今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2022 / 08 / 19
今週の“ひらめき”視点
企業物価指数、上昇続く。内需を維持し、景気を支えるためにも適正な価格転嫁を

企業物価が上昇を続けている。日本銀行の企業物価指数(7月速報)によると国内企業物価指数は前月比+0.4%、前年比+8.6%、前月比プラスは2020年12月以降、20カ月連続だ。とりわけ、円安とウクライナ情勢を背景に輸入物価の上昇が顕著だ。輸入物価指数は円ベースで前月比+2.4%、前年比では+48.0%に達する。品目別では、石油・石炭・天然ガスの前年同月比+127.9%を筆頭に、木材関連が同+49.4%、飲食料品・食料用農水産物が同+30.4%、電気・電子機器が同+21.5%と続く。これら以外の品目もすべて二桁以上の上昇となっており、影響は実態経済に広範に及びつつある。

新型コロナウイルス感染拡大は経済活動の様相を一変させた。しかし、緊急経済対策として導入された実質無利子・無担保の制度融資が多くの中小企業を救った。残高41兆円を越える返済猶予付きの所謂 “ゼロゼロ融資” によって、コロナ禍のこの2年、倒産件数はこの数十年で最低レベルに抑えられた。しかし、依然として収束の見通しが立たない中、多くの企業で業績の回復が遅れる。全国信用保証協会連合会によると代位弁済の件数も昨年8月以降、対前年比増に転じている。据え置かれてきたコロナ融資の返済がはじまる中、中小企業の倒産増が懸念される。そこにこの物価高である。

企業物価高は日本の産業構造上の問題点を浮き彫りにする。資源高と材料費の高騰による原価上昇を誰が負担するのか。総務省が発表した6月の消費者物価指数は前年同月比+2.4%、6月の企業物価指数は同+9.4%である。この差はどこにいったのか。もちろん、時間軸のズレもあるし、サプライチェーン各取引段階における経費吸収努力もあるだろう。しかし、コストの上昇分を価格に転嫁できないまま取引を継続せざるを得ない中小企業が少なくないことも事実だ。

6月22日、中小企業庁は3月に実施した “価格交渉促進月間” のフォローアップ調査の結果を公表した。これによると直近6ヶ月間のコスト上昇分を価格に転嫁出来なかった下請企業は22.6%に達する。そればかりか取引の縮小・停止を恐れて協議の申し入れを躊躇した企業や価格協議そのものを拒否された企業など、交渉すら出来ていない中小企業が9.9%も存在する。サプライチェーンのもっとも弱い立場の者にコストを負担させ、サプライチェーン全体の競争力を維持する、といったビジネスモデルが長続きするはずがない。価格形成に最大の影響力を有する大手企業は適正な価格転嫁とともにサプライチェーン全体の付加価値向上の実現にリーダーシップを発揮していただきたい。

2022 / 08 / 05
今週の“ひらめき”視点
出遅れた洋上風力産業、海洋国家日本の潜在力を引き出すために戦略の再構築を

洋上風力発電の新設が世界で急拡大している。世界風力会議(GWEC)の最新データによると、2021年に新設された世界の洋上風力の発電能力は原子力発電所20基に相当する21.1GW(前年比3倍)、年末時点の累積発電量は56GWに達した。また、2031年には年間新規設置が昨年の2.6倍、54.9GWに達すると見込まれ、風力発電における洋上の割合は2021年の21%から2031年には30%に拡大する。また、技術的に難易度が高かった浮体式洋上風力も既に実証段階を終え、商業段階に移行しつつあると言う。

2021年の市場を牽引したのは中国、新設された発電量の8割を占め、4年連続でトップとなった。現在建設中のプロジェクトの総発電量は23GW、うち欧州勢が半分を占めるが、国別でみると中国が全体の3割強を占めトップ、これに英国、オランダ、台湾、フランス、ドイツが続く。中国は洋上風力で先行してきた欧州勢を一気に圧倒、世界の風車市場も上海電気風電集団など中国勢が上位を独占した。

