今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2020 / 08 / 28
今週の“ひらめき”視点
日本ペイント、シンガポール企業の子会社へ。コロナ禍の中、大手企業の戦略的M&Aが加速する

8月21日、日本ペイントホールディングスは、筆頭株主であるシンガポール塗料大手ウットラムグループを引受先に1兆2,900億円相当の第3者割当増資を実施、ウットラムのインドネシアにおける100%子会社と両社が合弁で展開しているアジア事業のウットラムの持分49%を買収すると発表した。これによりウットラムの株式保有率は39.6%から58.7%へ上昇、日本ペイントは文字通りウットラムの子会社となる。

日本ペイントとウットラムの関係はウットラムが日本ペイントの販売代理店となった1962年に遡る。その後、ウットラムはアジアの成長とともに業容を拡大、2013年に日本ペイントに対して買収提案を行う。この提案は不成立に終わったが、両社は資本提携の強化について合意、2017年にはウットラムの出資比率は39%に達する。2018年の株主総会では取締役10人のうちウットラム推薦の候補者6人が選任され、同社を率いるゴー・ハップジン氏が会長に就任した。つまり、この時点で日本ペイントは事実上ウットラムの傘下に入っている。

こうした経緯もあって今回の発表に対して報道では「主客逆転の企業買収」、「東証一部の大企業が華僑の軍門に下る」といったセンセーショナルな見出しも踊った。しかしながら、見方を変えれば、日本ペイントは自己資金ゼロでアジア事業におけるウットラムの全経営権を取得した、ということでもある。
世界の塗料市場の3強はPPGインダストリーズ(米)、シャーウィン・ウイリアムズ(米)、アクゾノーベル(蘭)、世界規模の企業再編を乗り越え、グローバル競争を勝ち抜くためにも成長力の大きいアジアを押さえることの重要性は言うまでもない。その意味で日本ペイントは極めて攻撃的な “被買収戦略” を実行したと言えよう。

12日、昭和電工は飲料用アルミ缶事業の売却を表明、24日、武田薬品工業も大衆薬品事業の米投資ファンドへの譲渡を正式発表した。いずれも収益事業である。背景には昭和電工は日立化成、武田はシャイアー、それぞれの巨額買収によって悪化した財務の立て直しといった狙いもあるだろう。しかし、安定という停滞ではなく、成長へのリスクに賭けた経営判断は応援したい。事業の切り売りがすべて正しいわけではない。とは言え、中核部門の厚みと可能性を強化するための資産の入れ替えは評価すべきだ。
コロナ禍が企業の構造改革の加速を促す中にあって、前例や従来の発想にないM&Aが進行する。成否の予想に時間を費やすのは止そう。そもそもその決定がなければ成功の芽すらないのだから。

2020 / 08 / 21
今週の“ひらめき”視点
モーリシャス沖事故の教訓、船舶の自動運航に向けてリスクの再点検を

8月7日、商船三井は、先月26日にモーリシャス島沖で座礁した同社が長鋪汽船(岡山)から傭船し、運航している貨物船から燃料油が流出、現場海域に甚大な影響を及ぼしている、と発表した。
船外に流出した燃料油は1,000MT、沿岸の湿地帯、マングローブ林、サンゴ礁など貴重な生態系が危機に瀕する。環境への負荷を鑑みると大型ポンプの使用や薬剤の投入は出来ない。油の除去作業は人海戦術に頼るしかなく、回収の長期化は避けられない。マングローブ林の回復には30年を要するとの専門家の指摘もあり、固有種を含む生物多様性への影響はもちろん、観光、漁業などモーリシャス経済に与える打撃は深刻である。

海難事故の大半は操船ミスや見張りの不十分さが原因とされる。その意味で船舶の自動運航化への期待は大きい。
4日、日本、中国、韓国、シンガポール、ノルウェー、デンマーク、フィンランド、オランダの8ヵ国は自動運航船の実用化にむけた国際連携の枠組み「MASSPorts」の設置に合意した。今後、MASSPortsは自動運航船の実証ガイドラインの策定や複数港湾での相互運用性を高めるための用語、通信方法の統一などに向けて協力していく。

