の高さが強調されることが多い。ただ、ここで見落としてはならないことは “非嫡出子” という言葉自体が民法から消えたということの意味である。長らくフランスの少子化対策を担ってきたのは家族・児童・女性の権利省である。現在、これを首相府付の男女平等・多様性・機会均等担当大臣とこども担当副大臣が引き継ぐ。つまり、少子化は決して “家庭” に閉じた問題ではなく、社会全体の変化の中で解決すべき問題と認識されていて、かつ、それが政権交代を越えて国策として継続している点が重要である。

子育て世代への個別経済支援に異論はない。しかし、そもそもそれが必要とされる背景には一向に所得が増えない状況、つまり、中間層の縮小、格差の固定化という構造要因があることも看過すべきではない。こどもの未来、そして、自分自身の将来に希望が持てる社会であり続けること、これが少子化解消の最大のドライブとなる。そのためには経済を含めた「日本社会」全体の総合的、長期的なビジョンが不可欠である。産業構造、働き方、地方、そして家族の在り方それ自体のアップデートが必要であるということだ。

2023 / 03 / 31
今週の“ひらめき”視点
鶴岡サイエンスパークにみる地方の可能性。長期的な視点と自由な発想が成功の鍵!

3月24日、山形新聞社主催セミナーで講演させていただいた後、ANAあきんど株式会社庄内支店の前田支店長にアレンジいただき鶴岡サイエンスパークを訪問した。サイエンスパークは、2001年、鶴岡市と山形県、慶応義塾大学先端生命科学研究所(先端研)の3者間協定にもとづき設立されたバイオテクノロジーの研究施設である。長期的な視点に立って産業基盤を形成したいとする鶴岡市の富塚陽一市長(当時)の熱意と設立から今日まで先端研を率いてきた冨田勝教授の「普通は0点、失敗に拍手」というパイオニア精神との共鳴・共振がすべてのはじまりだ。

市と県は設立から22年間、毎年3.5億円ずつを資金支援、先端研もこれに応えスタートアップ9社を輩出する。メタボローム解析でうつ病の診断キットを開発した “ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ” は2013年に東証マザーズに上場、他にも唾液からガンなどの疾患を検知する技術を開発した “サリバテック” や世界ではじめて人工合成クモ糸繊維の量産化に成功した “Spiber(スパイバー)” などが有名だ。一方、地元企業との共同研究や高校生を研究助手として受け入れるインターンシップなどを通じて地域との関係も深める。

さて、そんな先端研を案内してくれたのは、バイオテクノロジーのイメージからはちょっと遠い “損保ジャパン” の前橋課長代理である。え、なぜ損保ジャパン? との問いに、「損保ジャパン(当時、損保ジャパン日本興亜)は2018年に先端研と包括連携協定を締結、先端科学を活用した社会課題の解決と革新的な人材づくりを目的に “ビジネスラボ鶴岡” を開設した」とのことである。鶴岡への赴任は通常の人事異動の中で発令され、前橋氏はその2期生である。氏によると赴任に際して会社から与えられるミッションは一切なく、自分自身でテーマを見つけ、研究を進めなければならない。氏が選んだテーマは鶴岡市の関係人口づくりの創出、その一環としてANAあきんど庄内支店と連携、鶴岡市の令和4年度若者交流促進事業に応募、「つるおかミライ会議」を開催した。そうか、そういうことか。それでつながった。

先端研の世界レベルの研究は国内外の研究者、ビジネスマン、投資家を鶴岡に呼び込む。ANAあきんどの前田氏によると「羽田ー庄内線」はビジネス客が7割を占めるという。しかし、単に研究レベルの高さだけが要因ではないだろう。普通ではないこと、人と異なることを奨励する先端研の気風こそが求心力の源泉ではないか。隣接する田んぼには世界的な建築家 坂茂氏が設計した宿泊施設「ショウナイホテル スイデンテラス」(ヤマガタデザイン社)が浮かんでいる。なるほど、ここにこの施設があることも頷ける。

