
8月5日、東京株式市場の日経平均株価が急落、前週末比4451円安の3万1458円へ下落した。日銀による政策金利の追加利上げ、米国の景気指標の悪化、FRBの利上げ観測の高まりなど、日米金利差の縮小を見越しての円高、株安が一挙に進んだ。しかし、翌日にはこれが反転、今度は「過去最大の上げ幅」を記録、3万4675円で取引を終えた。
確かに月曜日の急落には驚かされた。引き金は短期の投資資金の動きであったとされるが、とりわけ、「ブラックマンデー以来」「過去最大の下げ幅」というワードが不安を増幅させた。ただ、そもそも1987年当時の金融市場とは規模の次元が異なる。2023年12月時点における世界の投資信託残高は69兆円、20年前の4.9倍、世界の総債務は実体経済の3.6倍に達する。短期の利鞘を狙っての攻防に明け暮れるマネーの戦況に過剰に反応する必要はないだろう。
2年という期限ではじまった10年超におよぶ異次元緩和がもたらした円安による “成長なき株高” はもはや限界にある。したがって、金利のある世界への回帰は間違っていない。今回の乱高下も調整局面における事象の一つであって、極端な円安の是正は物価の安定と個人消費の回復を促すとともにコスト高に苦しむ中小企業にとってもプラス材料である。
一方、海外売上比率が高いグローバル企業への影響は小さくない。円安に嵩上げされた企業業績はその分を失うことになる。とは言え、見方を変えれば、単に実力以上の “上振れ見込み” が剥がれ落ちるだけであり、もしもそれを下請企業へのコスト転嫁や賃金の抑制で補うようなことがあれば日本経済は停滞と縮小のスパイラルへ逆戻りだ。グローバル企業に期待されるのはサプライチェーンの “利益の総和” の拡大であり、為替に依存しない国際競争力の確立である。問われているのはまさに真の実力であり、やるべき喫緊の施策は長期的な視点にたったイノベーション投資である。

7月19日、首相官邸で開かれた第24回観光立国推進閣僚会議にて、岸田首相は「2031年までに全国35ヶ所の全ての国立公園において、民間活用による世界水準のナショナルパーク化を実現する」ように指示、具体的には「海外富裕層をターゲットとした高級リゾートホテルや大型複合施設の国立公園への誘致をはかる」と報じられた。
これを受けて、25日、公益財団法人日本自然保護協会は、「国立公園に新たに高級リゾートホテルなどを誘致することは自然環境および景観の破壊をもたらし、国立公園の価値を喪失させることは火を見るより明らかである」とし、「地区内に存在している廃屋化した施設の撤去とリノベーションおよび自然環境の現状把握や生物多様性の保全を優先すべき」旨の意見書をリリースした。首相メッセージはあまりにも唐突かつ的外れであり、反応は当然である。
そもそも海外富裕層が望んでいるのは、ありのままの日本の自然、歴史、文化の “特別な体験” である。1日1組、1泊100万円の仁和寺の宿坊体験(現在休止中)を引合に出すまでもなく、現代アートのスペシャリストがエスコートするTOKYOアート体験や一流陶芸家から直接指導を受ける作陶ツアーなど、彼らが求める観光コンテンツは特別にカスタマイズされた非日常の日本体験であり、こうしたニーズの強さは筆者が監事を務める一般社団法人地域創生インバウンド協議会の実証事業でも立証されている。
また、ネイチャーツーリズムという視点から地方の活性化を、ということであれば、オーストリアのザルツブルク州を拠点に国境を越えて23の自治体で推進する「アルパイン・パールズ」も参考になる。国内では環境共生型スマート社会のシステムデザインに取り組む慶應大学の山形与志樹教授がソフトモビリティと地産地消グリーン電力を活用した「日本版アルパイン・パールズ」※を提唱しているが、大切なことは地域社会と自然環境にとって持続可能なツーリズムを構想することである。どの国立公園に行っても似て非なるラグジュアリー・ホテルでは “本物の日本” を味わうことなど出来得ない。
※関連記事 「持続可能社会の実現に向けて。北杜市を舞台に共創イノベーションが始動」今週の"ひらめき"視点 2022.10.23 – 10.27

