今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2020 / 07 / 17
今週の “ひらめき” 視点
副業容認への流れは止まらない。しかし、それが唯一の正解ではない

15日、ヤフー株式会社は副業人材を活用する新たな人材戦略を発表、募集を開始した。名称は「ギグパートナー」、経営企画など経営の意思決定をサポートする戦略アドバイザー職と特定業務に高度な専門スキルを有する事業プランアドバイザー職を募集、業務委託契約を結ぶ。
キャリア要件は、「より創造的な便利を生み出す」ために自律自走して業務を進められる方、またはそのためのスキルや経験を有する方(同社HPより抜粋)。他社との雇用関係の有無は問わない。勤務形態は原則テレワーク、専門人材であれば週に1日以上、月額5万から15万円程度の報酬を想定、新規事業の立ち上げや業務提携仲介など高度な業務経験のある人材の確保を目指す。

グローバリゼーションを背景に大手企業やIT系企業を中心に日本企業においても “多様な働き方” への模索は従前から始まっていた。昨年4月に施行された「働き方改革関連法」の施行も転換点の一つであったと言えるが、新型コロナウイルスがこの流れを一挙に加速させ、決定づけた。
当社が緊急事態宣言下に行った調査でも新型コロナを契機に「働き方の多様化、副業の容認」への取り組みを開始した企業が10.6%、「今後、検討すべき施策」との回答率は48.9%に達した。

実際、副業人材を含む10万人のビジネスパーソンをネットワークする、株式会社ビザスクのビジネスナレッジ提供サービスの2020年3月~5月期の取扱高は前年同期比41%増と急成長している。副業、ジョブ型雇用、リモートワーク、同一労働同一の賃金など、多様な働き方への流れに後戻りはないだろう。
政府も “ギグワーカー” の雇用環境整備に向けて検討を開始した。かつてのように社員(国民)の生活をまるごと引き受ける余力が企業(国)にない以上、この流れは必然である。

ただ、新型コロナは “多様な働き方” を後押しする一方で、企業の行動基準も変えた。世界の機関投資家の視線は、短期的な株主還元ではなく社会そして地球の “持続可能性への貢献” に向けられる。
労働市場の流動化と副業の容認、言い換えれば、個人と企業それぞれの時間当たり生産性の最大化だけが “正解” ではない。島津製作所の田中耕一エグゼクティブ・リサーチフェローや旭化成の吉野彰名誉フェローといった人材は “副業” からは生まれないだろう。また、個人の絶対的な能力差による収入格差は分断を固定化させる社会的リスクも孕む。
今、個人、企業、社会、それぞれの関係における個別最適と全体最適の在り方について、それぞれがしっかりと問い直すべきだろう。

「アフター・新型コロナウイルス~日本産業の構造変化と成長市場」(7月10日発刊)より。

2020 / 07 / 10
今週の“ひらめき”視点
新生活様式の浸透は公共交通の在り方を見直すチャンスである

7日、JR東日本は4-6月期の鉄道収入が前年同期比34.1%となった、と発表した。記者会見で深沢祐二社長は3密防止および新生活様式への対応として「時間帯別運賃制の導入を含む新たな運賃体系の検討に入る」と表明、あわせて、始発電車の繰り下げ、終電時間の繰り上げなど列車の運行体制や定期券の見直しにも言及した。
狙いは通勤ラッシュなどピーク時間帯の乗降客を分散させることによる混雑混和と時間帯別営業生産性の標準化、実施時期については明言を避けたが「利用客が以前のように戻ることはない」ことを前提に長期的に経営を維持するための検討を進める、とする。

新型コロナウイルスがもたらした最大の経済的災禍は “ヒトの移動制限” による。しかし今、“新生活様式” の名のもと、そこへの適応が社会的に要請され、デジタル化による “リモート社会の実現” が次世代成長戦略と位置付けられる。とりわけ、ビジネスにおけるテレワークの浸透、すなわち、ヒトの大量移動の縮小による大都市への一極集中の是正、地方の活性化、労働生産性の向上、といった社会的効用が期待される。

ウイズコロナ、アフターコロナの社会が日常生活における移動量の縮小を目指すのであれば、もはやその拡大を前提としたビジネスモデルは成り立たない。実際、在宅勤務の制度化やオフィス面積の縮小を発表した大手企業も多く、収益の柱である通勤定期需要の拡大はもはやあり得ないだろう。とすればJR東日本の戦略は一鉄道事業者としてごく自然な発想である。

