2016年 “創造的成長”の実現に向けて

新年おめでとうございます。年頭にあたり謹んでご挨拶を申し上げます。

TPP大筋合意、変化の中に攻めに転じるチャンスを見出せ

2015年10月、TPP交渉が大筋合意に達した。発効には各国の議会承認というハードルが残るものの世界のGDPの4割を占める自由貿易圏の誕生は、日中韓FTPをはじめ、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)、環大西洋貿易投資協定(TTIP)など進行中の広域経済協定の交渉を加速させるはずだ。「平成の開国」を叫んだ民主党政権下における参加表明から紆余曲折、ようやく経営の外部条件の方向性が定まった。

一方、TPPは小規模かつ高齢化した日本農業を壊滅させる、といった懸念も根強い。しかし、そもそも農家の4割は自給的農家であって市場から独立している。販売農家は残る6割、その2/3が高齢化している現状は確かに憂慮すべき事態である。海外勢と戦うには心許無い。ただ、問題の核心は、後継者すら確保することが出来ない産業へと追い込んだ農政そのものにある。農業の弱体化と地方の衰退を止められなかった現状を維持することに合理的な理由は見当たらない。
また、輸入依存度の拡大をもって「食の安全保障」を心配する向きもあるが、こちらも杞憂であろう。万が一、安全保障上の問題が現実となった場合、輸入食品の半分を廃棄しているような現在の“贅沢”を戦時体制下にある国家が容認するはずはないのだから。

金融、保険、公共事業、知財、ISDS条項…、これらに対する懸念も理解できる。ただ、日本は「インフラ輸出の拡大」、「新興国の成長を取り込む」ことを国家の方針として掲げた。他国の内需を奪うことを戦略に掲げながら、自国を閉じることは出来まい。問題のISDS条項も負けることをのみ想定すれば、メリットなどない。昨年、日揮はスペイン政府を相手取って、再生可能エネルギーの買取価格変更について投資紛争解決国際センターに仲裁を申し入れた。これは1998年に発効されたISDS条項を含むエネルギー関連の国際憲章に日本も加盟していたからこそ可能になった対抗策である。
勝負の土俵から降りる大義もあるだろう。しかし、勝負を選択した以上、国は勝つための戦略条件を整備し、リスクを最小化するための外交をしたたかに展開する責任がある。TPPをもって「中国包囲網」などという幼稚な視座は直ちに捨てるべきである。


長期的視座にたって、多様性の育成をはかれ

東洋ゴムのデータ偽装、クラボウの循環取引、化血研の製造不正、旭化成建材の杭打ちデータ改ざん、そして、東芝。ジャパンブランドの根幹である品質への信頼が揺らぐ。とりわけ、東芝を粉飾で汚した歴代幹部の責任は重い。
2015年12月、最終損失が5,500億円となる業績予想とともに「新生東芝アクションプラン」がリリースされた。不振事業の撤退、分社化、売却、開発拠点の閉鎖、そして、人員の3割に相当する6,800人のリストラを“断行”するという。
資本市場の関係者からは「まだ不十分」「遅きに失した」などという声が一斉にあがった。とは言え、歴代トップの“選択と集中”路線を支持してきたのも“市場”であった。今、「その路線ゆえの不毛な部門間対立が粉飾の温床となった」などと事後解説することは簡単だ。しかし、短期的な利益拡大を求める“市場”へのトップの姑息な迎合こそが粉飾の本質である。

2014年5月、東芝は各事業部門の成長戦略を発表した。この中で、彼らは、
  • 多様な人材を積極的に育成・活用、発想の転換を常態化
  • 顧客視点に立脚、技術の相乗効果による価値の創造
  • 市場の伸長に過度に依存しない、東芝ならではの成長

これらを「創造的成長」と定義し、グループの経営方針として明記した。
もちろん、その前提となる部門利益が粉飾されていたわけであるが、売上計上や経費計上のタイミング操作、在庫評価の嵩上げといった不正会計と事業の成長性評価や自社の競争力分析とは何ら関係はない。一部不採算事業の構造改革が遅れていたことは事実であろう。粉飾の後始末に乗じて、遅れていた構造改革を一挙に進めることに異論はない。しかし、短期的な利益回復のみが目的化された拙速な“切捨て”は、勝てるはずの事業はもちろん東芝の可能性そのものを毀損させる。死守すべきは真の“底力”であり、目先の利益へ引き篭もるだけでは世界で勝てない。
事業の可能性はまさに一昨年の東芝が言うように「多様な人材」と「顧客に立脚した」視点からしか生まれない。未来へつなぐ技術をいかに創造し、育て、市場化するのか。自社の成長ビジョンを社員と共有し、未来の東芝を実現するためにステークホルダーを味方につけることがトップの仕事である。今こそ、踏ん張りどころではないか。

今、既存の安定は完全に流動化しつつある。変化を乗り越え、「2016年」をその先へつなぐためにも多様な価値観、多様な能力、多様な視点が求められる。
市場の伸長に過度に依存しない、貴社ならではの成長を実現すること、すなわち、貴社にとっての「創造的成長」を実現させるべく、当社は調査能力をもって全力を尽くす決意です。

どうか本年もよろしくお願い申し上げます。

株式会社矢野経済研究所 代表取締役社長
水越 孝
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