今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2021 / 12 / 10
今週の“ひらめき”視点
持続可能な漁業の実現に向けて、漁村振興の総合対策と国際社会におけるプレゼンス向上が求められる

マグロの資源管理を協議する国際会議「中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)」が7日に閉幕、日本近海を含む中西部太平洋におけるクロマグロの漁獲枠の15%増を決定した。先月には西大西洋でも16%の増枠が認められるなど、太平洋と大西洋が連携した資源管理の成果が国際的に認められたということだ。4年連続で増枠を求めてきた日本にとっては吉報であり、水産庁は各都道府県への割り振り作業に入る。

とは言え、漁業を取り巻く情勢の厳しさには変わりはない。新興国の需要拡大を背景とした資源の減少、温暖化による生息域の変化、コロナ禍による内需の急減など明るい話題は少ない。サンマ、秋サケ、するめいか等の不漁も続く。
自然を相手にする漁業にはそもそも不安定さがつきまとうが、それゆえ漁獲変動に伴う減収を補填する共済制度がある。しかし、今、その維持に不安が募る。制度は漁業者による積立金と国費による基金として運用されるが、漁獲制限と不漁が常態化する中にあって払い戻し超過が続く。2017年度末に743億円(うち国費相当額536億円)あった基金残高は2020年末には356億円(同83億円)まで減少している。

日本の海岸線の総延長は3万5千㎞、そこに6300もの漁村があり、領海とEEZ(排他的経済水域)内に24万隻の漁船が操業する。国は “第3期海洋基本計画”(2018)で漁業振興の目的に国境監視機能を加えた。新漁業法では、漁村活性化に際して自然環境保全、地域文化の形成、親水性レクリエーションなど漁村の多面的な機能に配慮することが規定されている。漁村には水産資源の供給以外の国益があるということだ。しかしながら、厳しい経営環境の中、過疎化と高齢化のペースは全国平均を上回る。漁業の活性化、漁村の維持に向けた総合的な施策が求められる。

一方、漁業の問題は一国の施策では解決しない。気候変動が漁獲の不安定要因であることは指摘するまでもないが、漁業もまた生態系に対するネガティブな因子となる。国連食糧農業機関によると世界の漁獲資源の1/3が乱獲状態にあり、漁獲枠の余裕は1割未満にとどまる。規制を無視した違法操業者の漁獲量は全体の3割に達するとの報告もある。捕獲され、捨てられる商業価値のない魚や海鳥、ウミガメなど、所謂 “混獲” の問題も軽視できない。廃棄されたプラスチック製漁具による海洋汚染問題も周知のとおりである。すなわち、持続可能な漁業を実現するためには国際的な水産資源の管理、海洋生態系の保全に対する強いコミットメントが必須であるということだ。海洋国家 “日本” の国際社会におけるイニシアティブに期待する。

2021 / 12 / 03
今週の“ひらめき”視点
過去最大の経済対策、問われるのは中身だ。“縮小” に歯止めをかける大胆な予算編成を!

30日、総務省は2020年国勢調査の確定値を公表した。総人口は1億2614万6千人(前回2005年調査比0.7%減少)、世帯数は5570万5千世帯(同4.5%増)、外国人は過去最高の274万7137万人(同43.6%増)となった。人口が減少したのは39都道府県、市町村ベースでは全国1719市町村のうち82.5%がマイナスとなった。単身世帯は全世帯の38%、2115万1千世帯(同14.8%増)、その3割が高齢単身世帯(同13.3%増)である。生産年齢人口は7508万7865人、前回比226万6232人の減少(同3%減)、総人口に占める15歳未満の割合は世界でもっとも低く、65歳以上の割合は世界でもっとも高い。

この数字から読み取れる日本の将来像に齟齬はあるまい。ゆえに予見されるネガティブな事態を避けるための選択肢も明白である。人口規模を維持し経済大国として成長を目指すのか、縮小を受け入れ安定した中規模先進国としての道を探るのか、である。現時点における政策目標は “規模の維持” だ。とは言え、出生率が人口置換水準2.07を割り込んだのは1974年、昨年の同値が1.34であることを鑑みれば、あらゆる少子化対策が功を奏したとしても自然増に転じるのは私たちの世代ではない。とすれば、採るべき施策は単純だ。生産性の向上と外国人の受け入れである。

