今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2023 / 01 / 27
今週の“ひらめき”視点
安全とルールに対する不誠実さが、原発問題を科学的議論から遠ざける

1月19日、東京電力は、運転開始から30年を経過する柏崎刈羽原発3号機の設備管理等の状況に関する審査書類に149ヶ所の誤りがあったと発表、原子力規制委員会に対して謝罪した。原子力規制委は記載された131ヶ所が既に審査を終えている同型の2号機のデータの流用などである点について「書類の信頼性に関わる重大な問題である」と指摘、再発防止を要請した。新潟県の花角英世知事は情報流用が組織の判断のもとで行われていたことを問題視、東電の原発運営能力についてあらためて疑念を呈した。

それにしても、である。なぜここまで安全そしてルールに対して不誠実であり続けるのか。自主点検記録の改ざん、隠蔽、最悪レベルと指摘されたテロ対策の不備、安全対策工事の完了を発表した後で発覚する未完了や不適切施行、、、問題が発生するその度に、経営幹部は頭を下げ、安全への意識改革を誓い、再発防止策を発表する。一体、いつまでこうしたことが繰り返されるのか。
東電だけの問題ではない。昨年12月には、日本原子力発電㈱敦賀原発2号機の安全審査においても不備が発覚した。敦賀2号機の審査は、資料の書き換え問題を受けて2年間中断していた。しかし、審査再開後に提出された新たな資料にも157ヶ所の不備が発覚、原子力規制委は再度の審査中断もあり得る旨、同社に注意喚起している。

昨年、国は原子力政策の転換を発表した※1。開催中の通常国会には原発の運転期間延長を認める法案が提出される。福島第一原発汚染水のALPS処理水の海洋放出の準備も進む。一方、安全性、経済性、あるいは安全保障の観点からも政策転換への賛否は割れる。海洋放出の是非が問われた2021年3月、筆者は事業者の資質、情報の公開性、原子力行政の責任の所在の明確化が汚染水処理問題を考えるための前提である、と書いた※2。何度でも繰り返そう。ここに対する信任こそが議論の出発点である。

※1
「政府、原子力に舵をきる。私たちは未来に何を残すのか、責任は軽くない」今週のひらめき視点 2022.10.2 – 10.6
※2 「汚染水の海洋放出問題、原子力政策に対する信頼の回復が鍵」今週のひらめき視点 2021.3.14 – 3.18

2023 / 01 / 20
今週の“ひらめき”視点
オゾンホール消滅へ。世界が足並みを揃えたフロン規制の成果

国連環境計画(UNEP)、世界気象機関(WMO)、米国海洋大気庁(NOAA)などで構成されるオゾン層に関する科学評価パネルは、1月9日、アメリカ気象学会の第103回年次総会で、「現在の規制が維持されるならば、南極上空のオゾン層は2066年頃までに、北極でも2045年頃まで、その他の地域でも2040年頃までにオゾンホールが出現する以前、1980年のレベルまで回復するだろう」との予測を発表した。

太陽からの有害な紫外線を遮ってきたオゾン層が、冷媒として使われるフロンによって消失する可能性があることは早くから指摘されてきた。そして、世界がそれを現実の危機として共有するのは、南極上空ではじめてオゾンホールが確認された1984年である。その5年後、フロンなどオゾン層破壊物質を規制する国際条約 “モントリオール議定書” が発効、以後、規制対象となった特定フロンの生産と利用が段階的に廃止されてゆく。結果、「現在までにほぼ99%の削減を確認、地球を覆う成層圏上部のオゾン層は順調に回復しつつある」(UNEP)という。

特定フロン(CFC、HCFC)の代替として普及した冷媒は “オゾン破壊係数” ゼロのHFCである。ただ、HFCは、CO2と比較して何倍の温室効果があるかを示す “地球温暖化係数(GWP)” の値が高い。当初、家庭用エアコンなどで主流となったHFC(R-410A)のGWP値は2090倍、これに代わりつつあるHFC(R-32)も同675倍である。モントリオール議定書は2016年に改定、HFCを強力な温室効果ガスと位置づけたうえで段階的な削減を義務付けた(キガリ改正)。

日本もキガリ改正の着実な履行に向けてフロン対策を強化する。HFCの低GWP化目標を2030年に450倍、2036年には10倍程度以下に設定するとともに、次世代グリーン冷媒の開発、既存機器からの漏洩対策、廃棄機器からの冷媒回収の徹底、を官民連携のもとで推進する。
今回の成果を受け、WMOのPetteri Taalas事務総長は「オゾン対策の成功は気候変動対策の先行事例である」と声明した。恐らく、新たな分断に直面する世界へのメッセージでもあろう。地球課題への対応は待ったなしである。戦争などしている時ではない。

2023 / 01 / 13
今週の“ひらめき”視点
官民のサービスをフルに活用し、中小企業は海外市場に活路を!

