アナリストeyes

ビジネスアイデアの着想・発想にも多様性は必要だ

2022年8月
未来企画室
主任研究員 品川郁夫

ビジネスでのアイデア出しは顧客課題の解決策検討かブレスト実施が一般的

最近私が読んだ書籍の一つに「マッキンゼー 新規事業成功の法則」(野中賢治・梅村太朗 著、日本経済新聞出版、2022年7月7日発売)がある。新規事業に関する書であり、その特徴は“大企業の新規事業”にフォーカスしている点だ。
本書冒頭の、“はじめに”には『これまで、起業を支援するような書籍は世の中に数多くあったのですが、これらは必ずしも大企業を主語にした新規事業の立ち上げについて、正面から取り上げているわけではありません。(以上、本書から引用)』という一文がある。これはまさに「正鵠を射る」ところで、当社の過去の新規事業立ち上げに関する支援経験からも、一口に新規事業といっても、その求められるところや、諸条件が様々で、一律、一様な方法で進められるものではないと感じている。大企業の新規事業で求められるところや狙い、在り方などの全体的なポイントは、本書に譲るとして、ここでは、その最初、アイデアの発想、着想だけにフォーカスしたい。
このアイデア発想、着想の方法に限っても、ある一様な方法論しか書籍等から学ぶことができない傾向にある。また実際の現場においても、ビジネスのアイデア出しを企業内で行う場合、多くは明らかになった顧客課題の解決方法の検討を行うか、ブレーンストーミング(以下、ブレスト)を行うかのいずれかであろう。

マーケティング論同様にアイデア出しの方法論は“消費財でこそ”となっている

このうち、前者は地に足の着いた実直な方法であり、いずれの事業者のアイデア検討においても有効となるのは間違いない。しかしながら、足元の課題解決という狭い領域でのアイデア検討であり、その結果は、実現性の高い、改善レベルのアイデアにつながることが大半となる。
一方、後者は、これまでとは違う視点、まったく新しい何かの事業(すなわち新規事業)でのアイデア出しの場でよく行われる。いわゆる”リープフロッグ”的なアイデアが求められるシーンもその1つだ。しかし、このような企業内ブレストを通じて、どれだけ有効なアイデアが生まれているのであろうか?あくまでも肌感覚となるが、多くの場合、アイデアらしきものは出ても、本当に使える、新規事業につながるようなアイデアが生まれることは、”ほとんどない”のではなかろうか?
ブレスト以外にもアイデア出しの方法論は、様々に考案されており、書籍やインターネット等でその方法論について学習することもできる。しかしながら、これらはあくまでもフレームワークであり、いずれも運用者(ファシリテーターや参加者)の経験値・知識量によって、質が大きく左右される。また、それぞれに適する利用シーンなどもあるが、それらについてさほど理解されることはない。そして何より課題となる点として、これら多くのアイデア出しは、比較的消費財に向いている方法論であり、産業財の場合はあまり向かないことである。とりわけ冒頭にあった、大企業の新規事業にフォーカスした場合はそうであろう。
このような状況は、いわゆるマーケティング論の考案、普及の状況と概ね同じと考える。マーケティング論は、消費者を顧客とする消費財を中心に発展してきており、その書籍や学びも暗黙知として消費財を対象としていることが一般的である。近年、産業財にフォーカスしたマーケティング論なども少しずつ出てきてはいるが、マーケティングと言えば、いまだ圧倒的に消費財を前提としている。

産業財の場合など、アイデア出しにも多様性が求められる

少し話は脱線したが、それではなぜ、産業財の場合はブレストのようなアイデア出しが有効に機能しないのだろうか?この背景には、産業財の場合、コストパフォーマンス(以下、コスパ)が何よりも重要ということがある。すなわち、どれほど良いアイデアでも、コスパが悪ければ事業として成立し難いのだ。また、消費財ならば、購買活動が感情に左右されることも割とあるが、企業購買の場合は、それはほとんど期待できないという大きな違いがある。
そしてこのコスパに視点を置くと、主に顧客企業の“収入拡大”につながるか、“費用削減”につながるかの大きく2つのタイプのコスパがある。もちろんいずれのコスパにも、直接的、間接的、あるいは短期的、長期的など様々なケースはあるが、集約していくといずれかになることが多い。
となれば、やはり自社が持っている経営リソースの活用がキーとなり、どのような経営リソースを、新たにどのようなシーンで、どのような形で活用するか?を考えることこそ、使える新規事業アイデアへの最短経路となる。
ブレストなどのアイデア出しの方法論も、一様ではなく、これらを踏まえつつ、工夫することが肝要ではないだろうか。いわば、アイデア出しの方法でも、一様ではなく、多様性が大切だということだ。