今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2021 / 07 / 16
今週の“ひらめき”視点
繊維産業はサプライチェーン監視の強化を。成長戦略のキーワードはサステナビリティ

12日、経済産業省は「繊維産業のサステナビリティに関する検討会」報告書を発表、繊維業界に対して人権侵害に関するリスクをサプライチェーンから排除するための指針を急ぎ策定するよう求めた。
製造工程をグローバルサプライチェーンに依存するアパレル産業は、かねてより安全衛生、不当賃金、児童労働、有害化学物質などサプライチェーンに内在する人権侵害や環境リスクに対する責任が問われてきた。今回の報告書もこの文脈の延長線上にあるが、新疆ウイグル自治区の強制労働問題が喫緊の課題として意識されていることは言うまでもない。

一方、報告書は国内の外国人技能実習生や女性就業者に対する不当待遇や不平等の実態も取り上げる。当社発刊の「繊維白書」等を引用しつつ、市場規模が縮小する一方で供給数が増加、過剰在庫と値引き販売が常態化する中でアパレル業界全体が疲弊していったことが問題の背景にあることが示唆される。つまり、“利益がとれない” 業界構造が人権やジェンダーに関するリスクの根底にあると言え、本来であればサプライチェーンの管理者となるべきアパレル企業にそのコストを引き受ける余力がない、ということだ。

要するに問題は構造的な低収益体質にあると言え、すなわち、問われているのは成長戦略である。報告書はサステナビリティ経営の実現に向けて、“大量生産・大量消費を前提とする直線型経済(リニア・エコノミー)から資源価値を最大化し、廃棄量を最小化する循環型経済(サーキュラーエコノミー)への転換が求められている” としたうえで、デジタル技術を活用した産業構造改革の必要性を訴える。

異論はないし、個々の企業ベースでみれば既に取り組みも始まっている。ただ、産業全体における資源生産性の劇的な向上は、すなわち生産部門から販売部門に至る業界全体のダウンサイジングを意味する。実現すれば国内の雇用はもちろん途上国経済への影響は不可避だ。
とは言え、だからと言って目の前で起こっている不正義を放置する理由にはならない。新たな価値の連鎖を構築し、健全な成長を実現することが問題の本質だとすれば、サプライチェーンの不健全さの解消はまさにその第一歩であるのだから。

2021 / 07 / 09
今週の“ひらめき”視点
輸入木材、高騰。国産材への回帰トレンドは林業再生のチャンス

2日、三井ホームは木造マンションブランド「MOCXION(モクシオン)」の立ち上げを発表した。コンセプトは “サステナブル”、構造材に木を用いることで建設時のCO2の大幅削減をはかるとともに高い断熱性、耐震性、耐火性、遮音性を実現する。
政府による「2050年カーボンニュートラル」宣言を受けて各産業界の脱炭素化が加速する。とりわけ、CO2排出量が全産業の1/3に達する建築関連業界では、住宅建築時の排出量がRC造の約半分と試算される木材の利用促進が期待される。

一方、今年に入って住宅用木材価格の急騰が続く。新型コロナウイルスを早期に克服した中国と米国の需要回復、加えて、コロナ禍による世界的な物流の停滞が木材流通の不安定化を招いている。需給ひっ迫とロジスティクス機能の低下が世界的な木材不足と価格高騰の原因だ。こうした中、国産木材の利用促進が改めて課題として浮上する。

日本は国土の7割を森林が占める一方、木材資源の7割を輸入に依存する。結果、植林地の荒廃が進む。危機感は行政サイドも共有しており、2019年7月には全国知事会が「国産木材需要拡大宣言」を発表、公共建築物の整備や備品等の購入に際して率先して国産木材の利用に努める。政府も先月15日、「2030年には建築向けの国産木材の使用量を4割増やす」ことなどを目標とする「森林・林業基本計画」を閣議決定している。

木材の輸入依存の背景には戦後の復興需要から今日に至るまでの構造問題があると言え、林業を再び「儲かるビジネス」として再生させるためには生産から加工、販売に至る流通システムにおけるイノベーションが不可欠である。人材の確保、育成も喫緊の課題であり、長期的な需給予測にもとづく生産計画と短中期的な需要変動に対応できる在庫管理システムも必須であろう。それでも国際市場との競合を鑑みると産業再生は容易ではない。

林業の復興はまさに地方創生と同義である。したがって、林業を単なる建設資材の供給ビジネスとして捉えるのではなく、地域社会全体の経済システムに組み入れることで新たな価値の体系を構想すべきであろう。住宅やマンションの建設需要だけではない。木質バイオマスによるエネルギー資源としての価値はもちろん、地球環境、生物多様性、水源涵養、景観、レクリエーション、土砂災害防止といった多面的な機能の経済価値を見落としてはならない。森林は循環型経済を構成する中核資源であり、その視点から林業を再定義することで、持続可能な産業としての未来が開けるはずだ。

