今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2023 / 06 / 23
今週の“ひらめき”視点
次世代半導体、国策プロジェクト「ラピダス」始動、成功の鍵は技術者の育成

6月18日、北海道千歳市を西村経済産業大臣が訪問、次世代半導体の国産化を目指す「ラピダス」の工場建設予定地を視察した。国は新工場の建設費用として既に3300億円の助成を決定しているが、鈴木北海道知事はインフラ整備への追加支援を国に要請、西村氏は「しっかり検討したい」と応じた。
産業競争力の強化、そして、経済安全保障という観点から半導体の戦略的重要性は論を俟たない。しかし、かつて世界市場の過半を押さえた日本勢のシェアは今や一桁台、日本の半導体産業は「10年から20年遅れている」というのが現状だ。

そこで、ラピダスである。同社は2022年8月、国内企業8社(キオクシア、ソニー、トヨタ、デンソー、ソフトバンク、NEC、NTT、三菱UFJ銀行)の出資を受けて設立、2025年に試作ラインを立ち上げ、2027年までに2nm世代の量産化を目指す。現在の日本の量産化技術が40nm程度であることを鑑みると、周回遅れから一挙に世界のトップグループに並ぶ目算だ。同社によれば「日本は製造装置や材料分野で世界をリードしており、その強みが活かせる。また、量産化に向けての先端技術は世界有数の半導体研究機関アイメック(ベルギー)とIBM(米)との提携を通じて習得する」という。

課題は資金だ。今後、技術開発と生産ライン整備に5兆円規模の投資が必要だ。しかし、上記8社の出資総額は73億円、よって国の追加支援が必須となる。とは言え、それでも物足りない。既に3nm世代の量産化を実現している半導体ファウンドリ最大手TSMC(台湾)の年間投資額は300-400億ドルだ。加えて半導体市場の不安定さは言うに及ばない。国の関与が事業の成功を保証しないことはエルピーダ、JDI、JOLEDの事例をみれば明らかである。果たして国はどこまでリスクをとるのか、投じた国費は回収できるのか。

ラピダスは「日の丸連合では勝てない、国際連携で勝負」という。しかしながら、資金を国に頼り、重要技術を海外企業に依存したまま事業を主導できるのか。この4月、米半導体大手グローバルファウンドリーズはラピダスなどに企業機密を漏洩したとしてIBMを提訴した。一方、経済安全保障も当然ながら日本だけの問題でなく、それは常に自国ファーストだ。米政府がEVの税優遇で同盟国である日韓欧州を除外したことは記憶に新しい。結局、事業の成功要件は自前の技術力であり、未来を担う人材の育成が鍵となる。そして、出来れば成功体験を知らないミレニアル世代以降の経営者がいい。ここが成功への近道である。

2023 / 06 / 16
今週の“ひらめき”視点
タクシー業界、地方では規制緩和、都市部では供給不足。メリハリの利いた施策を

タクシー行政が転換点にある。国土交通省は公共交通の利用者が少なく、将来的にその維持が困難な地域におけるタクシー会社の事業継続と新規参入を促すべく、規制緩和に踏み切る。これまでタクシー会社は営業所の開設に際して原則5台以上の車両を保有することが義務付けられてきたが、今回の方針転換により5台未満でも営業所の維持が可能となる。また、個人タクシーについても「人口30万人以上」との営業条件を緩和、過疎地域でも営業が可能となる。

従来、タクシー行政の基本は「規制の再強化」にあった。2002年の規制緩和後、業界は供給過剰状態に陥った。これを是正すべく、2009年、タクシー業界の適正化と活性化に関する特別措置法が成立する。事業者は適正化に向けての計画策定が求められ、増車は届出から許可制へ、新規参入要件も厳格化された。結果、事業者数は特措法前年の2008年度末の7,106社から2019年度末には5,980社へ、輸送人員も同期間に2,025百万人から1,268百万人へ減少する。そこへ新型コロナだ。

