
2015年に国連で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の取り組みは国際機関、NPO、そして、先進的なグローバル企業が先行する形でスタートした。そして、今や17のゴールをイメージしたカラフルなバッジを胸につけている人を見ない日はないほど世界の共通目標として認知されている。産業界においても同様だ。多くの経営者がSDGsへの賛同を表明し、貢献への意欲を語る。しかしながら、実際の事業戦略に落とし込み、ターゲットを設定し、その実績を公表している企業はまだまだ少数派である。
一方、環境対策や企業統治については、国際機関、行政、資本市場、業界団体などから様々な指針やガイドラインが発表されており、企業はそうした経営条件の中で事業活動を行っている。また、そもそも広義で解釈すれば企業活動それ自体もSDGsの17の目標、169のターゲットのいずれかにつながっていくと考える経営者も少なくない。しかし、それらとSDGsとの関係性を紐づける明確な基準はない。よってSDGsへの貢献という視点から自社の活動を客観的に評価することができないのが現状とも言える。
この意味において期待されるのが「SDGsインパクト」だ。国連は2021年内を目標に、SDGsの目標達成に対する効果(=インパクト)を評価する認証基準を策定、スタートさせる。やがてこの評価システムが国際的に認知され、適切な認証機関によって公正に運用されるとすればESG投資[環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資]の評価体系、業界団体等の行動指標、個々の企業活動の “貢献度” をSDGsインパクトとの関連付けにおいて説明することが出来るはずだ。評価基準の統一はSDGsに対する社会的な取り組みを加速させるだろう。
さて、企業活動が世界共通の基準をもって評価されるとなれば身内の論理やダブルスタンダード、ましてや「ノーコメント」は通用しない。
SDGsの理念は「誰一人取り残されない社会の実現」であり、すなわち、少数民族、女性、子供、貧困など弱者やマイノリティの人権保護がその核心である。ゆえに人権に対するネガティブ評価は他のいずれの項目でも相殺できない。企業は事業活動の全体を通じて、まずは法人としての “人格” そのものが問われるということだ。

19日、地域金融機関の再編を支援する改正金融機能強化法、出資及び業務に関する制限を緩和する改正銀行法、そして、海外ファンドの参入要件を引き下げる改正金融商品取引法が成立した。超低金利、内需縮小、異業種参入という逆風の中、競争力を低下させてきた銀行の収益機会を拡大させるとともに地域金融の統合・再編を促すことで金融システムの安定と地域経済の支援強化を目指す。
まずは地域金融の立て直しだ。経営統合に際してのシステム投資や店舗網の再編に補助金を交付する。事業承継支援では顧客企業の経営体制の移行に際して最大5年までと限られていた株式保有期間が10年に延長される。経営再建支援でも民事再生企業に限定されていた出資条件が緩和される。地域活性化事業会社に対しては100%の出資を認める。出資条件の緩和は、支援企業の経営に銀行が当事者として参画するという意味において融資とは異なる責任を担うこととなる。
もう一つの目玉は業務範囲の拡大だ。債務保証、ファイナンスリース、M&Aといった従来の付随業務に加え、広範なサービスの提供が可能になる。具体的には自行で開発したシステムやアプリの販売、登録型人材派遣、見守りサービス、ビジネスマッチング、更には蓄積された顧客データの分析やマーケティング、広告業務への進出も可能となる。先月発表された三井住友フィナンシャルグループと電通グループによる共同出資会社の設立も今回の法改正を見込んだものである。
フィンテックを背景に金融ビジネスの規制緩和が進む中、銀行の側の規制緩和、言い換えれば、銀行の一般事業会社化もまた必然であろう。しかし、そうであれば、尚更、銀行はその存在意義を自ら社会に問う必要があろう。出資規制の緩和が単なるファンド化を意味するのであれば、必然として投資効率の高さが支援先企業の選別動機となるだろう。エグジットに対するプレッシャーが被支援企業の本来の事業戦略を歪める可能性もある。
そもそも銀行の規制緩和には、優越的地位の濫用や利益相反のリスクが構造的に内在している。顧客保護、顧客視点に立っての議論も不可欠だ。いずれにせよスルガ銀行や日本郵政グループを反面教師として、過度な利益追求によるコンプライアンスの逸脱がなきよう願う。

