2023年、世界の不確実性を乗り越えるために。もう一度原点から
株式会社矢野経済研究所
代表取締役社長 水越 孝
戦争が終わらない。世界は新型コロナウイルスに見切りをつけて、再び開かれてゆくはずだった。一年前、私たちが抱いた未来への前提条件は失われた。世界は一瞬にして別の景色となった。
インフレと供給不足が世界を覆う。エネルギー、食料、部材、金融、情報、、、経済はそこかしこで分断され、滞留し、企業は戦略の変更を強いられる。加えて、ハードランディングの様相を呈しつつある中国のゼロコロナ政策の放棄が世界経済の先行きを曇らせる。
今、私たちは分断と不確実性を所与のものとして受け止める必要がある。否応なく変化する現実を乗り越えるための未来をデザインする必要がある。振り返って、私たちは、どのような未来を目指してきたのか、そして、どのような未来を目指しているのか。まずはここから問い直す必要がある。
置き去りにされた“原点”。色褪せる集合的な記憶
昨年末、政府は今後10年間で1000万キロワットの広域送電網を整備すると発表した。地域の電力需給に応じて電力会社間で電力を融通する地域間連系線の強化は電力の安定供給に不可欠だ。賛成だ。しかし、その重要性と喫緊性は東日本大震災の直後、国の審議会自らが指摘していたことだ。つまり、凡そ10年間におよぶ不作為が地域単位で発生する電力不足への対応力と再生可能エネルギーの事業性を損なってきた。構造改革の機会を自ら狭めてきたと言うことだ。
政府は原子力政策の転換を表明、再稼働、新増設へと舵を切る。もちろん、安全性の担保が前提であるが、賛否は分かれる。
そうした中、12月9日、資料の書き換え問題を受けて2年間中断していた日本原子力発電㈱敦賀原発2号機の安全審査が再開した。しかし、新たな資料にも157ヶ所もの不備が発覚、原子力規制委員会は再度の審査中断もあり得る旨、同社に伝えた。敦賀2号機の審査資料における記述の誤りは計1300ヶ所を越える。“安全”に対する不誠実さに弁解の余地はあるまい。
2011年3月11日、震災の悲劇とフクシマの衝撃の中、私たちは国土、産業、社会、そして、生活価値観を根底から問い直そうと決意したはずではなかったか。被災地の復興とともに新たな日本をつくろうとの覚悟はどこに置き忘れたのか。 集合的な記憶として刻まれたはずの“3.11”という原点は今やすっかり色褪せつつある。防衛費の財源をめぐっての復興税に対する取り扱いの「軽さ」が象徴的だ。
確かな現実認識を拠り所に、未来への道筋を構想したい
安全保障に対する懸念が急速に高まる中、防衛省がAIやSNSを活用した世論誘導の研究に着手したとの報道があった。政府はこれを否定するが真偽は不明だ。事実であればその行き着く先は社会統制の強化であり、結果、そうした社会を否定し続けてきたはずの民主国家の内側に綻びを生じさせかねない。
守るべきは個人の生命、自由、人権が脅かされない社会である。これを放棄し、強権的な側の論理や手法に与すべきではない。
米イエール大学のJason Stanley氏は、強権的な体制は「国家の輝かしい栄光を無分別かつ大げさに称賛し、それをかき消すような事実から断固として目を逸らすように仕向ける」と指摘する。そのうえで、「自国が何をすべきで、どんな政策を採用すべきかについて誠実な議論を行うためには、自身の過去を含めた現実認識という共通の基盤が必要である」と説く(「HOW FASCISM WORKS」、棚橋志行訳、青土社)。
しかし、webやSNSを通じて日々刻々と発信され、更新され続ける刺激的で感覚的な情報が氾濫する中、事実を見極めるには相応の意思と努力が必要だ。
こうした環境下では、都合良く単純化された言説が心地良く響き易い。私たちの社会にとってのリスクはここにある。その意味で“フェイク”を連呼し、世界の分断を煽ってきた米の元大統領の影響力に陰りが見えてきたことは朗報だ。
昨秋、ようやく外国人観光客の受け入れが再開された。円安を背景にインバウンドへの期待が高まる。恩恵は地方にも波及するだろう。しかし、“安い日本”に甘んじることが未来のあるべき姿ではあるまい。
目指すべきは、内需の縮小に歯止めをかけ、産業の付加価値を高め、地方そして日本の再生をはかることであり、3.11こそ、その原点ではなかったか。
パンデミックは社会のデジタル化を加速した。人口知能、自動運転、宇宙開発、仮想現実、次世代エネルギー、、、テクノロジーがもたらす社会変革の形はより具体化しつつある。
しかし、目の前の政策はいかにも総花的で、加えて、その決定プロセスは未だに昭和のそれである。優先されるのは既得権とのバランスだ。次世代への移行期間が異様に長い、言わば“間延びしたイノベーション”では未来は遠ざかるばかりだ。
私たちは次世代に何を残すのか、もう一度、原点に立ち返り、「自身の過去を含む現実認識を共通の基盤」とし、分断と不確実性を乗り越えたその先にある未来について考えてゆきたい。
本年もご指導、ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。