コロナ禍初年度、2020年度の輸送人員は前年比4割減。国土交通省は未稼働車両の維持コストを抑えるため「臨時的に休車を認める特例制度」を創設、休車数は1万台を越えた。現在、2024年3月末を臨時休車されてきた車両数の復活期限としているが、業界は期限の延長を要望する。背景には車両の調達計画の遅れ、加えてドライバー不足がある。コロナ禍における離職者の増加、高齢化、そして、「2024年問題」だ。ドライバーの時間外労働に上限を設定するこの問題は “物流業界の2024年問題” としてクローズアップされているが、タクシー業界も例外ではない。

ドライバーの時間外労働規制は一人当たり稼働時間の減少を意味する。もちろん、ドライバーの健康と利用者の安全が担保されるという意味では歓迎すべきである。とは言え、コスト増を運賃に転嫁できなければ、事業者はもちろん、歩合に支えられたドライバーへの影響は小さくない。コロナ禍の収束に伴い都市部や観光地の需給はタイトになっており、人手不足が解消されなければ「タクシーがつかまらない」状況の悪化も避けられない。一方、地方の需要減は構造的である。地域の需要に応じたきめ細かな施策が不可欠であり、とりわけ、地方においては官民、業種業態を越えての交通弱者対策が求められよう。

2023 / 06 / 09
今週の“ひらめき”視点
改正マイナンバー法、成立。今こそ立ち止まり、その本来の意義を問うべき

6月2日、改正マイナンバー法が成立、2024年秋には現行の健康保険証が廃止され、マイナンバーカードに一体化される。年金受取口座も一定期間内に同意確認が得られなければ自動的にマイナンバーに紐づけられる。また、導入時には社会保障、税、災害対策の3分野に限定されていた利用範囲も拡大される。法律で認められる事務および “それに準じる事務” については国会承認を経ることなく主務省令で情報連携が可能となる。実質的な義務化であり、行政裁量権の拡大である。

その4日後、政府は「デジタル社会の実現に向けた重点計画」を決定、マイナンバーの利用拡大に向けての工程表を公開する。しかし、である。他人の保険証が登録されていたり、本人ではない名義の銀行口座に紐づけられたり、証明書交付サービスでは別人の住民票が発行されるなど、トラブルが相次ぐ。とりわけ、驚かされたのは健康保険証との紐づけが本人の同意もなく、パスワードとの照合も必要とせず勝手に行われた事案があったということだ。これは単なるミスではあるまい。システムの問題か、運用ルールの不徹底であるのか、露見した種々のトラブルの原因や責任の所在に蓋をかぶせたまま、なぜそこまで急ぐのか。

そもそも、マイナンバー制度はマイナンバー “カード” 制度ではない。カード保有は任意であり、そこが制度設計の出発点であったはずだ。しかし、ある時点からあたかもカードの普及率そのものが政治目的化されたが如く、利用拡大に軸足が移る。ここへきて露呈したトラブルの多くは、システムの拙速な肥大化による運用面における混乱が本質であろう。義務化への方向転換を政治的に決定したのであれば、国民に問うべきは利便性ではなくその必要性である。そう、ポイントで普及率を上げるなどという姑息な施策に巨額の税金を投じる必要などない。

昨年10月、初代デジタル庁のトップを務めた政権幹部が「マイナンバーカードについて、いちいち国民の声など聞く必要はない」などと公の場で発言した。あたかも独裁国家かと見紛う強権的な言動であえて強いリーダーを演じてみせたのか、あるいは、それが政権の本音なのかは、真偽は不明だ。いずれにしても、現在の局面における真のリーダーシップとは、立ち止まり、責任を受け止め、カードの保有リスクに対する全責任を担う覚悟をもって、義務化の是非を国民に問うことである。突破力があるとされる現大臣にはまさに正攻法の道を選択いただきたい。

2023 / 06 / 02
今週の“ひらめき”視点
脱炭素に向けてのもう1つの選択肢、日本は合成燃料でイニシアティブを!

