今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2024 / 09 / 20
今週の“ひらめき”視点
ジャパン・クオリティへの信頼、揺らぐ。内に閉じた組織の論理を廃せ

9月18日、海上保安庁は2022年4月に知床半島で沈没し、乗客乗員20人が死亡し、6人が行方不明となった観光船「KAZU1(カズワン)」の運航会社「知床遊覧船」の社長を業務上過失致死容疑で逮捕した。事故から2年半、当時のニュース映像が伝えた同氏の不誠実さは記憶に新しい。本件では総額15億円の損害賠償を求める集団訴訟も起こされているが、杜撰な安全管理体制に対する刑事責任がようやく追及されることになる。

その前日、国土交通省はJR九州高速船(株)に対して、「輸送の安全の確保に関する命令」と「安全統括管理者及び運航管理者の解任命令」を発出した。処分は同社が博多・釜山間で運航する旅客船「クイーンビートル」が浸水の事実を隠蔽、当局への報告義務を怠ったうえ運航を継続していたことに対するもので、責任者である取締役2名を解任せよとの命令は全国初である。

「クイーンビートル」で浸水が確認されたのは2023年2月、当局や親会社に報告することなく数日間運航を継続、以後、ドック入渠と運航再開を繰り返し、同年6月、最初の「安全確保命令」が出される。しかし、2024年に入ってからも浸水隠しは止まず今回の措置となった。隠蔽はJR九州から派遣された前社長の指示のもと行われたとの報道もあるが、浸水警報が鳴らないようセンサーの位置を変えるなど、その手口は悪質だ。船舶の管理や航行の安全に対するルールは「KAZU1」事故の悲劇を受けて厳格化されたが、JR九州子会社の事案は海の安全を願う関係者へのまさに裏切り行為である。

さて、ここまで書いたところでJR東日本の東北新幹線で走行中の列車の連結器がはずれ、車両が分離した状態で停止したとのニュースが入ってきた。東北新幹線では年初に架線が破損するトラブルがあった。装置は交換の目安となる30年を越えていたという。JR貨物では検査不正だ。これを受けて全貨物列車の運行が止まった。東京メトロでも輪軸検査で不正が発覚した。自動車、船舶エンジン、自動二輪、建機、そして、鉄道。ジャパン・クオリティを代表する企業で相次ぐ不正行為に “停滞への怖れ” に委縮してゆく組織と個人の姿を見るようだ。まずは企業人一人ひとりが自身の判断と行動の基準を問い直すことことから始めていただきたい。再生とイノベーションの起点はそこにある。

2024 / 09 / 13
今週の“ひらめき”視点
EV失速、新たなモビリティ需要の創出に向けてイノベーション投資の継続を

9月10日、フォルクスワーゲン(VW)は「2029年まで雇用を保証する」とした雇用保障協定の破棄を労働組合に通知、コスト削減策の一環として「検討中」とされてきたドイツ国内工場の閉鎖が現実の問題として従業員に突き付けられた。国内工場の閉鎖は1937年の設立以来はじめてであり、国内約30万人の従業員に与えたインパクトは大きい。ドイツ最大の産業別労働組合「IGメタル」は直ちに反対を表明した。

VWの国内リストラの背景にはエネルギーコストの高止まりといったドイツ固有の問題もある。しかし、販売不振の要因は言うまでもなくEV市場の失速だ。VWはディーゼル車の排ガス不正問題を契機に一挙にEV投資に舵をきった。しかし、中国の新興専業メーカーの急速な台頭と低価格化、そして、中国、欧州、米国における成長鈍化が事業計画を狂わせた。“見込み違い” はVWだけではない。「2030年までに完全EV化」を宣言していたメルセデス・ベンツやボルボは達成時期の再考を表明、GMやフォードもEV投資の縮小を発表、テスラも当期業績見込みを下方修正した。

EV市場の低迷が顕在化する中、ハイブリッド(HEV)需要が伸長、トヨタの “全方位” 戦略への評価が高まる。とは言え、そもそもエンジン車(ICE)からEVへの “転換” が思惑どおり進まないのは欧米日など巨大なICE産業と成熟した市場を擁する地域の話であって、自動車産業の育成と本格的な市場形成が “これから” の国では様相が異なる。東南アジアは今がそのタイミングであり、地理的にも有利な中国EVメーカーにとって輸出と直接投資の恰好のターゲットだ。結果、これまで “日本車の牙城” と言われてきた東南アジアにおける日本勢のプレゼンスはEV比率の拡大とともに低下が避けられない情勢だ。

国際エネルギー機関(IEA)はEVの成長要因として①気候変動対策、②石油依存に対する経済安全保障上のリスク軽減、③イノベーション、の3つを挙げる。しかしながら、①脱炭素は大事だけどトータルコストはまだまだ割高だ。②電池材料に対する経済安全保障上のリスクも無視出来ない。とすれば③だ。EVはITやAIとの親和性が高く、したがって、自動運転のプラットフォームにも乗せやすい。既存のICE市場の “置き換え” に止まらない需要創造領域が新たな競争フィールドでもある。「やっぱりトヨタは正しかった」などと安堵している場合ではない。今こそ未来のその先に向けて、事業戦略の問い直しとイノベーション投資を加速すべきである。

