
過去最大級の勢力とされる台風10号が九州に上陸した。依然として動きは遅く、進路は不安定であるが29日時点の予想では四国・本州をなぞるように東へ進み、再び北上する。被害が最小であることを願うとともに、実りの秋を控えた果実や野菜、とりわけ、品薄状態が続くコメへの影響が心配だ。8月27日、農林水産省は「月内には新米の供給がはじまる。店頭におけるコメ不足は順次回復する」との見通しを示したが、影響の長期化が懸念される。
お米の店頭在庫が乏しくなってきたのは6月半ばころから。昨夏の猛暑、世界的な小麦の高騰、コロナ後の外食需要の回復、外国人旅行者による和食需要の拡大がコメ不足の背景にある。そこに「南海トラフ地震臨時情報」の発出に伴う “買い置き” 需要が重なった。とは言え、問題の本質は国内生産基盤の構造的な弱体化、すなわち、稲作農家の高齢化、経営難による離農、そして、減反だ。
食料安全保障は安全保障の一丁目一番地である。一方、日本の食料自給率は依然として38%(2023年、カロリーベース)に止まる。海外からの輸入に依存する肥料、飼料、種を考慮すると国内自給率は1割に満たないとの試算もある。世界的な穀物不足が懸念される中、インドは輸出を制限し、中国は爆買いで備蓄を強化する。欧州は農家の所得を公的助成で支え、米国は価格損失補償等で国内農業の保護、強化をはかる。
6月、「食料供給困難事態対策法」が成立した。食料の供給が極端に困難になる状況が予想、発生した場合、国は農家に対して作付け品目の転換を含む生産計画の変更を段階的に指示・命令することができ、これに従わない場合は名前の公表や罰金を課すという。いや、そうではないだろう。平時において自前で備えておくのが安全保障であって、この意味において25年ぶりに改正された農業基本法が重点施策と位置付ける「輸出による供給能力の維持」や「安定的な輸入の確保」は、最終的に国が負うべき “安全保障” とは相反する。国は “食” すなわち国民の生命と健康にどこまで責任を持つのか、どこまで他者に依存するのか、どこまで “市場” に委ねるのか、しっかりと議論しておく必要がある。

8月20日、国土交通省は「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法」にもとづく、令和6年度のモデル事業を発表した。相続放棄により所有者が不在となっている空き家の売却、商店街の空き家・空き店舗の一体的な利活用、管理不全状態となっている火災跡地の残骸物の撤去・整地など、所有者不明土地や低未利用土地の利活用に向けて、地域や民間が一体となって推進する先進的な12事例が採択された。
国交省によると所有者が特定できない土地は24%、原因は相続登記または住所変更登記の未了で、前者が全体の63%を占める(令和2年度調査)。こうした所有者不明土地の存在は、地域の住環境の悪化、農地や森林の荒廃を招くとともに民間事業や公共事業の制約要件になる。令和3年、国も法改正に動いた。相続登記、住所変更登記が義務化され、死亡から10年以上経過した遺産相続は法定相続分等によって画一的に行えることとなった。また、相続した土地を国庫に帰属させる制度も整えた。
事態は分譲マンションでも同様である。令和4年末時点のマンションストック数は694.3万戸、うち築40年以上の物件は125.7万戸に達する(国交省、推計)。こちらについては令和2年に管理の適正化と建て替えの円滑化に関する法令が改正されているが、区分所有者の不明・不在や空き家化による管理水準の低下は深刻だ。国交省は建物と居住者という “2つの老い” に対処すべく、「マンションストック長寿化等モデル事業」等を通じて大規模修繕、長寿化改修工事、建て替え、管理水準の適正化を支援する。
従来、土地は財産そのもの、すなわち、将来収益の源泉であって、ゆえに都市計画法や農地法といった法令は無秩序な “活用” を制限するためのものであった。そう、かつては放置など想定外であった。一方、“活用” の象徴であったマンションも高齢化が進む。2040年代初頭には築40年超の分譲マンションは400万戸を越える。管理不全マンションの増加は将来の負債でしかない。“縮小してゆく日本” の中にあって、ストック資産の一定の減少は避けられない。とすれば、国土における価値の定義・体系をあらためて見直したうえで、“活用” の在り方を再構築しておく必要がある。