5月28日、富士スピードウェイ内にあるトヨタ自動車の施設で合成燃料車の走行デモンストレーションが行われた。合成燃料は水素とCO2を合成させた燃料で、再生可能エネルギーによる水電解で作られた水素を使ったものをe-fuelという。国産合成燃料を使った市販車によるはじめての走行を披露したENEOSの齊藤猛社長は「脱炭素社会は単一のエネルギーでは実現できない。早期の技術確立を目指したい」と表明、デモ・カーを運転したトヨタの佐藤恒治社長も「運転感覚は通常のクルマと同じ。EVを含めた脱炭素の選択肢が広がる」と語った。

合成燃料の最大の特徴は従来の内燃機関がそのまま使えること、そして、化石燃料と同等のエネルギー密度をもった燃料を工業的に大量生産できる点にある。今、世界の自動車メーカーはEV化へ一気に傾く。2030年には主要自動車市場における新車販売のEV比率が6割になるとの予測もある。一方、その時点であっても世界を走行する車両の9割はエンジン搭載車であり、したがって、脱炭素を世界レベルで実現するうえで合成燃料が果たし得る役割は小さくない。大型航空機や大型船舶など電動化が困難な分野も潜在市場だ。

この3月、欧州連合(EU)は、「2035年以降、エンジン車の新車販売を禁止する」との従来方針を撤回、合成燃料の使用を条件に販売を認めることを決定した。これに先駆けドイツ政府は民間の合成燃料製造事業への出資を決定、また、航空業界向けの実証プロジェクトに対する公的支援もはじめた。動きは速い。こうした流れは合成燃料のビジネス可能性を大きく拓くものであり、商用化に向けて欧州勢の政府支援や民間投資はもう一段加速するだろう。

日本も商用化の実現時期を当初の2040年から2030年代前半への前倒しする方向で取り組みを急ぐ。最大の課題は製造コストだ。とは言え、サービスステーションなど既存の燃料インフラや社会資本が活用できるメリットは大きい。加えて長期備蓄が可能であること、原産国が限定されるレアメタルが不要であることも経済安全保障上の優位点だ。日本はEVで遅れをとった。それは途上国も同じだ。つまり、合成燃料の商用化技術を主導することは脱炭素への貢献はもちろん、グローバルサウス諸国に対するプレゼンスの向上にも資する。選択肢は1つではない。e-fuelの早期社会実装に向けて産官学における戦略的な投資を進めていただきたい。

2023 / 05 / 26
今週の“ひらめき”視点
“多様な働き方”の歪みが浮き彫りに。全体視点からの整合的な施策が望まれる

5月24日、「日本郵政グループ労働組合は、期間雇用社員に対して夏冬それぞれ1日の有給休暇を付与する一方、正社員の有給休暇を同3日から1日に減らすとの会社提案を受け入れる」との報道があった。2020年10月、最高裁は日本郵政における正社員と非正規社員との待遇格差を「不合理」と認定、有給休暇の見直しはこれを受けての是正措置である。組合は引き換え条件として月額基本給の3200円増を要求、経営側はこれに同意したとのことであるが、“同一労働同一賃金” に向けての格差の是正が正社員にとっての不利益変更となったことの意味は小さくない。

その6日前、国立研究開発法人理化学研究所の労働組合は「雇用期間が10年に達した契約社員97人が雇い止めされた」と発表した。2013年4月1日、改正労働契約法が施行、雇用期間が10年を越えた有期雇用社員は “無期雇用への転換申込権を獲得できる” こととなる。ところが、理研は就業規則を改定、雇用期間の上限を10年までと規定した。組合はこれに反発、結局、改正法の施行から “10年目” にあと半年と迫った昨年9月、“最長10年ルール” は撤廃される。代わって、理研は新たに研究目標と雇用期間を定めた公募方式によるプロジェクト制を導入するが、組合は「募集要件は恣意的にコントロールできる。新制度は無期雇用への転換を防ぐことが狙い」と批判、両者の対立は続く。