移動量の縮小が社会的に肯定される未来を仮定すると、CASEやMaaSもその目指すべきゴールが変質するだろう。また、そもそも都市と地方では移動の量も質も異なる。岡山の両備グループが提起した地方の公共交通維持の問題についても未だ答えは出ていない。一方、ビジネス需要の持続的拡大を前提に1970年代に構想された第2東海道新幹線構想はリニア中央新幹線に名を代えてそのまま維持される。

新型コロナウイルスはヒトの移動が成長の前提となっていた社会のリスクを浮き彫りにした。しかし、単に量の最小化が正解ではないだろう。問題は質にある。巨大な危機を前にこれまでの前提と異なる社会を築くことが目指されるのであれば、もう一度、都市、地方、そして、高速交通網も含めて、国全体の公共交通の在り方をゼロベースから議論すべきである。

2020 / 07 / 03
今週の“ひらめき”視点
「化石賞」はいらない。国は脱炭素に向けての覚悟を

政府は、低効率でCO2排出量が多い石炭火力発電を段階的に削減する方針を固めた。対象となる旧型の石炭火力は110基、うち9割を2030年までに段階的に廃止する。
日本の石炭火力のシェアは31%、石炭火力への依存度の高さは国際的にも批判の的となっており、11月にロンドンで開催される第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)を前に国の電力政策を明確化しておく狙いもある。

地球温暖化防止に向けて世界の流れは一致している。資本の世界も同様であり、機関投資家の視線はこれまで以上に厳しい。今年の総会では、みずほフィナンシャルグループへの株主提案が注目された。
提案者は環境NGO “気候ネットワーク”、将来性のない化石燃料事業への投資はみずほグループにとってリスクであり、また、新興国の石炭火力事業への融資はパリ協定と整合しないとして、「パリ協定の目標に沿った経営計画の開示」を義務付けるよう定款の変更を求めた。会社側は「石炭火力発電への融資については与信残高削減目標を設定している」、「環境や社会に配慮した投資方針は従来から積極的に開示している」と反対を表明、一方、米の議決権助言会社は株主提案への賛成を推奨、ノルウェーやデンマークの年金基金はこれを支持した。結果、株主提案は否決された。ただ、1/3の賛成票を集めたことの意味は大きい。

30日、日本経済新聞はNTTが2030年度までに独自の発送電網を整備し、再生可能エネルギー事業に参入すると伝えた。投資額は1兆円、発電量は日本の再生可能エネルギーの12%、四国電力1社の発電力を上回る750万キロワットを確保するという。
既存電力会社の競争優位は発送電網の独占にあるが、NTTはこれに依存しない体制を構築する。全国7,300の電話局に蓄電池を配備、これをネットワークすることで顧客への直販を実現するという。NTTという大資本の参入は再生可能エネルギーへのシフトを一挙に加速させるインパクトがある。

世界のESG投資資金は2018年時点で30兆6,800ドル(3,400兆円)を越える。100年という超長期の視点で運用する年金基金や保険会社も出てきた。総資産2,200億ドルを有する世界最大の運用会社「ブラックロック」のローレンス・フィンク氏は気候変動問題が「世界の運用ルールを変えた」と語る。
政府は旧型石炭火力休廃止への道筋を提示した。前進ではある。とは言え、発電効率の高い新型石炭火力30基は維持し、かつ “新設” も認めると言う。また、新興国への輸出も継続することを表明している。
パンデミックによるエネルギー需要の縮小は石炭火力のコスト優位を一時的に更に高めるだろう。ただ、目先の利益と既得権に安住し続ける限り、未来は遠のく。世界のESGマネーを引き寄せ、次世代エネルギー産業でイニシアティブをとるためにも中途半端なご都合主義は捨てるべきである。新型コロナウイルスはあらゆる業界のイノベーションを加速する。もはやコロナ以前への後戻りはない。今こそエネルギー政策を根本から見直す最大のチャンスであり、この機を逃すべきではない。