サイエンスパークを中核とした鶴岡の取り組みは地方創生の成功モデルの1つと言える。しかし、単に大学の研究機関を誘致するだけで “街” は生まれない。地域と一体となった、新たな文化をどう創出するかが鍵となる。そのためには前例に囚われない発想と実行力を兼ね備えたリーダーの存在が不可欠であるが、同時に産業政策の一貫性と長期投資を受け入れる懐の深さが求められる。地域の特性を活かした多様なイノベーションが次から次へと地方から生まれてくる、そんな未来の実現に当社も微力ながらお手伝いしたく思う。

2023 / 03 / 17
今週の“ひらめき”視点
被災地の復興は未だ途上だ。もう一度 “あの日” に立ち返り、未来について考えよう

東日本大震災から12年、住宅、交通、産業施設などインフラ関連の復興事業はほぼ完了した。災害公営住宅、高台移転による宅地造成は2020年末時点で完了、復興道路・復興支援道路570㎞の整備も終わり、鉄道も復旧した。営農再開可能な農地面積は95%まで回復、漁港は機能を取り戻し、水産加工施設の98%が業務を再開した。定置漁場のがれきも100%撤去されている(復興庁)。

次世代産業基盤の整備も進む。利用促進等において当社もお手伝いさせていただいた仙台市の次世代放射光施設「ナノテラス」をはじめ、南相馬市の「福島ロボットテストフィールド」、浪江町の「福島水素エネルギー研究フィールド」など、国際水準の先端研究施設が東北の可能性を広げる。2022年10月には震災の記憶を伝える伝承館や交流センター等を併設した大型施設「道の駅さんさん南三陸」もオープン、地域振興と域外からの誘客拡大を目指す。

一方、被災地との一体感は徐々に希薄化しつつある。復興財源の防衛費への “転用” が象徴的だ。徴収期間の延長で総額を合わせれば問題はない、との発想そのものが優先順位の後退を示す。原子力政策も転換した。原発の新設、増設を容認、“60年ルール” も無効となった。世代を越えた責任を伴う国策の決定に際し、はたして科学的な議論は十分であったか。それは開かれた議論であったのか。かつて日本中が自分事として受け止めた “原子炉3基、同時炉心溶融” という未曽有の衝撃も12年という歳月と昨年来のエネルギー危機を前に色褪せたということか。

12年が経った。しかし、避難者は未だに3万人を越える。廃炉にはまだ30~40年を要する。最終形も決まっていない。帰宅困難区域に復興拠点を置くための復興再生計画の完了率は2022年6月時点で13.8%に止まる(会計検査院)。復興庁が実施した帰還に関するアンケートによると富岡、双葉、浪江地区では「戻らない」との回答が5割を越える。故郷の再生は遠い。1次産業の風評被害も残る。被災は現在も進行している。それゆえに、被災地の復興に日本の再生を重ねたあの日の決意に立ち返り、あらためて未来の在り方と防災について考えたい。格言どおり、災害は忘れた頃にやってくる、はずだから。

2023 / 03 / 10
今週の“ひらめき”視点
日韓関係、正常化へ。相互不信を払しょくし、共通利益の追求を

3月6日、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は懸案だった元徴用工賠償問題について韓国側の財団が賠償を肩代わりすることを骨子とする最終案を発表、日本政府はこれを評価するとともに過去の政権が表明した “反省とお詫び” を継承することを確認した。これを受けて韓国政府は2019年に破棄を通告した防衛機密に関する協定(GSOMIA)の正常化を表明、両政府は今月中旬にも日本で首脳会談を開催することに合意した。

とは言え、慰安婦問題の経緯もあり日本側の疑念が完全に払しょくされわけではないし、韓国内における大きな反発も予想される。それでも尹氏が、自国の大法院(最高裁)判決より国際法を優先させる “決断” を選択し、日本もこれに応じた背景には地政学リスクの高まりに加えて、国内の厳しい経済情勢がある。国際通貨基金(IMF)が今年1月に発表した2023年の世界経済見通しは+2.9%、一方、日本は+1.8%、韓国は+1.7%、両国とも平均を1ポイント以上下回る。つまり、安全保障と経済の両面において両国の国益は一致しているということだ。

