今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2018 / 08 / 24
今週の”ひらめき”視点
トルコ通貨リラ、急落。自国第一主義の対立に世界が軋む

2016年のクーデター未遂に関与したとされる米国人牧師の拘束を巡る問題でトルコと米国の対立が収まらない。トルコ通貨リラの対ドル下落率は5割近くに達しており、もう一段の混乱とその長期化による金融危機の連鎖が懸念される。
2017年のトルコの経常赤字はGDPの5.6%、外資金融機関のトルコ向け債権の総額は2233億ドル(約24兆5千億円)に達する。主要債権国はスペイン、フランス、イタリア、ドイツ。NATOの同盟国であるトルコと米国の対立はEUにとって座視できない状況となりつつある。

リラの急落に拍車がかかったのは、10日、トランプ氏がトルコに対して鉄鋼・アルミ関税の倍増を発表したことによる。しかし、これが問題の本質ではない。そもそもトルコの輸出総額における米国向け鉄鋼・アルミのシェアは1%にも満たない。通貨下落の最大の要因は、エルドアン大統領の強権的な政治手法を警戒した欧米企業がトルコ向けの直接投資を控えたこと、そして、ばらまき政策に象徴される財政規律の緩みにある。
こうした中、エルドアン氏は近隣の湾岸諸国から断交されているカタールと通貨スワップ協定を締結、更には中国からの金融支援も取り付けた。憲法を改正し、批判を封じ込め、言論を統制することで権力基盤を強化したエルドアン氏、米国に対して一歩も引かない構えである。

13日、独メルケル首相は「ドイツはトルコ経済の繁栄を望んでいる」としたうえで「中央銀行の独立性を確保するためにあらゆる手段を尽くさなければならない」と発言、“金利は悪”と公言するエルドアン政権に阿り、一向に引き締め策を講じないトルコ中央銀行に苦言を呈した。
さて、一方のトランプ氏も同様だ。中間選挙を直前に控えた今、トルコへの譲歩などあり得ないだろう。そして、彼もまた「低金利が好ましい」とFRBに圧力をかける。独善的な権力者の対立が世界の軋みを拡大させる。同時に独立性を失った中央銀行が“市場”を歪め、積み上がった金融リスクが先送られる。これはこの2国だけの問題ではない。

2018 / 08 / 10
今週の”ひらめき”視点
「この世界の片隅で」から半世紀、日本は残り続ける「問題」に向き合えるか

2016年11月の公開以来、異例のロングランとなった映画「この世界の片隅に」(原作:こうの史代、監督:片渕須直)をご覧になった方も多いだろう。この12月には新たなシーンを追加した作品が公開されると言う。
一方、映画のヒットは、1965年7月初版の「この世界の片隅で」(山代 巴 編)に再び光をあてることとなった。1945年8月6日、あの日からの20年間を広島の「片隅で」生き抜いた市井の人々の実相が心に突き刺さる。

「今では「原爆を売りものにする」とさえいわれている被爆者の訴え、、、」と山代氏がまえがきで記述した“今”とは半世紀以上前の日本である。そして、その訴えが表面化するまでに「無視され、抑圧された長い時期があった」という。当時、原爆の被害を訴えることは“占領政策への批判”とみなされ、そうした者は“沖縄に送られて重労働の徒役になる”という噂さえあったという。
その沖縄はThe Government of Ryukyu Islands(=琉球政府)であり“沖縄”ではなかった。沖縄は流球列島米国民政府の統治下にあり、日本国の憲法、国内法から切り離されていた。

7月27日、札幌で開催された全国知事会は日米地位協定の抜本的改定を求める提言を全会一致で採択した。提言は昨日(8月8日)逝去した沖縄の翁長知事が2015年に提唱、「日本の領土・領海を守る」ことを共通の前提としたうえで2016年から米軍基地負担の在り方について知事会として検討してきた。基地の有無を問わず47都道府県の一致した声であるという点においてその意味は軽くない。
すなわち、占領政策の一端が依然として機能していることに対する地方からの問題提起である。背景には本土の沖縄化への懸念がある。山代氏の書の中に「ともかく問題は将来に残ります」という一節があった。その通りとなっている。