昨年末、政府の総合経済対策の一環として「新規輸出1万者支援プログラム」と銘打った中小企業向け施策がスタートした。輸出に関心のある事業者を掘り起こし、事業計画の策定から販促支援まで、実務に精通した専門家が伴走支援する。補助金の対象範囲も広く、輸出にチャレンジしたい中小企業の背中を押すことが狙いである。とは言え、施策目標として掲げた「円安を活かした経済構造の強靭化」との表現には違和感を覚える。円安を輸出の契機とすることに異論はない。しかし、安さで訴求した顧客はいずれその価格では満足しない。政府が取り組むべきは「為替に左右されない強靭な経済構造」であって、中小企業のポテンシャルを国際競争力に高めることが施策の本意であって欲しい。

そもそも大手企業のサプライチェーンで鍛えられた中小企業の潜在能力は高い。海外勢もその実力を認識している。しかし、外国語対応力を含め、海外事業部門を持てる中小企業は多くない。つまり、そこに大きなミスマッチ、言い換えれば事業機会があるということだ。筆者はある展示会で、「貴社へ届いた海外からの問い合わせを買い取ります!」とアピールするスタートアップに出会った。社名は株式会社ノーパット(久保勇太社長)、本業は大型機械、生鮮食品、危険品、小ロットなど言わば “一癖ある” 海外物流に強みがあるロジスティックス企業である。

同社のサービスはシンプルだ。例えば、外国語の引き合いメールを受け取ったA社が同社へこれを転送する。同社がこれを引き継ぎ、相手先との商談を進める。契約が成立すると同社が製品を買い取り、代金を円建で支払う。同社の利益はA社の国内出荷額に上乗せした手数料のみ、つまり、A社にとっては通常の国内売上として実質的な輸出が完結する。そこから先、輸出関連実務は同社の得意とするところだ。対応言語は10ヵ国後、筆者は社内を見学させていただいたが、若い外国人スタッフたちがオンラインで海外企業との商談を進めていた。

同社のビジネスモデルで注目すべきは単なる営業代行でも商社でもないということだ。「外国語の交渉は当社が代行する、製品も当社が買い取る。しかし、商談には必ず中小企業の担当者に同席してもらうなど、買い手である海外企業と作り手である中小企業との直接的な関係づくりを大事にしている。そうすることで取引の継続はもちろん、新たな事業機会の創出につながる」(久保社長)という。コロナ禍による移動制限は直接的な関係性の価値をこれまで以上に高めた。世界が再び開かれつつある今、まさに新たな市場開拓のチャンスだ。地方にはまだまだ自身の実力に気づいていない中小企業も多い。是非とも、円安のその先を見据えた戦略をもって、海外市場に挑戦していただきたい。

※株式会社ノーパット:
買取サービスURL:
https://impuser.com
メインサイトURL:https://www.nopat.co.jp

2022 / 12 / 23
今週の“ひらめき”視点
経済安全保障、新たなリスクと制約の中にチャンスを見出せ

12月20日、政府はこの5月に成立した経済安全保障推進法にもとづく「特定重要物資」を閣議決定した。対象は半導体、蓄電池、工作機械、天然ガス、重要鉱物、永久磁石、抗菌薬、肥料、船舶部品など11分野、国民生活や経済活動を維持するために必須な資源、部品、材料が指定された。政府は、今後それぞれの品目について供給網の多様化、国内生産体制の整備、代替物資の開発、備蓄能力の強化に向けた具体化策を策定、有事における安定供給体制の実現を目指す。

言うまでもなく最大のリスクは中国である。民間にあっても「チャイナプラスワン」はここ十数年来のテーマだった。しかしながら、生産拠点として、また、巨大な成長市場として投資を続けてきた企業にとって中国からの完全撤退は容易ではない。販路や調達先のもう一段の多様化と事業の質的転換をどう進めるかが課題だ。一方、同盟国である米国の経済安全保障政策もまた日本企業にとって一定の制約となりつつある。「再輸出に関する域外適用ルール」の問題に加えて、今、とりわけ取り沙汰されているのは8月に成立した通称 “インフレ抑制法” だ。

同法の狙いは、物価の上昇を押さえるとともに気候変動対策やエネルギー安全保障を進めることにある。しかしながら、例えばEVについては生産国や部材の調達先によって補助金や税控除が決まるなど、産業政策的には極めて保護主義的な内容となっている。法律の細部については修正の余地が残されているというが、北米市場で競争力を維持するには米国内に生産拠点を持つ必要が生じる可能性もある。EUはこれに反発、日本企業にも懸念が広がる。

国際情勢の急変を受け、世界が自国の経済安全保障の強化に向かう。ただ、各国がこれを徹底すればするほど分断は細分化され、結果、成長機会は制限される。国際機関の調整力や国レベルの外交力が問われるところである。一方、個々の企業にあっても公平、公正なルール、共通の価値観という視点から事業全体を点検し、市場戦略やサプライチェーンの再構築に先手を打っておくべきであろう。特定重要物資11分野はもちろん、すべての企業がこれまで以上に地政学リスクへの感度を高めておく必要がある。いずれにせよ、変化は最大のチャンスだ。まずはリスクを現実のものとして受け入れ、そのうえで新たな成長機会を見出してゆきたい。2023年、新たな年が待ち遠しい。どうぞ良いお年をお迎えください。