後者については、特定技能枠の拡大や在留期限の延長など前々政権から一貫して受け入れ拡大をはかってきた。とは言え、あくまでも「労働力不足への対応であって移民政策ではない」とのスタンスをとる。この中途半端さが外国人就労における労務問題や人権問題の根底にあると言えるが、いずれにせよ方針は定まっていない。徹底した議論と目の前の問題解決が急がれる。一方、生産性向上の必要性に異論はないだろう。取り組むべきは成長と効率化、つまり、脱炭素とDXだ。

19日、政府は財政支出55兆円、過去最大規模の経済対策を閣議決定した。しかし、いかにも総花的だ。COP26では世界の金融機関が脱炭素に向けて “今後30年間で100兆ドルの投融資” を表明した。米国は再生可能エネルギーのインフラ構築に7.4兆円、EVの充電スタンドに8600億円、EUも次世代エネルギー関連に5兆円規模の資金を投じる。翻って今回の補正予算ではEV化の推進に1375億円、再生可能エネルギーの導入加速に315億円、データセンターの地方拠点づくりとデジタル人材育成に85億円である。GoToトラベルへ1兆円、マイナポイントに2兆円であることと比較すると何とも小粒だ。果たしてこれで世界の競争フィールドで戦っていけるのか。各方面への目配りはもはや不要だ。産業構造の根本的な変革に向けての覚悟を “予算” として体現して欲しい。

2021 / 11 / 26
今週の“ひらめき”視点
東芝解体、合理化視点による会社分割案にリスクはないか

24日、東芝株式の7%を保有する第2位の大株主3Dインベストメント・パートナーズが会社提案の分割案を支持しない旨、表明した。同社は「分割で課題は解決しない。小さな東芝を増やすだけ」と指摘したうえで、すべての買収候補者に企業価値評価機会を提供し、再建提案を募るよう会社側に求めた。不正会計に端を発した6年におよぶ経営の迷走を鑑みると「小さな東芝が増える」との辛辣な指摘は妙に頷ける。分割案は来春3月までに開催される臨時株主総会に諮られることになるが、賛否の行方は不透明になりつつある。

分割案は、香港の総合商社ノーブル・グルーブの元チェアマンで、KPMG時代にリーマン・ブラザーズのアジア法人の清算に手腕を発揮したポール・ブロフ氏を委員長とする戦略委員会(SRC)が策定した。SRCは「コングロマリット・ディスカウントが解消されることで非効率な資本配分が改善、成長部門への直接的な投資が可能となる」、「短期的な株主利益を確保しつつ、事業の持続的な成長が可能となる」と説明する。また、非上場化やマイノリティ出資による再建案も「8月以降、有力ファンド数社との交渉の中で十分に検討した」という。
※コングロマリット・ディスカウント:多様な事業部門を有する複合企業体ゆえに、成長事業の単独価値よりも企業全体の企業価値が低く評価されること

分割される3社のうち1社は資産管理会社で、主力事業はインフラ会社とデバイス会社の2社が引き継ぐ。個別受注生産で長期にわたるプロジェクト契約がベースとなるインフラ関連事業を主体とする前者と、多品種・大量生産で多額の先行投資を必要とする半導体やHDD事業を所管する後者へ分割される。事業特性による会社分割には合理性がある。
ほぼ同じ時期、米ゼネラル・エレクトリックが航空、医療、電力部門の分社化を発表した。米ジョンソン・エンド・ジョンソンも消費者向け事業と医療部門を分離する。ファンドやアクティビストはこぞってこれを歓迎、合理化視点による複合企業の事業分割はこれに止まらないだろう。

しかし、そこに危うさはないか。東芝のインフラ会社は公共インフラ、再生可能エネルギー、電池、鉄道、ビル施設、量子暗号など、市場も成長性も異なる事業に更に分割できる。投資効率一辺倒の視点に立てば、明日にでももう一段の解体が要求されるかもしれない。そうなると資本、知財、人材の流出は止まらない。結果、技術は途絶える。
今、コロナ禍の先を見据え、多くの企業が事業構造改革に着手する。成長分野への新規投資は近年になく活発だ。中核事業を起点に新たな事業ポートフォリオづくりに取り組んでいただきたい。東芝はこうした事業再編を進めるうえで重要な教訓を遺してくれた。将来にわたって外部からの会社解体圧力に晒されないためには、健全な財務、強固なガバナンス、株主との対話という “当たり前” が欠かせないということだ。経営の独立性を維持するためにも長期的視点に立った、持続可能な成長戦略が望まれる。

