アナリストeyes

テレワークは一日にしてならず、その理想と現実

2020年4月
主席研究員 小林 明子

新型コロナによる外出自粛で実感するテレワークの課題

本稿を執筆している2020年4月初頭、世界がコロナ渦のただ中にあり、これに触れずに済ますのにも違和感がある。IT業界を担当する研究員として、コロナ渦の影響による働き方の変化について考察する。
政府や自治体から外出自粛要請が出され、海外でもジョンソン英首相の印象的な「You must stay at home」というメッセージのように、各国で集会や外出を控えるよう呼びかけられている。IT業界は、働き方改革により以前から日常的にテレワークを行っていた企業が多く、2月の段階から早々に面談や記者会見の多くがZoom、Skype、Teamsなどのツールを使ったWeb会議に変更され、先方の対応はいたってスムーズだった。弊社の研究員は、社外の人と会って話を聞くことが仕事の中心であるのだが、Web会議の活用により仕事を止めず3月の年度末を迎えることができた。
さて、矢野経済研究所では4/1から全社員が在宅勤務を実施可能となった。弊社は正式な在宅勤務制度はなく、臨時措置である。我が事として体験すると、準備がない企業が明日からテレワークに切り替えられるわけではないと実感する。テレワークの障害は案外多い。まず、固定電話やFAXの利用、紙の書類提出や捺印による承認などは即ちオフィスに人を縛り付ける。また、IT環境も問題である。ノートパソコンがあればよいというだけではなく、セキュリティの確保やルール作り、ネットワークなどインフラの整備と強化、業務システムや共有データなどへのアクセス方法の確立、社員の自宅の環境の確認や通信費などコスト負担の支援などが必要となる。人事管理や制度面では、就業時間の管理、業務状況の管理、コミュニケーション不足などが懸念される。多くの企業で、弊社と同様の状況が起きているのではないだろうか。
まさに、「テレワークは一日にしてならず」である。働き方改革の調査で先進的な取り組みを行っているIT企業に取材したところ、何年もかけて経営やマネジメントと現場の社員双方のマインドセットの変革に取り組み、多様な働き方ができる環境を構築し、試行錯誤する中で様々な課題を解決してきたのだという。

「コロナ後」に新しい働き方が定着するか

メディアでは、これを契機にテレワークの利用が促進すると予想する論調が目立つが、「コロナ後」にテレワークは定着するだろうか。それとも一過性のトレンドにすぎないのだろうか。
コロナ以前、世界で最も少子高齢化が進み、先進国の中で労働生産性が最も低い日本で、テレワークは働き方改革の一環として推進されてきた。更に、現在ではBCP(事業継続計画)の観点での重要性も高まっている。新型コロナが終息したとしても、いつまた別の感染症が起きるかもしれないうえに、災害大国の日本で今この瞬間にも大地震が起きない保証はどこにもない。振り返ると2011年の東日本大震災では交通の混乱や余震のリスク、電力不足などによって働き方の見直しとテレワーク活用の機運が起きた。今、コロナ渦にスムーズに対応できていない企業は、3.11の教訓を生かせなかったともいえるだろう。
また、実際に大勢が強制的、臨時的にせよテレワークを経験したことによる意識の変化も想定される。毎日決まった時間にオフィスに来て働かなくても、会議室に全員が集まって打ち合わせをしなくても、問題なく業務が廻るだけではなく、通勤や移動時間の調整などが不要で効率が良いなど、テレワークのメリットを実感したのではないだろうか。企業のみならず自治体でも、一過性の取組に終わらせないという動きが出ている。千葉市の熊谷市長は「私達の社会はこれまで『人を集めこと』『人が集まること』に価値を置いてきた。大きな価値観の転換を迫られている。」とコメントし、行政のデジタル化、オンライン学習環境の整備、企業のテレワークによる生産性向上などの指針を掲げた。
社会が他の選択肢がないほど差し迫った状況になると変化は加速する。早く普通の日常が戻ることを願うばかりだが、コロナ渦が終息した後の「普通」は、色々な点でこれまでとは違うものになるだろう。働き方がその一つとなるかを注視したい。個々の企業において、この機に多くの課題を乗り越え、働き方を変革することができるかどうかが問われている。今着手しても定着するまでには長い時間がかかることを考えると早すぎるということはない。