今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2022 / 11 / 25
今週の“ひらめき”視点
多様な未来にチャンスを! 晩秋の南信州でみた地方の可能性。

11月19日~20日、「りんごの里信州・飯田と絶景の秘境を歩く旅」と題した飯田市モニターツアーに参加した。ツアーは飯田市役所 “結いターン移住定住推進課” と同市出身で全国各地の田舎再生を支援するNPO法人えがおつなげて(北杜市)の曾根原久司代表、同じく地元出身で内外の旅行企画と地方創生に取り組む㈱せかいをつなぐ(調布市)の市瀬達幸社長、編集者でライターの外島美紀子氏が中心となって準備、高質な観光コンテンツで新たな関係人口の創出をはかることが狙いである。青山学院大学教授で青山学院ヒューマン・イノベーション・コンサルティング㈱代表取締役の玉木欽也氏、(一社)能登里海教育研究所の浦田慎主幹研究員、そして、筆者の3人が招待された。

ツアーはJR飯田線の飯田駅からスタート、秘境駅、茶畑、温泉、古民家宿、天竜峡、りんご狩り体験とまさにフルコース、名所や絶景は期待通りの素晴らしさだ。人口当り日本一を誇る焼き肉店の多さが象徴する “焼き肉愛” や伊那谷固有の昆虫食など地域の食文化への理解も深まった。難所続きの鉄道敷設を率いたアイヌの川村カネト氏の逸話、独特の所作で名高い大名行列の由来など、沿線の歴史や文化を語ってくれたのは真空管ラジオの再生工房を営む勝野薫氏だ。

ハイライトは当地に生きる若い3人の物語。中井侍のお茶農家、二代目七郎平、静岡に生まれ岩手大を卒業し、この地に根付く。「茶摘みに必要な資質は運動能力」と楽しそうに語る彼に “秘境” のイメージはない。お茶栽培にとっての適地であることが、彼がここを選んだ理由であろう。築130年の古民家宿 “燕と土と”、オーナーは都会でのホテル修行を経て地元へUターンした起業家だ。「妻は来年、認定農業者となる」と目を細めつつ、事業拡大への意欲を語る。そして、りんご農家 “たつみ農園” の四代目。彼は、「観光客はもちろん地元との関係づくりが大切だ」と説く。従来、横のつながりが希薄であった地区の農家に声をかけ、地域全体でのイベントを仕掛ける。

まさに三者三様ではあるが、共通するのはそれぞれの未来への信頼である。彼らのフィールドがこの地であることの必然性もそれゆえである。筆者と同じ立場でツアーに参加した浦田氏が飯田線の貨物輸送の歴史を解説してくれた。今は無人駅となった駅からも多くの資材や産品が出荷されていた。かつて、それらの地にもその必然性があったということだ。地域の多様性はなぜ失われたのか。標準化と効率化への画一的な要請が過疎を促した背景にあるとすれば、今はまさに転換期である。そこに住む人、その地を訪れた人が、その地に自分自身の未来を描くことが出来るか、その機会をいかに創出するか、行政の役割も小さくない。がんばれ、飯田市。

※結いターン:飯田の語源である“結い(助け合う)の田”とUターン+Iターン=UI(ユイ)を掛け合わせた造語

2022 / 11 / 18
今週の“ひらめき”視点
社内に埋もれた可能性を引き出せ。組織の活性化と事業創出にチャンスを!

11月15日、経済産業省のスタートアップ創出支援制度「大企業人材等新規事業創造支援事業費補助金」の執行団体である(一社)社会実装推進センター(JISSUI)が令和4年度2次公募の審査結果を発表した、、、と書き出したものの、そもそもこの制度をご存知ない方も多いと思う。一言でいうと、会社に席を置いたまま社員が起業に挑戦することをサポートする制度である。

狙いは大企業の活性化と新規事業の創出。社員は退職することなく自己資金や金融機関からの投融資で起業、自らが起業したスタートアップに “出向” という形をとることで新会社の経営に専念する。その際、出向元企業の新会社に対する持分比率は20%未満に抑えられる。つまり、起業社員は既存業務から完全に切り離され、また、新会社は重要な意思決定に際して出向元企業からの制約を受けない。

