今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2018 / 05 / 25
今週の”ひらめき”視点
是枝裕和監督、カンヌ最高賞を受賞。心を揺さぶる作品は“クールジャパン”を超克する

第71回カンヌ国際映画祭で是枝裕和監督の「万引き家族」がコンペティション部門の最高賞“パルム・ドール”を受賞した。日本映画の最高賞受賞は1997年の「うなぎ」(今村昌平監督)以来21年ぶりの快挙である。
また、コンペティション部門では「寝ても覚めても」(濱口竜介監督)、“監督週間”ではアニメ「未来のミライ」(細田守監督)、短篇部門でも「どちらを選んだのかわからないが、どちらかを選んだことははっきりしている」(佐藤雅彦、河村元気、c-project)が上映されるなど、日本映画のクオリティの高さはカンヌでも多いに注目を集めたという。

国内では、政府が進めるクールジャパン戦略にとって追い風、といった声もあがった。しかし、その推進役である官民ファンド「海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)」の苦戦ぶりはこの4月に発表された会計検査院の報告からも明らかである。
同機構は2013年11月に資本金375億円でスタート、2017年末時点では630億円へ増資、政府負担は300億円から586億円へ拡大した。この間に投資した案件は17件、2017年3月末時点における支援案件の損益は▲4,459百万円、累積利益剰余金は▲5,850百万円である。80言語以上に対応したローカライゼーションの基幹インフラ、オール日本コンテンツの有料衛星放送チャンネル、、、大型投資案件の多くが厳しい状況にある。

日本のカルチャーを世界に発信することに異論はない。とは言え、より重要なことは普遍的なコンテンツの創造であって、戦略的プラットフォーム、基幹インフラ、拠点ネットワーク、、、といったいかにも“霞ヶ関”好みのビジネスモデルから世界に通用する作品が生まれるわけではない。まず取り組むべきは創作、創造、製作現場に対する長期的な支援体制の構築である。
尚、私事ではあるが21年前に“パルム・ドール”を受賞した今村作品では、友人である梶川信幸氏が制作主任として映画づくりに参画していたことを思い出した。あらためて誇らしく思う。

2018 / 05 / 18
今週の”ひらめき”視点
東芝、メモリー売却の最終期限迫る。IPOの選択肢も浮上

15日、東芝は2018年3月期連結決算を発表、売上高は前期比2%減の3兆9475億円、当期利益は8040億円の黒字、自己資本は7831億円のプラス、2期連続での債務超過を免れたことで上場維持が確定した。
とは言え、最終損益を押し上げたのは原発子会社WHの債権譲渡益など一時的な要因であり、売却を前提としたメモリー事業が連結から除外されたこともあり営業利益は22%減の660億円にとどまった。

東芝は2019年3月決算で、メモリー事業の売却益9700億円を見込む。しかし、中国の独禁法審査の最終期限が28日に迫る中、承認の可否は依然不透明な状況にある。
決算説明会では「売却方針に変更はない」と言明したが、ここへきて「売却を中止し、IPOを目指す」ことも検討されている、とのニュースが流れる。

巨額な設備投資を必要とするメモリー事業で競争力を維持し続けることは容易でない。ライバル「サムスン」との体力差も大きい。スマートフォンの成長にも陰りが見える。しかし、事業売却、大型増資、子会社処分等を通じて債務超過を解消し“上場”に踏みとどまった今、高く売れる事業、つまり、稼ぎ頭でもあり、成長可能性でもある事業をあえて手放すことの是非を再考すべきであろう。
メモリー事業を抱え込むリスクは大きい。しかし、売却によって得た多額のキャッシュを投下するに値する事業戦略はあるのか。東芝は自身の未来をどう描き、そこに何を賭けるのか、問われているのは次世代戦略そのものである。

