今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2024 / 05 / 17
今週の“ひらめき”視点
EV市場、失速? 事業環境変化を見据えた長期戦略で臨め

世界の電気自動車(EV)市場を牽引してきた欧州市場が変調しつつある。欧州自動車工業会によるとEU加盟31カ国の2024年3月の新車登録台数は全体で138万3千台、前年同月比▲3%、前年割れの主因はEVの不調だ。EVの登録台数は19万6千台、同▲11%、31ヵ国中21ヵ国でマイナスとなった。一方、ハイブリッド車(HV)は好調だ。この3月の登録台数は同15%増の42万3千台、減少トレンドが続くガソリン車の49万台に迫る勢いである。

背景にはEV購入補助金の縮小がある。欧州のEV市場はもともと排気量が大きく、ゆえにCO2の削減効率が高い高級車マーケットを主戦場として発展してきた。高所得で、環境意識が高く、新技術や新製品への関心が強い所謂 “アーリーアダプター” 層のEV需要が一巡した、との見方もできる。言い換えれば、補助金の縮小や打ち切りがアーリーアダプターの次に控える “アーリーマジョリティ” 層の関心をHVに向かわせた、ということだ。

HVの好調さは欧州に止まらない。2024年3月期、5兆円の営業利益を計上したトヨタの業績を押し上げたのもHVである。販売台数は約360万台、前年度比32%増だ。決算説明会では「量産HVの原価は当初の1/6、収益性はガソリン車と同水準、販売台数増は収益増に直結する」と説明された。米フォードも主力ピックアップトラックのHVモデルの生産増を発表、ホンダも前期の80万台から100万台規模に目標を上方修正した。中国の新興EVメーカー比亜迪(BYD)もメキシコでプラグインハイブリッド車(PHEV)の新型ピックアップトラック「シャーク」を発表、販売を開始する。

米テスラの勢いが失速し、中国市場の成長も鈍化、EV “限界” 説も囁かれる中、トヨタの “マルチパスウェイ” 戦略への評価が高まる。トヨタはe-fuelを活用した次世代エンジンの開発にも積極的だ。とは言え、そのトヨタが見据えているのも「電気と水素が支える未来」(佐藤恒治社長)であり、要はカーボンニュートラルというゴールに向けての時間軸と地域差をどう捉え、その中にどう経営を適応させるか、ということである。いずれにせよ「変化」を本質とするマーケットにどこまで戦略上のイニシアティブを持てるかが鍵であり、“限界” は補助金や規制に依存する近視眼的な経営体質の中にこそ生まれる。

2024 / 05 / 10
今週の“ひらめき”視点
“30年ぶりの明るい兆し”は本物か?供給網全体で公正な価格転嫁を

4月27日、岸田首相は「いま日本においては30年ぶりに経済の明るい兆しが出てきました」と自身の公式X(旧ツイッター)に書き込んだ。はたして中小企業の経営に「明るさ」は戻ったのか。東京信用保証協会によると令和5年度の代位弁済の件数は前年度比147.3%、金額ベースで同142.9%、保証期間の延長など条件変更も同110.2%となった。代位弁済は全国的にも前年度比1.5倍ペースで推移しており、中小企業の資金繰りの厳しさが伺われる(全国信用保証協会連合会の令和5年4月~令和6年2月までの代位弁済件数は同149%、金額は同144%)。

全国中小企業団体中央会が4月25日に発表した「中小企業月次景況調査」によるとこの3月は景況、売上高、収益の主要3指標が軒並み低下傾向を示している。足元はもちろん、この先の見通しも厳しい。日本商工会議所の「商工会議所LOBO(早期景気観測)4月調査結果」によると5月~7月の先行き見通しは業況、資金繰りともに全産業でマイナスである(前者は平均で▲12.7ポイント、後者は同▲10.8ポイント)。

輸入部材、輸送費、エネルギー価格の高騰、加えて賃上げに伴う人件費増を取引価格に転嫁できるかが鍵だ。政府はこれを「デフレ脱却のチャンス」と位置づけ、経済界に価格転嫁の受け入れを要請する。しかしながら、労務費の増加分を「4割以上価格転嫁」できた中小企業は33.9%に留まっており、0(ゼロ)割、つまり、まったく転嫁できていない企業も25.6%に達する。「元請けや一次下請けでは価格転嫁が進んでいるが、二次下請け以降ではそういった話は出てこない」といった声も聞こえてくる(日本商工会議所の上記資料より)。

中小企業庁は “新型コロナ対策としての役割は終わった” として「中小企業等事業再構築促進基金及び事業再構築補助金」の見直しをはかった。事前着手制度など特例措置の廃止、審査やモニタリングの強化、細分化されていた支援枠の簡素化等をはかり、中小企業の構造変化への対応を支援する。これは良しとしよう。とは言え、基金や補助金で業況が反転するわけではない。“明るい兆し” などというリップサービスは不用だ。中小企業の現実を受けとめ、サプライチェーン全域における公正な取引慣行の実現と内需の喚起に軸足を置いた経済対策をお願いしたい。

