アナリストeyes

儚きビッグデータ 1兆円市場に育つバズワード

2012年6月
主任研究員 忌部 佳史

大量データから金の鉱脈探し-裏切られる過度な期待

2012年、ICT業界で最も注目されているキーワードが、ビッグデータである。ITベンダー側の取り上げ方などが、ちょうどクラウドコンピューティングが登場したころに似ており、クラウドが当初そうだったように、新たなバズワードともささやかれている。クラウドは定着し、バズワードとは言われなくなったが、定義や中身があいまいなまま、言葉ばかり先行する現状は、クラウド初期のころと同じといってよいだろう。

ベンダー側からすれば、大容量・高速のマシンの販売にとってビッグデータ・ブームは願ってもないチャンスといえる。大いに便乗したいと思うのは当然のことだ。
一方、ユーザー側も、ビッグデータを活用した”まだ見ぬ金の鉱脈探し”に漠然とした魅力を感じている。しかもブーム化したことで、大量データから競合他社は”何か”つかんでいるのではないか、我々も遅れてなるものか、というような妙な切迫感が生まれているといえるだろう。

こうした中、2012年の4月に『2012 ビッグデータ市場 -将来性と参入企業の戦略-』を発刊した。同レポートのリリースでは、2011年度の1,900億円から、2020年度には1兆600億円になる市場規模予測を発表しており、一見すると順風満帆な市場というように見えるかもしれない。
しかし、リリースで発表したのは、長期にわたり成長しつづけたケースであって、レポートでは短期で成長が止まるシナリオも提示している。調査した側からの印象としても、クラウドと異なり、バズワードになりやすいキーワード、というのが率直な感想だ。

懸念されるのは、現在、ビッグデータが、ツイッターやFacebookにおけるマーケティング分析という点で語られすぎている点にある。そこに執着するようであれば、あまり大きな成長にはつながらないであろう。また、ビッグデータに対する根拠のない期待が高すぎるのも問題だ。“大量のデータを「ビッグデータ処理システム」なるブラックボックスに放り込むと、金の鉱脈が見つかる”というような期待が存在しているが、マイニング技術に詳しい専門家ほど、そうした意見には否定的だ。そもそも、よいアウトプットは良質な少ないデータからでも導くことが可能だし、大量のデータがあるからといってそれができるわけではないのである。

すでにマイニング経験のある企業にとっては、ビッグデータ技術はコスト低減技術だ。よって、採用は確実に進む。また、データハンドリングの経済性が向上するため、いろいろなトライができるようにもなる。そのため成功事例が増えるのは間違いないだろう。
しかし、だからといって、新たに取り組み企業が増えるかといえば、そのハードルは高いだろう。上述したような、ビッグデータを解析しさえすれば容易に金の鉱脈が見つかる、などというのは夢物語に近い。いまどきのユーザー企業は投資に慎重なため、簡単に失敗するとは思わないが、安易に解析系にチャレンジしたユーザーは投資を回収できずに終わるケースがほとんどだろう。

ビッグデータ技術が構造変革を促す

では、なぜ将来1兆円という予測に至ったのか。それは、ビッグデータ技術は構造変革を促すツールになりうると考えたためである。

ビッグデータ市場は、短期的には、売上向上やスピード経営といった個社の成長を目指した投資がほとんどになる。解析系は期待ほどに伸びずとも、スピード経営に貢献するBI系ツールの導入は伸びる。
そして、3年程度の中期的な影響としては、ビッグデータを活用した、業界構造変革につながるような競争優位を狙う投資が起こるだろう。すでにある事例としては、証券業界におけるフラッシュトレードがあげられる。CEP(Complex Event Processing:複合イベント処理)を使い証券業界では瞬間的に株の発注ができる仕組みが登場し、業界を一変させた。こうしたことが違う業界でも起こると考えられる。
また同時に、ビッグデータをクラウド経由で流通させ、データコスト低減を目指す動きも起きるだろう。ITベンダーの一部は、「データプロバイダ」としての役割も果たすことになるはずだ。

さらに長期的な影響としては、ビッグデータを活用した社会コストの最適化に期待が持てる。注目されているのはエネルギーであり、ビッグデータクラウドはスマートシティなどでは中核インフラとして採択される。さらには医療、教育、行政、製造などあらゆる局面でビッグデータ技術の活用が模索されることになるだろう。
こうしたときに、ビッグデータが果たす役割は、「需給最適化によるムダの削減」である。交通渋滞では11.6兆円のロスという試算もあるが、ビッグデータの活用により、需給バランスの最適化が図られることで、そうした社会コストの何割かが解消されることになるだろう。であるならば、これは十分投資に見合うソリューションといえるだろう。

いま、1ペタバイトのデータ量があれば、それは間違いなくビッグデータだろう。しかし、データ量は増え続けており、いずれはそれもビッグとはいわれなくなる。そう考えると、ビッグデータという言葉の儚さがイメージできはしないか。バズワードとして消えていくかもしれないが、ビッグデータがわざわざ”ビッグデータ”と冠されなくなる頃、それらは当たり前の技術として、我々の身近なシステムに活用されていることだろう。ビッグデータ・ブームが過ぎ去ったあとが、同市場にとっての本番なのかもしれない。

研究員紹介

忌部 佳史(主任研究員)

主に、エンタープライズ系ソリューションの市場調査、戦略立案支援などを担当。
主な自社企画資料としては、「業界/業際クラウドの現状と今後の展望」、「国内企業のIT投資実態と予測」などがある。