7月24日、いすゞ自動車は車両総重量を3.5トン未満に抑えることでAT限定の普通免許でも運転できる小型トラック「エルフミオ」を30日から発売すると発表した。積載量1.5トンクラスのトラック市場において経済合理性の高いディーゼル車の設定は国内初、初年度の販売目標は5千台、小口配送を中心とするラストワンマイル物流や小売業をはじめとする多様な自営業者のニーズに応える。いすゞ自動車は “ドライバーの裾野を広げる” ことで深刻化するトラックドライバー不足の低減に貢献する。
一方、国は社会資本整備の観点からこの問題に取り組む。道路空間をフルに活用した「自動物流道路」構想である。具体的には高速道路の路肩や中央分離帯、あるいは地下に輸送専用レーンを設置し、そこに自動輸送カートを走らせるというもの。昨年10月末、国土交通省の国土幹線道路部会は “高規格道路ネットワークに関する中間報告” に「今後10年での実現を目指す」ことを盛り込んだ。第二東名高速道路の新秦野と新御殿場間が実証実験ルートとして想定される。
自動物流はスイスが先行する。名称は “Cargo Sous Terrain”、文字通り “地下物流” の意で、2021年12月に地下貨物法が成立、2022年8月に施行された。トンネルの総延長は500㎞、時速30㌔、24時間体制で無人カートを走らせる。2031年までにチューリッヒとヘルキンゲン間の約70㎞、2045年までに全線の完成を目指す。英国でも西ロンドン地区の既存の鉄道敷地内に専用線を敷設、低コストリニアモーターカーによる完全自動運転による物流システム “MAGWAY構想” が始動している。
輸送量の増大、小口化、ドライバー不足、高齢化、慢性化した渋滞、道路施設の老朽化、そして、脱炭素からの要請など、従来型輸送システムの拡張と更新はほぼ限界であり、これは先進国に共通の課題だ。メーカー、業界、荷主による輸送力向上策や効率化対応の積み重ねは重要だ。とは言え、既存の道路インフラを前提とした対策だけでは追いつかない。言い換えれば、物流といった視点だけでは問題は解決しないということだ。社会はいかに持続可能であるべきか、それは国土、産業、暮らし方そのものの問題であり、その営みの中でモノやヒトの移動システムを捉え直す必要がある。地上、空、地下、海を未来からの視点で立体的に捉え直すことから発想したい。

7月16日、太平洋の島嶼国14か国、仏領2地域と日本、豪州、ニュージーランドが参加する「第10回太平洋・島サミット(PALM)」がはじまった。PALMは日本が主催する国際会議で南太平洋地域の安定、社会課題の解決、経済発展を目的に1997年から3年ごとに開催している。会議では、気候変動や脱炭素、防災・海面上昇対策や通信環境や金融インフラの整備、人材育成などに関する支援策が議論されるとともに、各国・各地域への個別支援についても協議される。会議は3日間の日程で最終日に共同宣言を採択する。
太平洋島嶼国・地域と日本との関係は深い。日本による委任統治時代を経験したミクロネシア地域では移民をルーツにもつ日系人が人口の2割を占める。伝統的に親日的で、人的交流も盛んである。日本にとってはマグロやカツオの主要漁場であるとともに海上輸送の要所でもある。安全保障環境が厳しくなりつつ中、各国・各地域とのパートナーシップの重要性は高まる。
一方、この地域を対米防衛ラインの最前線と位置付ける中国の圧力も増す。2019年にはキリバス、ソロモン諸島が、今年1月にはナウルも台湾と断交、中国との国交樹立を表明した。米国も関与を強める。2023年にクック諸島とニウエを国家承認、ソロモン諸島とトンガに大使館を設置する。米中対立というリスクを戦略的に利用する、あるいは、せざるを得ない国・地域もある。とは言え、「巻き込まれたくない」が本音ではなかろうか。地域の包摂と安定こそが全てのステークホルダーにとっての利益である。日本外交はまさにこれを主導いただきたい。
さて、ここまで書いたところで(株)共同通信社の「kyodo Weekly NO29」(2024.7.15)に掲載された船越 美夏氏のコラムが目にとまった。タイトルは「激戦地で眠り続ける時限爆弾」、第2次大戦中、太平洋地域で沈没した軍艦や徴用船は3855隻、80年の時を経て腐食と劣化が進み、船内に残っている最大57億ℓと推計される燃料や大量の兵器が流出する可能性がある、という。この差し迫った危機、すなわち “時限爆弾” の問題は1999年にソロモン諸島によって提起されたが、爆弾は未だ “眠り続けたまま” である。沈没船の86%、3322隻が日本船であるという。PALMの主催国であり、当事者でもある日本が果たすべき役割は大きい。