※関連記事
「EU、中国製EVの輸入関税引上げへ。中国発価格競争の波及を警戒」今週の"ひらめき"視点 2024.6.9 – 6.13

2024 / 09 / 06
今週の“ひらめき”視点
インバウンド経済拡大。全体視点から “おもてなし” 戦略の再構築を

百貨店売上が好調だ。7月の全国百貨店売上高は5,011億円、前年同月比+5.5%、前年を上回るのは29カ月連続、全体の約8割を売り上げる都市部の百貨店がこれを牽引する(日本百貨店協会)。主要10都市の百貨店売上は3,921億円、同+8.2%、34カ月連続で前年を上回った。そして、都市部の好調さを押し上げているのがインバウンドによる高額品需要である。7月単月の免税売上は633億円、同+2.3%、コロナ禍前の2019年7月の約2.2倍、1~7月の累計は3,978億円、過去最高だった2023年の売上総額を既に越えている。

実際、訪日外国人(外客)数は既に2024年上半期の時点において、コロナ禍前の2019年1~6月期を100万人上回る1,777万人を記録、過去最高となった(日本政府観光局)。7月も前年同月比+41.9%の329万人、単月として過去最高を記録した。国別にみると77万6千人の中国がトップであるがコロナ禍前と比較すると26%減、団体ツアーから個人旅行へのシフトが顕著だ。一方、韓国、米国、カナダ、豪州、フィリピン、インドネシアなど19カ国が7月としては過去最高となった。こうした訪日客層の質的変化と円安がコロナ禍前の所謂 “爆買い” とは異なる需要を生み出している。

一方、オーバーツーリズムも深刻になりつつある。「バスに乗れない」やごみの不法投棄が問題化した京都をはじめ、一部では住民、行政との対立もはじまった。とりわけ今年話題となったのが「富士山」である。SNS映えが有名となったコンビニ店前の巨大な「黒幕」、山梨県による登山道へのゲート設置、夜間閉鎖、通行料徴収など、富士山界隈ではあえて観光客を制限するための施策が講じられた。もちろん、迷惑行為の主体は外国人だけではないが、特定スポットへの “集中” の度が過ぎるということだ。

インバウンドの経済効果は大きい。業界や地方は競うように外需の取り込みを目指す。ただ、全体としてのちぐはぐ感も出てきた。今年5月、あまりの不便さに対する批判を受けて計画半ばで頓挫したJR東日本の “みどりの窓口削減” 問題もその一つだ。そこにあったのは効率優先の同社の “ご都合” だけでありインバウンドを含む利用者視点は欠落していた。オーバーツーリズムも然りだ。「これからはクオリティで勝負だ」、「ターゲットは富裕層だ」などと口を揃えても、利用しづらい公共交通、不衛生な街、どこに行っても長蛇の列、挙句、住民から歓迎されないのでは観光立国の実現はおぼつかない。総体としての日本の魅力をどう維持し、向上させるか、全体視点からの取り組みが必要だ。

2024 / 08 / 30
今週の“ひらめき”視点
コメ不足、国は平時における自給力の安定・強化に投資を!

過去最大級の勢力とされる台風10号が九州に上陸した。依然として動きは遅く、進路は不安定であるが29日時点の予想では四国・本州をなぞるように東へ進み、再び北上する。被害が最小であることを願うとともに、実りの秋を控えた果実や野菜、とりわけ、品薄状態が続くコメへの影響が心配だ。8月27日、農林水産省は「月内には新米の供給がはじまる。店頭におけるコメ不足は順次回復する」との見通しを示したが、影響の長期化が懸念される。

お米の店頭在庫が乏しくなってきたのは6月半ばころから。昨夏の猛暑、世界的な小麦の高騰、コロナ後の外食需要の回復、外国人旅行者による和食需要の拡大がコメ不足の背景にある。そこに「南海トラフ地震臨時情報」の発出に伴う “買い置き” 需要が重なった。とは言え、問題の本質は国内生産基盤の構造的な弱体化、すなわち、稲作農家の高齢化、経営難による離農、そして、減反だ。

食料安全保障は安全保障の一丁目一番地である。一方、日本の食料自給率は依然として38%(2023年、カロリーベース)に止まる。海外からの輸入に依存する肥料、飼料、種を考慮すると国内自給率は1割に満たないとの試算もある。世界的な穀物不足が懸念される中、インドは輸出を制限し、中国は爆買いで備蓄を強化する。欧州は農家の所得を公的助成で支え、米国は価格損失補償等で国内農業の保護、強化をはかる。

