
2月27日、政府は経済安全保障上の重要技術情報へのアクセスを国が認定した資格取得者に限定する適格性評価制度(セキュリティ・クリアランス)法案を閣議決定した。防衛、外交、スパイ、テロ関連情報に関する適格性評価は2014年に施行された “特定秘密保護法” にあわせて導入されており、公務員を中心に既に13.2万人に適用されている(内閣委員会調査室)。閣議決定された「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案」はこれを経済安全保障の観点から民間に拡大するもので、今国会に提出される。
AI、量子コンピュータ、バイオ、サイバーセキュリティ、ロボット、半導体をはじめとする先端技術における軍民の線引きは曖昧だ。先進7ヵ国(G7)にあって日本は経済分野における適格性評価制度が整備されていない唯一の国であり、それゆえ欧米など同盟国側の企業、大学、研究機関との技術交流や共同研究に少なからぬ制約が課されてきた。経済界はグローバルな技術提携を促進するものとして機密情報管理の法制化を歓迎する。
課題も多い。国家による身辺調査では犯罪歴、アルコールの依存症歴、借金の状況といった機微情報も対象となり得る。調査には “本人の同意” が前提とされるが、配属や昇進への懸念を鑑みれば “従業員” の立場にある個人にとって拒否することは簡単ではない。家族の理解も必要だ。企業もまた専用の区画や管理施設の設置など新たな投資が求められる。審査のための期間、費用、情報セキュリティに対するコストも無視できない。
適格性評価が情報管理における企業の信頼を高めることに異論はない。一方、国家による個人や企業に対する管理強化が自由な研究開発活動を委縮させる可能性もある。プライバシーや知る権利に対する懸念も残る。想定されるリスクを最小化するためにも審査体制、予算、情報管理の在り方、機密情報の区分や適用範囲に関する審議の公開および恣意性を排除した公正な運用を求めたい。さて、その27日、中国の全人代常務委員会もまた “国家機密保護法” の改正案を可決、情報管理のレベルを更に引き上げた。そう、どちらの側も施策の方向性は同じ、世界はますます窮屈になる。

2月18日、中国文化観光省は春節休暇における国内観光収入が13兆3000億円、前年同期比47.3%のプラス(休暇日数調整後)、コロナ禍前の2019年との比較でも同7.7%のプラスになったと発表した。2月10日から17日まで8日間の国内旅行者数は延べ4億7400万人、対2019年比19%増、海外旅行者もコロナ禍前の水準をほぼ回復したとされ、個人消費全体の回復ぶりが強調された。
一方、中国国家統計局が発表した1月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比0.8%のマイナス、前年比割れは4か月連続、下落率は14年ぶりという高水準であった。落ち込み幅の大きさは昨年の春節休暇が1月であったことによる反動もあるだろう。しかしながら、総額でコロナ禍前を上回った春節期の観光消費も一人あたりに換算すると同1割弱のマイナスとなる。家計の節約指向は依然根強いとみるべきだ。
景気低迷の背景には途方もない規模で顕在化した不動産不況がある。20日、中国人民銀行は住宅需要の喚起をはかるべくローン金利の引き下げを発表した。ただ、これで業界が苦境から脱するとは考えにくい。優先すべきは過剰債務を抱えた業界の抜本的な再建であるが、地方政府の財政も逼迫しており思い切った策は取り難い。加えて外資による中国離れも深刻だ。相次ぐ資本の引き上げや直接投資の縮小は中国経済を下支えてきた原資を失うことを意味する。すなわち、今、中国は経済構造の根本的な転換が求められていると言え、目先の痛みを避ける選択がなされるのであれば停滞の長期化は避けられない。
とは言え、圧倒的な規模の優位はリスクを受けとめる余力と時間的猶予をもたらす。米国による経済制裁をまともに受けたファーウェイ、2022年度の決算は散々だった。幹部は「この状況に適応するしかない」と会見で述べていたが、その一方で期中に過去最多の研究開発費を投じている。昨年度、業績は早くも回復に転じた。はたして当局は現状にどう適応しようとしているのか、選挙という審判に無縁のこの国の政策判断は唯一トップの意思に委ねられる。それだけに先行きは見え難い。下振れシナリオを想定しての準備を怠るまい。ただし、経済政策の次元を越えての “不測の事態” だけは是非とも勘弁願いたい。