2021 / 07 / 02
今週の“ひらめき”視点
通信インフラの主戦場は宇宙へ。未来を確信する力が未来を制する

6月29日、バルセロナで開催された携帯通信機器の展示会 Mobile World Congressにオンラインで参加したスペースXのイーロン・マスクCEOは宇宙通信プロジェクト “スターリンク” について「8月から世界全域で高速ブロードバンド事業を開始する」と発表した。
スターリンクは既に6万9,000人の予約を受け付けており、これを1年以内に50万人まで増やす。既に打ち上げられた人工衛星は1,500基、将来的には1万5,000基体制とする計画だ。

宇宙通信サービスにはアマゾンも準備を進めている。同社の “プロジェクト・カイパー” は、低軌道に3,236基の周回衛星を配備、北緯56度から南緯56度まで過疎地や山間部を含むあらゆる地域へブロードバンドサービスを提供する、というもの。
投資額は100億ドル、事業の開始時期についての正式な発表はないが、2026年内に計画の半数、2029年までに全基の衛星を配備するとされる。

国内勢ではソフトバンクが先行する。6月9日、ソフトバンクはSkylo Technologiesとの提携を発表、同社の衛星通信サービスを活用し、2022年から漁業や海運など産業向けにIoTサービスを提供する。
ソフトバンクは成層圏の通信サービスを子会社HAPSモバイルが、低軌道衛星をソフトバンクグループの投資先OneWebがカバーする体制を整えてきており、今回の提携によって地上基地局から宇宙までシームレスな通信サービスの実現が可能となる。

通信インフラの主戦場は地上から非地上系へ移りつつある。しかし、壮大なビジネスには膨大な資金が必要となる。ソフトバンクグループが出資したOneWebは2020年3月、先行投資負担に耐えられず経営破綻に追い込まれた。しかし、7月には英国政府を含むコンソーシアムが資金支援を表明、ソフトバンクグループも今年1月に再投資を決断、事業の将来性に賭ける。
リスクの大きさは言うまでもない。しかし、「黒字化には50億から100億ドルの追加投資が必要、総投資額は200億から300億ドルになるだろう」と語るマスク氏は未来への自信に溢れている。いずれスペースXは本社を成層圏外に登記する、などと言い出しかねない勢いだ。未来を思い描くことは誰にでも平等である。彼我の差は「構想した未来を信じる力」に生じるのかもしれない。

2021 / 06 / 25
今週の“ひらめき”視点
香港、“愛国”強硬路線を鮮明に。一方、私たちの内側に同種の芽は潜んでいないか

21日、台湾政府は、香港における出先機関「台北経済文化事務所」への香港政府による一方的な措置に対して非難声明を発表した。香港政府は同事務所職員7人の査証更新を否認、残る1人の査証も7月末で失効するため、事務所は実質的に閉鎖に追い込まれる可能性が高い。一方、香港政府が台湾に設置した「香港経済貿易文化事務所」の職員は既に全員が香港へ帰任しており、よって両政府を結ぶ公式チャネルは完全に閉じられることになる。

香港側は今回の措置について「台湾が香港の安定と繁栄を脅かす勢力の移住を支援したため」とするが、加えて、中断していた台湾と米国の「貿易と投資に関する枠組協定」協議の再開を牽制する狙いもあるだろう。中国当局による圧力に反発する蔡政権であるが中国への経済的依存度はむしろ高まっている。米国向け輸出は依然として中国向けの1/3程度であり、その意味で香港との断絶は台湾に対する十分な警告となり得る。

一方、その香港であるが、香港国家安全維持法の施行から1年、「一国二制度」は事実上跡形もなくなった。言論の自由を求めた多くの若者は国安法違反容疑で逮捕、拘束された。選挙制度も変わった。立候補に際しては“愛国者”であることが事前審査で問われる。映画やwebサイトの検閲も進む。民主派最後の砦「りんご日報」も発刊停止となった。創業者をはじめ幹部社員は既に逮捕、資産は凍結され、新規の融資も封じられ、24日、言論活動を停止した。

当局によるメッセージはシンプルだ。「これまで通りの安定と繁栄を謳歌してくれ。ただし、政権批判は許さない」ということだ。異論を排し、民意を侮り、政権への忖度、同調、服従を要求する息苦しさのもとでの繁栄を是とするのか。いずれそうした状況が香港の日常になるのか。
翻って、果たしてこれは彼らの体制にのみ固有のものか。出所した周庭氏がインスタグラムに投稿した真っ黒な画面、虚偽説明の果てに公開された“赤木ファイル”の黒塗りの“黒”、抵抗と不健全さに通底するものの本質は同じである。

2021 / 06 / 18
今週の“ひらめき”視点
東芝、経済産業省、株主総会への不正介入問題。信任回復に向けて説明責任を果たせ

東京証券取引所によると3月期決算会社の株主総会集中日は6月29日とのことである。とは言え、集中率は26.9%と過去最低、かつては9割が特定日に集中していたことを思うとまさに様変わりである。運営形式も変わった。招集通知の早期web開示、ネットでの議決権行使も一般化した。コロナ禍を背景にバーチャル総会へのシフトも進む。この17日に施行されたバーチャルオンリー型株主総会の開催を認める「改正産業競争力強化法」がこうした流れを後押しする。

