今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2023 / 08 / 04
今週の“ひらめき”視点
ニジェール政変。西アフリカの安定化に向けて暴力の連鎖を断て

アフリカ西部、世界有数のウラン産出国ニジェールでクーデターが発生した。7月26日、大統領警護隊の兵士が親欧米派のバズム大統領を拘束、憲法を停止する。国軍もこれに同調、28日、大統領警護隊司令官チアニ将軍を首班とする軍事政権の樹立を宣言した。これに対して「アフリカ連合平和・安全保障理事会」は15日以内に憲法秩序を回復するよう通告、旧宗主国フランス、EU、米国は同国への経済支援、軍事協力の停止を発表、「西アフリカ諸国経済共同体」(ECOWAS)も軍事介入の可能性を示唆しつつバズム氏の復権を要求した。情勢は一気に不安定化しつつある。

西アフリカでは2020年以降クーデターが頻発、ニジェールと国境を接するマリでは2020年8月と2021年5月に、ブルキナファソでは2022年1月にクーデターが発生、現在、両国はいずれも軍事政権下にあって、ロシアが政治的影響力を強める。その先兵役を担ってきたのがロシアの民間軍事会社ワグネルである。マリ、ブルキナファソは今回の政変に対して直ちに支持を表明、ECOWASによる軍事介入があった場合、「宣戦布告とみなす」などと警告する。

バズム氏は前政権の経済政策、テロ対策、汚職を批判、“選挙” という民主的プロセスを経て政権の座についた大統領であり、欧米にとって戦略的にも重要なパートナーであった。しかし、そのバズム氏率いる政府もまた汚職と不正の疑惑が取り沙汰される中、強権化してゆく。ニュース映像では多くの市民がバズム氏失脚を歓迎している様子が映し出されたが、根底には植民地時代から続く圧政、貧困、そして、“資源” という権益を大国に差し出すことで莫大な特権を享受する「支配層」への反発があるのだろう。

ニジェール軍幹部は「政変は正しい統治を復活させるため」と説明したが、はたしてそれは誰にとっての正しさなのか。彼らもまた別の大国の威を借り利権の独占を目指すのであれば、いずれ新たな政敵が次のクーデターを準備することになるだろう。この連鎖をどう断ち切るか。ここが課題だ。経済制裁と軍事力では解決しない。
さて、この地域の混乱が伝えられる度、筆者は映画「禁じられた歌声」(2015年公開、原題Timbuktu)の一場面を思い出す。イスラム過激派集団に支配されたマリの古都ティンブクトゥ、音楽と笑い声を禁じられた人々のささやかな抵抗、そして、とうとうと流れる悠久のニジェール川、その美しい映像が忘れられない。

関連記事:「アフリカの自立と民主化に向けて、第8回アフリカ開発会議に期待する」今週の"ひらめき"視点 2022.8.21 – 8.25

2023 / 07 / 28
今週の“ひらめき”視点
日産、ルノーとの資本問題に決着。世界の主戦場で輝くために機動的な意思決定を

7月26日、日産自動車とルノーは資本関係の見直しに関する最終契約を締結したと発表した。ルノーは日産の持分を43%から15%へ引き下げ、ルノー、日産それぞれが相手方の株式を15%ずつ保有することとなる。これにより日産は長期におよんだ経営再建フェイズに資本レベルにおいても完全決着、ようやく “ルノー傘下” という経営上の制約から脱する。一方、協業体制は維持、日産はルノーが設立するEVの新会社に出資、EV市場における世界戦略においてルノーとの戦略的連携をはかる。

さて、そのEVであるが、世界のEV市場の6割を占める中国自動車市場の構造変化が急激だ。11日、中国自動車工業協会(CAAM)は6月の自動車販売台数は262万2千台、前年同月比+4.8%となったと発表した。これに対して報道では「前月に比較すると伸び率が大幅に鈍化、2023年の目標販売数2667万台の達成は難しい」と中国の景気動向を見通す視点からの論調が目立った。しかし、注目すべきはガソリン車の退潮と新エネルギー車の急速な伸長である。自動車販売市場全体における後者のシェアは30.7%に達し、伸び率は前年同月比+35.2%を記録した。