国内における異論や批判を押さえ、今回の解決案を真に不可逆的なものとするためには目に見える “成果” が必要だ。日本はGSOMIA破棄の原因となった韓国向け輸出管理の厳格化措置を解除すると表明、韓国側も世界貿易機関(WTO)への紛争解決手続きを中断すると発表した。経済における正常化は大きく前進するはずだ。安定した互恵関係にもとづく、新たな成果の創出に期待したい。

ただ、解決案は未来と過去を分断するものではない。被害を受けたとする側の集団的な “記憶” が歴史の中で客観視されるには膨大な時間を要するし、価値観の変化や政治的立場の変質によって “記憶” が上書きされることもある。奴隷貿易への関与に対するオランダ首相の謝罪、コンゴ植民地支配に対するベルギー国王の悔恨の表明、100年前の植民地支配に対してドイツがナミビアに表明した道義的責任、カリフォルニア議会による日系人強制収容に対する公式謝罪、、、いずれもこの1、2年の間に起こった “歴史問題” の一部である。無論、これらにはそれぞれの背景があるだろう。だからこそ、我々はしっかりと歴史に学ぶ必要がある。1910年はまだ遠くない。

2023 / 03 / 03
今週の“ひらめき”視点
インバウンド、本格再開。量ではなく質を戦略の基軸に地方再生を!

3月1日、中国から日本への入国制限が緩和された。引き続き「出国前72時間以内の陰性証明」は必要とされるが、直行便での入国者全員に義務付けていたPCR検査は2割程度のサンプル調査に変更される。具体的には検疫所がサンプルとなる航空便を指定、当該航空機の乗客のみに検査を実施、他の便の搭乗者は検査が免除される。あわせて、成田、羽田、中部、関西に限定していた空港制限も解除、増便も認められる。

昨年10月、政府は入国者数の上限撤廃など水際対策の緩和に踏み切った。日本政府観光局によると1月の訪日外客数は149万7300人、コロナ前(2019年1月)の55.7%まで回復した。トップは韓国の56万5200人(同72.5%)、台湾の25万9300人(同66.9%)がこれに続く。東南アジアも順調に回復、とりわけベトナムとシンガポールからの入国者はコロナ前を上回った(前者は5万1500人、同45.6%増、後者は2万6700人、同17.7%増)。一方、中国は3万1200人と同4.1%にとどまる。それだけに対中緩和に対する業界の期待は大きい。

とは言え、「量」に浮かれるだけでは疲弊するばかりである。コロナ前の2019年、訪日外国人数は震災翌年の2012年比で3.8倍、国内の宿泊者数は同1.4倍へ拡大した(国土交通省観光庁)。ところが、「宿泊・飲食サービス業」の従業者に支給された月間現金給与額は同1%のマイナスだ(厚生労働省)。もちろん、非正規の拡大が背景にあるとは言え、同じことが繰り返されるのであれば「安い日本」を加速させるだけである。問われるべきはクオリティだ。日本というコンテンツの対価をいかに国際水準に引き上げるか、ここに知恵を絞る必要がある。

弊社も役員企業として参加させていただいている(一社)地方創生インバウンド協議会が発足したのは2018年、活動が軌道に乗ろうとした矢先のパンデミックはまさに想定外だった。とは言え、この3年間があったからこそ基礎固めが出来たとも言える。富裕層向け旅行コンシェルジュサービスの実証実験、自治体レベルの観光経済波及効果モデルの構築、地方への人口移動を促す「アグリ・スマートシティ構想」など、アフターコロナを見据えた施策にじっくり取り組むことが出来た。協議会が目指すのは地域資源の再発見を通じた地方の再生である。双方向の人の移動は地方の可能性を引き出す絶好のチャンスだ。インバウンドはそのトリガーである。

一般社団法人地方創生インバウンド協議会
地域創生・インバウンド事業に関心を持つ企業・団体が包括的な提携のもと、相互に連携・協力し、活力ある地域づくりや人材育成・交流を図り、地域社会の発展に寄与することを理念とする。会員数は一般会員(民間企業など)68社、特別会員(地方自治体など)44団体、計112(2022年12月現在)。