2021 / 11 / 19
今週の“ひらめき”視点
次世代放射光、新たな産学共創スキームが東北の可能性を拓く

18日、当社にて「放射光で広がる未来のモノづくり~光イノベーション都市・仙台の可能性~」と題したオンライン・セミナーが開催された。主催は仙台市、現在、同市は2024年度からの運用を目指して東北大学に建設中の「次世代放射光施設」を中核とする “リサーチコンプレックス” の形成を進めており、セミナーはその利活用促進の一環である。参加企業は先端素材、電子材料から創薬、食品、化粧品、環境エネルギーまで多岐にわたった。次世代放射光施設に対する産業界の関心は高い。

さて、次世代放射光施設とは何か。国内では物質内部の構造解析を行う硬X線向け放射光施設 SPring-8(理化学研究所)が稼働中だ。身近なところでは低燃費タイヤ、ニッケル水素電池、医薬品、ヘアケア製品などの開発に貢献している。一方、次世代放射光施設は軟X線領域で高輝度な放射光を発生させることができるため、軽元素の電子状態やその変化を見ることが得意であるという。関心のある方は “次世代放射光” で検索いただくとして、要するに、太陽光の10億倍の明るい光で、これまで見えなかったナノの世界をはっきりと見ることが出来る世界最高水準の計測施設、である。国からは量子科学技術研究開発機構(量研/QST)、地域からは仙台市、宮城県、東北大学、光科学イノベーションセンター、東北経済連合会が参画、これに民間企業を加えた官民地域3主体による大型事業である。

このプロジェクトで特筆すべきは産学連携の新たなスキーム、“コアリション” であろう。Coalitionの語源は「共に育つ、1つになって成長する」、つまり、産業界と学術界が一体となってイノベーションを目指すということだ。施設側は「放射光をどう利用するかではなく、こんなものを見たいという課題を教えて欲しい」と産業界に呼びかける。これに東北大や光科学イノベーションセンターをはじめとするトップクラスの研究者が対応する。コアリションへの加入は一口5千万円、10年間にわたり年間200時間の利用権が与えられる。加入企業は2021年9月時点で約100社に達している。地域の中小企業には一口50万円で施設を共同利用できる東北経済連合会の「ものづくりフレンドリーバンク」も用意される。中小企業にとっての敷居も高くない。

東北経済連合会は次世代放射光施設の経済効果を稼働後10年間で1兆9千億円、雇用創出は宮城県内だけで1万9千人と試算した。同連合会は国際リニアコライダー(ILC、直線型衝突加速器)の誘致も進める。福島では2020年に開所した「福島ロボットテストフィールド」(RTF) の運用が本格化しつつある。1次産業分野でも農林水産省の「スマート農業実証プロジェクト」が東北全域で展開される。今、先端技術が東北の潜在力を引き出しつつある。
復興は未だ途上だ。とは言え、復興は過去の再生ではない。震災とコロナ禍を乗り越えた、その先の未来に向けての “東北の挑戦” を当社も微力ながら応援したい。

2021 / 11 / 12
今週の“ひらめき”視点
10万円のこども給付で安心安全は担保されない。根本的かつ総合的な政策を立案し、実行を

10日、衆議院選挙での信任を背景に第2次岸田内閣がスタートした。その最初の仕事が「子供に対する現金給付に際しての所得制限」に関する公明党との合意だ。これに対する各層からの不評はご承知のとおりであるが、そもそもの違和感は “票” の対価として支持者に提示した約束に対する面子の “すり合わせ” にしか見えない点にある。加えて、マイナンバーカード保有者へのクーポン、学生への10万円給付、最大250万円の事業者向けの給付金だ。政策の焦点は曖昧であり、整合性は見えてこない。ゆえに効果は疑問だ。