2024 / 04 / 26
今週の“ひらめき”視点
消滅可能性自治体、減少? “奪い合い” を越えた国土の未来を

4月24日、日本製鉄の三村明夫名誉会長が議長を務める人口戦略会議は「全国1729自治体の4割、744自治体が消滅の危機にある」との報告書を発表、人口減少問題にあらためて警鐘を鳴らした。同会議は2020年から2050年までの30年間でこどもを生む中心年齢である20~39歳の女性が半数以下となる自治体を “消滅可能性自治体” と定義、最新の “地域別将来人口推計”(国立社会保障・人口問題研究所)をもとに自治体ごとの消滅可能性を算出した。

10年前の2014年、人口戦略会議の副議長でもある増田寛也氏が座長を務めた日本創生会議は「全自治体の5割、896自治体に消滅可能性がある」とした。一方、今回の “更新版” では239自治体の “消滅可能性” が消滅した。自治体存続に向けての行政施策や地域の地道な取り組みに一定の成果があったことが伺われる。しかしながら、福島第一原発事故の影響が残る福島の33自治体をはじめ99自治体が新たに消滅可能性自治体に認定されており、「少子化基調は変わっていない」というのが報告書の本意である。

実際、総人口の減少は予想を越えるスピードで進行している。2023年の年間出生数は75万8631人と8年連続で過去最低を更新、婚姻数も48万9281組と戦後はじめて50万組を割り込んだ(厚生労働省)。国立社会保障・人口問題研究所の昨年4月時点における予測では “2023年の出生数は76万2000人、その後、緩やかに減少しつつも76万人割れは2035年” とされた。そう、わずか1年で「12年早まった」ということだ。すなわち、“消滅可能性自治体の減少” が意味するところは、人口の移動、言い換えれば、限られたパイの奪い合いということになる。

人口減少は内需の縮小に直結する。加えて、既に顕在化しつつある社会の歪みを加速させる。2018年時点で長期放置された空き家は349万戸(住宅・土地統計調査、総務省)、このペースで増えれば2040年には倍増する。買物困難地域の拡大は食品アクセスにおける物理的な困難者を急増させるだろう。公共インフラなどユニバーサルサービスの品質劣化も心配だ。就業、教育、文化における地域格差も深刻化する。要するにすべての国民に保証されるべき “健康で文化的な最低限度の生活”(憲法25条)が脅かされる。人口戦略会議は “2100年に8000万人で人口を定常化させる” ことを提言する。それをどう実現するか、その時、社会はどうあるべきか、一人ひとりが自分事として考えるとともに社会全体として備える必要がある。

2024 / 04 / 19
今週の“ひらめき”視点
インバウンド活況、業界は内需拡大に向けた構造改革に手を抜くな

3月、単月の訪日外国人旅行者がはじめて300万人を越えた。前年同月比で69.5%増、コロナ前の2019年3月比で11.6%増、インバウンドは完全にコロナ前の勢いを取り戻した。歴史的水準にある円安に加えて「春の桜シーズンにイースター休暇が重なった」(JNTO)ことが要因である。国別にみると上位国の顔ぶれはコロナ前と変わらない。トップグループは韓中台、これに米、香港、タイと続く。ただし、コロナ前トップであった中国は2019年比34.6%減、3位へ転落、代わって1位に韓国、2位に台湾が浮上した。

インバウンドは国内の流通、サービス業の需要を押し上げる。2月、百貨店売上のインバウンド構成比は全売上の1割を越えた。2019年比でも47.5%増を記録、8ヶ月連続でコロナ前を上回った(日本百貨店協会)。宿泊業界も活況だ。インバウンド向け外資系ホテルの進出ラッシュが続く中、宿泊単価が急上昇、平均単価は2~3割、立地のよい地域では5割以上のアップも珍しくない。当社でも社員からの “悲鳴” を受けて23区内で1.5倍、大阪地区で1.4倍強に出張宿泊費を引き上げた。

一方、日本人の出国者数は依然としてコロナ前の水準を回復出来ていない。3月の出国者数は122万人、前年比76%増と拡大基調にあるとは言え、2019年比では36.8%減である。国際線の便数はコロナ前の9%減まで回復してきたが(JNTO)、実需がついて来ない。国内旅行も盛り上がりを欠く。JTBの見通しによると今年のゴールデンウイーク(GW)期間中の旅行者数は2280万人、前年比100.9%、とのことである。昨年のGWが新型コロナの感染症区分の変更前であることを鑑みると、その反動を織り込んでも前年並みということだ。

インバウントの拡大は歓迎だ。とは言え、消費の土台は内需である。観光業界そして観光地は、今こそ観光資源の見直し、人材の育成、インフラの整備など長期的な視点に立った地域づくりを構想していただきたい。“おもてなしは無償ではない” ことを前提とした収益構造改革がその第一歩である。百貨店も同様だ。円安に支えられたインバウンド需要はまさにボーナスであって、それが1割を越えたことは本来喜ぶべきことではあるまい。インバウンド比率の上昇が内需低調の裏返しとならないよう業態そのものの構造改革に取り組み続けていただきたい。

2024 / 04 / 12
今週の“ひらめき”視点
2024年問題、現実に。輸送効率の向上とネットワークの維持を!