運営形式だけでない。東京証券取引所の市場再編を前に、機関投資家の議決権行使基準の厳格化も進む。例えば、取締役会における独立社外取締役の比率は1/3以上、在任期間は12年未満、政策保有株式は対純資産比10%未満、といった具合だ。買収防衛策、気候変動対策、役員報酬はもちろん、バーチャル株主総会に対しても厳しい目が向けられる。バーチャルオンリー型への定款変更を提案した企業に対して、「公平な質問機会の喪失」「議事運営の透明性の低下」が懸念されるとして反対推奨を表明した助言会社もある。

上場会社と投資家はせめぎ合いながらもガバナンスの向上と対話による信頼関係づくりに取り組んできた。しかしながら、公正、透明であるはずの資本市場への信頼を揺るがしかねない事態が発覚した。10日、東芝は株主選任の弁護士による株主総会運営に関する調査報告書を発表した。中身は衝撃的だ。東芝は人事案を巡って対立した海外ファンド対応への支援を経済産業省に要請、経済産業省は改正外為法の発動をちらつかせて株主提案の取り下げを求めるとともに、別の海外投資家に対して議決権の行使を控えるよう働きかけたという。

株式会社制度の根幹を軽視する一連の行動にはあきれるばかりであるが、一方、「防衛や原子力に関わる企業への国の介入はやむを得ない」とする向きもある。しかし、そもそも「上場」維持を目的に海外投資家に出資を要請したのは東芝自身であり、株主が有する正当な権利を、権力の威を借りて封じようとする行為は資本市場への裏切りと言っていいだろう。法の支配を前提とする資本市場からの信任の喪失もまた日本の安全保障にとって重大な損失であると認識すべきた。
当時の官房長官として報告書に名前が登場する菅氏は「まったく承知していない」と言う。現職の経済産業大臣も「本件は東芝のガバナンスの問題」などと突き放す。しかしながら、これは国内の政治問題ではなく、ゆえに政権への忖度などあり得ない。資本市場に対して速やかに事実を公表するとともに、信任回復に向けての意思と具体策を早急に表明する必要があろう。

2021 / 06 / 11
今週の“ひらめき”視点
ミャンマー、混乱長期化。国際社会は軍政の既成事実化に加担してはならない

ミャンマー情勢が懸念される。軍事クーデターから130日余り、市民に対する残虐行為は止むことなく、経済活動も低迷したままだ。
大規模な抗議デモは押さえ込まれた。しかし、抵抗は続く。民主派が「統一政府」の設立を宣言、少数民族と連携し “国民防衛隊” を発足させると声明したのが4月16日、軍事政権は直ちにこれをテロ組織と認定、以後、少数民族の勢力地域を中心に軍事攻勢を強める。国軍と民主派の対立はもはや「内戦」の体を帯びつつある。

一方、政権の “既成事実化” を急ぎたい国軍と域内の不安定化を懸念するASEANが接近する。6月4日、議長国ブルネイの代表が国軍司令官を訪問、7日に重慶で開催された外相会議も国軍が任命したワナ・マウン・ルゥイン氏を “外相” として受け入れた。これに対して「統一政府」は軍事政権を追認するものとしてASEANを非難、対立の図式は少数民族問題や国際社会を巻き込みつつ複雑化しつつある。
こうした中、軍事政権は国民に対する監視体制の強化、徹底をはかる。通信の傍受、遮断はもちろん、市井の協力者たちを組織化、民主派の動きを探り、摘発を促す。

筆者は公開中の映画「グンダーマン 優しき裏切り者の歌」(アンドレアス・ドレーゼン監督)を観た。主人公は “東ドイツのボブ・ディラン” と呼ばれたミュージシャン、炭鉱労働者として働きながらバンドを率いて歌う。しかし、彼にはもう一つの顔があった。秘密警察 “シュタージ” の協力者として、反体制思想を持つ者を探り、密告する。そして、そんな彼もまた仲間からスパイされていた、、、。
独裁や強権を志向する政治がもたらす社会は常にこうなる。批判、反論、異説は封じられ、ねじ曲げられ、隠蔽され、排除される。

8日、衆議院本会議はミャンマーの軍事政権に対して、「暴力の停止、スー・チー氏を含む政治犯の解放、民主制の回復」を求める決議を採択、そのうえで政府に対してあらゆる外交的資源を使って問題の解決をはかるよう要請した。
これを受けて政府も「国際社会と連携しつつ、ミャンマー側に働きかけてゆく」と応じた。ただ、“国際社会との連携” の本意が “様子見” や “横並び” であっては残念だ。期待したいのは国際社会をリードする主体的な “働きかけ” であり、かつ「軍事政権の正統性は認めない」との毅然とした姿勢である。