2022 / 12 / 09
今週の“ひらめき”視点
第2次補正予算、景気押上効果に疑問、未来に対する裏付けも乏しい

12月2日、第2次補正予算が成立した。一般会計の歳出総額は28兆9222億円、政府試算によるGDPの押上効果は実質ベースで4.6%、「世界的な物価高と景気減速懸念が高まる中、国民の生活と企業活動をしっかり支え、日本経済を一段高い成長路線に乗せるための投資」と説明された。
とは言え、およそ29兆円もの莫大な補正にどれだけ短期的かつ直接的な景気浮揚効果があるか疑問である。29兆円のうち使途が決まっていない予備費は4.7兆円、特定の政策目的のために資金を積み立てる基金への歳出が8.9兆円である。本来、補正とは、本予算の策定後に生じた “特に緊要となった経費”、つまり、一時的に必要な緊急支出に対応すべく追加的に組まれる予算である。「30兆円の経済対策」という政治的インパクトを優先させた “規模ありきの数字” との印象は拭えない。

もちろん、不測の事態に備えるための予備費や長期的視点にもとづく投資は必要だ。中小企業のイノベーションは重要施策であり、抗菌薬の国産化やキャリアップ支援も大切だ。しかし、これらは補正で組むべき予算か。既存の34基金に加えて、このタイミングで新たに16もの基金を新設する必要はあるのか。国家の長期戦略に関わるこれらの事業は “補正” という緊急的な枠組みの中ではなく、しっかりした政策のもと、検証可能な予算として投資決定されるのが筋であろう。

7日、国土交通省は北海道新幹線の延伸費用が6450億円上振れし、総額で2兆3千億円超となると発表した。果たして、この事業は回収が見込めるのか。きちんと投資効果に対する検証はなされるのか。上振れ分は誰が負担するのか。同日、デジタル田園都市国家構想交付金の受給要件が明らかになった。マイナンバーカードの申請率が53.9%以上の自治体に受給資格が与えられる。補正に計上されたこのための予算は800億円とのことであるが、そもそも国民の利益に叶うのであれば、なぜ堂々と義務化を論じないのか。

政府は防衛費に今後5年間で従来予算の1.5倍、43兆円を投じる。年間4兆円の不足財源は歳出改革、税外収入、剰余金で3兆円、残る1兆円を増税で確保する。しかしながら、歳出改革、すなわち何を削減するのかは明らかにされていないし、増税の議論もこれからだ。そもそも補正の財源も22.8兆円が国債の追加発行である。何もかも先送り、場当たり的、そして、ご都合主義だ。ある政権幹部は「増税論を統一地方選前に出すのはマイナス」と発言した。いや、そうではない。便益と負担がセットでなければ政策ではないし、そうあってはじめて未来の全体像が見えてくる。将来を見通すための政策論争を望む。

2022 / 12 / 02
今週の“ひらめき”視点
ゼロコロナ抗議デモ、中国全土へ。「白い紙」に託した声は届くか

ゼロコロナ政策への忍耐が限界だ。11月中旬以降、新型コロナウイルスの1日当り感染者数が連日最多を更新、ロックダウンは中国全土で2万か所に及んだ。そして、24日、新疆ウイグル自治区で火災が発生、10名の命が失われる。ニュースは「ロックダウンによって消防車の到着が遅れた」とのコメントとともにSNSで拡散、これが全土に波及した抗議デモの発端となる。

要求は都市封鎖の解除、移動制限の緩和から現指導部の退陣、言論の自由、民主化へと向かう。抗議行動は習近平国家主席の母校清華大学にも広がった。学生たちが掲げる白い紙は、“言いたいことを言えない社会” の象徴だ。
そして、29日、当局はデモを念頭に「敵対勢力による浸透・破壊工作に毅然として痛撃を与える」と声明した。国家安全維持法によって圧殺された香港の民主化運動、そして、1989年の天安門の悲劇が直ちに思い起こされる。

30日、混乱の最中、江沢民元国家主席が死去した。果たしてこのタイミングでの江氏の不在は事態に変化をもたらすか。確かに彼は現指導部にとって一定の “重石” であったかもしれない。しかし、民主化運動を “動乱” と断罪した鄧小平氏を引き継ぎ、今日まで続く統制社会への道筋をつけたのはまさにその江氏だ。その意味で現指導部も彼の正統な後継者であり、したがって、デモの要求を呑む形でのゼロコロナの放棄はあり得ないし、抗議行動への容赦もないだろう。

習氏は江氏の死去を受けて「悲しみを乗り越え、中華民族の復興のために団結、奮闘する」と述べた。政策や考え方を異にする者を “敵対勢力” とみなし、これを排除するための “団結” や “奮闘” が何を意味するのか、あえて指摘するまでもあるまい。とは言え、デモは必ずしも “民主化” に向けて一本化されているわけではない。隔離政策や行動制限が緩和され、日常が回復し、生活の安定に見通しがつけば総じて怒りは収束してゆく可能性が高い。問題はその時、取り残されるであろう “白い紙たち” だ。彼らの行方が心配だ。