海に囲まれた日本にとって洋上風力のポテンシャルは大きい。政府も “再生可能エネルギーの主力電源化に向けた切り札” と位置づける。また、部品点数が多く、裾野の広い洋上風力は次世代成長戦略という点からも重要だ。しかしながら、累積導入量における世界シェアは0.1%、中国の47%、英国の22%、ドイツの14%とは比較にならない。結果、新産業の育成も出遅れた。三菱重工業、日立製作所など主要メーカーは既に撤退、昨年末、秋田県と千葉県の3海域における公募事業の第1ラウンドを総取りした三菱商事連合の風車はGE製だ。風車、ナセル、支柱など、基幹部品市場は海外メーカーが制する。

こうした中、公募入札ルールに対する批判が噴出、加点基準が大幅に見直される。ポイントは、価格点ウェイトの引き下げ、事業化スピードの重視、複数海域での同時入札における落札制限である。そもそも日本の公募案件は事業単位が小さい。そのうえ、発電量が制限されるとあっては規模のメリットが出ない。また、運転開始時期の早期化で差がつくのは環境アセスメントや地元調整など前工程における提案力だ。“新たな制約” は技術力と価格競争力で先行する海外勢の参入意欲を削ぐのに十分であろう。しかし、こうした施策から世界と伍して戦える日本企業が育つとは考え難い。世界との差は更に開き、結果的に関連産業の育成も遅れる。市場の拡大、国際競争力の強化、そして、脱炭素を急ぐためにも “開かれた市場” を前提とした公正、透明なルールを望む。

2022 / 07 / 29
今週の“ひらめき”視点
ICTCO解散、スタートアップの創出、育成には政策の継続性が不可欠である

2013年7月、中野区は産官学連携による新産業創出を目的に産業振興拠点の運営を担う事業者を公募、選定された中野区に本社を置く事業者によって一般社団法人中野区産業振興推進機構(ICTCO)が設立された。そのICTCOが、この8月、中野区との協定期間満了をもって9年間におよぶ活動に幕を降ろす。微力ながら当社も設立時から参画、西武信用金庫、構造計画研究所、中野コンテンツネットワーク協会殿とともに全期間においてICTCOの活動に関与させていただいた。残念ながら道半ばでの終了となったが、区の産業振興に一定の役割を果たせたものと自負する。

ICTCOは会員制コワーキングスペースの運営をベースにICT、コンテンツ、ライフサポート、アート分野における新規事業の立ち上げ、スタートアップの成長支援に実績を残した。また、区民向けのサイエンスカフェの開催や区政課題の解決に向けたICTの活用提案など、ビジネス領域を越えた活動にも取り組んできた。これらは9年間、最前線で奮闘した板生清理事長(東京大学名誉教授、工学博士)の功績である。とりわけ、区内外の研究開発型企業や教育機関等とのハイレベルな連携プロジェクトは「NPO法人ウェアラブル環境情報ネット推進機構(WIN)」の理事長でもある板生氏の人脈、行動力、知見によるところが大きい。

「日本のベンチャー投資額は米国の1%、中国の17%に過ぎない。ユニコーン数は米国が488社、中国が170社、人口500万人のシンガポールが16社、これに対して日本はわずか11社、起業率も欧米の半分の水準に止まる」、これは日本経済の成長力の鈍化、構造変革の遅れを指摘する際に引用される象徴的な数字である。事実である。しかし、だからといって「日本人は起業マインドが足りない」とはならない。昨年、政府の成長戦略有識者会議は生産性向上をテーマに「中小企業の再編・統合」について議論した。つまり、中小企業が多過ぎることが問題として提起されたということであり、言い換えれば、かつて日本は起業家に溢れていた、ということだ。
※ユニコーン:評価額が10億ドル以上の創業10年以内の未上場企業

実際、9年間のICTCOの活動を通して、「学生からシニアまで、日本人の起業マインドは決して衰えていない」ことを実感した。では、なぜ、新産業創出に遅れをとるのか。
大企業の下請構造を前提とした中小企業政策から革新的なユニコーンが生まれることはないだろう。また、リスクや異端を許容、共有しない社会システムは新たな挑戦を委縮させるに十分だ。今年、政府の「骨太方針」はスタートアップを “成長の原動力” と明記、その創出と育成に取り組むことを表明した。既得権と既存の価値観からの制約や圧力にたじろぐことなく、総合的、持続的な事業創出環境づくりを期待したい。