5月12日、デジタル改革関連6法案が可決、9月1日付でデジタル庁が発足する。同庁は内閣府に直属、各省の関連予算を統括するなど強い権限をもって行政システム全体の標準化とクラウド化を推進する。
マイナンバーカードの電子認証化、銀行口座や健康保険証との連動、押印・書面交付の手続の省略、廃止などによる効用は多岐にわたる。もちろん、個人情報保護に関する厳正な運用が前提となるが、実現すれば生活の利便性は大きく向上するだろう。
それだけにリスクも巨大化する。先月20日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)や国内の研究機関等に大規模なサイバー攻撃を仕掛けたとされる中国籍の人物が書類送検された。人民解放軍の関与も取り沙汰される。5月7日には米国東海岸の燃料パイプラインがサイバー攻撃を受けた。FBIはロシアのハッカー集団による可能性が高いと発表した。統合された行政システムは犯罪者集団にとって格好のターゲットとなりえる。意思決定、指示系統の一本化など関係機関と連携した非常時対応策の強化は必須だ。
さて、デジタル後進国とされる我が国であるが、決してITが軽視されてきたわけではない。2000年には「5年以内に世界最先端のIT国家になる」ことを目標に高度情報通信ネットワーク社会形成基本法を制定、2002年には行政手続オンライン化法が成立、「国と地方行政機関の5万2,000件の手続を2003年までにオンライン化する」ことが表明された。しかし、これらはやがて中途半端なまま “尻すぼみ” 状態となり、結果、昨年の “一律10万円給付” でIT化の現状が露呈する。長期戦略の欠落、縦割り行政、責任主体の曖昧さなど要因は複合的であるが、要するに場当たり的であったということだ。今度こそ長期的なビジョンと戦略性をもって成し遂げていただきたい。
最後にもう一点。行政のDX化とは単に現行の行政システムをITに置き換え、行政手続の効率化をはかることではない。組織、権限、役割、意思決定、働き方など行政機構そのものの在り方を再構築することにある。言い換えれば国民に対する責任と義務を再定義する作業と言ってもいいだろう。データの持ち方に際しての要件は「記録はすべて残すこと」、そして、「公開を原則とする」ことだ。“政府・行政機関の情報は主権者に帰属する” という原理原則を設計思想の根幹に据えていただきたく思う。

24日、新型コロナウイルスのワクチン接種が世界で10億回を越えた。英国やイスラエルでは集団免疫の獲得も視野に入ってきた。しかし、世界全体でみると1日あたりの新規感染者は71万人、死者も1万人を越える(26日)。変異株が猛威をふるうインドの状況は深刻だ。ブラジルの死者数はこの4月に月間最多記録を更新した。新興国だけではない。24日、独では州の裁量を越えた全国一律規制をはじめて導入した。仏、ベルギー、オランダでも夜間外出が制限される。米国も「前例のないリスク」との認識を示したうえで渡航中止勧告の対象国を世界の8割に拡大した。世界の “人の移動” 需要の回復は遠い。観光産業、航空業界は時間との戦いの様相を呈してきた。一方、逆境の中、未来への準備もはじまっている。
日本航空(JAL)は中国系LCC春秋航空の子会社「春秋航空日本」の連結子会社化を発表した。JALは昨年11月に実施した公募増資で約1,800億円を調達したが、この一部をコロナ後に向けた戦略投資に振り向ける。
全日本空輸(ANA)もピーチ・アビエーション(Peach)との路線分担など収益性に軸足を置いた航空事業の最適化とグループ全体の構造改革を急ぐ。目玉は非航空分野だ。ANAセールスを分割、旅行事業で蓄積された顧客データを活用したプラットフォーム事業(ANA X)と、航空セールス事業や国内33支店を拠点とした地域創生事業(ANAあきんど)に再編し、ビジネスの強化をはかる。
コロナ後に向けての動きは各方面で活発化しつつある。4月1日、2018年10月に発足した「地域創生インバウンド協議会」※が一般社団法人として再スタートした。同協議会はANA総合研究所が主導、当社も設立時から参加、社団法人化に際しては監事の任を賜った。会員は、観光関連はもちろん、建設、金融、メディア、エンターテインメント、アートなど地方創生を支える幅広い企業58社と33の地方自治体、団体などで構成される。法人化初年度は専門知識の共有、会員交流に加え、オープンイノベーションによる事業創出に取り組む方針だ。ご関心のある企業は是非とも参加いただきたい。
さて、前述したとおり、世界全体でみれば新型コロナウイルスは依然として「前例のないリスク」であり、命にとっての脅威であり、かつ、経済活動における最大の障害である。3回目の緊急事態宣言が発出された日本も社会活動は制限され、医療現場は重大な危機に直面している。こうした現実を直視すれば東京2020オリンピック・パラリンピック大会の開催は世界と、世界の医療従事者たちに対する反社会的行為とも言える。TOKYOは世界の “リスクの最小化” にこそ貢献すべきだ。五輪の公益性とTOKYOのブランド価値を棄損させないためにも一刻も早く中止を決断し、社会を前へ進めていただきたい。
※一般社団法人地域創生インバウンド協議会ウェブサイト (inbound-council.com)

