7月22日、全国的な感染拡大が収まらない中、GO TO トラベル事業が “前倒し” でスタートした。同日、日本医師会の中川俊男会長は、通常医療を含めた医療提供体制崩壊への懸念を示したうえで「この4連休は県境を越える移動や不要不急の外出は避けてほしい」と呼びかけるとともに、GOTOトラベルについて「勇気をもって変更していただきたい」と述べた。恐らく中川氏のこの言葉こそ医療の現場からの本音であろう。それでも強行されたGOTOトラベルは、もとより “みんなが一斉に動く” ことで最大の成果が得られるキャンペーンという施策自体の “矛盾” を差し引いても、その効果は最小化されたと言える。
そもそも制度的にみても課題は少なくない。基準が示されないまま適用された “東京排除” は論外であるが、旅行代理店を介在させた場合に利用者の恩恵がもっとも大きくなる設計は疑問である。経営基盤の弱い中小宿泊事業者の経営支援という観点に立てば、手数料を抜かれない直接予約をこそ促すべきであろう。
そして、困っているのは観光業界だけではない。東京からの身近な観光県の一つ、長野県、昨年のGWには370万人もの観光客が訪れたが、今年はわずかに7万4千人、98%減となった。影響は甚大である、とは言え、その “長野” であっても、H29年(2017)の県内総生産(8兆4,417億円)における宿泊・飲食サービス業の比率は3.7%(3,147億円)※である。一方、県内総生産の29.9%を占める製造業や9.9%の卸売・小売業もまた生産調整、外出自粛、時短営業によって大幅な減収減益を余儀なくされている。地方=観光地でない、ということだ。
※参考:「観光地利用者統計調査」(長野県)によるH29年の県内観光消費の総額は304,574百万円
自然災害等による緊急措置としての給付金支給に異論はない。しかし、個別事業者の資金繰り支援は、原則として政策金融の強化で対応すべきであろう。
コロナ禍の中、宿泊施設支援を目的に各地でクラウドファンディング・プロジェクトが立ち上がった。報道では美談としてとりあげられたが、将来の宿泊予約と引き換えに調達された資金はあくまでも前受金であり、つまり、債務である。例えば、1年後、1泊1万5千円の宿泊料を8掛けで予約販売した場合、年利25%の高利でのファイナンスということだ。
一方、政策金融も融資であり、実質無利息であっても返済義務はある。中小事業者にとって負担は小さくないだろう。しかし、それゆえにこそ事業継続意欲と能力のある企業が、長期にわたって返済できるよう施策を講じるのが政治の役割である。
人口動態を鑑みれば、観光業界も長期的な内需縮小の途上にある。外需あるいは富裕層マーケティングの強化でこれを補う戦略は是である。しかし、それでも観光市場の8割は内需であって、ここの底上げがなければ産業全体を押し上げることは出来ない。そもそも内需の成長を放棄した政治などあり得ない。では何をすべきか。もっとも効果的であるのは労働分配率と1人当たり可処分所得の向上である。2006年度以降の10年間で、家計の可処分所得が雇用者報酬の伸びを上回ったのはリーマンショック後の一度だけ、税や社会保険の負担増が可処分所得の伸びを抑制している。
当の宿泊業でも同様だ。2013年から2017年にかけて宿泊者数は9%増加した。これに伴い、宿泊・外食サービス業の国内総生産は15%拡大、結果、営業余剰は28%のプラス、雇用者報酬の総額も5%伸びた。しかし、1人当り雇用者報酬は1%のマイナスである。国民1人1人が豊かさを実感できない限り、内需全体の活性化はあり得ない。
まずは、立ち止まり、戦略の見直しをはかるべきだ。今、すべての産業にとって、もっとも有効かつ最優先の経営支援策は言うまでもなく “不安の除去” である。