国土交通省は2025年を目標に自動運航に関する安全基準を策定する方針であり、民間の無人運航プロジェクトを支援する日本財団とも連携し、オールジャパン体制で船舶の自動運航に向けた取り組みを本格化させる。
5月、日本郵船グループは東京湾上のタグボートを兵庫県の陸上センターから遠隔操船する実験に成功、これを受けてNTTと共同で輻輳(ふくそう)海域での無人運航船の実証実験に着手する。商船三井も三井E&S造船などをパートナーに日本財団のプログラムに参加、内航船の主力船形であるコンテナ船と大型カーフェリーを使った実験をスタートさせる。

18日、モーリシャス共和国当局は座礁船のインド人船長と副船長を逮捕した。“船内では船員の誕生会が開かれていた”、“Wi-Fiに接続するために沿岸に近づいた” との報道もあり、原因は人為的であるとの見方が有力だ。一方、商船三井も自社の「安全運航センター(SOSC)」の在り方を再検証する必要があろう。同社は2006年に発生した重大事故の経験を踏まえSOSCを設置、インマルサット衛星を活用した24時間365日体制で全船舶の運航を監視、“船長を孤独にしない” 体制を整えた。しかし、残念ながら事故は防げなかった。システムに技術的な問題はなかったか、運用体制は十分であったか、リスクの見落としはなかったか。ヒューマンエラーの可能性も含め、徹底した検証を行い、公開し、自動運航の実用化と再発防止に向けての教訓として欲しい。

2020 / 08 / 07
今週の“ひらめき”視点
相次ぐ豪雨災害、気候変動をどう受けとめるか、キーワードはレジリエンス

7月、日本列島は月初に九州、中部、月末には東北地方と、記録的な豪雨災害に見舞われた。とりわけ、3日から4日にかけて九州南部を襲った「これまでに経験したことのない猛烈な雨」は球磨川流域をはじめ各地に広範かつ甚大な被害をもたらした。
「数十年に一度の」、「50年に一度の」と形容される “大雨特別警報” が導入されたのは2013年8月、以降7年間で、33都道府県に計16回発令された。もはや「数十年に一度」という警告の効力は失われつつある。「次々に発生する線状降水帯」という専門用語も聞き慣れた。

温暖化は確実に進行している。昨年末から2月にかけて日本は全国的に高温だった。平均気温+1.66度は統計開始以降の最高値である。6月も暑かった。全国153の気象台、測候所のうち50地点で過去最高またはタイ記録となった。シベリアのサハ共和国でも38度を記録、これは平年を18度上回る、北極圏における過去最高気温である。
ヨーロッパ西部から北西アフリカにかけて、北米・中米・南米も高温に覆われた。中国、長江流域では7月だけで6回もの豪雨があり、上流域で相次いで洪水が発生した。8月に入ってからは朝鮮半島中部地方でも豪雨が続く。

頑強なダムや堤防も設計基準を越えた水位や流量には耐えられない。経験値を越えた自然災害が多発する中、どこまで備えればよいのか。どこまでコストをかけるべきか。完璧な防災の実現が困難であるとすれば、発想の転換も有効だ。力に力で対抗する従来型の防災に加えて、いかに受け流すか、つまり、減災という視点でリスクを見直す必要があろう。
ヒントは甲州武田氏の “信玄堤”、これは川に平行した一続きの堤防ではなく、ところどころ上流外側に向けて開口部を持つ霞堤である。氾濫水位を越えるとそこから水を逃がし、氾濫が収まると川へ排水される。川中には水の勢いを抑えるために “聖牛” と呼ばれる工作物を置いた。これも一定以上の水流があると自壊し、堤への負担を軽減する仕掛けになっている。無理に抵抗しない、これが信玄堤の真骨頂である。

緑地や農地、遊水地など自然が持っている保水、貯水力を減災に活用する手法は “グリーンインフラ” と呼ばれる。自然の脅威を完全に封じることが出来ないのであれば、脅威との “共生” を地域全体で探るしかない。
球磨川の氾濫で大きな被害があった人吉市、筆者は以前同市の産業政策づくりに関与する機会をいただいたことがある。ご担当者によると地域の未来を担うべく整備した人吉中核工業用地は「災害搬出ゴミの仮置き場となった。復興には3-5年を要する」とのこと、言葉もない。1日も早い復興を祈念するとともに、球磨川を抱いた豊かで安全な町づくりを応援したい。