中小企業の倒産が高水準で推移している。2024年1-6月期の倒産件数は前年同期比2割を越える。構造的な後継者難に加えて、人手不足、仕入れ価格の高騰、過剰債務など、価格転嫁力の弱い下請型中小企業の資金繰りの悪化が背景にある。政府は「中小企業にも賃上げの流れが進んだ」と自賛するが、賃上げを実施した中小企業の6割が “業績の改善が見られない中での防衛的な賃上げ”(日本商工会議所、東京商工会議所の調査より)であることを看過してはならない。
一方、業績不振が常態化し、社員に十分な給料を支払うことが出来ず、公的支援と借金で延命してきた中小企業、所謂 “ゾンビ企業” は退場すべきだ、との声も大きい。技術革新に追いつけず、旧来のビジネスモデルから抜け出せない企業の淘汰はむしろ歓迎すべきであり、資本と労働力の成長産業への移動は日本経済全体の生産性の向上と持続的な成長に資する、というわけである。
しかし、はたして “苦境にある下請企業=ゾンビ企業” であるのか。3月7日、公正取引委員会は下請事業者36社に対する不当減額について日産自動車に是正勧告を行った。日本を代表するグローバル企業による「下請いじめ」は本来であれば “衝撃的” と受け止められて然るべきであるが、社会の空気は「やっぱりか」という落胆に溢れた。そして、その通り、今度はトヨタ子会社だ。7月5日、公取委は特装車などを手掛けるトヨタカスタマイズ&ディベロップメントに対して、下請企業に対する金型の無償保管と不当返品について是正勧告を発した。
令和5年度、下請法違反にもとづく公取委の勧告件数は直近10年度で最多の13件、指導件数は8千件を越える。ピラミッド型の下請構造の頂点に立つ完成車メーカーへの勧告はまさに日本のサプライチェーンの構造問題を象徴する。30年におよぶ日本経済の停滞、生産性の低さの原因はどこにあるのか。中小企業の付加価値を搾取し、生産性を押さえ込み、自立の機会を奪ったのは、イノベーションを怠り、国内のデフレに甘んじ続けてきた大手企業の側ではないか。何とかすべきはむしろこれらの “ゾンビ” たちだ。

6月24日、金融庁は三菱UFJ銀行、三菱UFJモルガン・スタンレー証券、モルガン・スタンレーMUFG証券の3社に対して金融商品取引法(金商法)にもとづく業務改善命令を、持ち株会社の三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)に銀行法にもとづく報告徴求命令を出した。問題となったのは所謂 “ファイアウォール規制(FW規制)” と呼ばれるルールで、三菱UFJ銀行の顧客企業の非公開情報をグループ内で共有、銀行という優越的な地位を利用して証券取引等の勧誘を行った、ことが問われた。
FW規制は銀行を中心とした業界再編と金融のグローバル化を背景に規制緩和が進んできた。2022年には、上場企業については企業側からの拒否表明がなければ同一金融グループ内での顧客情報の共有が容認された。有識者による議論は「上場企業から非上場へ、いずれは中小企業や個人へ」の方向で進んでいる。とは言え、その前提として、情報共有に対する同意確認、利益相反取引の厳格な管理、優越的地位の乱用防止、情報セキュリティの強化、が求められることは言うまでもない。
メガバンクによるFW規制違反はMUFGがはじめてではない。2022年、SMBC日興証券の株価操縦を巡る捜査の過程で、三井住友銀行の顧客企業の非公開情報がSMBCグループ内で共有されていたことが発覚している。野村HDなど独立系証券が慎重な対応を求める中で、規制緩和を主導してきたメガバンク2トップの不祥事はまさに規制緩和の “前提” に対する信頼への背信であり、議論の後退は避けられないだろう。
業界や社会において、もっとも広範な影響力、もっとも大きな既得権、言い換えればもっとも強大な “権力” を持つ者たちによるルール違反や法令軽視に関する不祥事が後を絶たない。MUFGしかり、トヨタしかり、政治家しかり、役人しかり、と言えようか。一方で、“法に反しなければ” を口実に詭弁と炎上商法を弄する者たちも増殖する。驕りと独善に塗れ、フェアであることが蔑まれる社会でいいのか。しっかりしてくれよ、日本の大人たち!