新エネルギー車の急速な市場拡大に伴い比亜迪(BYD)、蔚来汽車(NIO)、小鵬汽車(シャオペン)をはじめとする中国ローカルEVメーカーが急伸、シェアは自動車市場全体における5割に迫る。結果、ガソリン車における技術力とブランド力で存在感を示してきた日本勢は苦戦を強いられる。今年に入って日産、ホンダなど日本メーカーは急速にシェアを落としており、トヨタも前年を割り込んだ。各社は中国国内における生産体制の見直しとEV開発拠点の現地化を急ぐ。

一方、輸出市場の勢力図も変わりつつある。今年1-3月期、中国の輸出台数は107万台、日本の95万台を上回った。もちろん、数字には外資メーカーの中国生産車の台数も含まれる。しかし、元気なのはやはり中国EVメーカーだ。成長市場である東南アジアはこれまで日本勢の牙城だった。しかし、中国EV勢にとっても恰好のターゲットだ。加えて、やはり中国市場で競争力を失った韓国メーカーもアジア戦略を強化する。もちろんEVだけが次世代自動車の選択肢ではない。しかし、現実の市場で競争力を維持することがブランド力の強化と投資原資の確保につながることは言うまでもない。日本勢にはリアルな市場で戦うための大胆な戦略とスピードに期待したい。

2023 / 07 / 21
今週の“ひらめき”視点
百貨店、復調は本物か。新たな業態開発に向けて積極投資を

百貨店の売上が改善基調にある。日本百貨店協会によると5月の全国百貨店の売上高は前年同月比+6.3%(店舗数調整後)、入店客数は同+4.5%、いずれも15か月連続で前年を上回った。要因は新型コロナの感染症区分の変更とインバウンド需要の戻りである。総売上の約95%を占める内需は前年同月比+2.3%、15か月連続の増収、インバウンドは同+250%、こちらも14か月連続でプラスとなった。5月の訪日外国人数は約189万9千人、コロナ前の2019年比で▲31.5%(日本政府観光局)、6月の訪日客が200万人を突破したことを鑑みてもインバウンドの回復余地は大きい。

商品別では婦人服、身の回り品、雑貨、食料品など、主力商材がいずれも好調、旅行、ビジネス、行事、催事など外出機会の増加が売上を牽引した。地区別では京都、大阪、神戸、福岡が二桁の伸び、名古屋、東京がこれに続く。
こうした中、百貨店を販路とするメーカーや卸も “復調” に期待を寄せる。とりわけ、百貨店市場の縮小とともに苦戦を強いられてきた “百貨店アパレル” も一息つく格好だ。その代表格オンワードホールディングスは2024年2月期業績予想を上方修正、売上は前期比+7.2%、営業利益同+91.8%を見込む。

とは言え、“復調” はあくまでも前年比、すなわちコロナ禍3年目の2022年との比較であって百貨店の競争力低下そのものに歯止めがかかったわけではない。確かに内需もプラス基調であるが、コロナ禍前の2019年5月と比較すると▲2.7%という水準にとどまる。また、全国ベースにおける “復調” を支えているのはあくまでも都市部の需要であって、主要10都市を除く百貨店の売上は前年同月比▲0.1%、厳しい状況に変わりはない。

コロナ禍の3年間、筆者は「新型コロナは構造変化を加速、変革のための猶予期間を短縮させた」と書いてきた※1。果たして従来型百貨店市場の縮小に後退はないだろう。上記オンワードの基本戦略は構造改革、すなわち “脱百貨店” であり、ECの売上比率は既に3割に迫る。つまり、百貨店は自らの “復調” によって離反する側に一時的な猶予を提供していると言える。一方、それは百貨店自身にとっても同様である。“復調” によって稼ぎ出した時間と原資を従来型ビジネスモデルからの脱却にどれだけ投資出来るか、今、百貨店に問われているのはまさにそこだ。そう、渦中の「そごう・西武」こそ未来に向けての新たな一歩を踏み出していただきたく思う。

