今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2023 / 11 / 10
今週の“ひらめき”視点
国立科学博物館、クラファンで9億円を調達。文化行政見直しの契機に

11月6日、独立行政法人国立科学博物館、通称 “かはく” は、8月7日から11月5日にかけて実施したクラウドファンディングの結果を発表した。“地球の宝を守れ、かはく500万点のコレクションを次世代へ” との趣旨でスタートしたプロジェクトは目標1億円を開始後9時間でクリア、最終日までに支援者56,562人を集め、支援総額は国内クラウドファンディング史上最高額915,560千円に達した(最終集計額は11月13日に確定予定)。

資金使途は返礼品を含む間接経費に3.2億円、コレクションの充実、標本や資料の維持管理に4.4億円、他館とも連携した収蔵標本のレプリカ作成や災害リスクへの準備、巡回展の実施などに1.6億円を予定しているとのこと。政府も博物館の自主的な予算獲得の取り組みを支持するとともに「安定的な博物館運営に取り組む」と表明した。

学術・芸術・文化活動に対する支援形態は国によって異なるため一概に比較は出来ない。とは言え、文化予算における日本の低さはやや突出している。各国の国家予算に対する文化予算比率と国民一人あたり文化支出額は以下のとおり。韓国1.24%、6705円、フランス0.92%、7079円、ドイツ0.36%、2744円、イギリス0.15%、2810円、日本、0.11%、922円である。因みに所管官庁を持たず民間による自主運営をベースとする米国は同0.04%、545円、それでも絶対額では1803億円、日本の1166億円を上回る※1

コロナ禍の初期、政府は「不要不急の外出自粛」の徹底を国民に求めた。結果、芸術、文化、娯楽産業は社会からはじき出された。状況は世界も同様だ。そうした中、ドイツの文化支援策が注目された。施策の規模、質、スピード感の見事さに異論はないだろう。しかし、最大の支援は「連邦政府は芸術支援を優先順位の一番上に置く」「文化は良き時代においてのみ享受される贅沢品ではない」「文化は民主主義の根幹である」といったメルケル首相やグリュッタース文化行政担当相からの、すなわち国家からのメッセージである。“かはく” のクラファンは大きな成果である。しかし、それは国の取り組みの物足りさも意味する。人類共通の資産をいかに未来へつなぐか、文化支援の在り方を見直す契機としたい。

※1)出典:令和2年度文化庁委託事業「諸外国の政策等に関する比較調査研究」報告書(一般社団法人芸術と創造)

2023 / 11 / 02
今週の“ひらめき”視点
政府経済対策、全体像を見直し、政策ターゲットの絞り込みを

10月31日、政府の経済対策案がまとまった。最大の関心事となった “減税” は、物価高対策としての “一時的な措置” であることを明記したうえで所得税納税世帯1人あたり4万円(所得税3万円+住民税1万円)の定額減税とし2024年6月から開始する。一方、住民税非課税世帯には3月決定分の3万円に加えて7万円を給付する。ただ、減税案については与党内にも「物価の状況次第では延長を」、「所得制限をかけるべき」といった声もあり、与党税調は年末までに最終案をとりまとめる。

政府は減税に拘る。政府の立場は “一律の現金給付は国難の際に限定されるべき” であって、減税はあくまでも “税収増に対する直接還元” とのロジックである。そう、矛盾はここにある。そもそも今回の経済対策は急激な物価上昇に対する生活支援が目的ではなかったのか。そうであれば優先されるべきは緊急性であり、消費の浮揚効果という点では消費税減税がもっともシンプルでメッセージ性も高い。もちろん、期間は “賃金上昇が物価に追いつくまで” とするのが自然だ。