8月5日、東京株式市場の日経平均株価が急落、前週末比4451円安の3万1458円へ下落した。日銀による政策金利の追加利上げ、米国の景気指標の悪化、FRBの利上げ観測の高まりなど、日米金利差の縮小を見越しての円高、株安が一挙に進んだ。しかし、翌日にはこれが反転、今度は「過去最大の上げ幅」を記録、3万4675円で取引を終えた。
確かに月曜日の急落には驚かされた。引き金は短期の投資資金の動きであったとされるが、とりわけ、「ブラックマンデー以来」「過去最大の下げ幅」というワードが不安を増幅させた。ただ、そもそも1987年当時の金融市場とは規模の次元が異なる。2023年12月時点における世界の投資信託残高は69兆円、20年前の4.9倍、世界の総債務は実体経済の3.6倍に達する。短期の利鞘を狙っての攻防に明け暮れるマネーの戦況に過剰に反応する必要はないだろう。
2年という期限ではじまった10年超におよぶ異次元緩和がもたらした円安による “成長なき株高” はもはや限界にある。したがって、金利のある世界への回帰は間違っていない。今回の乱高下も調整局面における事象の一つであって、極端な円安の是正は物価の安定と個人消費の回復を促すとともにコスト高に苦しむ中小企業にとってもプラス材料である。
一方、海外売上比率が高いグローバル企業への影響は小さくない。円安に嵩上げされた企業業績はその分を失うことになる。とは言え、見方を変えれば、単に実力以上の “上振れ見込み” が剥がれ落ちるだけであり、もしもそれを下請企業へのコスト転嫁や賃金の抑制で補うようなことがあれば日本経済は停滞と縮小のスパイラルへ逆戻りだ。グローバル企業に期待されるのはサプライチェーンの “利益の総和” の拡大であり、為替に依存しない国際競争力の確立である。問われているのはまさに真の実力であり、やるべき喫緊の施策は長期的な視点にたったイノベーション投資である。

7月19日、首相官邸で開かれた第24回観光立国推進閣僚会議にて、岸田首相は「2031年までに全国35ヶ所の全ての国立公園において、民間活用による世界水準のナショナルパーク化を実現する」ように指示、具体的には「海外富裕層をターゲットとした高級リゾートホテルや大型複合施設の国立公園への誘致をはかる」と報じられた。
これを受けて、25日、公益財団法人日本自然保護協会は、「国立公園に新たに高級リゾートホテルなどを誘致することは自然環境および景観の破壊をもたらし、国立公園の価値を喪失させることは火を見るより明らかである」とし、「地区内に存在している廃屋化した施設の撤去とリノベーションおよび自然環境の現状把握や生物多様性の保全を優先すべき」旨の意見書をリリースした。首相メッセージはあまりにも唐突かつ的外れであり、反応は当然である。
そもそも海外富裕層が望んでいるのは、ありのままの日本の自然、歴史、文化の “特別な体験” である。1日1組、1泊100万円の仁和寺の宿坊体験(現在休止中)を引合に出すまでもなく、現代アートのスペシャリストがエスコートするTOKYOアート体験や一流陶芸家から直接指導を受ける作陶ツアーなど、彼らが求める観光コンテンツは特別にカスタマイズされた非日常の日本体験であり、こうしたニーズの強さは筆者が監事を務める一般社団法人地域創生インバウンド協議会の実証事業でも立証されている。
また、ネイチャーツーリズムという視点から地方の活性化を、ということであれば、オーストリアのザルツブルク州を拠点に国境を越えて23の自治体で推進する「アルパイン・パールズ」も参考になる。国内では環境共生型スマート社会のシステムデザインに取り組む慶應大学の山形与志樹教授がソフトモビリティと地産地消グリーン電力を活用した「日本版アルパイン・パールズ」※を提唱しているが、大切なことは地域社会と自然環境にとって持続可能なツーリズムを構想することである。どの国立公園に行っても似て非なるラグジュアリー・ホテルでは “本物の日本” を味わうことなど出来得ない。
※関連記事 「持続可能社会の実現に向けて。北杜市を舞台に共創イノベーションが始動」今週の"ひらめき"視点 2022.10.23 – 10.27

