今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2023 / 07 / 21
今週の“ひらめき”視点
百貨店、復調は本物か。新たな業態開発に向けて積極投資を

百貨店の売上が改善基調にある。日本百貨店協会によると5月の全国百貨店の売上高は前年同月比+6.3%(店舗数調整後)、入店客数は同+4.5%、いずれも15か月連続で前年を上回った。要因は新型コロナの感染症区分の変更とインバウンド需要の戻りである。総売上の約95%を占める内需は前年同月比+2.3%、15か月連続の増収、インバウンドは同+250%、こちらも14か月連続でプラスとなった。5月の訪日外国人数は約189万9千人、コロナ前の2019年比で▲31.5%(日本政府観光局)、6月の訪日客が200万人を突破したことを鑑みてもインバウンドの回復余地は大きい。

商品別では婦人服、身の回り品、雑貨、食料品など、主力商材がいずれも好調、旅行、ビジネス、行事、催事など外出機会の増加が売上を牽引した。地区別では京都、大阪、神戸、福岡が二桁の伸び、名古屋、東京がこれに続く。
こうした中、百貨店を販路とするメーカーや卸も “復調” に期待を寄せる。とりわけ、百貨店市場の縮小とともに苦戦を強いられてきた “百貨店アパレル” も一息つく格好だ。その代表格オンワードホールディングスは2024年2月期業績予想を上方修正、売上は前期比+7.2%、営業利益同+91.8%を見込む。

とは言え、“復調” はあくまでも前年比、すなわちコロナ禍3年目の2022年との比較であって百貨店の競争力低下そのものに歯止めがかかったわけではない。確かに内需もプラス基調であるが、コロナ禍前の2019年5月と比較すると▲2.7%という水準にとどまる。また、全国ベースにおける “復調” を支えているのはあくまでも都市部の需要であって、主要10都市を除く百貨店の売上は前年同月比▲0.1%、厳しい状況に変わりはない。

コロナ禍の3年間、筆者は「新型コロナは構造変化を加速、変革のための猶予期間を短縮させた」と書いてきた※1。果たして従来型百貨店市場の縮小に後退はないだろう。上記オンワードの基本戦略は構造改革、すなわち “脱百貨店” であり、ECの売上比率は既に3割に迫る。つまり、百貨店は自らの “復調” によって離反する側に一時的な猶予を提供していると言える。一方、それは百貨店自身にとっても同様である。“復調” によって稼ぎ出した時間と原資を従来型ビジネスモデルからの脱却にどれだけ投資出来るか、今、百貨店に問われているのはまさにそこだ。そう、渦中の「そごう・西武」こそ未来に向けての新たな一歩を踏み出していただきたく思う。

※1 「コロナ禍、収束へ。後戻りはない、この3年間の経験を未来へ」今週の"ひらめき"視点 2023.4.30 – 5.11

2023 / 07 / 14
今週の“ひらめき”視点
暑い! 世界の平均気温、最高値を更新。脱炭素に向けて実効性の高い対策を

世界の気温上昇が止まらない。世界気象機関(WMO)は7月3日の世界の平均気温が観測を始めた1979年以降の最高値17.01℃となったと発表した。これ以降、連日、最高値を更新、7日には17.24℃を記録した。海水温の上昇も続いている。世界の海面温度は5月~6月に過去最高を記録、南極の海氷レベルも観測以来過去最低水準まで低下した(WMO)。米海洋大気庁によるとこの9日から10日にかけてメキシコ湾からフロリダ半島南西部の一部海面温度は35~36℃に達したという。

気温と雨量の相関は言うまでもない。9日から10日にかけて米ニューヨーク州に降った大雨は「千年に一度」と形容された。日本もまた然りである。九州は再び豪雨災害に見舞われた。2014年の広島北部豪雨以来、“線状降水帯” の発生はもはや日常茶飯事である。「数十年に一度」の大雨も各地で頻発する。多くの人命とともに生活基盤、経済活動、都市機能、そして、生態系そのものが危機に晒される。