2022 / 07 / 15
今週の“ひらめき”視点
KDDI通信障害、緊急時の通信ネットワークの維持に向けて早急に体制づくりを

7月2日未明に発生したKDDIの大規模通信障害は3日半を経て、ようやく全面復旧した。筆者もauのスマートフォンを使っているが筆者の住むエリアではSMS(ショートメッセージサービス)は生きており、また、Wi-Fi環境下ではe-mailやメッセンジャーが使えたので自宅やクルマ内で不便は感じなかった。ただ、Android Auto対応のスマホアプリは、2日午前時点では画面全体がぼやぼやっとした感じでナビとしては全く使えなかった。昼前になるとまず道路の輪郭が、そして、徐々に文字情報がクリアになってきて、なるほど通信制限とはこういうものか、と実感した次第である。

さて、筆者への影響は軽微であったが、UQモバイル、povoなどau回線を使った通信事業者はもちろん、社会全体への影響は甚大であった。ヤマトホールディングスでは配送車との連絡に支障が生じた。トヨタ自動車では「つながるクルマ」サービスに影響が出た。JR貨物ではコンテナの積み下ろしを管理するシステムが影響を受け、運行遅延が発生した。気象庁の観測システム「アメダス」も全体の7割近い観測所のデータが収集できなくなった。また、東京都では自宅療養中の新型コロナウイルス感染者との連絡が一時不通になった。SMSを使った本人認証システムも機能しなかった。そして、警察、消防への緊急通報が長時間にわたって不通となった。

一時的とは言え緊急通報手段が喪失した事態は深刻であり、総務省は「携帯電話会社が緊急時に他社の通信網に乗り入れる “ローミング” について具体的な検討を進める」と声明した。ただ、この問題は東日本大震災の直後、既に検討課題として取り上げられている。2011年11月10日、「第2回首都直下地震に係る首都中枢機能確保検討会」(総務省総合通信基盤局)は “アクションプランにもとづき取組・検討を進める” 事項の一つとして提携事業者間のローミングと通信サービス事業者間でのリソースの融通について言及している。

しかし、この10年間、検討は進んでいない。もちろん、実現には事業所間調整を含め様々な “現実的” な問題がある。しかし、通信ネットワークの社会インフラとしての重要性は10年前とは次元が異なる。いつ起こってもおかしくない大地震に対してもはや一刻の猶予もない。今回、KDDI高橋誠社長に対する通信障害発生の第一報は固定電話で行われたという。個人法人ともに固定電話の契約数は縮小の一途である。緊急時の通信手段をどう確保するか、まさに喫緊の課題である。

2022 / 07 / 08
今週の“ひらめき”視点
持続可能な豊かさを求めて、八ヶ岳山麗を舞台に新たな地域経済循環モデルがスタート!

7月5日、当社「カーボンニュートラルビジネス研究所」(伊藤 愛子所長)は「気候変動と食と地域」をテーマに「ココラデ・プロジェクト」と題したワークショップを長野県茅野市にて開催した。「ココラデ」とは「出来る限りここらへん(ココラ)にある資源で(デ)、環境負荷の少ない暮らしを実現したい!」との意、持続可能な社会の実現に向けての実験プロジェクトである。参加者は9名、決して満員御礼とは言えないが地元の大学教授、大手企業の元CSR担当マネージャー、エネルギーの地産地消に取り組むグループのリーダー、「子ども達により良い未来を」と考える若いお母さんなど、地域経済、環境、食の問題を真剣に考える人が集まった。

ワークショップでは原村の「やじぺんキッチン」が手作り弁当を提供、地元食材に関する解説から環境負荷の小さい調理法やフードロスの問題まで、楽しく、真剣な意見交換がなされた。プロジェクトは、引き続き八ヶ岳山麗をベースに地域経済や環境問題の専門家、生産者、関連事業者、市民を巻き込んで展開してゆく計画である。文字通りの小さな一歩ではあるが、小さい単位としていかに社会活動を機能させるかが地域経済循環モデルの要諦でもある。小さい単位のネットワーク、地域の価値の連鎖が新たな社会基盤となるような挑戦に期待したい。

