アナリストeyes

「M&A」の先にあるもの

2009年10月
主席研究員 大仲均

1.現代において必須の経営戦略「M&A」

企業の多くは、自社が無限に続くことを願っている。また、ゴーイングコンサーンであるために、経営戦略を立て、成長機会を模索しているが、そのためのアプローチには、新たな市場の開拓や、新製品の開発等様々なベクトルがある。多角化戦略も、成長のための有効なアプローチの一つであり、その一環としてM&Aがある。

これまでの約20年間で、M&Aは成長戦略の一つであるばかりでなく、一企業の事業再編、ひいてはグローバルレベルでの業界再編の切り札ともなっている。当初敵対的、投機的なM&Aが注目されていたが、その位置づけは時代とともに大きく変わり、現代では企業戦略を語る上で欠かせないものである。

M&Aの形態には、TOB、MBOなどがあり、具体的な手法も株式譲渡、株式交換、営業譲渡、事業譲渡、合併など多岐にわたる。各種の規制緩和や、会計基準の整備が急ピッチで進んだこと等により、手法は多様化し、クロスボーダー化も進んでいる。

M&Aの目的やメリットについては、企業規模や業種、バイサイドかセルサイドかという立場により大きく異なる。しかし、どのようなケースにおいても、M&Aの最大のメリットは「時間」といえよう。新しい事業を検討する企業でも、その事業をゼロベースから立ち上げるのではなく、他社の有望な事業を買うことによって、「時間」も買うことができるのである。新規事業ではなく、規模の拡大を目指す企業にも、これと同じことが当てはまる。

近年、このM&Aが「大企業」「中小企業」という切り口によって論じられることが多くなった。それぞれのM&Aの現状と、その先にあるものは何であろうか。

2.大手メーカーの統合が意味するもの

今年7月、国内飲料大手のキリンホールディングスとサントリーホールディングスが経営統合に向けて交渉に入ったというニュースは、業界の内外に衝撃を与えた。私も、このニュースを目にした瞬間、「酒類や清涼飲料のシェアの変化は?」「統合比率は?」「サントリー創業家の動向は?」「自販機戦略は?」「独禁法は?」など、様々な思いが頭の中を錯綜した。

日本国内においては、飲料市場は頭打ち状態であり、今後も人口は減少傾向が続くことから、市場全体の拡大を見込むことは難しい。また、市場でのシェアトップ企業や二番手企業は、市場全体のシュリンクにより被るマイナス面は自ずと大きくなる。今回の統合の目的は、頭打ちとなっている国内市場から、成長が見込まれる海外市場への事業拡大のための基盤強化とみられる。

両社の連結売上合算値は、コカ・コーラ、ペプシコ、クラフト・フーズに匹敵する規模となる。世界の強豪と伍して戦うには、国内巨大企業といえども、更なるスケールの拡大を目指す必要があったのであろう。

食品業界以外でも、これまで金融や製薬、化学、通信など、クロスボーダーの大型M&Aがなされてきているが、今後は「out-in」「in-out」だけではない、海外市場を見据えた国内大手同士「in-in」の資本提携も、より活発化し、業界ごとの再編が行われていくであろう。

3.訪れる事業承継の波

高齢化が進行する中、中小企業における代表者の平均年齢は年々高まる傾向にある。2006年版の「中小企業白書」によれば、法人企業代表者の平均年齢(2004年時点)は58歳6ヶ月である。一方、経営者が引退したいとする年齢は、平均で64.5歳である。このことから、高度成長期に創業した多くの経営者が、現在引退を考えていると推定される。また、財務的には存続可能であり、引退後も事業を継続したいものの、後継者不在という理由により、廃業を考える経営者も多いようである。ここに中小企業の大きなM&A需要がある。

引退を考えている多くの経営者の要望として、従業員の雇用確保や事業の継続がある。また、明文化されているか否かに関わらず、自らの経営理念の承継も強い望みであろう。すべてのM&Aが、これらを実現できるものではないが、廃業という選択の前に、譲渡を検討することによって、これまで経営者が築き上げてきたものを承継できる可能性は大きい。また、株式の譲渡後、譲渡した経営者が引き続き事業を継続する際も、譲渡先の経営資源を有効活用することによって、第二創業も可能である。

少し見方を変えると、そもそも、創業者が築き上げてきた事業をさらに成長させるには、身内の後継者に継がせるべきなのか、という問題もあろう。M&Aにより最適な第三者の企業に譲渡するほうが、さらなる成長が実現できるという発想も成り立つ。

中小企業のM&Aの問題点として、金融機関からの借入に対しての経営者の個人保証がある。これは有限責任でありながら、「実質的な無限責任」という状況である。また、経営者が自社株式の多くを所有しており、所有と経営の分離が十分になされていないことも挙げられよう。しかし、これらは外部の経営資源を導入することによって解決できるものであり、また多くの自社株式を経営者が有することは、M&Aを早期に実現できるメリットとも成り得る。

中小企業を取り巻く外部環境とメリットを考えると、今後中小企業のM&Aは、一層活発化することが予想される。

4.M&Aは自社を客観化するための経営者の重要作業

企業や事業を譲渡することを考える場合、まず経営者は経験値だけではなく、外部情報、内部情報をもとに、自社の価値を評価する。そこで、自社の強みや弱みを自己分析する。その上で、対外的にも説得力をもつ「自社の値段」をつけ、交渉を行い、さらに話が進むにつれ、デューデリがなされる。この作業により、外部より自社を「丸裸」にされるのである。ここで、経営者はこれまで自社が辿ってきた足跡を「客観化」し、自社に対する愛情、または失意を感じ、企業としてのアイデンティティを再認識するのではないか。

今後、M&Aはグローバルな業界再編に大きな役割を担っていく。また、小さな一つの企業で見ても、M&Aはその企業の「生涯」を決める重要な要素となる。M&Aにより現れるのは、各産業や企業の客観化された姿であり、その先には、新たな産業の創出や、企業の生まれ変わりがある。

研究員紹介

大仲 均(主席研究員)

コンサルティングやリサーチは、ゼネラリストとスペシャリストとしてのバランスが最も重要だと考えています。経営戦略の理論やマーケティング知識は当然必要ですが、さらに各業界の専門知識を持つことにより、クライアントの成長のサポートができるのです。矢野経済研究所の強みもここにあります。

専門分野

  • 食品その他消費財分野の各種コンサルティング及びリサーチ業務
  • 企業向け研修
  • M&A
  • ビジネスマッチング

主なプロジェクト実績

  • 大手海外食品メーカーの日本市場参入に関するコンサルティング及びリサーチ業務
  • 公的機関および金融機関での研修講師(企業の経営改善実習) など