2020 / 06 / 26
今週の“ひらめき”視点
ソフトバンクグループ、再建と信用回復のためにも情報開示を

25日、ソフトバンクグループの定時株主総会が開催された。孫氏は、前期は9,600億円を越える当期損失となったものの財務改善のための資金調達が順調であること、保有株式の株式価値は新型コロナウイルス感染拡大前の水準より増えたことを強調、経営再建に自信を見せた。
実際、先月までにアリババ株1兆2,300億円、通信子会社ソフトバンク株3,102億円を売却、2日前の23日にはTモバイルUSへの出資分24%のうち16%を親会社ドイツテレコムに2兆2,000億円で売却することを発表済だ。

2013年、ソフトバンクは米通信3位のスプリントを買収、米通信市場に参入する。当時、「世界最大のモバイルインターネットカンパニー」を目指すと標榜した孫氏は、既にこの時点で4位のTモバイルUSとスプリントを合併させ、首位のベライゾン、2位のAT&Tに対抗する第3極構想を持っていた。
孫氏のプランは米当局の厳しい規制に阻まれ頓挫する。また、水面下の交渉においても合併後の経営権を巡ってドイツテレコムとの厳しい対立があったという。

ところが、2017年に交渉を再開すると孫氏は経営権の放棄を受け入れ、翌年には合意に達する。ビジョンファンドの設立が2017年であったことを鑑みると、もはや孫氏の関心は通信事業会社の経営にはなく、投資家として保有資産の最大化をはかることに移っていたのだろう。その意味でスプリントへの投資は結果的に正しく現在のソフトバンクグループに貢献したと言える。

しかしながら、ビジョンファンドの前期収支は1兆3,646億円の赤字、苦境は続く。5月18日の決算説明会で孫氏は「ビジョンファンドの投資先88社のうち15社程度は倒産する可能性がある」と表明、あわせてファンドの人員削減にも言及した。一方、「15社は大きく成長、10年後にはファンドが出資した企業価値の90%をこの15社が占める」とも語った。
ファンドである以上、リスクがあって当然である。とは言え、ソフトバンクグループの一般株主にとって、同社の株価を左右するファンドの中身に関する情報があまりに少なすぎる。

株主総会の冒頭、孫氏は「危機は新しい日常を生む」と力強くメッセージした。19世紀のコレラは下水道整備を促すことで安全な水をもたらした。1920年代の世界恐慌は公共事業が克服、結果、ダムと道路を整備することで電気と自動車のインフラをつくった。そして、2020年、人と人の接触を制限する新型コロナウイルス危機がデジタルシフトを加速する、と。
異論はない。投資会社としての投資方針も明確である。しかし、それゆえにもう一段の透明性に期待したい。足元では不正会計が露呈し経営破綻に至った独フィンテック大手「ワイヤーカード」とソフトバンクグループ関連会社との関係も取り沙汰される。孫氏、そして、ソフトバンクグループの信用回復のためにも、「ここまでやるか」と唸らせるほどの情報開示に期待したい。

2020 / 06 / 19
今週の “ひらめき” 視点
影響が深刻化する航空関連業界、質的変化に対応した戦略の再構築を

国際航空運送協会(IATA)は4月の世界の航空需要が前年同月比94.3%の減少となったと発表した。
今、世界の航空各社は重大な経営危機の最中にある。国際民間航空機関(ICAO)は「2020年1-9月期の旅客需要は前年同期比12億人減、27兆円が失われる」と試算、IATAも「世界の旅客需要が2019年の水準を回復するのは国際線が2024年、国内線は2022年」との長期予測を発表している。

影響は航空会社に止まらない。航空各社の急激な経営悪化は航空機製造業界を直撃する。三菱重工は “スペースジェット”(旧MRJ)の製造部門「三菱航空機」の開発体制を半減させるとともに欧米の営業拠点を閉鎖する。東レもボーイング社向け炭素繊維の生産能力の削減を決定、米国内事業所の従業員25%を解雇する。
地方空港の機能停止が地域経済に与える影響も深刻化しつつある。そもそも国が管理する国内25空港の航空系事業の営業収支の合計は197億円の赤字、黒字は東京国際、新千歳、小松の3港のみであり(H30年度、国交省)、運航の休止、減便の長期化はその存続を危うくする。