猛暑の直接的な要因は太平洋の日付変更線から南米ペルー沖の海水温が平年より高くなるエルニーニョ現象である。7年ぶりに発生した今回のエルニーニョは通常より温度差が大きい “スーパー・エルニーニョ” と呼ばれ、影響は広範かつ深刻だ。スペイン、ポルトガル、イタリア、北米、中国、アジア各国で記録的な猛暑となっており、インド北西部では最高気温が50℃を越えた。

エルニーニョの “スーパー化” の背景に地球温暖化があるだろうことは誰もが察するところである。一方、“異常気象は10万年単位で繰り返される地球のサイクルが主因である” など地球温暖化を過小評価する向きもある。しかしながら、産業革命以降、世界の気温上昇の速度を押し上げた要因にCO2濃度の増加があることは疑う余地はなく、であれば私たちは私たち自身に出来ることを政策的に進めるしかあるまい。

今年11月~12月、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイでCOP28が開催される。議長を務める産業・先端技術大臣スルタン・ジャベル氏がアブダビ国営石油のCEOを兼務していることへの批判も根強い。しかし、その彼も「化石燃料の段階的な削減は避けられない。2050年までに排出の実質ゼロを達成したい」との考えを表明、「エネルギー転換は既存業界にとってもチャンス」であると語っている。COPは常に先進国と途上国など様々な立場の国益が対立する場となる。それゆえに調整役として彼の手腕が問われる。大胆かつ実効性の高い “現実解” に期待したい。

2023 / 07 / 07
今週の“ひらめき”視点
終わりの見えない難民問題。一人一人の人生に向き合うことが解決の出発点

キム・ハク氏の写真展「生きる Ⅳ」を観た。氏は1981年生まれのカンボジア人、「生きる」は国民の2割、約170万人を虐殺したクメール・ルージュの時代(1975-1979)を生き抜いた難民たちを記録するプロジェクトである。時を経て、権力による暴力を直接経験した世代と若い世代との意識差が広がる。氏は難民たちの「持ち物」を手掛かりにそのギャップを埋める。ロン・ノル時代に発行されたパスポート、母の形見のピアス、再入国許可証、仏陀のペンダント、故郷の歌を録音したカセットテープ、、、それぞれが一人一人の物語を静かに語る。

先月、改正入管法が成立した。しかし、人権上の課題や問題が解決したわけではない。スリランカ出身の女性が入管施設で収容中に亡くなったことは記憶に新しいが、国連人権理事会も繰り返し制度の改善を求めている。一方、強制送還のルールが機能していない、法律を守らない外国人は送り返すべきとの声も聞こえてくる。しかし、退去命令に対する送還率は9割以上、在留期限超過等の違反を除くと刑罰法令違反者は数パーセントに過ぎない。送還に応じられない人の多くは家族との分断や帰国後の迫害リスクなど配慮すべき特別な事情を抱えている。

2022年、日本の難民認定者数は申請数3722人に対して202人、前年比で128人増加した。結果、認定率も3%から5%へ上昇した。しかしながら、多くはアフガニスタンの日本大使館職員とその家族であり、言わば “例外的” な事情が背景にあったと言える。それでも先進国の認定率と比較すると極端に低い。国連難民高等弁務官事務所によると世界の難民は1億840万人に達する。戦争、内戦、宗教、思想統制などを理由に故郷を捨てざるを得ない人は絶えることがない。まずは難民の認定基準を国際基準に合わせること、そして、収容や送還判断には司法を介在させるなど、法の支配と民主主義を掲げる国家に相応しい制度を検討していただきたい。

7月5日、クメール・ルージュ以後のカンボジアの再建に重要な役割を果たし、1985年から政権の座にあるフン・セン氏が米IT大手メタ(旧Facebook)の関係者を国外追放処分にすると発表した。与党の不正を指摘した野党に対して「ギャングを送り込む」と脅したフン・セン氏の投稿を “暴力の扇動に当たる” とし、氏のアカウントの凍結を勧告したことへの対抗措置という。カンボジアを祖国とする人たちが安心して帰還できる日はまだ遠いということか。
ハク氏の写真展はYOKOHAMA COAST ROOM3にて7月9日まで開催されている。共生とは、多様性とは、国籍とは、難民とは、あらためて自分事として考えてみたい。

