2018年 未来の輪郭をより確かなものに!
~創立60周年、次の60年に向けて~
株式会社矢野経済研究所
代表取締役社長 水越 孝
輪郭が見えてきた未来
~研究体制の強化とリスクへの備えを
2017年は次世代自動車と人工知能(AI)が“研究開発段階から事業投資のフェイズへ”完全に移行する転換点となった。英仏そして中国が国家戦略として内燃機関から次世代自動車へのシフトを表明したことの意味は大きい。これにより技術とコストにおいて先行する電気自動車(EV)への流れが決定づけられた。一方のAIも“概念実証”実験にとどまらず医療、自動運転、ドローンなど実用レベルの社会実験が本格化、加えて“AIスピーカー(=スマートスピーカー)”が民生市場を一気に開拓した。
国内需要の縮小が避けられない日本にとって生産性の向上と高付加価値化は国家としてのプレゼンスを維持するための絶対条件であり、したがって、先端領域において後塵を拝すわけにはゆかない。
政府は2018年度の一般会計予算に第4次産業革命の基幹テクノロジーであるAI、IoT関連予算として前年比5割増の614億円、2017年度補正予算と合わせて715億円を計上した。とは言え、経産省、文科省、総務省、国交省、内閣府と事業予算は分散しており事業効率と戦略性という点において疑問が残る。
2017年の衆院選では教育の無償化が問われた。しかし、高等教育における問題の本質は供給過剰状態にある大学、選抜機能の形骸化、研究基盤の脆弱さ、教育の質の低下にあると言え、優秀な学生に対する経済支援は本来これらと一体的に検討されるべきである。
また、先端産業における国際競争力の強化という視点に立てば、乱立した助成制度や官民ファンドの非効率さも問われるべきだ。国が果たすべき役割は科学技術立国としての長期ビジョンの構築、高度な研究基盤の整備、そして、人材の育成、に尽きる。その意味において国の役割と戦略性をもう一度問い直す必要があろう。
第4次産業革命によって実現する未来の輪郭は少しずつ見えてきた。一方、急速な技術革新はプレーヤー間の覇権争いと既存フレームとの衝突を誘発する。
経産省は「新産業構造ビジョン~第4次産業革命をリードする日本の戦略」の中で、“第4次産業革命はグローバルな高付加価値部門を創出し、生産性の向上による労働人口の減少を克服、所得水準は向上する。したがって、安定したジリ貧より痛みを伴う改革を”と主張する。間違いではない。そう「痛み」を伴うのである。
テクノロジーの急激な転換は既存産業の存立基盤を脅かす。自動運転にはグーグルやマイクロソフトなど巨大IT企業が名乗りを上げる。EV市場にはダイソンやヤマダ電機が新規参入を表明した。そして、そのEVも、パソコンがそうであったように遠からずモジュール化し、急速に汎用品化してゆくだろう。そうした中、53兆円の産業規模と500万人の就業者から成る自動車産業は根本的な構造転換を強いられる。
AIも然りである。社会全体の生産性は劇的に向上するだろう。しかし、AIとロボットに代替される部門では多くの国民がそこに取り残される。グローバル化とAIによる生産性改革は新たな格差を国内に生み出すリスクを孕んでいる。
私たちはこうした社会リスクを見据え、長期的な視点から未来を設計する必要がある。日本が人口置換率2.07を割り込んだのは1974年である。その延長線上にある“今”はその時、既に見えていたはずである。あまりにも長きにわたる無策と楽観の連鎖が、私たちが抱える構造問題の根底にあることを忘れてはならない。
グローバリズムの反動を乗り越え、
新たな社会の構築を目指す
技術革新がもたらす未来の形が現実のものになってゆく状況にあって、その前提となる社会の安定が揺らぐ。
トランプ氏率いる米国は“アメリカファースト”の公約どおりTPPから離脱、多国間貿易協定を否定し、パリ協定に背を向け、エルサレム宣言で世界の分断を助長し、その1年目を終えた。まさに“ゲームチェンジャー”であるが、その子供じみた言動と国連における孤立が米国の劣化を象徴する。
そんな米国を横目に“自由貿易の盟主”を表明し、“国連憲章の核心を守る”と中国が宣言する。とは言え、習氏の対外姿勢の本質が“中華民族の偉大な復興”であることは周知のとおりであり、国内にあっては国家安全法とインターネット安全法で統制を強める。そして、日本もまた東アジアの危機を背景に特定秘密保護法と安全保障関連法で身構える。
世界は今、過度なグローバリズムに対する反動の中にある。世界が“自国ファースト”に閉じてゆきつつある。
しかし、排外的なポピュリズムの流れは結果的に萎縮と停滞を招くだけだ。私たちはもっとその先の未来を構想すべきであり、世界とその価値を共有できるはずだ。
経産省は次世代の中核技術を“CI(=コネクテッドインダストリー)”と位置づけた。まさに“つなぐ”ことが社会の基盤であり、その核心は“開く”ことにある。
当社は今年、第60期という節目を迎える。この先の新たな60年を視野に、自由で多様性に満ちた高質な社会づくりに貢献してゆく所存である。
ご指導、ご鞭撻のほど、くれぐれもよろしくお願い申し上げます。