アナリストeyes
りんごのクルマ
主任研究員 池山 智也
私の部屋にはブラウン管テレビが置いてある。ブラウン管と聞いても今の若い世代には馴染みが薄く、ブルーハーツの「青空」の歌詞に出てくる「ブラウン管の向こう側」の方が知っている人が多いかもしれない。テレビの視聴が少なく録画した番組が中心なので、地上波デジタル放送に移行した後もブルーレイレコーダーを接続して現役を続けている。購入したのは2001年だと記憶しており、すでに17年以上が経過しているが故障の1つもない。さすがに地デジを見ると画面サイズ(4:3)であるために映像の端が切れてしまうが問題ではなく、故障をしないことが大きな利点である。リビングの42インチの液晶テレビ、2台のブルーレイレコーダーは、製造メーカーは言えないが購入後5年程度で引退に追い込まれている。
2000年以降、半導体デバイスを搭載したデジタル機器がアナログ機器を置き換えていった。ブラウン管テレビから液晶テレビ(直近では有機ELテレビ)、ビデオデッキからブルーレイレコーダー、携帯電話はフィーチャーフォン(ガラケー)からスマートフォンに進化し、私達のライフスタイルは大きく変化している。特に衝撃的だったのが2008年の米アップル社のiPhoneの登場である。当時、私は電子デバイスの調査を担当しており、旬なデバイスに加速度センサー/角速度センサーがあった。ちょうどMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)と呼ぶ半導体技術を使ってセンサーが大幅に小さく、安くなった時期であり、そのため様々な用途や機器での採用が見込まれていた。あるメーカー担当者は「加速度/角速度センサーを搭載することでユーザーインターフェースが直感的になり、携帯電話のボタンがなくなりますよ」と2005年頃に話していたのを憶えている。この言葉の通りMEMS加速度センサー、タッチパネル等を搭載したiPhoneが登場し、携帯電話はスマートフォンが主役となり、4年後の2012年にはスマートフォンがフィーチャーフォンの市場規模を上回る。スマートフォンの高性能・多機能化も進展を続け、音楽プレーヤーやカメラ、動画再生、インターネットブラウザ、電子メール機能などを取り込み、「携帯電話=通話」から大変革を遂げた。特にアプリを追加するだけで様々な機能を使えるようになったことで、個人が持ち歩く情報バンクと化している。
そして、同様のことが自動車にも起きようとしている。「自動車産業において100年に一度の大変革」と呼ばれるCASE(ケース)は2016年に開催されたパリモータショーで独Daimler社の講演で使われた造語である。「Connected(コネクテッド)」、「Autonomous(自動運転)」、「Shared & Services(シェアリング)」、「Electric(電動化)」の頭文字をつなげた言葉であり、現在クルマメーカーが直面している技術やサービスである。Cのコネクテッドが実現することでクルマはIoT(Internet of Things)の1つとなり、様々な情報のやりとりが発生する。例えば、自動運転における走行記録や自車位置情報の収集、地図データやソフトウエアのアップデートであり、さらに各種サービスと結びついてシェアリングカーの利便性向上にもつながる。米TESLA社ではソフトウエアのアップデートをコネクテッドによって行うOTA(Over The Air)を他社に先駆けて実現しており、2018年11月にソフトウエアはバージョン9.0に更新されている。これはスマートフォンがOSをアップデートする仕組みと同じであり、2020年以降の5G(第5世代移動通信システム)の実用化により、コネクテッドと自動運転、シェアリングサービスの融合が加速する。並行して環境規制・低燃費に向けた電動化の技術革新と市場投入も進み、コネクテッド・自動運転機能を搭載したEV(電気自動車)がシェアリングサービスを目的として都市部を走行する。そして、このブルーオーシャンの市場の覇権をめぐって、クルマメーカー、自動車部品メーカーだけでなく、ITや通信、半導体などの大手メーカー、ライドシェアやAI、ソフトウエアなどのスタートアップメーカーなども新規参入し、買収や提携などが進んでいる。
2008年のiPhoneの発売から10年以上経つが、当時のアップル社の勢いをみて「次はりんごのエンブレムを付けたクルマをつくるかもしれないね!」と冗談で言っていたことを思い出した。今クルマ業界に起こっている新潮流を見ていると、新しい元号で生まれた人達が20歳になる頃には、iPhoneで呼び出した「りんごのクルマ」が成人式まで無人運転で送迎してくれる時代がくるかもしれない。