2023 / 06 / 30
今週の“ひらめき”視点
神宮外苑再開発、樹木伐採へ。都市計画プロセスの在り方を見直せ

25日、作家の村上春樹氏は自身がMCを務めるラジオ番組で神宮外苑の再開発に言及、「このままの緑を残して欲しい。一度壊したものは元に戻らない」と語った。この事業は現在の神宮球場、秩父宮ラグビー場を解体、建て替えるとともに180-190m級の高層ビルを複数棟建設するなど、2036年の完成を目指して神宮外苑一帯を再整備するというもの。神宮第二球場の解体は既に3月から始まっており、村上氏の発言は鉄塔の撤去作業に合わせていよいよ始まる樹木の伐採を前にしてのものである。

問題の焦点は工事に伴う樹木の伐採と絵画館前の銀杏並木の保全である。事業者側は当初971本の伐採を計画していたが、最終的に556本に削減、移植・植樹の可能性等を引き続き検討するとし、昨年の8月、東京都はこれを了承した。しかしながら、計画の中止を求める声も根強い。日本イコモス国内委員会(ICOMOS)は再開発の見直しを求める声明を発表、都民による反対署名も5月までに19万5千筆に達している。この3月に逝去した音楽家の坂本龍一氏が「先人が100年かけて守り育ててきた樹々を伐採しないで欲しい」旨の手紙を東京都知事など関連行政機関の長に宛てて出していたことも記憶に新しい。

そもそもの問題は計画の進め方にある。再開発計画は2013年、五輪招致決定直後から水面下で始動する。都は神宮外苑エリアについて、土地利用に際して自然景観の保全を優先させる風致地区の指定を外すとともに、都市計画公園指定を解除して再開発を可能とする「公園まちづくり制度」を創設、大規模再開発の道筋を段階的に整えてゆく。確かに手続き上の瑕疵はない。とは言え、計画の詳細が公表されたのは2021年末、つまり、都市計画の策定に際して都民の側が参画する機会が実質的に閉ざされていたということである。

今や公益性と事業性を単なる対立軸として捉える時代ではないし、「法令上問題ない」などという行政の強弁も時代にそぐわない。行政の役割は公正でオープンな合意形成の仕組みづくりにあると言え、是非とも未来に禍根を残さない道を探っていただきたい。
さて、再開発は「 “東京2020オリンピック・パラリンピック” のレガシーを次世代に引き継ぐため」ともされる。なるほど、そうなのか。本稿を書きながら、あるスポーツメーカーにて、解体された旧国立競技場のトラックの一部を見せていただいたことを思い出した。そこには切り取られた100m走のスタートラインがあった。戦後の復興を象徴するとともに日本のスポーツ文化の歴史を刻んできた貴重な “文化遺産” を改修可能性に関する議論を深めることなくさっさと解体しておきながら、レガシーも何もないだろ!? こんな思いが今更ながら蘇ってきた。

2023 / 06 / 23
今週の“ひらめき”視点
次世代半導体、国策プロジェクト「ラピダス」始動、成功の鍵は技術者の育成

6月18日、北海道千歳市を西村経済産業大臣が訪問、次世代半導体の国産化を目指す「ラピダス」の工場建設予定地を視察した。国は新工場の建設費用として既に3300億円の助成を決定しているが、鈴木北海道知事はインフラ整備への追加支援を国に要請、西村氏は「しっかり検討したい」と応じた。
産業競争力の強化、そして、経済安全保障という観点から半導体の戦略的重要性は論を俟たない。しかし、かつて世界市場の過半を押さえた日本勢のシェアは今や一桁台、日本の半導体産業は「10年から20年遅れている」というのが現状だ。

そこで、ラピダスである。同社は2022年8月、国内企業8社(キオクシア、ソニー、トヨタ、デンソー、ソフトバンク、NEC、NTT、三菱UFJ銀行)の出資を受けて設立、2025年に試作ラインを立ち上げ、2027年までに2nm世代の量産化を目指す。現在の日本の量産化技術が40nm程度であることを鑑みると、周回遅れから一挙に世界のトップグループに並ぶ目算だ。同社によれば「日本は製造装置や材料分野で世界をリードしており、その強みが活かせる。また、量産化に向けての先端技術は世界有数の半導体研究機関アイメック(ベルギー)とIBM(米)との提携を通じて習得する」という。