2020 / 07 / 31
今週の“ひらめき”視点
ストップ、GOTO! まずは終息、そして、内需全体の活性化策を

7月22日、全国的な感染拡大が収まらない中、GO TO トラベル事業が “前倒し” でスタートした。同日、日本医師会の中川俊男会長は、通常医療を含めた医療提供体制崩壊への懸念を示したうえで「この4連休は県境を越える移動や不要不急の外出は避けてほしい」と呼びかけるとともに、GOTOトラベルについて「勇気をもって変更していただきたい」と述べた。恐らく中川氏のこの言葉こそ医療の現場からの本音であろう。それでも強行されたGOTOトラベルは、もとより “みんなが一斉に動く” ことで最大の成果が得られるキャンペーンという施策自体の “矛盾” を差し引いても、その効果は最小化されたと言える。

そもそも制度的にみても課題は少なくない。基準が示されないまま適用された “東京排除” は論外であるが、旅行代理店を介在させた場合に利用者の恩恵がもっとも大きくなる設計は疑問である。経営基盤の弱い中小宿泊事業者の経営支援という観点に立てば、手数料を抜かれない直接予約をこそ促すべきであろう。
そして、困っているのは観光業界だけではない。東京からの身近な観光県の一つ、長野県、昨年のGWには370万人もの観光客が訪れたが、今年はわずかに7万4千人、98%減となった。影響は甚大である、とは言え、その “長野” であっても、H29年(2017)の県内総生産(8兆4,417億円)における宿泊・飲食サービス業の比率は3.7%(3,147億円)である。一方、県内総生産の29.9%を占める製造業や9.9%の卸売・小売業もまた生産調整、外出自粛、時短営業によって大幅な減収減益を余儀なくされている。地方=観光地でない、ということだ。
※参考:「観光地利用者統計調査」(長野県)によるH29年の県内観光消費の総額は304,574百万円

自然災害等による緊急措置としての給付金支給に異論はない。しかし、個別事業者の資金繰り支援は、原則として政策金融の強化で対応すべきであろう。
コロナ禍の中、宿泊施設支援を目的に各地でクラウドファンディング・プロジェクトが立ち上がった。報道では美談としてとりあげられたが、将来の宿泊予約と引き換えに調達された資金はあくまでも前受金であり、つまり、債務である。例えば、1年後、1泊1万5千円の宿泊料を8掛けで予約販売した場合、年利25%の高利でのファイナンスということだ。
一方、政策金融も融資であり、実質無利息であっても返済義務はある。中小事業者にとって負担は小さくないだろう。しかし、それゆえにこそ事業継続意欲と能力のある企業が、長期にわたって返済できるよう施策を講じるのが政治の役割である。

人口動態を鑑みれば、観光業界も長期的な内需縮小の途上にある。外需あるいは富裕層マーケティングの強化でこれを補う戦略は是である。しかし、それでも観光市場の8割は内需であって、ここの底上げがなければ産業全体を押し上げることは出来ない。そもそも内需の成長を放棄した政治などあり得ない。では何をすべきか。もっとも効果的であるのは労働分配率と1人当たり可処分所得の向上である。2006年度以降の10年間で、家計の可処分所得が雇用者報酬の伸びを上回ったのはリーマンショック後の一度だけ、税や社会保険の負担増が可処分所得の伸びを抑制している。
当の宿泊業でも同様だ。2013年から2017年にかけて宿泊者数は9%増加した。これに伴い、宿泊・外食サービス業の国内総生産は15%拡大、結果、営業余剰は28%のプラス、雇用者報酬の総額も5%伸びた。しかし、1人当り雇用者報酬は1%のマイナスである。国民1人1人が豊かさを実感できない限り、内需全体の活性化はあり得ない。
まずは、立ち止まり、戦略の見直しをはかるべきだ。今、すべての産業にとって、もっとも有効かつ最優先の経営支援策は言うまでもなく “不安の除去” である。

2020 / 07 / 17
今週の “ひらめき” 視点
副業容認への流れは止まらない。しかし、それが唯一の正解ではない

15日、ヤフー株式会社は副業人材を活用する新たな人材戦略を発表、募集を開始した。名称は「ギグパートナー」、経営企画など経営の意思決定をサポートする戦略アドバイザー職と特定業務に高度な専門スキルを有する事業プランアドバイザー職を募集、業務委託契約を結ぶ。
キャリア要件は、「より創造的な便利を生み出す」ために自律自走して業務を進められる方、またはそのためのスキルや経験を有する方(同社HPより抜粋)。他社との雇用関係の有無は問わない。勤務形態は原則テレワーク、専門人材であれば週に1日以上、月額5万から15万円程度の報酬を想定、新規事業の立ち上げや業務提携仲介など高度な業務経験のある人材の確保を目指す。