2月6日、厚生労働省は毎月勤労者統計調査の2023年分を速報した。現金給与総額は “30年ぶり” という大幅な賃上げ効果もあり名目ベースで3年連続のプラス、月間平均32万9859円(前年比+1.2%)となった。一方、実質ベースでは2年連続でマイナス、前年比▲2.5%は消費増税のあった2014年に次ぐ減少幅だ。「家計調査」(総務省)によると2023年の1世帯(2人以上)あたりの月額消費支出は実質マイナス2.6%、「教育」支出の突出した落ち込みに家計から “余裕” が失われている現実が垣間見える。
政府は「昨年を上回る賃上げの実現」を公約、財界と連合もこれに呼応、上場企業の決算見通しの上方修正が相次ぐ中、賃上げ気運は中小企業にも波及する。14日に公表された日本商工会議所と東京商工会議所が年初に実施した「中小企業の人手不足、賃金・最低賃金に関する調査」によると全国415商工会議所に属する中小企業の61.3%が賃上げを予定しているという。とは言え、そのうちの60.3%が業績の改善が見込めない中での “防衛的な賃上げ” であり、また、企業規模が小さくなるほど賃上げ実施予定率が低下する点に問題の本質がある。
中小企業の経営環境は依然厳しい。全国信用保証協会連合会によると保証付き融資の代位弁済は件数、金額ともに2022年度以降、急増している。企業倒産件数も増加傾向にあり、2023年は奇しくも賃上げと同様こちらも “30年ぶり” の高水準となった。ゼロゼロ融資返済、物価高、人手不足を要因とする倒産が目立つ。上記した日商と東商による調査によると人手不足を経営課題にあげる中小企業は65.6%に達しており、こうした状況下での “業績改善なき賃上げ” は、結果的に経営を圧迫、ひいては雇用そのものの喪失につながりかねない。
中小企業の “健全な賃上げ” を実現するためにはサプライチェーン全体でその末端までの賃上げ原資を確保できるかが鍵だ。言い換えればバリューチェーンが生み出す価値そのものの絶対量を拡大出来るか、ということである。そもそも今回の物価高は内需が牽引したものではない。要は内需の創出力であり、その欠落が “30年” にも及んだ停滞の主因だ。サプライチェーンの全体利益を拡張することが出来ず、あるいはそこに関心すら払わず限られたパイを独占し続けてきたサプライチェーンの上位階層にある者たちの奮起に期待したい。

2月5日、政府は技能実習制度に代わる新たな外国人労働者の受入れ制度となる「育成就労」制度の原案を固めた。対象となる業種は「特定技能」と同一とし、就労期間は3年、従来は認められていなかった転職制限を緩和するとともに、育成就労から特定技能1号へ、特定技能1号から特定技能2号へと段階的なキャリアアップを制度として明確化した。すなわち、育成就労生も仕事に熟練し、職能を高め、一定の日本語能力を獲得することで永住への道が拓かれる。
1993年、技能実習制度は「途上国の未来を担う人づくり」を目的とした国際貢献の一環として創設された。しかし、現実には低賃金外国人労働者の供給システムとして機能、悪質ブローカーの介在、劣悪な労働環境、不正な雇用条件など、外国人労働者に対する人権軽視の実態が社会問題化したことは記憶に新しい。一方、新制度は、人手不足に直面する日本経済を支える、ことが目的として謳われており、目的が実態に即したという意味において前進である。
厚生労働省によると在留外国人322万人のうち約200万人が国内で就労している(2023年10月時点)。雇用事業者数は約32万事業所、このうち全体の6割、約20万社が従業員30人未満の中小/零細企業だ。41万人もの技能実習生の主たる受け皿はまさにこうした中小企業であり、日本経済を下支えする労働力として彼らはもはや不可欠の存在である。一方、失踪者数は9000人を越える(2022年、出入国在留管理庁)。雇用条件、労働実態、生活環境における問題は現場レベルでは依然として解消されていないということだ。
彼らを取り巻く一部の不寛容さはどこから来るのか。途上国に対する偏見、異文化への怖れ、そして、本格的な移民受入れに対する懸念があるのだろう。とは言え、人口縮小に反転の兆しはない。縮んでゆく日本を無条件で是とするのか。問われているのはまさに未来のカタチである。「就労」に関する制度改革は喫緊の課題である。と同時に、日本社会全体の将来像を制度設計しておくべきであろう。いずれにせよ“安い日本”のままでは彼らに選ばれることもあるまい。稼げる国から観光する国への変質、実はここに最大の課題がある。