課題は資金だ。今後、技術開発と生産ライン整備に5兆円規模の投資が必要だ。しかし、上記8社の出資総額は73億円、よって国の追加支援が必須となる。とは言え、それでも物足りない。既に3nm世代の量産化を実現している半導体ファウンドリ最大手TSMC(台湾)の年間投資額は300-400億ドルだ。加えて半導体市場の不安定さは言うに及ばない。国の関与が事業の成功を保証しないことはエルピーダ、JDI、JOLEDの事例をみれば明らかである。果たして国はどこまでリスクをとるのか、投じた国費は回収できるのか。

ラピダスは「日の丸連合では勝てない、国際連携で勝負」という。しかしながら、資金を国に頼り、重要技術を海外企業に依存したまま事業を主導できるのか。この4月、米半導体大手グローバルファウンドリーズはラピダスなどに企業機密を漏洩したとしてIBMを提訴した。一方、経済安全保障も当然ながら日本だけの問題でなく、それは常に自国ファーストだ。米政府がEVの税優遇で同盟国である日韓欧州を除外したことは記憶に新しい。結局、事業の成功要件は自前の技術力であり、未来を担う人材の育成が鍵となる。そして、出来れば成功体験を知らないミレニアル世代以降の経営者がいい。ここが成功への近道である。

2023 / 06 / 16
今週の“ひらめき”視点
タクシー業界、地方では規制緩和、都市部では供給不足。メリハリの利いた施策を

タクシー行政が転換点にある。国土交通省は公共交通の利用者が少なく、将来的にその維持が困難な地域におけるタクシー会社の事業継続と新規参入を促すべく、規制緩和に踏み切る。これまでタクシー会社は営業所の開設に際して原則5台以上の車両を保有することが義務付けられてきたが、今回の方針転換により5台未満でも営業所の維持が可能となる。また、個人タクシーについても「人口30万人以上」との営業条件を緩和、過疎地域でも営業が可能となる。

従来、タクシー行政の基本は「規制の再強化」にあった。2002年の規制緩和後、業界は供給過剰状態に陥った。これを是正すべく、2009年、タクシー業界の適正化と活性化に関する特別措置法が成立する。事業者は適正化に向けての計画策定が求められ、増車は届出から許可制へ、新規参入要件も厳格化された。結果、事業者数は特措法前年の2008年度末の7,106社から2019年度末には5,980社へ、輸送人員も同期間に2,025百万人から1,268百万人へ減少する。そこへ新型コロナだ。

コロナ禍初年度、2020年度の輸送人員は前年比4割減。国土交通省は未稼働車両の維持コストを抑えるため「臨時的に休車を認める特例制度」を創設、休車数は1万台を越えた。現在、2024年3月末を臨時休車されてきた車両数の復活期限としているが、業界は期限の延長を要望する。背景には車両の調達計画の遅れ、加えてドライバー不足がある。コロナ禍における離職者の増加、高齢化、そして、「2024年問題」だ。ドライバーの時間外労働に上限を設定するこの問題は “物流業界の2024年問題” としてクローズアップされているが、タクシー業界も例外ではない。

ドライバーの時間外労働規制は一人当たり稼働時間の減少を意味する。もちろん、ドライバーの健康と利用者の安全が担保されるという意味では歓迎すべきである。とは言え、コスト増を運賃に転嫁できなければ、事業者はもちろん、歩合に支えられたドライバーへの影響は小さくない。コロナ禍の収束に伴い都市部や観光地の需給はタイトになっており、人手不足が解消されなければ「タクシーがつかまらない」状況の悪化も避けられない。一方、地方の需要減は構造的である。地域の需要に応じたきめ細かな施策が不可欠であり、とりわけ、地方においては官民、業種業態を越えての交通弱者対策が求められよう。

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