6月、「食料供給困難事態対策法」が成立した。食料の供給が極端に困難になる状況が予想、発生した場合、国は農家に対して作付け品目の転換を含む生産計画の変更を段階的に指示・命令することができ、これに従わない場合は名前の公表や罰金を課すという。いや、そうではないだろう。平時において自前で備えておくのが安全保障であって、この意味において25年ぶりに改正された農業基本法が重点施策と位置付ける「輸出による供給能力の維持」や「安定的な輸入の確保」は、最終的に国が負うべき “安全保障” とは相反する。国は “食” すなわち国民の生命と健康にどこまで責任を持つのか、どこまで他者に依存するのか、どこまで “市場” に委ねるのか、しっかりと議論しておく必要がある。

2024 / 08 / 23
今週の“ひらめき”視点
空き家、空き地、管理不全マンションが増加。国富の洗い替えを

8月20日、国土交通省は「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法」にもとづく、令和6年度のモデル事業を発表した。相続放棄により所有者が不在となっている空き家の売却、商店街の空き家・空き店舗の一体的な利活用、管理不全状態となっている火災跡地の残骸物の撤去・整地など、所有者不明土地や低未利用土地の利活用に向けて、地域や民間が一体となって推進する先進的な12事例が採択された。

国交省によると所有者が特定できない土地は24%、原因は相続登記または住所変更登記の未了で、前者が全体の63%を占める(令和2年度調査)。こうした所有者不明土地の存在は、地域の住環境の悪化、農地や森林の荒廃を招くとともに民間事業や公共事業の制約要件になる。令和3年、国も法改正に動いた。相続登記、住所変更登記が義務化され、死亡から10年以上経過した遺産相続は法定相続分等によって画一的に行えることとなった。また、相続した土地を国庫に帰属させる制度も整えた。

事態は分譲マンションでも同様である。令和4年末時点のマンションストック数は694.3万戸、うち築40年以上の物件は125.7万戸に達する(国交省、推計)。こちらについては令和2年に管理の適正化と建て替えの円滑化に関する法令が改正されているが、区分所有者の不明・不在や空き家化による管理水準の低下は深刻だ。国交省は建物と居住者という “2つの老い” に対処すべく、「マンションストック長寿化等モデル事業」等を通じて大規模修繕、長寿化改修工事、建て替え、管理水準の適正化を支援する。

従来、土地は財産そのもの、すなわち、将来収益の源泉であって、ゆえに都市計画法や農地法といった法令は無秩序な “活用” を制限するためのものであった。そう、かつては放置など想定外であった。一方、“活用” の象徴であったマンションも高齢化が進む。2040年代初頭には築40年超の分譲マンションは400万戸を越える。管理不全マンションの増加は将来の負債でしかない。“縮小してゆく日本” の中にあって、ストック資産の一定の減少は避けられない。とすれば、国土における価値の定義・体系をあらためて見直したうえで、“活用” の在り方を再構築しておく必要がある。

2024 / 08 / 09
今週の“ひらめき”視点
東京株式市場、乱高下。怯える必要なし、実体経済の強化を最優先に

8月5日、東京株式市場の日経平均株価が急落、前週末比4451円安の3万1458円へ下落した。日銀による政策金利の追加利上げ、米国の景気指標の悪化、FRBの利上げ観測の高まりなど、日米金利差の縮小を見越しての円高、株安が一挙に進んだ。しかし、翌日にはこれが反転、今度は「過去最大の上げ幅」を記録、3万4675円で取引を終えた。

確かに月曜日の急落には驚かされた。引き金は短期の投資資金の動きであったとされるが、とりわけ、「ブラックマンデー以来」「過去最大の下げ幅」というワードが不安を増幅させた。ただ、そもそも1987年当時の金融市場とは規模の次元が異なる。2023年12月時点における世界の投資信託残高は69兆円、20年前の4.9倍、世界の総債務は実体経済の3.6倍に達する。短期の利鞘を狙っての攻防に明け暮れるマネーの戦況に過剰に反応する必要はないだろう。

2年という期限ではじまった10年超におよぶ異次元緩和がもたらした円安による “成長なき株高” はもはや限界にある。したがって、金利のある世界への回帰は間違っていない。今回の乱高下も調整局面における事象の一つであって、極端な円安の是正は物価の安定と個人消費の回復を促すとともにコスト高に苦しむ中小企業にとってもプラス材料である。

一方、海外売上比率が高いグローバル企業への影響は小さくない。円安に嵩上げされた企業業績はその分を失うことになる。とは言え、見方を変えれば、単に実力以上の “上振れ見込み” が剥がれ落ちるだけであり、もしもそれを下請企業へのコスト転嫁や賃金の抑制で補うようなことがあれば日本経済は停滞と縮小のスパイラルへ逆戻りだ。グローバル企業に期待されるのはサプライチェーンの “利益の総和” の拡大であり、為替に依存しない国際競争力の確立である。問われているのはまさに真の実力であり、やるべき喫緊の施策は長期的な視点にたったイノベーション投資である。

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