グローバリゼーションを背景に大手企業やIT系企業を中心に日本企業においても “多様な働き方” への模索は従前から始まっていた。昨年4月に施行された「働き方改革関連法」の施行も転換点の一つであったと言えるが、新型コロナウイルスがこの流れを一挙に加速させ、決定づけた。
当社が緊急事態宣言下に行った調査でも新型コロナを契機に「働き方の多様化、副業の容認」への取り組みを開始した企業が10.6%、「今後、検討すべき施策」との回答率は48.9%に達した。

実際、副業人材を含む10万人のビジネスパーソンをネットワークする、株式会社ビザスクのビジネスナレッジ提供サービスの2020年3月~5月期の取扱高は前年同期比41%増と急成長している。副業、ジョブ型雇用、リモートワーク、同一労働同一の賃金など、多様な働き方への流れに後戻りはないだろう。
政府も “ギグワーカー” の雇用環境整備に向けて検討を開始した。かつてのように社員(国民)の生活をまるごと引き受ける余力が企業(国)にない以上、この流れは必然である。

ただ、新型コロナは “多様な働き方” を後押しする一方で、企業の行動基準も変えた。世界の機関投資家の視線は、短期的な株主還元ではなく社会そして地球の “持続可能性への貢献” に向けられる。
労働市場の流動化と副業の容認、言い換えれば、個人と企業それぞれの時間当たり生産性の最大化だけが “正解” ではない。島津製作所の田中耕一エグゼクティブ・リサーチフェローや旭化成の吉野彰名誉フェローといった人材は “副業” からは生まれないだろう。また、個人の絶対的な能力差による収入格差は分断を固定化させる社会的リスクも孕む。
今、個人、企業、社会、それぞれの関係における個別最適と全体最適の在り方について、それぞれがしっかりと問い直すべきだろう。

「アフター・新型コロナウイルス~日本産業の構造変化と成長市場」(7月10日発刊)より。

2020 / 07 / 10
今週の“ひらめき”視点
新生活様式の浸透は公共交通の在り方を見直すチャンスである

7日、JR東日本は4-6月期の鉄道収入が前年同期比34.1%となった、と発表した。記者会見で深沢祐二社長は3密防止および新生活様式への対応として「時間帯別運賃制の導入を含む新たな運賃体系の検討に入る」と表明、あわせて、始発電車の繰り下げ、終電時間の繰り上げなど列車の運行体制や定期券の見直しにも言及した。
狙いは通勤ラッシュなどピーク時間帯の乗降客を分散させることによる混雑混和と時間帯別営業生産性の標準化、実施時期については明言を避けたが「利用客が以前のように戻ることはない」ことを前提に長期的に経営を維持するための検討を進める、とする。

新型コロナウイルスがもたらした最大の経済的災禍は “ヒトの移動制限” による。しかし今、“新生活様式” の名のもと、そこへの適応が社会的に要請され、デジタル化による “リモート社会の実現” が次世代成長戦略と位置付けられる。とりわけ、ビジネスにおけるテレワークの浸透、すなわち、ヒトの大量移動の縮小による大都市への一極集中の是正、地方の活性化、労働生産性の向上、といった社会的効用が期待される。

ウイズコロナ、アフターコロナの社会が日常生活における移動量の縮小を目指すのであれば、もはやその拡大を前提としたビジネスモデルは成り立たない。実際、在宅勤務の制度化やオフィス面積の縮小を発表した大手企業も多く、収益の柱である通勤定期需要の拡大はもはやあり得ないだろう。とすればJR東日本の戦略は一鉄道事業者としてごく自然な発想である。

移動量の縮小が社会的に肯定される未来を仮定すると、CASEやMaaSもその目指すべきゴールが変質するだろう。また、そもそも都市と地方では移動の量も質も異なる。岡山の両備グループが提起した地方の公共交通維持の問題についても未だ答えは出ていない。一方、ビジネス需要の持続的拡大を前提に1970年代に構想された第2東海道新幹線構想はリニア中央新幹線に名を代えてそのまま維持される。

新型コロナウイルスはヒトの移動が成長の前提となっていた社会のリスクを浮き彫りにした。しかし、単に量の最小化が正解ではないだろう。問題は質にある。巨大な危機を前にこれまでの前提と異なる社会を築くことが目指されるのであれば、もう一度、都市、地方、そして、高速交通網も含めて、国全体の公共交通の在り方をゼロベースから議論すべきである。