2022年、地方は自らの価値を再定義し、新たな資本形成を

新年おめでとうございます。
年頭にあたり謹んでご挨拶を申し上げます。

株式会社矢野経済研究所
代表取締役社長 水越 孝

“短縮された未来”を前に構造問題を先送りしてはならない

新型コロナウイルスの1日あたり新規感染者は、東京オリンピック閉会後の8月20日の2万5868人をピークに減少に転じ、12月初旬にあって100人台の日が続く。とは言え、第5波の猛威の中、医療体制が崩壊、多くの不幸があったことを忘れてはならない。今、新たな変異株が再び世界のリスクとなりつつある。あらためて未知の危機への備えに万全を期す必要があるだろう。
一方、コロナ禍2期目にあって企業業績は総じて好調だ。東証1部に上場する3月期決算企業1336社(金融等除く)の2021年上期売上高は前年比16%増、純利益率も同2.8ポイント増となった。牽引したのは製造業、コロナ禍からの世界的な需要回復が要因だ。
倒産件数(負債総額1000万円以上)も昨年以来、記録的な低水準が続いている。緊急支援融資等による政策効果と言えよう。2021年10月末時点における信用保証債務残高は42兆円、これはコロナ禍前の倍だ。代位弁済も低水準が続いており、つまり、お金は回っている。
一方、ここへきてコロナ関連倒産が目立ってきた。休廃業や解散も依然高水準だ。コロナ禍の長期化は中小企業の意欲と体力を確実に奪いつつある。ただ、問題の本質はコロナ禍ではない。借手にとっていかに有利な条件であっても、後継者がいない高齢の経営者が新たな長期ローンを組むとは考え難い。つまり、解決すべきは事業承継問題であって、「給付金」では解決しない。
また、コロナ禍は来るべき「地方」の未来も現出させた。外出自粛、移動制限、インバウンドの消滅が地方経済に与えた影響は甚大だ。まさに、いずれやってくるであろう“インバウンドでは補いきれない内需縮小”という未来そのものだ。
そして、それは“地方=観光地ではない”という現実も浮き彫りにした。コロナ禍以前の県内総生産(名目)に占める宿泊・飲食サービスの比率は観光県の沖縄であっても4%台、全国平均では2.5%である。つまり、地方創生の実現には特定業種や特定地域に限定した対策では不十分であり、産業全体、国土全体の底上げが不可欠であるということだ。そして、より重要なことはそれが単なる“規模”の問題ではないということである。
確かにインバウンドは観光市場を成長させた。2013年からの5年間で宿泊・飲食サービス業の国内総生産は15%増となった。しかし、業界の1人あたり雇用者報酬は1%のマイナスである。つまり、観光業における問題の本質は生産性の低さであり、すなわち、GoToトラベルでは解決しない。
これらはいずれも新たに発生した問題ではなく、コロナ禍が前倒した構造問題である。では、地方の可能性はどこにあるのか。

眠れる価値を資本に組み入れることで、地方の資産拡大をはかれ

テクノロジー、ビジネスモデル、マネジメント、、、多くの場合、イノベーションを牽引する主役は供給側だ。一方、需要側の価値観の変容もイノベーションの起点となりえる。
2021年春、世界で建築用木材の需給がひっ迫、価格が急騰した。木材の7割を輸入に頼る日本への影響は大きく、国産材見直しの機運も高まった。とは言え、グローバル化した建材市場を相手に国内林業の再興をはかることは容易ではない。一方、森林の役割は建設資材の供給だけではない。生態系保全、水源涵養、土砂災害防止、景観・レクリエーション、二酸化炭素の吸収、バイオマス燃料など、多様な価値を有する。
同様に過疎化が進む漁村もまた水産資源の供給だけを担っているわけではない。総延長3万5千㎞におよぶ海岸線に6300もの漁村があって、領海とEEZ内を24万隻の漁船が操業している。第3期海洋基本計画(2018)で国は漁村振興の根拠に国境監視機能を加えた。自然環境の保全、地域の伝統文化の維持、親水性レクリエーション、安全保障など、漁村もまた多様な価値を有する。
山林、漁村が持つ多面的で公益的な機能や価値に異論はないだろう。ただ、現状は建材や水産物あるいは観光資源といった“市場”が形成されている財を越えて、総体として地域の価値を評価する仕組みがない。森や海の恵みや営みの遺失が将来の社会的損失となることは明白だ。言い換えればそれが維持されることの未来の便益は計り知れない、つまり、リターンが見込めるということだ。問題はそれをどう価値付けるかである。

今、SDGs、ESGといった新たな価値観が、新たな資本の流れを生み出している。地球の容量が有限である限り、持続可能社会への貢献は企業にとっても当然の責務と言える。
2020年のダボス会議では「マルチステークホルダー資本主義」が議論された。株主、顧客、従業員はもちろん、地域社会、地球環境など、関係者すべての利益を企業はどう生み出し、いかにバランスさせるか、ということだ。非生産財や無形資産を組み込んだ新たな資本主義、と理解することもできよう。残念ながら中止となったが、2021年の主題は「グレートリセット」だった。今、まさに次世代に向けて新たなムーブメントが胎動しつつある。地方の潜在的な“資本”を見直す絶好の機会の到来だ。2022年、まずは自らの価値を再定義するところから始めてみよう。

本年もご指導、ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。