アナリストeyes
日本のアパレルメーカーの世界進出は見果てぬ夢か
主席研究員 松井和之
新型コロナウイルス感染症が拡大する2020年2月以前から、アパレルメーカーの業績は長期低迷していた。昨年はコロナ禍が決定打となり、かつての最大手アパレル・レナウンが姿を消した。三陽商会はバーバリーを失った2016年以降低迷し、オンワードホールディングスは大規模な店舗閉鎖と同時にEコマースシフトを大胆に進めて糊口をしのぎ、ワールドはアパレル産業におけるプラットフォーム化を目指しているが、売り上げ不振が深刻化し思うように捗らず、TSIホールディングスは新社長のもと、グループ再編を進め、構造改革を進めている。昨今の新聞やメディアのアパレル業界への窮状報道は過去にないほどの頻度と痛烈さだ。
コロナ禍以前から、アパレル産業の大量不良在庫の問題がメディアに取り上げられ、現行のビジネスモデルはもはや無理筋で、刷新する必要があると、外部の識者、専門家は指摘していた。その包囲網の大義名分は主には環境負荷や人権擁護の観点からだった。環境負荷とは大量の不良在庫を焼却処分し、製品を生産する際の水、エネルギー、労働力など、資源をまったくムダにしている点、そのムダなものを作っているビジネスモデルからでは温室効果ガスは削減されない。つまり地球温暖化を助長していること。
人権擁護とは2013年4月にバングラデシュの縫製工場がある商業ビル「ラナ・プラザ」の崩壊によって、1,100人以上の死者、負傷者2,500人以上を出した大惨事を一つの重大な契機として、サプライチェーン上で人権を脅かす危険性等に対し、国際機関や人権団体などが警告していくのは、国際的なトレンド趨勢である。国内でも経団連の「企業行動憲章」において、2017年に人権の尊重が追加された。生産国での人権侵害が深刻さを増し無視できない状況になっている。
アパレル業界外からの指摘によって、ビジネスモデルの転換が求められていたのだが、目下のコロナ禍で、アパレル業界が自発的にビジネスモデルを変えていかないと生き残ることが間違いなくできない局面を迎えている。
新型コロナウイルス感染症拡大によって、人々の生活様式が変わった。ウィズコロナの今、コロナ前の消費量を10とすれば、今は7~8の水準であり、コロナ前の生産量を維持していたのでは、さらに大量不良在庫が積み上がる。現行のビジネスモデルのまま事業継続していくことはもう“詰み”なのだ。
そんなアパレル製品の需要予測は、天候、トレンド、シーズン、生活様式の変化などが複雑に絡み合い、不確定要素が多く、難易度が高い。以前、経済新聞の記者から、上場アパレルの決算報告会の席上で経営者が堂々と、天候不順や異常気象を売り上げ不振の要因であると述べたことにあきれた、と困惑顔でつぶやかれたことがある。天候や気象条件は所与の前提であり、記者にとっては子供じみた言い訳のように聞えたのだろうが、アパレルメーカーの経営者からしたら、しごく真面目に答えているのだ。
このようなアパレル製品をシーズンごとに一定量、店頭に陳列していくためには、見切り生産によるしかない。期中での生産対応もしていくが、シーズン立ち上がりの投入総量よりも少ない。シーズンの立ち上がりに店頭に商品が揃っていなければ商売にならないのだ。
アパレル製品の不良在庫を削減し廃棄量を減らすための方法は考えるに以下の5つであろう。
1.見込み生産から受注生産の比率を高める
2.需要予測の精度を上げる
3.二次流通にをスムーズにかつ適時適所に展開する
4.衣料品廃棄に関する規制を高める
5.環境配慮、資源節約を法制度化する
1~3はアパレル業界、企業の自助努力によるもの、4~5は政府や団体など外部からの規制である。しかし、外部からの規制を強化したところで、アパレル業界、企業の自発的な努力がなければどうにもならない。アパレル業界、企業の自発的改善と政府・団体の規制が相まって、衣料品不良在庫、廃棄量の削減が最大になると理解すべきである。
ただ実は、この5つの取り組みは廃棄物ありきの経済活動であり、世界的に見ると、さらに進んだ取り組みが求められている。これまでの廃棄物ありきの経済活動は一般にリニア・エコノミーといわれ、川上から川下まで直線的に流れ、最終顧客がモノの所有者となる点が特徴である。
これに対し今求められているのはサーキュラー・エコノミーという廃棄物や環境汚染を発生させないことを前提にしている経済活動である。サーキュラー・エコノミーのもう一つの特徴はモノの所有者は作り手側である点で、作り手にモノの責任がついて回る。
EUは昨年3月にこのサーキュラー・エコノミー・アクション・プランを新たに発表し、2030年までにEUの域内総生産(GDP)を0.5%上積みさせ、約70万人の新規の雇用を創出できると試算している。繊維製品は分業体制でありバリューチェーンが複雑だが、包括的なEU戦略を提案すると、EUは発表している。
このようなトレンドの潮流が一過性で終わってしまうとは考えにくい。EUにとってサーキュラー・エコノミーへの転換は国際的な競争力向上のための生き残り戦略であるからだ。
日本のアパレル業界がいま改革を求められているのはリニア・エコノミーにおいてムダや廃棄物を極力出さないビジネスモデルへの転換である。一方、世界はその二歩も三歩も先を見ている。
こう考えると、グローバル化が進む中にあって、日本のアパレル企業が世界市場で活躍する日は果たしていつの日になるのか、といわざるを得ない。