2021年、“短縮された未来”を追い越し、再び輝きを

新年おめでとうございます。
年頭にあたり謹んでご挨拶を申し上げます。

株式会社矢野経済研究所
代表取締役社長 水越 孝

未来は一挙に短縮され、目の前に立ち現れた

ちょうど一年前、USMCA、BREXIT、RCEPなど、世界の新たな枠組みに関する協議が進展した。こうした状況を踏まえ、筆者は2020年の年頭所感に『不確かだった世界の輪郭がようやく見えてきた』、『未来はここから始まった、近い将来、そう振り返ることが出来る、そんな年にしたい』と期待を込めて書いた。
しかしながら、新型コロナウイルスが世界の様相を一変させる。
湖北省武漢市から始まった“原因不明の肺炎”に対して、世界が想定した当初のリスクは中国を起点としたサプライチェーンへの影響と中国人旅行者によるインバウンド需要の喪失だった。しかし、ウイルスは一気に国境を越え、世界はパンデミックの危機に覆い尽くされる。昨年12月20日時点で世界の感染者は7629万人、死者は160万人を越えた。

日本も依然として感染収束に見通しが立たない。加えて、危機に際して露呈した行政機構の機能不全が社会不安と政治不信を助長する。とは言え、少なくともデジタル化の必要性を組織的に認識させることとなったとすれば、“周回遅れを取り戻す契機となった”という意味において、せめてもの成果と言っていいだろう。
レナウン、中合福島、青森国際ホテルなど老舗企業の破綻、閉鎖も相次いだ。しかし、原因は新型コロナウイルスではない。ECチャネルへのシフト、百貨店の競争力低下、中間層の崩壊、地方経済の縮小など、予見された通りに進行している構造変化への対応の遅れと自己変革力の欠落こそが問題の本質である。
一方、全体としての企業倒産は件数、負債総額ともに過去30年間で最低水準である。政府系金融による危機対応融資が企業の資金繰りを下支えした。9月末の保証債務残高は282万件(前年比124%)、35兆720億円(前年比170%)に達する。
しかしながら、中小、個人事業主の休廃業が止まらない。1-8月期に休廃業・解散した企業は3万5千社を越える(東京商工リサーチ調べ)。9月末時点における自営業主の休業者数は前年同月比18%増、26万人となった(労働力調査)。
コロナ禍という未曾有の事態にあって制度金融は実質無利子、無担保、返済据置、長期貸付など手厚い支援を用意した。それでも休廃業が加速する。なぜか。
2017年、経産省は「今後10年間で245万人の中小企業経営者が70歳を越え、そのうちの6割に後継者がいない」との調査結果を発表した。そして、こうした中小企業の休廃業によって「GDP22兆円が喪失し、650万人の雇用が失われる」と警告した。
そう、果たして70歳を越えた、後継者不在の経営者が、この情勢下にあって新たな長期負債を背負うであろうか。つまり、2017年時点で予測した「今後10年間」が、新型コロナウイルスによって一挙に前倒しされたということである。

キーワードはSDGs、未来はチャンスに溢れている

パンデミックは構造変化に向けての猶予期間を奪った。しかし、変化のベクトルそのものが変わったわけではない。であれば、シンプルに「変化が早まった」と受け止めるべきであろう。
オンライン化の流れは必然である。在宅勤務の定着は働き方の選択肢を一挙に広げた。流通、教育、医療、金融、ものづくり、エンターテインメント、あらゆる分野でデジタル化が進む。住まい方も変わる。5G投資は一気に加速するだろう。AI、DX、IoT、ビッグデータはあらゆる産業のKFS(成功要件)だ。
BCP(事業継続計画)の強化も急がれる。生産、調達、販売、物流網におけるリスクが再度洗い出され、ネットワークの分散がはかられる。ビジネスモデルそのものの多様化や多層化も進むだろう。効率化一辺倒の「選択と集中」戦略は曲がり角にある。
チャイナプラスワンと海外拠点の現地化も加速する。有望地域はベトナム、インドネシア、そして、インド、アフリカだ。
CASE、MaaS、脱炭素、新素材、ロボット、先端医療、仮想通貨、シェアリング、リサイクル、植物由来食品、スマートシティ、ハラール、宇宙、、、成長機会は無限だ。“リアルの再価値化”という視点も見落としてはならない。
そして、これらをつなぐ世界共通の価値体系がSDGs、企業経営の言葉に置き換えればESG(環境、社会、統治)である。コロナ禍の最中、昨年の株主総会で機関投資家が注目したのは企業の持続可能性であり、問われたのは社外取締役の独立性、ダイバーシティ(女性役員比率)、上場親会社からの独立性、そして、環境や社会への貢献である。

今秋、COP26が英国グラスゴーで開催される。昨年末その前哨戦とも言える会議がパリで開催され、70を越える国、地域が競うように脱炭素社会へ向けての取り組みをアピールした。米国もパリ協定に復帰するだろう。“2030年”、“2050年”をマイルストーンとする脱炭素社会に向けてのイノベーションは更に前倒しされる可能性が高い。
今や世界のESG投資残高は35兆ドルに迫る。企業価値の評価軸は変わった。パンデミックがこの流れを加速する。早まる未来をいかに取り込むか。チャンスは無限である。

本年もご指導、ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。