※1 「コロナ禍、収束へ。後戻りはない、この3年間の経験を未来へ」今週の"ひらめき"視点 2023.4.30 – 5.11

2023 / 07 / 14
今週の“ひらめき”視点
暑い! 世界の平均気温、最高値を更新。脱炭素に向けて実効性の高い対策を

世界の気温上昇が止まらない。世界気象機関(WMO)は7月3日の世界の平均気温が観測を始めた1979年以降の最高値17.01℃となったと発表した。これ以降、連日、最高値を更新、7日には17.24℃を記録した。海水温の上昇も続いている。世界の海面温度は5月~6月に過去最高を記録、南極の海氷レベルも観測以来過去最低水準まで低下した(WMO)。米海洋大気庁によるとこの9日から10日にかけてメキシコ湾からフロリダ半島南西部の一部海面温度は35~36℃に達したという。

気温と雨量の相関は言うまでもない。9日から10日にかけて米ニューヨーク州に降った大雨は「千年に一度」と形容された。日本もまた然りである。九州は再び豪雨災害に見舞われた。2014年の広島北部豪雨以来、“線状降水帯” の発生はもはや日常茶飯事である。「数十年に一度」の大雨も各地で頻発する。多くの人命とともに生活基盤、経済活動、都市機能、そして、生態系そのものが危機に晒される。

猛暑の直接的な要因は太平洋の日付変更線から南米ペルー沖の海水温が平年より高くなるエルニーニョ現象である。7年ぶりに発生した今回のエルニーニョは通常より温度差が大きい “スーパー・エルニーニョ” と呼ばれ、影響は広範かつ深刻だ。スペイン、ポルトガル、イタリア、北米、中国、アジア各国で記録的な猛暑となっており、インド北西部では最高気温が50℃を越えた。

エルニーニョの “スーパー化” の背景に地球温暖化があるだろうことは誰もが察するところである。一方、“異常気象は10万年単位で繰り返される地球のサイクルが主因である” など地球温暖化を過小評価する向きもある。しかしながら、産業革命以降、世界の気温上昇の速度を押し上げた要因にCO2濃度の増加があることは疑う余地はなく、であれば私たちは私たち自身に出来ることを政策的に進めるしかあるまい。

今年11月~12月、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイでCOP28が開催される。議長を務める産業・先端技術大臣スルタン・ジャベル氏がアブダビ国営石油のCEOを兼務していることへの批判も根強い。しかし、その彼も「化石燃料の段階的な削減は避けられない。2050年までに排出の実質ゼロを達成したい」との考えを表明、「エネルギー転換は既存業界にとってもチャンス」であると語っている。COPは常に先進国と途上国など様々な立場の国益が対立する場となる。それゆえに調整役として彼の手腕が問われる。大胆かつ実効性の高い “現実解” に期待したい。

2023 / 07 / 07
今週の“ひらめき”視点
終わりの見えない難民問題。一人一人の人生に向き合うことが解決の出発点

キム・ハク氏の写真展「生きる Ⅳ」を観た。氏は1981年生まれのカンボジア人、「生きる」は国民の2割、約170万人を虐殺したクメール・ルージュの時代(1975-1979)を生き抜いた難民たちを記録するプロジェクトである。時を経て、権力による暴力を直接経験した世代と若い世代との意識差が広がる。氏は難民たちの「持ち物」を手掛かりにそのギャップを埋める。ロン・ノル時代に発行されたパスポート、母の形見のピアス、再入国許可証、仏陀のペンダント、故郷の歌を録音したカセットテープ、、、それぞれが一人一人の物語を静かに語る。

先月、改正入管法が成立した。しかし、人権上の課題や問題が解決したわけではない。スリランカ出身の女性が入管施設で収容中に亡くなったことは記憶に新しいが、国連人権理事会も繰り返し制度の改善を求めている。一方、強制送還のルールが機能していない、法律を守らない外国人は送り返すべきとの声も聞こえてくる。しかし、退去命令に対する送還率は9割以上、在留期限超過等の違反を除くと刑罰法令違反者は数パーセントに過ぎない。送還に応じられない人の多くは家族との分断や帰国後の迫害リスクなど配慮すべき特別な事情を抱えている。