さて、上記ワークショップ開催の前日、お隣の山梨県、南アルプス市は中部横断自動車道の南アルプスインターチェンジ付近の整備用地にコストコホールセールジャパンが進出すると発表した。出店時期は2024年、店舗面積1万5000㎡、850台分の駐車場を擁する「コストコ南アルプス倉庫店」(仮称)の想定商圏は、県内はもとより長野県、静岡県におよぶ。世界で800店を越える会員制倉庫型チェーンを展開するコストコはグローバル化と効率追求型店舗の象徴であり、雇用創出や広域集客力に対する地元の期待は大きい。当然、八ヶ岳山麗エリアもターゲットだ。

事業のスケールにおいて地産地消型の小さな経済単位など敵ではあるまい。しかし、競争要件は規模と効率性だけでない。社会の持続可能性が問われる中、寡占、集中、画一化のリスクは高まる。「パパラギは行く先々で大いなる心がつくったものを壊してしまう。だから物をたくさんつくる。たくさんの物がなければ暮らしてゆけないのは貧しいからだ」、“パパラギ” とは白人、“大いなる心がつくったもの” は地球環境だ。これは1920年、ドイツの芸術家エーリッヒ・ショイルマンが “はじめて欧州文明を見たサモアの酋長” の名を借りて書いた一節である(「パパラギ」、岡崎 照男訳、立風書房より)。原書の初版から1世紀、今、未来の問い直しが始まりつつある。

2022 / 07 / 01
今週の“ひらめき”視点
米、ウイグル関連製品の輸入を禁止。企業は人権に対する行動指針が求められる

米国は「ウイグル強制労働防止法に基づく輸入禁止措置」の運用を開始した。6月21日以降、この地域で生産された製品はすべて強制労働に関与しているとみなされ、米国への輸入は認められなくなる。また、第3国経由であっても同地域で生産された材料や部品が使われた製品はすべて差し止められるとされ、アパレル、綿・綿製品、ポリシリコンを含むシリカ系製品、トマトおよびその関連製品が法律適用の優先分野として名指しされた。

もちろん、例外もある。それは「強制労働に関与していない説得力のある証拠」を輸入者自身が提示した場合である。しかし、そもそも “強制労働など一切存在しない” と反論する中国国内で、米当局が納得する証拠を民間事業者が収集することなど不可能である。実際、2021年、ユニクロ製品の一部が差し止められたファーストリテイリングの反論は「強制労働と無関係であることを立証できていない」と退けられている。今後の運用手続きについては不明な点も多い。しかし、これまでより基準が緩められることはないだろう。トレーサビリティの強化、サプライチェーンの再構築など、関連企業は対米市場戦略の修正を迫られる。

人権に対する取り組み状況の開示を個別企業に求める動きは欧米が先行する。一方、「遅れている」とされてきた日本も、今夏の発表を目指して企業による人権侵害の防止に向けた指針を準備中だ。経済産業省の検討会がこの4月に発表した「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン骨子案」がベースとなる。対象となる人権の範囲を、強制的な労働や児童労働に服さない自由、居住移転の自由、結社の自由、団体交渉権などであると例示し、サプライチェーン全体における人権侵害の把握と改善への取り組みを促す。

とは言え、今、世界で、個人の権利を取り巻く状況は不安定さを増している。グローバリゼーションによる歪みを背景に強権的な体制への志向が強まる。途上国だけではない。民主主義体制下にあっても反知性主義、権威主義的な声が強まる。地政学上の対立がそれに輪をかける。異なる立場それぞれの「正義」、「事情」、「利害」が複雑に対立する中、人権の定義、範囲、重みに対するギャップも拡大する。であれば、いや、であればこそ企業は自社の理念と価値観を社内外に表明し、自身の行動基準に添って活動すべきである。つまり、そういうことだ。