1月28日、ニジェール、マリ、ブルキナファソの3か国は西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)について「特定の外国勢力が背後にある」と欧米を牽制し、ECOWASからの脱退を表明した。3国はいずれもクーデターによる親ロシア政権下にあり、サヘル地域の不安定化と更なる強権化が懸念される。31日、タイの憲法裁判所は王室に対する不敬罪法の改正を訴えた最大野党の主張を違憲と判断、これにより王室改革に関する議論は封じられる。タイにおける言論の自由は実質的に後退したと言って良いだろう。
今年は世界で重要な選挙が相次ぐ。問われているのは民主主義の未来だ。1月、野党が棄権する中で行われたバングラデシュの総選挙は独裁色を強める与党が圧勝した。続く台湾の総統選挙は中国と一線を画す民進党候補が勝利、民主主義の牙城は守られた。2月はインドネシアの大統領選挙だ。庶民派として人気の高い現政権であるが、親族主義への回帰や政権批判に対する統制強化といった側面も指摘される。自由で公正な選挙が実施されることを願う。3月には “結果ありき” とは言え、ロシア大統領選挙がある。翌4月~5月にはインド総選挙が控える。ヒンズー至上主義を掲げる与党の排他的な動向が気にかかる。そして、11月のアメリカ大統領選挙、懸念は言わずもがなである。
昨年11月、スウェーデンに本部を置く国際NGO「民主主義・選挙支援国際研究所(IDEA)」が173ヵ国の民主主義のパフォーマンスを指数化したThe Global State of Democracy Initiativeを発表した。レポートは「民主主義は世界で停滞し、多くの地域で後退している」としたうえで、選挙、議会、独立した裁判所など民主主義を守るべき機能が綻びをみせており、法の支配の維持に支障が生じている、との懸念を表明する。
さて、日本の衆議院の任期満了は来年10月だ。解散総選挙は年内との見方もあるが、目下の課題は政策以前、「政治とカネ」に端を発する政治改革だ。とは言え、問題の本質は単に “政治家” とカネの問題であり、要するに政治家による組織的な脱税である。また、政治資金収支報告書への不記載は、民間であれば有価証券報告書の虚偽記載であり金融商品取引法違反に相当すると言っていいだろう。法を作る者が、法の精神を蔑ろにし、自らの責任を回避し、また、それが看過されるのであればまさに政策以前、民主主義以前と言える。IDEAは民主的な健全性を示す指標は「市民空間の規模」であるという。果たしてそうした空間はどこまで広がっているのか。試されているのは私たち主権者である。

能登半島地震から間もなく4週間、不通となっていたJR七尾線の羽咋ー七尾間が復旧、七尾と金沢が再びレールでつながった。能登空港の応急復旧も完了、ANAの羽田ー能登便も27日から運航を再開する。中学生の集団避難も始まった。3万人規模の2次避難の体制も整った。19日には孤立集落の「実質的な解消」を県が宣言、地域差は残るもののインフラ関連の復旧見通しも漸次発表されつつある。
とは言え、経済へのダメージは甚大だ。本来、この時期は北陸新幹線の金沢-敦賀間の開業を控え、北陸全体が誘客キャンペーンで盛り上がっていたはずだ。美しい景観、豊かな食材、独自の伝統文化が残る能登半島は北陸に欠かせない観光コンテンツであり、大きな経済効果が見込まれていた。地震は一瞬にしてその期待を奪った。被害が軽微であった金沢市内の賑わいも失われた。国内観測史上最大の “海底隆起” に見舞われた漁業の深刻さは言うまでない。
24日、政府は北陸地方の観光需要を喚起すべく “北陸応援割” を導入すると発表した。中小企業に対する政府支援も固まりつつある。応急仮設住宅の着工、賃貸型応急住宅の確保も始まっている。一方、2次避難の遅れも報告されている。被災地の高齢化率は全国平均を大きく上回る。高齢者にとって住み慣れた集落から離れ、新しい環境へ移ることに対する不安は大きい。そもそも高齢化と人口減少が進んでいる被災地をどう再興するのか。復旧ではなく復興への道筋を示す必要がある。
2011年、震災から20日後の3月31日、当社は東日本大震災による復興需要の総額を4年間で12兆2000億円(原発事故関連の影響を除く)と発表した※。同年7月に策定された政府の復興計画は5年間で19兆円、10年間で総額23兆円を見込んだ。今後、能登半島でも大規模な復興需要が生まれる。まずは安全の確保とインフラの回復が急がれる。問題はその先だ。当社は東北の復興について「温存されてきた古い体質、先送りされてきた課題を清算し、新たな国土、産業、社会の在り方を構想すべき」と提言した。マイナスからスタートする能登半島復興のゴールが “過疎の再生” であってはならないし、被災者が置き去りにされた復興では本末転倒だ。地域とともに、地域から発想し、地域に根付いた復興策を立ち上げていただきたい。
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