首相官邸HPでは「まず、新型コロナ対応と経済対策に取り組む」ことが表明されている。そう、「まず、新型コロナ対応」であり、そこからの経済再生が優先されるのであれば、昨年1月以来、後手に回り続けた対応を総括したうえで、対策の全体像を示す必要があろう。
具体的には都道府県、自治体を越えた広域連携、病床および検査体制の拡充、潜在医療従事者の登録、定期訓練、それに対応した報酬、保健師助産師看護師法の見直し、宿泊療養施設の確保、医療機器の整備、オンライン診療の強化、ロジスティクスの再構築、専門家会議の在り方、司令塔の明確化などだ。課題は出尽くしており、時限を切っての総合対策が望まれる。

一方、経営難に直面している事業者も広範に及ぶ。実質的な強制にもとづく営業制限への一定の補償は当然だ。しかし、現行給付の在り方に問題はないか。倒産件数は30年ぶりの低水準だ。信用保証承諾残高は43兆円、コロナ禍前の2倍を越えた。代位弁済も低水準だ。つまり、お金は回っている。では、救済すべきは誰か。新たな借り入れを躊躇し、廃業を選択する経営者の多くが高齢者である。であれば、打ち手は給付ではなく事業承継支援であり、業態改革支援であろう。今を乗り切るための給付を否定するものではないが、問題の本質は一時金では解決しない。経済困窮者への支援も同じだ。セーフティネットの再構築、就業機会の拡充、実質賃金の持続的な上昇こそが政策主題である。

こと新型コロナウイルスに限定すれば与党内の派閥はもちろん、野党各派においても基本的な問題認識は一致しているはずだ。
国会はそれぞれの支持者への約束、すなわち、バラマキを一端棚上げしたうえで、医療、経済それぞれの施策を総合的に組み上げ、効果と予算を政治的に “すり合わせ”、第6波、そして、その先に来るであろう新たな医療災害に備えていただきたく思う。

2021 / 11 / 05
今週の“ひらめき”視点
関西スーパー争奪戦、H2Oグループに軍配。とは言え、流通再編はいまだ途上だ

10月29日、関西スーパーマーケットは臨時株主総会を開催、筆頭株主エイチ・ツー・オー リテイリング(H2O)との経営統合議案を可決、H2O傘下のイズミヤ、阪急オアシスとともに中間持株会社「関西フードマーケット」の子会社として再編されることとなった。これによりH2Oの食品事業は一挙に4000億円規模となり、名実ともにグループの主力事業として構造改革の中核を担うこととなる。

決議の行方は最後まで分らなかった。関西スーパーマーケットが株式交換によるH2O傘下入りを発表したのは8月31日、その4日後、第3位の大株主で価格訴求型スーパーを首都圏で展開するオーケーも買収を表明した。オーケーが提示した株価は1株2250円、1992年に付けた上場以来の最高値で “本気度” をアピールした。可決には2/3の賛成が必要だ。米議決権行使助言会社は反対を推奨、第4位の株主である伊藤忠食品も検討材料が少ないとして質問状を公開するなど微妙な情勢となった。結果は賛成66.68%、まさに薄氷であった。

株主目線に立てばオーケーの高い収益力と関西市場における成長ポテンシャルは魅力だ。また、現社長の出身会社であり大株主でもある三菱商事とのシナジーも小さくない。食品スーパーのライフ、ローソン傘下の高級スーパー成城石井を擁する三菱商事にとって、関西スーパーマーケットのオーケー業態への転換は、商圏と業態いずれのポートフォリオにおいても合理性がある。一方、百貨店依存から脱却し、関西圏1,000万人をターゲットとする “コミュニケーションリテイラー” への進化を目指すH2Oにとって、生活者とダイレクトにつながる食品事業の強化は必須である。H2Oの戦略視点で見ればこちらも正しい。

さて、この騒動の半年前、5月7日、H2Oはローソンと包括業務提携を締結、駅売店やコンビニの「アズナス」のローソンへの転換をスタートさせた。関西スーパーマーケットを巡る対立の一方で三菱商事グループとの戦略的連携も進む。オーケーもまた関西スーパーマーケットに対して敵対的TOBには踏み込まなかった。
そもそも生活者にとっては株主価値の向上やら親会社のドミナント戦略などどうでもいい話だ。問われるのは多様化する消費志向、進化する購買行動に対して最高の便益を提供できるか否かであり、買収合戦にその答えはなかった。つまり、これがゴールではない。業界全体を巻き込んだ、あるいは業界を越えてのもう一段の再編も遠くないかもしれない。