2021年10月に公開された映画「Shari」(監督・出演:吉開菜央)をご覧になった方はどのくらいいるだろうか。「羊飼いのパン屋、鹿を狩る夫婦、海のゴミを拾う漁師、、、、彼らが住むのは、日本最北の世界自然遺産、知床」、「2020年、この冬は雪が降らない。流氷も、なかなか来ない。地元の人に言わせれば、異常な事態が起きている」(映画の公式サイトより抜粋)、そこにダンサーでもある吉開監督が扮する「どくどくと脈打つ血の塊のような空気と気配」を身にまとった “赤いやつ” が現れる。
え? “赤いやつ” って何? うーん、これは映画を観ていただかないと分からない、と言うか、映画を観ても何だかよく分からない、というのが正直な感想である。吉開監督の言葉を借りると、それは「人と獣のあいだ」のようなやつで、「人と自然、自分と他者、言葉にならないこと、夢と現実、さまざまな境界線を彷徨う、命の渦の一粒」とのことである。
「他者との関係があなたの中に入り込み、あなたをあなたという存在にしている」と述べたのは社会人類学者ティム・インゴルドであるが、他者を自然あるいはShariと置き換えてみると吉開監督の想いに近いのかもしれない。ただ、私はその逆で、“赤いやつ” とは「入り込むことが出来ない “外部” の象徴」のように感じた。いずれにせよ写真家 石川直樹氏が撮った映像の美しさと音のすばらしさは圧巻であり、機会あれば是非とも鑑賞いただきたい。
そのShari、すなわち、斜里の産業を支える観光船で悲劇が起こった。報道を見る限り運航会社「知床遊覧船」に重大な過失があったことに異論はないだろう。そして、安全が蔑ろにされた背景には極度の業績不振があっただろうことも推察できる。斜里への道外からの観光客入込数は、2019年の839千人からコロナ初年度の2020年には344千人へと激減している(斜里町商工観光課)。加えて燃料費の高騰だ。とは言え、他社は安全を優先させているわけで、当該企業の責任が免責される理由は何一つない。
ただ、やはり構造的な問題を看過してはならない。斜里の高齢化率は30.0%、出生率は1.17%、前者は全国平均を上回り、後者はそれを下回る。人口、世帯数、就業人口は減少の一途だ。町は労働生産性の向上が喫緊の課題であるとし、昨年、中小企業庁の改正経営強化法にもとづく先端設備の導入促進計画を策定した。しかしながら、そもそも足りないのは需要だ。生産性向上を否定するものではないが、支援内容、支援条件が全国一律である必要はない。各地域に固有の状況に対応できるような制度設計が望ましい。知床観光への依存度が高い斜里に必要な施策はまずは安全投資へのインセンティブ、そして、需要の回復、すなわち “外部” の取り込み策である。