起業社員にとってのメリットは言うまでもない。出向であるがゆえに給与は支払われるし、例え失敗しても出向元に戻ることが出来る。企業にとっては、実践力と経営視点をもった人材の育成、社内の活性化、加えて、優先買収交渉権を持つことで成功したスタートアップの本体への取り込み(スピンイン)も期待できる。既存の大組織がもっとも不得手とする新規事業の立ち上げプロセスを外部資金と経験豊富なアクセラレーターに任せることが出来る利点も大きいだろう。

今回採択されたスタートアップはミズノ社員による左右別サイズのスポーツシューズの購買サービス、サントリーホールディングス社員が立ち上げた飲食店専門のM&A仲介プラットフォーム、日揮グローバル社員による海外駐在員のための自己採血キットによる郵送検査サービス事業等5件※1、いずれも本業との関連またはその周辺に見つけた新たな需要と言えるが、事業スケールやビジネスモデルにおいて本体とのシナジーが小さく、また、ノウハウという面においても本体での事業化はハードルが高いと言える。

本制度のスタートは令和元年、これまで33件が採択された。大企業が抱え込んだ優秀な人材や活かしきれていない経営資源に新たな事業創出機会を提供する意義は大きい。何よりも、現状に甘んじがちな組織にとって大きな刺激になるだろう。新規事業創出のエコシステムの新たなカタチとして定着することを期待する。
当社も、当社の人脈、情報、知見を活かした次世代事業をスタートさせた。事業名は「ビジネス原石を輝かせるプラットフォーム※2」、文字通り、埋もれたままの地方や中小企業の技術や製品、大きな組織の中で封印されたビジネスプラン、時代が追いついてこないビジネスアイデアたちを見出し、磨き上げ、未来につなげるビジネスだ。埃をかぶったままの原石たちにチャンスを与えるべく当社も微力を尽くしたい。

※1. 採択された他の2案件は、ソフトバンク社員が起業した屋外広告取引プラットフォームと㈱メブキの不動産管理会社向け業務DXツール、後者は「MBO型企業枠」での採択

※2.
ビジネス原石を輝かせるプラットフォーム スタートアップ&事業創造支援サービス(矢野経済研究所)

2022 / 11 / 11
今週の“ひらめき”視点
宇宙輸送の実現に向けて、民に開かれた研究開発体制を

11月7日、宇宙へ旅立ってちょうど1か月、ISSに滞在する若田光一宇宙飛行士が上空から日本付近を撮影した画像をアップした。「各地の街の明かりがよく見えました」とのコメントどおり、東京湾を中央に構図した首都圏の写真はまさに広域地図そのままである。多摩川の流れや小田急線に沿った街の灯りも確認でき、筆者の自宅はこの辺りかな、などと宇宙からの眺めを疑似体験させていただいた。

私たちにとって宇宙はまだ特別な空間だ。しかしながら、今、宇宙をルートにした輸送システムが現実の産業領域となりつつある。文部科学省は「革新的将来宇宙輸送システム」の実現に向けたロードマップを策定、2030年頃を目途にコストをH3ロケットの半分程度に抑えた“基幹ロケット発展型”を打ち上げ、2040年頃には2地点間高速輸送に適用可能な “高頻度往還飛行システム” の実現を目指す。この時のコストはH3の1/10以下だ。

今年6月に開催された(一社)宇宙旅客輸送推進協議会(SLA)の第3回シンポジウムでは、SLAが提示したインプットパッケージをベースに試算された2040年時点における宇宙輸送の世界市場規模が発表された。これによるとヒトの輸送とモノの輸送を合わせた総市場規模は計11兆円を越える。実現すれば、東京と米西海岸、東京と欧州は、平均時速9000㎞で、それぞれ約60分で結ばれる。

もちろん、そのためには機体を帰還・回収する技術、点検・整備や部品の供給体制の構築、運行システム、地上側施設、環境負荷など、解決すべき課題が山積する。JAXAではこれらの解決に向けて「革新的将来宇宙プログラム」をスタート、機体の再利用と低コスト化の実現に向けて宇宙関連はもとより非宇宙の業界や大学等の研究機関に対して研究提案を呼びかける。