4月28日、参議院本会議は「フリーランス新法」を可決、立場の弱いフリーランスを保護し、労働環境の改善をはかる。不当な減額、返品、著しく低い報酬等の禁止が明記されるとともに、取引条件の詳細を書面やメール等にて交付すること、納品後60日内の支払い、ハラスメントに対する相談体制の整備などが発注者に義務付けられる。とは言え、労災保険や健康保険など社会保障に関する課題は残されたままであり、また、これまで下請法の対象外であった中小企業の負担は小さくない。引き続き労働実態を踏まえた施策整備が必要であろう。

上記はいずれも「働き方改革」の一局面であると言えるが、そもそも国は何のために働き方を “改革” したいのか。そう、ゴールは産業構造改革による成長の実現である。ジョブ型雇用、副業の解禁、起業の奨励、リスキリング(学び直し)など、“多様な働き方” の名のもとで労働市場の流動化に向けての機運が高められる。と同時に、非正規から正社員への転換を後押しする政策も講じられる。正社員の解雇規制も終身雇用時代そのままだ。個別施策間に生じたぎくしゃく感や中途半端感は、それゆえにしっかりとしたセーフティネットの議論を遠ざける。誰一人置き去りにされない社会の実現に向けて、党派や省益を越えたオープンな議論を望む。

2023 / 05 / 19
今週の“ひらめき”視点
原油価格下落、世界経済の減速懸念高まる。内需維持に向けて政策の動員を

原油相場の軟調が続く。世界の原油市場は2022年2月のロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受けて急騰、中東産、北海産、米国産原油は年初の約1.3倍、1バレル110ドル台へ跳ね上がった。しかし、夏場以降は下落に転じ、この3月には1バレル70ドル台、2021年秋口の水準まで低下した。国際エネルギー機関(IEA)は「下半期は需給がタイトになる」との見通しを発表しているが、ここへきて米国産原油の先物指標(WTI)は4週連続で下落、12日には1バレル70ドルを割り込んだ。

米国産原油急落の背景には連邦政府債務の上限問題も指摘できるが、相場低迷の直接的な要因は世界経済の先行き不透明感である。原油需要の牽引役である中国の4月の消費者物価指数は前年同月比+0.1%、生産者物価指数は前年同月比▲3.6%のマイナス、前者は2年2ヵ月ぶりの低水準、後者は7カ月連続の下落である。米中対立や構造改革の遅れが回復スピードを鈍らせる。一方の欧米経済も高インフレに伴う金融引締めの長期化、米地銀の破綻など、先行き不透明感が募る。また、コロナ禍にあって膨張した途上国の債務問題も深刻だ。

こうした中、日本でも4月の輸入物価指数は円ベースで前月比▲2.3%、前年同月比▲2.9%といずれもマイナスに転じた。円ベースで前年同月比▲9%となった石油・石炭・天然ガスの下落が主因である。ただ、これまでのコスト上昇を受けての価格転嫁が進展、4月の企業物価指数は前年同月比5.8%のプラスとなった。とは言え、伸び率は昨年12月以降4か月連続で縮小している。実質+1.6%となった1-3月期のGDPも輸出は前期比▲4.2%と6四半期ぶりのマイナスとなっており、世界景気の後退が懸念される。

16日、政府は電力大手7社から出されていた一般家庭向け規制料金の値上げ申請を了承した。一般家庭の電気代は6月1日から15.3%から39.7%値上げされることになる。電力販売におけるカルテルなど一連の不祥事や原油相場の情勢等を踏まえ値上げ幅は圧縮された。とは言え、実質的な地域寡占事業者による生活コストの値上げは直ちに家計を圧迫する。「激変緩和措置」の延長など消費マインドの政策的下支えは必須であろう。各社は一様に「経営改善に努力する」旨のコメントを発表しているが、と同時に、現行の10社体制、総括原価方式、送配電ネットワークの在り方など、電力供給体制の全体像についてあらためて問い直していただきたい。

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