4月21日、日本郵政は豪の物流子会社トール社の豪州国内とニュージーランドにおける企業向け物流と宅配事業の売却を発表した。売却額は7億円、2021年3月期連結決算で特別損失674億円を計上する。業績低迷が続いたトール社については2017年には既に4,000億円を超える減損処理を行っている。残ったトール株の簿価は1,000億円、負債は2,000億円、鳴り物入りでスタートした成長戦略は完全に頓挫した。
日本郵政がトール社買収を発表したのは2015年2月。投資額は6,200億円、主導したのは東芝時代にウェスティングハウス買収を手掛けた故西室 泰三氏(当時社長)だ。氏は買収発表の会見で「内需で成長できる時代は終わった。グローバル企業への第1歩を踏み出す」と高らかに宣言するとともに「責任は経営陣がとる」とも明言した。
しかし、結果は上記のとおりで、かつ、大型買収、巨額減損、負の遺産の中で発覚する不正問題、という流れも東芝と類似する。西室氏への批判は小さくない。しかし、根底には氏の決定を是とした “時代の空気” があった。グローバル化、選択と集中、強いリーダーシップへの称揚は “失われた20年” を取り戻すための日本全体の焦りであったと言えるかもしれない。
さて、西室氏がトップを務めた東芝と日本郵政はいずれも国策の一端を担う企業である。しかし、決定的な違いは日本郵政のオーナーシップは国が持っている点にある。国は日本郵政株式の6割を保有する大株主であり、つまり、日本郵政による投資の失敗は国民にとっての損失ということだ。
先月、日本郵政は楽天グループとの資本業務提携を発表した。日本郵政は1,500億円を楽天に出資、出資比率8.32%の大株主となる。一方、楽天は中国IT大手「騰訊控股(テンセント)」からの出資も受け入れる。同社は子会社を通じて657億円を出資、出資比率は3.65%となる。これに対して、日本と米国の両政府は経済安全保障上の観点から楽天グループを共同監視下に置くとの報道があった。そうなると監視者である国を株主とする日本郵政が、監視対象である楽天グループの大株主として警戒対象企業であるテンセントと “同居” していることが新たな問題となる。
政府は昨年、安全保障上の懸念を有する企業への出資に対して、外資に義務づけた事前届出の出資率基準を10%から1%に引き下げた。しかし、テンセントは楽天への出資に際して株式の保有目的を「純投資」であると表明、純投資であれば事前届出は免除される。規制は強化したが運用上の課題が残ったということだ。ここに利益相反の懸念が生じる。テンセントを介した中国への情報流出は国益の損失と言えるが、そうした行為が実際に行われ、それを国が捕捉し、何らかの措置を講じたとすれば、楽天の企業価値は棄損する。つまり、その場合、日本郵政を通じて楽天に投資された国の資産は目減りするということだ。
今回の楽天との一件は、改正外為法の運用上の課題と日本郵政のガバナンスの問題を浮き彫りにした。あらゆる投資スキームを想定したうえで、こうした不透明さと矛盾の解消を急いでいただきたい。

英投資ファンドCVCキャピタル・パートナーズが東芝に対して非上場化を前提とした買収提案を行ってから1週間、東芝は車谷社長の辞任と綱川会長の社長復帰を発表した。
会見では「あくまでも本人の意思による辞任」と説明されたが、“物言う株主” との対立や社内における求心力低下に業を煮やした取締役会から何らかの圧力があっただろうことは想像に難くない。また、車谷氏の “元CVC日本法人会長” という経歴が「古巣のファンドを使った資本市場からの逃避」との批判につながったことも無視できなかったはずだ。辞任は実質的な更迭と言っていいだろう。
東芝の転落は2015年の「会計不正問題」が起点となる。ここから歴代3社長の辞任、米原発子会社の巨額損失、債務超過、東証2部への降格、と迷走が続く。そして、2017年12月、債務超過を解消し上場を維持すべく6千億円の増資を実行、約60社におよぶ海外ファンドが株主に加わった。その陣頭指揮に立ったのが当時のトップ、綱川氏である。
翌2018年、経営を引き継いだ車谷氏は不採算部門からの撤退など構造改革を断行、業績回復に道筋をつける。2020年11月、こうした流れの中で氏は新たな中期計画と資本配分政策を発表、この1月には東証1部への復帰も果たした。しかし、株主還元より戦略投資に軸足を置いた新たな経営戦略が「物言う株主」との対立を先鋭化、それが今日の導火線となる。
その東芝を再び綱川氏が率いる。就任に際して氏は「ステークホルダーと良好な関係を築く」とコミュニケーション重視の姿勢を表明、社内外からの信頼回復を目指したい、と抱負を語った。とは言え、ステークホルダーの利益は一様ではない。それぞれの意向を組みとるだけではいずれの側にも不満が残る。「原子力や国防を担う東芝が外資の傘下に入っていいのか」など政治の声も聞こえてくる。改正外為法の問題もある。産業革新投資機構、日本政策投資銀行といった政府系金融も何らかの役割を担うことになるだろう。それぞれの思惑が交差する中、東芝は真に独立、自立した企業として成長戦略を描くことが出来るか。すべてのステークホルダーを納得させ、統治能力を自らの手に取り戻すにはこの1点しかない。
綱川氏は、東芝メモリの買収を巡って日米韓連合と米半導体ウエスタンデジタルが争った際、「決められないトップ」と揶揄されたことがある。件の増資の折には「東芝を外資に売った」とも評された。会見では「反省すべき点は反省し、社風も変え、次世代につなぎたい」と述べた。「経営陣も株主も同じ目線」との発言もあった。ただ、信頼回復は目標ではない。結果だ。“目線”は徹底して「東芝ファースト」であってほしい。綱川氏の覚悟に期待したい。