2022年、日本の難民認定者数は申請数3722人に対して202人、前年比で128人増加した。結果、認定率も3%から5%へ上昇した。しかしながら、多くはアフガニスタンの日本大使館職員とその家族であり、言わば “例外的” な事情が背景にあったと言える。それでも先進国の認定率と比較すると極端に低い。国連難民高等弁務官事務所によると世界の難民は1億840万人に達する。戦争、内戦、宗教、思想統制などを理由に故郷を捨てざるを得ない人は絶えることがない。まずは難民の認定基準を国際基準に合わせること、そして、収容や送還判断には司法を介在させるなど、法の支配と民主主義を掲げる国家に相応しい制度を検討していただきたい。

7月5日、クメール・ルージュ以後のカンボジアの再建に重要な役割を果たし、1985年から政権の座にあるフン・セン氏が米IT大手メタ(旧Facebook)の関係者を国外追放処分にすると発表した。与党の不正を指摘した野党に対して「ギャングを送り込む」と脅したフン・セン氏の投稿を “暴力の扇動に当たる” とし、氏のアカウントの凍結を勧告したことへの対抗措置という。カンボジアを祖国とする人たちが安心して帰還できる日はまだ遠いということか。
ハク氏の写真展はYOKOHAMA COAST ROOM3にて7月9日まで開催されている。共生とは、多様性とは、国籍とは、難民とは、あらためて自分事として考えてみたい。

2023 / 06 / 30
今週の“ひらめき”視点
神宮外苑再開発、樹木伐採へ。都市計画プロセスの在り方を見直せ

25日、作家の村上春樹氏は自身がMCを務めるラジオ番組で神宮外苑の再開発に言及、「このままの緑を残して欲しい。一度壊したものは元に戻らない」と語った。この事業は現在の神宮球場、秩父宮ラグビー場を解体、建て替えるとともに180-190m級の高層ビルを複数棟建設するなど、2036年の完成を目指して神宮外苑一帯を再整備するというもの。神宮第二球場の解体は既に3月から始まっており、村上氏の発言は鉄塔の撤去作業に合わせていよいよ始まる樹木の伐採を前にしてのものである。

問題の焦点は工事に伴う樹木の伐採と絵画館前の銀杏並木の保全である。事業者側は当初971本の伐採を計画していたが、最終的に556本に削減、移植・植樹の可能性等を引き続き検討するとし、昨年の8月、東京都はこれを了承した。しかしながら、計画の中止を求める声も根強い。日本イコモス国内委員会(ICOMOS)は再開発の見直しを求める声明を発表、都民による反対署名も5月までに19万5千筆に達している。この3月に逝去した音楽家の坂本龍一氏が「先人が100年かけて守り育ててきた樹々を伐採しないで欲しい」旨の手紙を東京都知事など関連行政機関の長に宛てて出していたことも記憶に新しい。

そもそもの問題は計画の進め方にある。再開発計画は2013年、五輪招致決定直後から水面下で始動する。都は神宮外苑エリアについて、土地利用に際して自然景観の保全を優先させる風致地区の指定を外すとともに、都市計画公園指定を解除して再開発を可能とする「公園まちづくり制度」を創設、大規模再開発の道筋を段階的に整えてゆく。確かに手続き上の瑕疵はない。とは言え、計画の詳細が公表されたのは2021年末、つまり、都市計画の策定に際して都民の側が参画する機会が実質的に閉ざされていたということである。

今や公益性と事業性を単なる対立軸として捉える時代ではないし、「法令上問題ない」などという行政の強弁も時代にそぐわない。行政の役割は公正でオープンな合意形成の仕組みづくりにあると言え、是非とも未来に禍根を残さない道を探っていただきたい。
さて、再開発は「 “東京2020オリンピック・パラリンピック” のレガシーを次世代に引き継ぐため」ともされる。なるほど、そうなのか。本稿を書きながら、あるスポーツメーカーにて、解体された旧国立競技場のトラックの一部を見せていただいたことを思い出した。そこには切り取られた100m走のスタートラインがあった。戦後の復興を象徴するとともに日本のスポーツ文化の歴史を刻んできた貴重な “文化遺産” を改修可能性に関する議論を深めることなくさっさと解体しておきながら、レガシーも何もないだろ!? こんな思いが今更ながら蘇ってきた。