今回の経済対策では生活支援を目的とした “減税” と給付に加えて、賃上げ促進、イノベーション投資、経済安全保障の強化や中小企業、スタートアップ支援など多岐にわたる企業向けの税制優遇措置も盛り込まれた。個々の政策趣旨は理解できる。しかしながら、長期的な視点に立って取り組むべき構造問題と “ロシアのウクライナ侵攻によって” という枕詞で説明される事案に対する施策の混在は、経済対策の趣旨を分かりにくくするとともに、中身も総花的にならざるを得ない。結果、効果も薄まる。

10月20日に幕を開けた臨時国会には、首相や閣僚を含む国家公務員特別職の給与改定に関する法案が提出された。一般自衛官の給与増に異論はない。しかしながら、国民生活の支援策に先んじて閣僚自らの報酬引き上げを国会にはかることにバツの悪さを感じないあたりに国民感情とのズレが垣間見える。この9月期、沖縄電力を除く大手電力9社の決算は経常最高益を記録した。要因は “値上げ” である。一方、政府は物価対策としてガソリン・電気・ガス代の補助を来年3月まで延長することを決定済だ。原資はもちろん税金である。ここにももやもや感が残る。再度、施策の全体像を見直し、矛盾や重複がなく、もっとも効果を実感できる施策に集中いただきたく思う。

2023 / 10 / 27
今週の“ひらめき”視点
大阪・関西万博、事業そのものを “リデザイン” する勇気を

10月20日、日本国際博覧会協会は、国、大阪市、関西経済界に対して大阪・関西万博の建設予算の増額を正式に要請した。予算の上振れは2020年12月に次いで2度目、建設費は2018年の誘致時点における見通しに対して1.9倍、2350億円に膨らむ。建設資材や人件費の高騰が背景にあるとは言え、事業見通しの甘さと国民への甘えは度が過ぎる。追加の資金負担に対して地元経済界も難色を示しているとのことであるが当然であろう。

パビリオン建設の遅れは言わずもがな、「大阪ベイエリアを普通の人が自転車に乗るみたいに、空飛ぶクルマに乗ってぐるぐる回っているのを万博でやります」(吉村知事)と喧伝された万博の目玉「空飛ぶクルマ」も、“安全認証の取得が遅れ、量産は困難” との事業者発表を受けて、「飛べば十分。最初から地下鉄のように飛び交うイメージにはならない」へ後退した。

資金不足については、1970年の前回万博の収益金を基金として、国際文化交流や学術・教育活動への助成事業を行っている「日本万国博覧会記念基金」の取り崩しも検討されているという。一方、建設の遅れに業を煮やした与党の推進本部からは「時間外労働の上限規制の適用外へ、超法規的に対応すべき、災害だと思えばいい」などという荒っぽい声も発せられた。さすがに残業規制の緩和については政府も直ちにこれを否定したが、もはや期初事業計画の行き詰まりは明白である。

大阪府が提供する生成AIのチャットサービス「大ちゃん」に万博の成否について問うと「残念ながら中止になっちゃんたんや」と大阪弁で回答したという。これは笑い話としても、主題「いのち輝く未来社会のデザイン」は霞み、開催そのものが目的化されつつある。2014年、関西圏の「成長の起爆剤に」と万博の誘致活動はスタートした。一方、「軟弱地盤の解消などインフラ整備コストを万博に肩代わりさせ、IR(統合型リゾート)の事業採算性を高める一石二鳥こそが狙い」との見方もある。いずれにせよ、例え万博を黒字で終えることが出来たとしても、イベントによる一時的な高揚が持続的な成長の土台になることはない。昭和は遠く、GDP世界第4位への転落が秒読みに入った令和の今、税金を投じる先はここではない。

2023 / 10 / 20
今週の“ひらめき”視点
食料安全保障、長期的な視点から総合的な政策議論を

先週末(13日)、政府は第5回「食料安定供給・農林水産業基盤強化本部」会議を開催、食料の安定供給に向けての緊急対応パッケージをまとめた。政策の柱は、輸出促進、グリーン化、スマート化、食料安全保障の強化の4分野で、今月末を期限にとりまとめる経済対策に反映させるとともに、年末を目途に「食料安全保障強化政策大綱」を改訂する。

