アナリストeyes
トリリオン・センサ革命の衝撃
主席研究員 日栄 彰二
エレクトロニクスの進展はそのスピードが問われることがあるものの、とどまるところを知らない。来るべき8nmプロセスルールの時代には我々の身の回りのエレクトロニクスも大きく変貌することが予想される。半導体の微細化によるデバイス側の一般的な進展方向は高機能化と小型化になる。これは各アプリケーションにおいて最適化されていくことになるが、膨大なセンサーが社会に散りばめられるようなIoT社会に向けたデバイス開発をイメージすると小型(小容量)化の加速となることが自然である。
トリリオン・センサ(TSensorsTM:Trillion Sensors)は米国半導体メーカーの企業人が主導して立ち上げたプロジェクトに端を発している。それは年間1兆個の大規模センサーネットワークを使用する社会「Trillion Sensors Universe」を目指しており、まさに革命的な変革を社会にもたらす可能性がある。このようなセンサーを駆使して作り上げる新しい社会システムを実現するには、さまざまな機器や設備に膨大な数のセンサーを組み込めるように、センサー自体が進化しなければならない。高機能であることはもとより、センサーのコストを下げること、消費電力を低減させること、小型化することなどが欠かせない要件となる。
このトリリオン・センサの実現に向けた有効手段としてMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術が着目されている。MEMSは2000年頃に国内ファウンドリーが登場し、長期大型の国プロにて基盤技術開発が進められてきた。そして、車載機器(エアバッグ、姿勢制御など)に始まり、ゲーム機やスマートフォン用のマイクロフォン、モーションセンサー(加速度センサー、ジャイロセンサーなど)にみられるようなキラーアプリケーションを次々と生み出すことで既に大きなマーケットを形成している。
しかし、トリリオン・センサが本格的に市場展開を果たせばこの比ではない。
矢野経済研究所では2040年の数量ベース世界市場規模を2015年の約1,800倍となる約43兆個と、驚くべき成長を予測している。過程としては2030年までの伸張が急激で、その後はやや穏やかな増加に転じるとみている。需要分野を大別すると、電子機器や医療・ヘルスケア、自動車、社会インフラなどが多くの部分を占めることになる。当然、この間価格低下が進むので、金額ベースのそれは約24倍で、次第に飽和傾向を強めていくことになるが、それでも魅力ある市場であることは間違いない。
想定しうるセンサー例は物体検知やひずみ、加速度、音波・音声、温度・湿度・熱、光、電磁気と枚挙に暇がない。さらに複数機能の集積も必要になるはずである。この点でもMEMSは電気的信号のみを扱う半導体とは違い、電気的信号と機械的操作の両方を扱う点で適している。
また、将来的には半導体の3次元積層化も含め相当の小型パッケージとなることが見込まれ(100μmレベル)、バッテリーはもちろん電極配置も難しいと思われるので必然的にバッテリーレス、そしてワイヤレスになるはずだ。
電源供給に関しては一時期日本がリードしていたエネルギーハーベスティングが改めて注目されており、今後の競争激化も考えられる。そのエネルギー源には力学的エネルギーや熱エネルギー、光エネルギーなどがあるが、電磁波エネルギーも注目されている。これは空間に広く薄く存在する電磁波が対象になり、具体的には放送・通信や無線LANなど、屋内外問わずさまざまに飛び交う電磁波を用いて電力をハーベストする技術が開発されている。
ただ、このトリリオン・センサ構想が世界で明らかになった時、日本のアカデミックや産業分野の反応は鈍かったようだ。日本はWIPO(世界知的所有権機関)による昨年の国際特許出願件数において中国に抜かれ3位になっているように、先々の科学技術プレゼンスを危惧する声も多い中、この反応は意外にみえる。科学技術関連のプロジェクト金額や研究者数などを物差しとした場合においても先の光明は見出しづらいと思われる。その日本にとってアドバンテージを活かせる分野のひとつでもあるこの領域の次代に向けた取り組みに対し、座して待つ選択肢はない。MEMSセンサー技術では世界のトップランナーであるので、トリリオン・センサは日本が浮上できる最後のビッグチャンスかもしれない。