7月24日、いすゞ自動車は車両総重量を3.5トン未満に抑えることでAT限定の普通免許でも運転できる小型トラック「エルフミオ」を30日から発売すると発表した。積載量1.5トンクラスのトラック市場において経済合理性の高いディーゼル車の設定は国内初、初年度の販売目標は5千台、小口配送を中心とするラストワンマイル物流や小売業をはじめとする多様な自営業者のニーズに応える。いすゞ自動車は “ドライバーの裾野を広げる” ことで深刻化するトラックドライバー不足の低減に貢献する。
一方、国は社会資本整備の観点からこの問題に取り組む。道路空間をフルに活用した「自動物流道路」構想である。具体的には高速道路の路肩や中央分離帯、あるいは地下に輸送専用レーンを設置し、そこに自動輸送カートを走らせるというもの。昨年10月末、国土交通省の国土幹線道路部会は “高規格道路ネットワークに関する中間報告” に「今後10年での実現を目指す」ことを盛り込んだ。第二東名高速道路の新秦野と新御殿場間が実証実験ルートとして想定される。
自動物流はスイスが先行する。名称は “Cargo Sous Terrain”、文字通り “地下物流” の意で、2021年12月に地下貨物法が成立、2022年8月に施行された。トンネルの総延長は500㎞、時速30㌔、24時間体制で無人カートを走らせる。2031年までにチューリッヒとヘルキンゲン間の約70㎞、2045年までに全線の完成を目指す。英国でも西ロンドン地区の既存の鉄道敷地内に専用線を敷設、低コストリニアモーターカーによる完全自動運転による物流システム “MAGWAY構想” が始動している。
輸送量の増大、小口化、ドライバー不足、高齢化、慢性化した渋滞、道路施設の老朽化、そして、脱炭素からの要請など、従来型輸送システムの拡張と更新はほぼ限界であり、これは先進国に共通の課題だ。メーカー、業界、荷主による輸送力向上策や効率化対応の積み重ねは重要だ。とは言え、既存の道路インフラを前提とした対策だけでは追いつかない。言い換えれば、物流といった視点だけでは問題は解決しないということだ。社会はいかに持続可能であるべきか、それは国土、産業、暮らし方そのものの問題であり、その営みの中でモノやヒトの移動システムを捉え直す必要がある。地上、空、地下、海を未来からの視点で立体的に捉え直すことから発想したい。

7月16日、太平洋の島嶼国14か国、仏領2地域と日本、豪州、ニュージーランドが参加する「第10回太平洋・島サミット(PALM)」がはじまった。PALMは日本が主催する国際会議で南太平洋地域の安定、社会課題の解決、経済発展を目的に1997年から3年ごとに開催している。会議では、気候変動や脱炭素、防災・海面上昇対策や通信環境や金融インフラの整備、人材育成などに関する支援策が議論されるとともに、各国・各地域への個別支援についても協議される。会議は3日間の日程で最終日に共同宣言を採択する。
太平洋島嶼国・地域と日本との関係は深い。日本による委任統治時代を経験したミクロネシア地域では移民をルーツにもつ日系人が人口の2割を占める。伝統的に親日的で、人的交流も盛んである。日本にとってはマグロやカツオの主要漁場であるとともに海上輸送の要所でもある。安全保障環境が厳しくなりつつ中、各国・各地域とのパートナーシップの重要性は高まる。
一方、この地域を対米防衛ラインの最前線と位置付ける中国の圧力も増す。2019年にはキリバス、ソロモン諸島が、今年1月にはナウルも台湾と断交、中国との国交樹立を表明した。米国も関与を強める。2023年にクック諸島とニウエを国家承認、ソロモン諸島とトンガに大使館を設置する。米中対立というリスクを戦略的に利用する、あるいは、せざるを得ない国・地域もある。とは言え、「巻き込まれたくない」が本音ではなかろうか。地域の包摂と安定こそが全てのステークホルダーにとっての利益である。日本外交はまさにこれを主導いただきたい。
さて、ここまで書いたところで(株)共同通信社の「kyodo Weekly NO29」(2024.7.15)に掲載された船越 美夏氏のコラムが目にとまった。タイトルは「激戦地で眠り続ける時限爆弾」、第2次大戦中、太平洋地域で沈没した軍艦や徴用船は3855隻、80年の時を経て腐食と劣化が進み、船内に残っている最大57億ℓと推計される燃料や大量の兵器が流出する可能性がある、という。この差し迫った危機、すなわち “時限爆弾” の問題は1999年にソロモン諸島によって提起されたが、爆弾は未だ “眠り続けたまま” である。沈没船の86%、3322隻が日本船であるという。PALMの主催国であり、当事者でもある日本が果たすべき役割は大きい。