「過度な輸入依存から脱却し、国内供給力を高めることで食料安全保障の強化をはかる」ことを狙いとする政策大綱がリリースされたのは昨年末、生産資材の国内代替転換、化学肥料の使用削減、麦や大豆等の国内生産基盤の強化、米粉の利用拡大、ICTを活用した成長産業化、輸出促進、食品ロスの削減等の施策が数値目標とともに掲げられた。そして、これらの実現に向けて “適正な価格形成と国民理解の醸成が必要である” ことが明記された。

基幹的農業従事者の急速な減少と高齢化は、生産基盤の弱体化を確実に加速させる。国内の農地は昭和30年代半ばのピークから3割減った。作付(栽培)面積に至っては5割を割り込んでいる。食料の国内供給力の維持と強化をはかるためには農業従事者の安定的な確保と生産性の向上は不可欠だ。そのためには農業を “稼げる産業” に進化させる必要がある。そう、農業の問題は食料の問題にとどまらない。国土の在り方そのものの問題であり、かつ、経済システムの問題でもある。まさに喫緊の重要課題である。

とは言え、否、それゆれに食料安全保障は、円安と資源高を背景とする “物価高” への対応を骨子とする経済対策とは次元を異にする構造問題である。したがって、災害など想定外の緊急事案に局所的に対応するための “補正予算” の中で扱われるべきものではない。これまで投じられてきた莫大な農業関連への財政支出の効果検証を踏まえ、本予算の中でしっかりと審議していただきたい。そもそも、政策大綱と緊急パッケージにしれっと書き込まれた「適正な価格形成と国民理解の醸成」とは食料安全保障の強化に伴うコストの価格転嫁、すなわち、国産化シフトによる “値上げ” を暗示するものであり、緊急措置としての物価対策とは本質的に相反するのだから。

2023 / 10 / 13
今週の“ひらめき”視点
ノーベル経済学賞と埼玉県の虐待禁止条例案、彼我の差は大きい

10月9日、2023年のノーベル経済学賞にハーバード大学教授で女性の雇用率や男女間の賃金格差を研究してきたクラウディア・ゴールディン氏(米国)が選ばれた。受賞を受けての記者会見では日本の雇用状況にも言及、「働く女性は著しく増えた。しかし、パートなど時間労働が多く、男女間の雇用格差は大きい。女性を労働力として働かせるだけでは問題は解決しない。本当の意味で女性の社会参画は進んでいない」と指摘した。

さて、その翌日。埼玉県自民党県議団は6日の県議会福祉保健医療委員会で可決した「埼玉県虐待禁止条例改正案」を撤回すると発表した。改正案は子どもの放置を虐待と位置づけるものであるが、問題視されたのは放置の範囲である。小学3年生以下の子どもを家に残したまま保護者が外出すること、高校生のきょうだいに子どもを預けること、子どもだけで公園で遊ばせること、子どもを置いてのゴミ出し、子どもだけの登下校など、、、これらはすべて虐待とされ、すなわち条例違反となる。

加えて問題なのはこれに「通報義務」が課される点だ。学童保育など子育て支援の行政施策の拡充を後回しにする一方で、「県民に条例違反の監視を義務付けることが社会全体で子どもを見守ることにつながる」とされた。
当然ながら県内はもちろん全国から「あまりにも非現実的、母親の行動制限につながる、子育ての実態から乖離している」との批判が相次ぐ。結果、撤回せざるを得ない状況に追い込まれるわけであるが、撤回理由はあくまでも「説明不足」であって、内容に瑕疵はない、との立場は崩さない。