2018 / 05 / 11
今週の”ひらめき”視点
トランプ氏、イラン核合意からの離脱を表明。国際協調体制、再び揺らぐ

8日、トランプ氏はかねてから批判し続けてきたイラン核合意からの離脱を正式に表明、「最高レベルの経済制裁」を科すと宣言した。
英独仏は直ちに“合意継続”を発表、イランのロウハニ大統領も対米非難を強めながらも当面は“米抜き合意”を維持したい旨声明した。

2015年、主要6ヶ国(米英独仏中露)はオバマ氏主導のもと核開発の制限と経済制裁の解除についてイランと合意した。
制裁解除後のイランは翌年に輸出が3割増、輸入も2割増となるなど、経済は徐々に正常化に向かいつつあった。とりわけ中国の動きは早く、合意直後の2016年1月には習近平氏が外国元首としてはじめてイランを訪問、エネルギー、インフラ、IT、金融など17分野において10年間で貿易総額を6千億ドルへ拡大するとの覚書を締結、独仏をはじめとする欧州勢も対イランビジネスを活発化させてきた。
人口8千万人を擁するイランは治安も比較的安定しており、成長ポテンシャルは高い。一方、中東情勢は依然として混迷の中にある。シリアにおけるイラン・ロシアVS欧州・米国との対立も深刻だ。パレスチナも極限状況にある。それゆえにイラン核合意は中東の安定に向けての所与の前提条件であり、拠り所の一つであった。

トランプ氏は、原油代金の決裁のためにイラン中央銀行と取引する外国銀行に対して180日間の猶予後に制裁を発動する、と言明した。日本は経済制裁中にあってもイランからの原油輸入を継続、全体の7%をイランに依存している。影響は避けられない。更に、イラン核合意に対する強硬姿勢は「北朝鮮に向けてのメッセージである」とも言う。朝鮮半島情勢緩和への期待が高まる中でのトランプ氏からの言わば“冷や水”は、中東、東アジアの未来を再び不透明にするだけでなく、経済活動の萎縮、反米・対米不信の拡大、主要国の利害錯綜を招く。結果、高まるのは中国のプレゼンスである。であれば米国にとって決して“良いディール”ではあるまい。いずれにせよ世界が負担する代償は小さくない。

2018 / 04 / 27
今週の”ひらめき”視点
福島の原状回復に向けて、官民の枠を越えた長期的な研究体制の構築を

筆者は一昨年、岐阜県多治見の窯業原料メーカー㈱ヤマセとともに、タイルの製造工程で廃棄される黒雲母を「除染の現場で活用して欲しい」と日本原子力産業協会を介して働きかけた。黒雲母は放射性セシウムの吸着力が高く、溶出させないという物理的特性を持つ。残念ながらその時点で除染工程は終盤期にあり、採用は見送られた。そして、2018年3月、“汚染状況重点調査地域”に指定された36市町村の面的除染はすべて終了した。
とは言え、除染の完了は放射性物質の消滅を意味しない。住民の生活圏にあった放射性物質を“集め”、生活圏外へ“移動”させただけである。

黒雲母のセシウム吸着について学術的な研究を行なってきた東京大学大学院地球惑星科学の小暮博士は、「長期間にわたってセシウムを固定させる黒雲母は中間貯蔵施設からの2次流出を防ぐうえで効果的かもしれない。溜池や湖沼に堆積した放射性物質を固定化させることも出来るだろう」と語る。東大では農学部でも植物への放射性物質の吸収抑制に関する研究が進む。

福島第1原発事故から7年、復興のステージは「復興・創生期」(2016-2020度)の半ばにさしかかる。インフラ復旧は確実に進展しつつある。昨年4月には避難指示地域も大幅に緩和された。
一方、セシウム137の半減期は30年、毒性が1/8になるまで90年を擁する。原子力災害は人間の一生に収まるものではなく、ましてや復興を進める行政の時間軸で解決できる問題ではない。最終処分まで視野に入れると膨大な時間を要する。
今、私たちはそうした時間軸に立って復興の意味と範囲を再定義し、そのうえで、様々な機関が行っている実験や観測データを科学的に統合、体系化してゆく必要がある。そして、それを世界に発信し、未来に伝えてゆく責任が日本にはある。原子力災害に関する研究はまだ始まったばかりである。