内閣府 宇宙開発戦略推進事務局が策定した宇宙関係の令和5年度予算概算要求の総額は前年度比24%増の4824億円、うち、「将来宇宙輸送システムロードマップの実現」のための研究開発予算は66億円だ。予算額の妥当性を評価できる知見は筆者にないが、民間からの投資の必要性は自明である。宇宙、非宇宙を問わずより多くの企業の参画を促すためには事業予見性への信頼が不可欠だ。ロードマップの進捗に関する情報共有を前提とした産学に開かれた共創型の体制で研究開発を加速していただきたく思う。

2022 / 10 / 28
今週の“ひらめき”視点
持続可能社会の実現に向けて。北杜市を舞台に共創イノベーションが始動

10月25~26日、山梨県北杜市で慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)の山形与志樹教授が主催する未来社会共創イノベーションラボ※1のワークショップが開催された。テーマは「ゼロカーボンでウェルビーイングな北杜市の実現に向けて」、地産地消グリーン電力、自動運転EV、ゼロエミビレッジ、花と緑のワデュケーション、ドローン林業、そして、未来の観光ビジョンなど、多様な視点からの報告と議論が2日間にわたって展開された。

主催者である山形教授の研究テーマは未来都市デザイン。交通、エネルギー、産業、地域を1つのシステムとして捉え、先端テクノロジーを活用した持続可能なスマートシティづくりを目指す。北杜市では、オーストリアのWerfenweng村を拠点に環境にやさしい広域ツーリズムを推進するNGO「アルパイン・パールズ」をロールモデルに “まだ誰も見たことのない未来社会づくり” に挑む。まずは観光拠点である清里エリアと行政機関、市立病院、コミュニティホールなどが集中する長坂エリアを仮想フィールドに、自動運転EV、ドローン、地産地消エネルギーを活用したサスティナブルな地域づくりを提案してゆく。

当社からは、当社カーボンニュートラルビジネス研究所※2が八ヶ岳山麓でスタートさせた地域経済循環モデルの実証プロジェクトについて伊藤愛子所長が講演、ワークショップにはエネルギーと住環境を担当する調査チームのリーダーと観光消費の経済波及効果やAIを使った産業別未来予測に取り組む研究員、そして、筆者の3名が参加、次世代モビリティとグリーン電力を中心テーマに、観光産業、ドローンを活用したスマート林業、北杜市のブランディングの在り方など、幅広い課題について意見交換をさせていただいた。

今、自動運転やMaaSの実証実験が各地で本格化しつつある。自動運転レベル4※3も間もなく解禁だ。しかし、先端技術と法令整備だけで持続可能なまちづくりは実現しない。セクターを越えての取り組みと地域の合意形成が必須である。ワークショップには(一社)八ヶ岳ツーリズムマネジメント、(一社)ゼロエミやまなし、をはじめとする地元のステークホルダーも参画、地産地消電力とソフトモビリティを一体的に推進するための戦略が議論された。そう、ここには民間の側に脱炭素に向けてのビジョンと組織があって、それを牽引するリーダーがいる。北杜市の優位はここにある。とは言え、行政からの一押しも不可欠だ。市の “もう一歩” に期待したい。

※1 未来社会共創イノベーションラボ:環境とウェルビーイングが好循環する未来社会の実現を目指して、持続可能な都市システムの研究と実践に取り組んでいる。
https://yamagata.sdm.keio.ac.jp/ ​

※2 カーボンニュートラルビジネス研究所:2018年12月に株式会社矢野経済研究所が設立した組織。脱炭素へ向けた社会・産業構造の転換をビジネス機会と捉え、新たな価値の創出を目指している。2022年7月、八ヶ岳山麗で小さな経済循環モデルの実証実験 “ココラデ・プロジェクト” をスタートさせた。

※3 自動運転レベル4:国土交通省が定義した6段階の自動運転レベル(レベル0~レベル5)のうち、レベル4は特定条件下における完全な自動運転を実現できる段階。遠隔監視のもとで特定ルートを走行する巡回バスなどが可能となる。

2022 / 10 / 21
今週の“ひらめき”視点
振り返りのない社会は明日を見失う。未来からの検証に耐え得る歴史を

日本中を震撼させた「酒鬼薔薇聖斗」こと少年Aによる神戸連続児童殺傷事件(1997年)の全記録が廃棄されていた。最高裁は「社会的な影響が大きく、史料的な価値が高い事件や少年非行の調査研究に資する記録は永久保存とする」旨の通達を出しており、神戸家裁は「経緯は不明」としつつも「運用は適切でなかった」旨、釈明した。
これほどの事件に関する資料が廃棄されていたこと自体も驚きであるが、これを問われた最高裁の回答には愕然とさせられる。報道によると「本件についての見解は差し控える」、「廃棄の経緯が不明であることに問題はない」とのことだ。