日本が国連の「子どもの権利条例」を批准したのは1994年、世界で158番目だ。そのうえ、これに対応した「こども基本法」の整備に28年を要している。背景には「個人主義の過度な重視は伝統的な役割分担にもとづく家族の破壊につながりかねない」とする保守派の根強い危機感がある。“こどもまんなか” を謳う行政機関に “家庭” の二文字が加えられたことも「家族のあるべき姿」への意図が込められていると言え、今回の騒動もこれに連なるものと解せよう。先のゴールディン氏は、日本社会の状況を「女性の働き方の変化に適応できていない」としたうえで、「出生率の改善は難しい。なぜなら年配の人を教育する必要があるため」と喝破した。なるほど、その通り。さすがはノーベル賞だ。

2023 / 10 / 06
今週の“ひらめき”視点
酒税改定、ビール系飲料は価格訴求を越えて新たな需要創出を

10月1日、複雑に細分化した酒税を段階的に改定し、簡素な税体系を目指すとした2017年の酒税法改正にもとづく2回目の税率変更が実施された。ターゲットはビール系飲料だ。改定前→1回目の改定時(2020年)→今回改定後の350mlあたりの税額は、ビールが77円→70円→63.5円、“発泡酒” は46.99円そのまま、所謂 “第3のビール” は28円→37.8円→46.99円となった。2026年にはこれらはすべて54.25円に一本化される。つまり、ビールは減税、発泡酒と第3のビールは増税ということになる。

戦後、消費者にとってビールはまだまだ「ぜいたく品」であったが、高度経済成長に伴い市場は順調に拡大してゆく。一方、90年代、酒類販売免許の緩和が進む中、価格競争が激化、メーカーは麦芽使用率で定義されたビールの税率が適用されない新たな低価格ビール “発泡酒” を開発、消費者の支持を獲得する。すると当局は麦芽率の規定を変更し、発泡酒の税率を引き上げる。メーカーはこれに対抗、新区分をすり抜ける “第3のビール” を市場投入する。要するに両者のいたちごっこが繰り返されてきたわけであるが、今回の改定は税収を増やしたい当局と低価格競争を脱したい業界による言わば “手打ち” といったところだ。

酒税改定を受け、業界では「ビール回帰」の期待が高まる。小規模メーカーにとっても追い風だ。一方、生活防衛需要も大きい。税率が据え置かれた缶チューハイやレモンサワーなど “RTD市場※1”にとっても好機だ。とは言え、根本の問題は税率ではなく、市場の絶対的な縮小である。週に3日以上かつ1日に1合以上のお酒を飲む男性、つまり、業界の主要顧客である飲酒習慣がある男性の割合は、コロナ禍前の2019年調査で60代46.6%、50代41.4%、40代38.3%、30代24.4%、20代12.7%であったが、20年前(1999年)と比べるとそれぞれ▲8.6、▲22.9、▲22.3、▲24.4、▲21.3ポイントの減少だ(厚生労働省、国民健康・栄養調査より)。

とりわけ、Z世代にとって “ソーバーキュリアス※2” な生活スタイルはもはや完全に定着していると言え、したがって、あえて飲まない彼ら世代や非主要顧客層の需要をいかに喚起するかが業界にとって最大のテーマである。そう、発泡酒や第3のビールの可能性はここにある。当局との知恵比べと熾烈な価格競争の中で多様化してきたビール系飲料は糖質抑制をはじめとする健康訴求を付加価値として提案してきたはずだ。RTD市場の伸長も食事とのペアリング、低アルコール需要の拡大が背景にある。ビールがぜいたく品であった時代は過去のものだ。ノンアルコールも含め「本物か、模倣か」といった尺度を越えた次元に新たな市場創造の可能性がある。

※1)RTD市場:Ready To Drink、栓やふたを開けてそのまますぐに飲める飲料という意味。缶チューハイ、缶ハイボール、缶レモンサワーなど低アルコール飲料を指す業界用語
※2)ソーバーキュリアス(sober curious):お酒を飲めるが、あえて飲まない生活スタイルを指す造語。健康意識の高まりや自分の時間を大切にしたい若い世代の拡大が背景にある