2018 / 08 / 03
今週の”ひらめき”視点
出口の見えない金融政策、物価目標+2%の達成は依然遠い

31日、日銀は、0%程度とした長期金利の誘導目標について従来比で2倍、0.2%程度までの変動を容認すると発表した。あわせて、将来の金融政策を予告する“フォワードガイダンス”を導入、「当面は超低金利政策を維持する」ことをコミットした。一方、消費者物価については2018年度の見通しを前回4月の+1.3%から+1.1%へ引き下げるとともに2019年度と2020年度の見通しもそれぞれ+1.5%、+1.6%へ下方修正した。

金融政策の今回の変更は、長期にわたって続く国債や上場信託(ETF)の大量買い入れと超低金利による“副作用”への配慮を示すことで現行政策を長期的に維持することが狙い、と解説される。何とも分かり難いが、要するに「2013年4月、日銀は“黒田バズーカ”による異次元緩和をスタート、2%のインフレ目標を2年程度で達成すると公約した。しかし、5年経った今、2020年度の達成すら難しい情勢だ。一体、いつになるのか分からない。副作用への手は打った。だから、見通しが立つまでこの政策を続ける」ということだ。

量的緩和はリーマンショック後の緊急措置であった。米国は既に政策金利の引き上げに転じ、欧州も年内には量的緩和を打ち切る。黒田氏は会見で「金利は経済・物価情勢等に応じてある程度上下するもの」と語り、変動への柔軟性を容認した。しかし、政策の本質は変わらないし、そもそも金融による対処療法だけで好循環は生まれない。市場原理を恣意的に歪め続けることに対する懸念が期待効果を上回りつつある中、日本は危機対応からの出口を見失いつつある。

2018 / 07 / 27
今週の”ひらめき”視点
日銀、投資信託データを大幅修正。消えた“貯蓄から投資への流れ”

日銀がまとめた“資金循環統計”に「家計が保有する投資信託に30兆円規模の過大計上があった」ことが分かった。2017年末時点の家計が保有する投信総額は109兆1千億円から76兆4千億円に、個人金融資産における投信比率は5.8%から4.1%に修正された。

政府は、預金に偏っている家計資金を投資に回すことで経済成長を後押しすべく政策を進めてきた。改定前の統計では「2012年に3.8%であった家計における投信比率は2017年末には5.8%へ上昇」していたはずだが、実際には2014年の4.6%をピークに下落していた。つまり、家計資金の投資へのシフトは進んでいなかった、ということだ。
家計部門への営業を強化してきた証券各社もまた今回の修正を受けて、需要トレンドに関する従来の“文脈”そのものを改めざるを得ない。まったく迷惑な話であるが、東京都の年間予算(14.4兆円)の倍、国の社会保障費(約33兆円)に匹敵するほどの数字の大きさに驚かされる。

政策決定、政策評価の根拠となる公的統計にこれだけの誤りがあったことは前代未聞だ。とは言え、日銀によれば「部門別の残高を精緻化した結果、家計部門では下方に改定された」ということであり、すなわち、“誤り”ではなく、あくまでも“改定”ということだ。
昨年来、私たちは公文書の改ざん、不正な調査データ、公務日報の隠蔽、そして、言葉と責任のあまりの軽さを繰り返し見せつけられてきた。“改定”による影響など関知せずとの日銀のスタンスに、統治機構と主権者との信頼はまた一つ失われてゆく。