「何も対策を講じなければ2024年度の輸送力は14%不足する」とされてきた “2024年問題” が始まって10日が経過した。共同配送、モーダルシフト、リレー運送、宅配便の再配達対策など、物流各社や荷主企業による “対策” が順次発動されつつある。ブルボン、亀田製菓など新潟県内の菓子メーカー6社は「生産地共配」、ファミリーマートとローソンは東北地区で共同配送を、北越コーポレーションは古紙輸送をトラックから鉄道へ切り替える。宅急便各社は「置き配」制度の本格導入を発表、航空各社も貨物輸送の強化に向かう。

4月8日には一般ドライバーが有償で乗客を運ぶ日本版ライドシェアも始まった。地域は東京、神奈川、愛知、京都の特定範囲に限定、運行台数や運行時間帯も地域ごとに指定される。加えて、運行管理をタクシー会社が担う点が海外で一般的なプラットフォーマー型ビジネスモデルと異なる。ここが “日本版” と形容される由縁だ。規制緩和に対する既存業界からの反発は強く、現時点ではドライバー不足解消の決定打とは言い難い。とは言え、課題解決に向けて実証実験が始まったという意味において前進だ。

一方、需要そのものが縮小する中で対応を迫られる路線バス事業者の戦略オプションは限られる。大阪の富田林市で路線バスを運行する金剛自動車は不採算とドライバー不足を理由に昨年末に全路線を廃止した。九州の西鉄バスも全路線の3割で減便を実施、都内や埼玉県で路線バスを運行する国際興業も路線の減便や終バス発車時刻の繰り上げを余儀なくされた。運転手不足、利便性低下、更なる需要減という負のスパイラルが危惧される。

そもそも時間外労働の上限規制がこれほど重大な “問題” として顕在化した要因は、低賃金と過重労働が常態化した運輸業界に社会全体が支えられてきたことによる。トラックドライバーの労働時間は212時間、全産業平均は177時間、バス運転手の年間所得は399万円、全産業平均は497万円だ(2022年、「令和5年版交通政策白書」より)。政府は適正な価格転嫁、商慣行の見直し、DXによる生産性向上、荷主・消費者の行動変容、そして、構造改革を促す。競争条件の変化は新たなビジネスチャンスであり、活性化の起点となり得る。問題はその有効性が及ばない公共交通そして地方であり、ネットワークの空白地帯を作らないためにもこの視点からの問い直しが急務である。

2024 / 04 / 05
今週の“ひらめき”視点
子ども・子育て支援、議論すべき本質は政策の中身と費用対効果である

4月2日、内閣府は第3回経済財政諮問会議の会議資料「中長期的に持続可能な経済社会の検討に向けて②」を公表した。資料は2030年代における生産年齢人口の急速な減少を「国難」と位置付けたうえで、これを克服するためのシナリオを定量的に試算、人口動態の構造変化を乗り越え、財政と社会保障の長期安定性を確保するためには2060年度までの実質成長率を平均で1%以上に引き上げる必要がある、と結論づけた。

試算は、「生産性の向上」、「労働参加の拡大」、「出生率の上昇」を試算条件として3つのシナリオを想定、2025年度から2060年度までの平均実質成長率を、①現状投影シナリオの場合は0.2%程度、②長期安定シナリオで1.2%程度、③成長実現シナリオで1.7%、と予測した。2025年度から2060年度まで、①のケースで推移すると2060年度の一人当たり実質GDPは先進国で最低レベル、②の場合でドイツ並み、③を実現できればアメリカや北欧諸国と肩を並べる。

上記3つの試算条件のうち「生産性の向上」はテクノロジーの進歩とその社会実装が鍵である。本気で取り組めば不可能ではない。2045年までに “5歳の若返り” を目指す「労働参加の拡大」も今の50代が74歳まで健康でポジティブに働き続けられる環境が整えばなんとかなる。問題は「出生率の上昇」である。想定された数値は現状投影シナリオでも1.36、長期安定シナリオでは1.64、成長実現シナリオは1.8だ。翻って2023年の出生数は75万8631人、対前年比▲5.1%の大幅減少となった。したがって、2023年の出生率は過去最低となった2022年の1.26を下回ることが確実だ(発表は6月上旬)。シナリオ実現のハードルは高い。

さて、その出生率であるが、今まさに「子ども・子育て支援法等改正案」が国会審議中だ。議論の焦点は “実質的な負担は生じない” とする政府見解である。しかし、問われるべきは政策の重要性であり、施策の妥当性であって、政府はその対価すなわち負担の議論から逃げるべきではない。一方、この問題は “手当” や “給付” だけでは解決しない。婚姻率の低下こそ問題だ。ジェンダーギャップの排除、若い世代の将来に対する不安の解消は必須である。負担軽減のために社会保障をカットする、ゆえに未来は安心だ、とはならない。出生率の向上には集中的かつ総合的な取り組みが不可欠である。議論すべきは、負担の有り無し、ではなく政策の中身、負担の在り方、そして、費用対効果である。