アナリストeyes
非市場財の経済価値評価の重要性
代表取締役社長 水越 孝
アベノミクス第2の矢の矛盾
機動的な財政政策、すなわち、政府による支出拡大というアベノミクス第2の矢は、需要押し上げ効果の「確からしさ」という意味において分かり易い。しかしながら、今、政策と現実の市場とのズレが、期待された経済効果の実現に影響を及ぼしつつある。
資材や人件費の高騰など供給サイドの能力と需要とのギャップは急速に拡大しつつあり、工事費高騰による公共工事の入札不調は看過できない状況となりつつある。既に平成24年度予算において3兆7千億円を越える繰越が発生しているという。
東日本大震災の復興需要の本格的な立ち上がりに加え、2020年の東京オリンピック関連の新規需要、南海トラフをはじめとする防災対策、整備新幹線、老朽化した社会インフラの補修・更新事業など公的セクターからの需要は目白押しであり、当面需給バランスが緩む要因は見当たらない。
そして、ここで問題となるのはこうした需給ギャップの拡大は単に公的予算の執行を先送りするだけでなく、民間建設投資をも抑え込む可能性があるということだ。もしも公共投資による需要創出が市場の資源配分システムを歪めているとすれば、言い換えれば、アベノミクス第2の矢が民間需要の自律的な成長を圧迫しているとすれば、まさに大きな皮肉と言えよう。
公共事業の事業評価の必要性について
今年度の一般会計総額は5兆9685億円、前年度費112.9%の増加となっている。ただ、会計システムの変更に伴う増加分を除くと実質的には前年度比1,022億円増、前年度比101.9%となった。消費税増税の影響も考慮するとほぼ前年度と同水準と言える。
重点投資は①国土強靭化計画の推進②都市圏物流の整備による国際競争力の強化③コンパクトシティ、ビジットジャパン事業の推進、海上保安体制の強化(海上保安庁)④復旧・復興関連事業など。国力の維持、強化という視点に立つと今日の日本にとって重要なテーマであることは否定しない。しかしながら、それゆえにそれぞれの事業の戦略的な優先順位付けが不可欠である。とりわけ地方公共事業は「活性化」という大義を背景に‘票’に結びつき易く、それだけに客観的、定量的な事業評価が必要となる。
公共事業の評価事例と民間企業への応用可能性について
国交省では、維持・管理、災害復旧関連事業を除くすべての事業について新規事業予算化の判断(事業採択評価)、事業の継続・中止の判断(再評価)、完成後の改善等の判断(事後評価)のための評価を実施している。
評価手法は事業ごとにガイドラインが出されており、例えば、河川・ダム事業であれば、評価項目を費用便益分析項目とそれ以外の評価項目に分けて行う。この場合、費用便益分析の対象となるのは想定される被害軽減期待額や水質改善効果などで、評価法は代替法、CVM、TCMといった手法で行われる。以下に評価方法の一部と評価事例を記す。
【非市場財の経済価値評価法と事例】
- 代替法:事業の効果を同様の効果を有する他の市場財に置換えて算出する
- CVM:仮想的市場評価法。
評価対象となる社会資本の整備等に対する個人または世帯の支払意思額をアンケート等で問い、算出する。 - TCM:トラベルコスト法。
対象となる非市場財にレクリエーションのために訪問するための旅行費用をもとに経済価値を算出する。
平成25年度再評価事例より
維持管理費
・直接利用価値:3,338億円
・間接利用価値:456億円
評価対象範囲
・飛鳥地区:110km圏
・平城宮:誘致圏を100kmに設定
→誘致圏人口:2,390万人
【精密進入の高カテゴリー化など】
施設整備、施設更新費、維持管理費
・航空利用者に対する効果:347億円
・供給者に対する効果:40億円
・残存価値:59億円
評価根拠
・深夜早朝時間帯における長距離国際線の便数:14便/1日
・事業後の航空機材の変化:B777-200ERからB777-300ERへ
国交省資料より抜粋、編集
評価手法の詳細はここでは割愛する。興味のある方は拙著「統計思考入門」(プレジデント社)を一読いただきたい。
ここでお伝えしたいことはCVM(仮想的市場評価法)をはじめとする非市場財の経済価値評価の手法は企業の事業評価においても活用可能であるということである。
企業の社会貢献活動はもちろんであるが、公益事業の規制緩和の流れの中で、現行公的事業の経済価値を評価することは事業投資に際して極めて有効なデータとなる。また、これまでになかった新しいサービスに対する潜在需要測定や実需化条件の検討など、投資対象としての事業価値評価やマーケティング戦略などに応用することも可能だ。
適用範囲や分析技術において独特のノウハウを要する評価手法であるが、現時点において市場が形成されていないビジネスに対して柔軟な評価が可能であるという点において可能性は大きい。
代表取締役社長 水越 孝
1989年株式会社矢野経済研究所入社。流通、消費財関連の専門研究員として、調査実績を積む。ヤノニュース編集長(流通、消費財、ファッション、スポーツ分野の経営情報誌)、スポーツ、レジャー、流通関連部門の本部次長、営業本部本部長、生活産業調査本部本部長、新規事業部門である戦略事業推進本部本部長、執行役員、取締役を経て現在に至る。社会環境、消費行動変化を定量的定性的に分析し、企業の経営戦略やビジネスモデル構築を支援するコンサルティングを得意とする一方、市場や事業構造に関する知見と経験をベースに大手企業の新規事業開発、CRM、SCM等のIT戦略にも関わる。