終息時期は未だ見えない。しかし、6月に入って以降、政府は経済再開に向けて舵を切る。人の移動を押さえ込んできた県外移動に対する自粛要請は19日に全面解除となる。また、出入国制限の緩和に向けてベトナム、タイ、オーストラリア、ニュージーランドと協議を開始、6月下旬を目途にベトナムへのビジネス渡航が再開される。
こうした動きは欧州が先行する。EUは15日以降、域内の移動制限の段階的な解除に踏み切った。スペインは7月1日から域外の観光客も受け入れると発表、エールフランスは8月までに東京、関西を含む150都市への運航を再開するという。

2018年、日本航空機開発協会は世界の航空旅客需要は「2037年までに2017年比2.4倍に拡大する」と試算した。もちろん、パンデミックは予測条件に入っていない。よって短中期的な修正は必要であろう。しかし、長期的な視点に立てば量的拡大トレンドにあることは間違いなく、むしろ、注目すべきは質的変化の行方である。
コロナ以前であれは「市場はLCCが牽引、主力機種は単通路の中型機」との見通しが業界の共通理解であった。しかし、ウイズコロナ時代における “新しい生活様式” やテレワークの常態化は航空市場の需要構造をより多様化させるはずである。
一方、地方も “移動” の質的変化を想定しておくべきだ。コロナ以前であっても「空港」は本業ベースで採算が取れていないわけであり、空港の必要性、活かし方、非航空系事業の運営方針など、未来の地域経済、地域交通(MaaS)との関係性の中でもう一度その戦略を問い直すべきであろう。

2020 / 06 / 12
今週の“ひらめき”視点
企業評価の基準が変わる。問われるのは持続性と社会的価値

日本取引所グループ(JPX)によると3月期決算の上場企業の株主総会の集中日は6月26日、特定日への集中割合は昨年を2.3ポイント上回る33.2%、第4週への集中割合は82.4%、同12.4ポイント増となった。日程が例年以上に後ろ倒しになったことについて、JPXは「新型コロナウイルスによる影響を踏まえ、決算作業や監査手続など事務日程を出来るだけ確保しておきたい」との会社側の事情があったと説明する。実際、決算事務は国内外で遅れており、基準日を変更し開催時期を7月以降とする企業や計算書類承認議案のみを別日程で審議(継続会)または臨時株主総会で対応する企業もある。

一方、運営面のみならず、“中身” もこれまでとは様相が異なる。米の議決権行使助言会社インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)は取締役選任議案におけるROE基準の適用を猶予するとともに、本来であれば計算書類をもって判断すべき剰余金処分等の議案についても「継続会」であれば “棄権” を推奨、つまり、反対助言をしないことを表明した。
短期的な利益還元要求は影を潜め、投資家は企業の持続可能性に注目する。中長期成長戦略の蓋然性はもちろん、社外取締役の独立性と比率、上場子会社取締役会の親会社からの独立、取締役会のダイバーシティの確保(女性役員比率)など、ガバナンスの在り方そのものが問われる。同時にESGやSDGsなど非財務KPIに対する取り組みの重みがこれまで以上に増す。

昨年8月19日、JPモルガン・チェース、アップル、アマゾンなど米国のトップ企業の経営者団体「ビジネス・ラウンドテーブル」は株主第一主義を見直し、従業員、取引先、顧客、地域社会などすべての利害関係者を重視する行動原則を発表した。そして今、新型コロナウイルスによる想定外の “パンデミック” がこの流れを決定づけ、加速させ、世界中で多くの投資家、経営者がこれに共鳴する。

4月20日、日本経済新聞一面に日本電産の永守重信会長のインタビュー記事が載った。氏は自身の経営について「自分の経営手法は間違っていた」と振り返り、これからは「利益至上主義を改め、自然との共存をはかる」、「収益が一時的に落ちても社員の幸福、働き易さを優先する」と述べた。4月~5月にかけて当社が実施したアフターコロナの経済環境を問うビジネスパーソンを対象としたアンケートでも、「社会貢献活動への関心が高まる」との回答率が4年前の2倍になった(
「新型コロナ収束後の世界と企業経営」調査結果速報より)。
パンデミックが企業の社会的価値の本質を浮き彫りにする。そうであれば総会で経営陣が説明すべきは、その価値の確からしさとそれを高め続ける自身の意志と能力の有無、ということである。