10月6日、河野デジタル担当相は「2024年度中に健康保険証を廃止し、マイナンバーカードに一体化させる」と表明した。カードの普及率は6年半を経て5割に留まる。つまり、取得を動機づける利便性を提案出来なかったということであり、任意から義務化への転換はこれに業を煮やしての決断である。要するに失策だった。取得推進のインセンティブにどれだけの税金が投じられたのか。「マイナポイント第2弾」だけでも1兆4000億円の予算が組まれた。広報宣伝にも莫大な予算が投じられてきた。失われた膨大な時間と投下された税金に対する検証はなされたのか。

旧統一教会を巡る対応も煮え切らない。“今後は一切の関係を断つ” とまでトップが表明せざるを得ない組織の活動に関与し、その信用を補完し続けてきたことに対する社会的責任が「丁寧な説明」や「猛省」の一言で免責されていいのか。そもそもあたかも “なかったこと” のように振る舞い続けられる無恥と不誠実さは一体どこから来るのか。いつから日本の “大人” はこうなったのか。

主張のちがいや施策の失敗が本質ではない。異論を揶揄し、批判を封じ、都合の良い事象のみを選び取り、不都合な事実から目を逸らすよう方向づける、ここが危うさの根本だ。これは隣国の話ではない。
「政治の決め事は7世代先の人々のことを念頭においてなされる。なぜならこれから生まれてくる世代の人々が地面の下から私たちを見上げているからだ」、これはネイティブアメリカン「オノンダーガ族」に継承される言葉だ(「それでもあなたの道を行け」、ジョセフ・ブルチャック編、めるくまーる社)。そう、「今」を歴史として未来へつないでゆく責任を忘れてはならない、ということだ。

2022 / 10 / 14
今週の“ひらめき”視点
トヨタ、ミャンマー工場始動。はたして世界の理解は得られるか

10月12日、報道各社は「トヨタ自動車がミャンマーの自動車組み立て工場でピックアップトラック『ハイラックス』の生産をスタート、今月から販売会社が予約の受付を開始した」と報じた。
トヨタは2019年、ヤンゴン近郊の経済特区に豊田通商と合弁で現地法人を設立、2021年2月の開業を目指して準備を進めていた。しかし、その直前、国軍による軍事クーデターが発生、工場の稼働は無期限延期となっていた。

とは言え、ミャンマー情勢は安定したわけでなく、ましてや民主派の復権などほど遠い。10月12日、反国軍デモを取材したとして拘束された日本人のドキュメンタリー作家に対する裁判が結審した。扇動罪、通信法違反、入国管理法違反を合わせて計10年の禁固刑である。また、同日、民主派指導者アウンサンスーチー氏も新たに2件の有罪が確定、刑期は合計26年となった。言論や表現の自由は完全に封殺されている。国軍の強権的姿勢はむしろ強まっていると言えよう。

10月10日、世界の人権状況を監視している国際NGO(非政府組織)「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(本部ニューヨーク)は、日本がODAの一環として供与した旅客船3隻が軍事転用されていると指摘した。そのうえで、「日本政府は人道支援以外の開発支援を停止し、深刻な人権侵害に関与した国軍に対して制裁を課すべき」と声明した。日本はクーデター以降、新規ODAは停止した。ただ、既存のODAは継続している。同NGOはこうした状況を「経済制裁に対して中途半端」と評価したうえで、「あらゆる外交手段を駆使して国軍に圧力をかけるべき」と提言する。

ミャンマー情勢に関する報道は少なく、正確な状況は見えにくい。ただ、圧制が続いていることは間違いない。内政不干渉を原則とするASEAN(東南アジア諸国連合)でさえ首脳会議への国軍トップの出席を2年連続で拒否、国軍に対して暴力の即時停止を求めている。そうした中でのトヨタの経営判断である。もちろん、あらゆるリスクは検討済みであろう。トヨタフィロソフィーには “1秒1円にこだわる” とある。なるほど、である。しかし、“人の幸せについて深く考える” との記述もある。新たに生産される『ハイラックス』が後者につながるものであると願いたい。