2018 / 07 / 20
今週の”ひらめき”視点
長引く低金利、縮小する営業基盤。地銀の再編は最終局面へ

金融庁は、地方銀行106行のうち約4割の40行が3期以上連続で赤字となった、と発表した。人口減少や低金利で収益が悪化する中、有効な打開先を打ち出せない地銀の苦境があらためて浮き彫りになった。実際、銀行の収益力は急速に低下しつつある。全国銀行協会がまとめた2018年3月期の決算データによると、国内116行の業務粗利益は手数料収入と外国為替売買を除くすべての科目で前年を割り込んだ。結果、業務粗利益の合計は10兆12億円、前年比6072億円、5.7%の減収となった。こうした収益環境の悪化に加えて、地方における急速な需要縮小が地銀を追い込む。

低金利による利ざやの減少は手数料収入への依存度を高める。この春、多くの銀行が振込や両替の手数料の値上げに踏み切った。法人向けでも様々な「仕組み」を活用した融資を提案することで手数料収入増を狙う。金融庁から業務改善命令を受けた東日本銀行の「不明瞭な融資手数料の徴収」はその一線を越えたということである。
一方、借り手不足を補うためプライベートバンキングやカードローンなどリテール事業も強化される。スルガ銀行の投資不動産をめぐる不正融資は、まさに積極的なリテール部門における“行き過ぎた需要創出”の結果である。

こうした中、地銀の再編は最終ステージへ向かいつつある。従来は、同一商圏における下位行同士の統合または隣接地域における広域統合が主流であった。しかし、ここへきて、“メガ地銀”化や特定地域における寡占化への動きが顕在化しはじめた。象徴的な事例が、ふくおかFGと十八銀行の統合問題である。ふくおかFG傘下の親和銀行と十八銀行の統合が実現すると長崎県内でのシェアは7割に達する。現在、公正取引委員会で審査中であるが、公取委と金融庁との見解は対立する。
健全な競争が制限される企業統合は排除されるべきか、縮小する地方にあって体力のあるうちに経営基盤強化をはかるべきか。フィンテックの進展が既存金融の競争優位を脅かしつつある中、問われているのは地方金融の未来そのものである。

2018 / 07 / 13
今週の”ひらめき”視点
出光創業家、昭和シェルとの経営統合に合意、業界再編に区切り

10日、出光創業家の賛同が得られず膠着状態にあった出光興産と昭和シェル石油の経営統合が最終合意に至った。創業家の説得には旧村上ファンドの村上世彰氏が一役買ったとのことであるが、石油業界の再編は我が国産業政策の悲願でもあり、元通産官僚の村上氏にとっては投資家の立場を越えた“使命感”もあったのだろう。1985年、昭和石油とシェル石油の統合からはじまった業界再編は33年を経てようやく完結、当時15社あった石油各社は国内市場の5割を押さえるJXTGエネルギー、3割を占めることとなる出光+昭和シェル、そして、コスモ石油の3グループに集約される。

統合は2019年4月1日、株式交換により出光興産が昭和シェル石油の全株を取得、完全子会社化する。昭和シェル石油は3月29日付けで上場廃止、統合後のブランドは“出光昭和シェル”。
両社は会見で「2015年11月の統合発表から最終合意まで3年を要した。この間、実務レベルでの交流を着実に進めてきた。無駄な時間ではなかった」としたうえで、「経営資源を統合し、アジア屈指のリーディングカンパニーをつくる」、「今後5年間で純利益500億円のシナジーを創出する」と今後の方針を語った。

かつて国内に6万店あったSSは3万1千店に減少、市場縮小は構造的だ。「5年で500億円の統合効果」の内訳は不明である。しかし、この数字が単に“縮小市場における合理化効果”を意味するのであれば、直近決算で売上高5兆7766億円、経常利益3193億円、当期純利益2050億円というスケールを有する新会社としては物足りない。
2030年代には欧州、中国、インドなど世界の自動車市場の主力がEVに置き換わる。「士魂商才」を銘とし、「努めて難関を歩め」と語り、「事業の利益を社会に立脚せん」とした出光佐三氏の精神を承継するのであれば、2030年のその先を見越した「難事業」への挑戦を表明していただきたい。