2020年 未来はここから始まる。今すぐ行動を!
株式会社矢野経済研究所
代表取締役社長 水越 孝
世界は未だ正気の中にある
若い警官が放った移民への一発の銃弾がフランスを崩壊に追い込む。そんな近未来を描いた小説「ゲリラ」(ローラン・オベルトーヌ、臼井美子訳)を読んだ。
不条理な暴力と騒乱の中、わずか3日間で国家はその機能を喪失する。 あらゆる秩序と日常が破壊された“狂気”の3日間の果てに残されたのはいくつもの“ただの命”であり、“ゲリラ”を名乗ることに決意を秘めた幼子も“結局のところ誰にも分からない先のこと”を象徴する存在に過ぎない。
2020年は米大統領選挙の年である。自国第一主義を大義に“分断”を肯定し、世界の不安定さを高めてきたトランプ氏の再選はなるか。
果たして“先のことは分からない”。そして、就任から昨年までの3年間を総括するには時期尚早であろう。しかし、少なくともこれまで置き去りにされ、先送りされてきた世界の課題や矛盾が、多くの場合、事態を更に悪化させることで、もはや座視出来ない問題として浮き彫りになったことは彼の功績である。
ただ、それらの功績、言い換えれば、混迷あるいは困惑はいずれも単発の“ディール”の積み重ねであって、一貫したビジョンの欠落が米国の戦略に隙を与えている。トランプ氏以後を見通す手掛かりはそこにある。
11月20日、米下院は香港人権・民主主義法案を可決した。米中貿易協議という“ディール”の成果を急ぎたかったトランプ氏は署名に消極的だったという。しかし、賛成471、反対1という票数を前に同意せざるを得ず、法案は無事成立した。議会の形骸化が世界中で指摘されて久しい。トランプ氏の弾劾訴追も一種の政治ショーと言えるだろう。しかし、香港関連法案における米議会の一貫した対応はまさに民主主義の厚みと米国が未だ“正気”の中にあることを世界に示した。
見えてきた「その先」の世界
そうは言っても世界は今も不安定だ。しかし、“不安定後”の世界も少しずつ見えてきた。
12月10日、トランプ政権はNAFTAに代わる新協定USMCAの修正案について民主党と合意、米議会は法案の批准手続きに入った。メキシコ、カナダもそれぞれ議会承認の段階にあり、この春には新協定が発効される。
しかし、北米向け生産拠点をメキシコ国内に置くメーカーにとってUSMCAはコストアップ要因であり、したがって、もろ手を上げて歓迎というわけには行くまい。とは言え、最大マーケットにおける不透明要因が解消されたことは前進である。
12月12日、英国の総選挙はジョンソン氏率いる与党が圧勝した。次はEUとの貿易協定である。こちらも難航が予想される。一方、残留派との分断も懸念される。スコットランドでは連合王国からの分離の動きが再燃する。北アイルランド問題も残る。ただ、この3年間硬直化してきたBREXITの行方は定まった。ここが欧州の未来を考える軸であることは間違いない。
RCEPも動き出す。参加各国は年内の署名に向けて国内手続きに入る。最終局面で自国の産業保護に転じたインドを欠くスタートになったことは残念だ。それでも新たな自由貿易圏がアジアに誕生することの意味は大きい。
北米、欧州、アジア、それぞれにおいて不透明だった外部条件のカタチが少しずつ見え始めてきた。企業の積極的な行動に期待したい。先手を打つ絶好のチャンスである。
理想を掲げ、実現に向けての行動を
12月11日、スペインで開催されたCOP25、グレタ・トゥーンベリさんは「希望はあります。私たちは変わることが出来ます。私たちに待っている時間はありません」と呼びかけた。
その前月、38年ぶりに来日したローマ教皇は長崎、広島を訪問、「原子力兵器の使用は人類に対する犯罪行為」と明言するとともに核の傘の偽善性を批判した。また、「今、行動しなければ、私たちは“平和について話すだけで何もしなかった人々”と次の世代から非難されるだろう」と語り、「二度と繰り返さないためには“記憶する”ことが大切である」と訴えた。
英ジャーナリストT・フィリップス氏は自著「とてつもない失敗の世界史」(禰冝田亜季訳)で、同じ過ちを何度も繰り返す植民地時代の“英雄”たちの行動様式を次のように記述した。
“妄想や物語で自身を欺き、過去にしてきた行為の辻褄を合わせ、過去の記憶をごまかし、何万もの記録を組織ぐるみで破棄し、文書をまとめて燃やし、海に投げ捨て、歴史を消し去ったうえで、集団で忘却する・・・”。
歴史を記憶し、事実に向き合い、実現したい理想を語り、実行プランを作成し、行動を起こせ! これが16歳のグレタさんと83歳の教皇からのメッセージである。
経営者も同じだ。現実を受け止めているか、未来における自社の姿を描けているか、実現に向けての施策はあるか、会社を存続させ、事業を成長させてゆくことの意味はどこにあるのか、前へ踏み出せているか、私たちはもう一度自身に問う必要がある。
先のことは分からない。しかし、不安定さは終わりを意味しない。
「未来はここから始まった」、近い将来、そう振り返ることが出来る、そんな年にしたい。
本年もご指導、ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。