2018 / 04 / 20
今週の”ひらめき”視点
米中経済摩擦、貿易の停滞と混乱の回避に向けて

18日、財務省は「2017年度の中国向け輸出が過去最高の15兆1871億円(前年比18.3%増)を記録、6年ぶりに対米輸出額を上回った」と発表した(「貿易統計速報」より)。
とは言え、対米輸出も15兆1819億円(前年比7.5%増)とほぼ同水準を維持する。米中はいずれも日本にとって最大のお得意様であり、したがって、両国の貿易摩擦と対抗措置の応酬は日本にとって大きなリスクとして顕在化しつつある。

米国による鉄鋼・アルミ課税とそれに伴うEUのセーフガードは安価な中国製品をアジア市場へ流出させるだろう。中国による米国産大豆の輸入制限はロジスティクスを担う日系商社のビジネスを奪う。米国による華為技術(ファーウェイ)や中興通訊(ZTE)製品の調達禁止措置は両社へ部品を供給する日本メーカーの事業計画に影響を及ぼす。東芝半導体子会社の米投資ファンドへの売却も中国当局による独禁法審査の遅れにより見通しが立たない。そもそも貿易の停滞に伴う米中経済そのものの失速も懸念される。

こうした中、8年ぶりの日中ハイレベル経済対話と日米首脳会談が開催された。日本は中国と多国間自由貿易体制の維持で協調する一方、米国とともに「自由で開かれたインド太平洋戦略」で“一帯一路”をけん制する。米国は日本が要求してきた「鉄鋼・アルミ関税の対象国からの除外」を退けたうえで、二国間協定による“不公正な日米貿易”の解消を目指す、と言明した。

金融分野や自動車産業における外資規制の撤廃など中国側からの“メッセージ”も出始めた。しかし、まだまだ予断を許さない。両国の狭間にあっての対米、対中交渉は安全保障とも関連するだけに容易であるまい。しかし、それゆえに日本はTPP11を主導した立場において、自らの原理原則を貫いて欲しい。それがリスク回避に向けたシンプルかつ唯一の突破口である。

2018 / 04 / 13
今週の”ひらめき”視点
外国人労働者、受入れ拡大へ。ただし、問題の本質は先送り

政府は建設、農業、介護等の人材不足に対応するために新たな外国人就労資格を設置する。資格の名称は「特定技能」(仮称)、最長5年に制限された技能実習の修了者に対して、更に5年間の在留資格を与える。
本来“学んだことを母国で活かす”ための技能実習制度が実質的な外国人労働者の供給システムになっていることは周知の事実であり、不当な低賃金や違法な長時間労働が一部で問題化している。一方、単純労働市場における人材不足は深刻化しており、在留延長を求める声は雇用者側、実習生側の双方に多い。新資格はそのギャップを埋めるものである。

とは言え、技能実習の本来目的は形式上維持される。実習生は最初の5年間が修了した時点で一度帰国しなければならない。つまり、母国に一定期間滞在することが「特定技能」の資格要件ということであり、言い換えれば、永住権取得条件の一つである“10年以上の在留”が直ちに満たされないように制度設計されているということである。

アジアの賃金水準が急速に上昇している中、海外からの労働力を短サイクルで補填し続ける“都合の良い”制度で安定的に労働力を確保できるのか。
生産年齢人口の減少が避けられない日本にとって、外国人労働者の問題は「途上国の人材育成」を名目とした制度の枠組みで考えるべきではない。日本社会全体としての受け入れ態勢を長期的視点から議論してゆく必要がある。