2025年 内に閉じるな。変化の起点となれ

新年おめでとうございます。
年頭にあたり謹んでご挨拶を申し上げます。

株式会社矢野経済研究所
代表取締役社長 水越 孝

昨年は、世界で、否、とりわけ先進国で政変が相次いだ。英国では政権交代、ドイツ、フランスは内閣総辞職、日本でも自公政権が少数与党に転落した。米国ではトランプ氏が圧勝、韓国に至っては“弾劾”である。
2017年、トランプ氏の登場に際して、筆者は「排外的な自国第一主義は、行き過ぎたグローバリズムの反動であり、社会の歪みが一線を越えつつあることの現れ」と本稿に書いた。あれから8年、それはすっかり世界のいたるところに根づき、分断は更に深まりつつある。

SNS時代の民主主義のリスク

生きづらさを抱える者たちの批判はエリートに、社会への不信は既存メディアに向かう。彼らの言論空間はSNSだ。そこでは攻撃対象に関する真偽不明の不正義が一方的に生産・糾弾・共有され、やがて“実態の見えない多数派”が形成される。こうした空間の膨張に制度が追いついていない。民主主義の危機はここにある。
危機は強権政治の土壌となり得る。この状況を象徴するのが米国だ。国際協調主義からの離脱、自国優先の取引外交、多様性の否定、伝統的価値観への回帰、移民の排除、地球環境問題の軽視、、、など、既成の権威、常識、価値観を否定するトランプ流ポピュリズムが分断の細分化に拍車をかける。
科学ジャーナリスト、アンジェラ・サイニー氏は著書「家父長制の起源」(道本美穂訳、集英社)の中で「人民を支配する最も効果的な戦略は『分断・統治』である。小さな集団に分けることで人々は団結しにくくなり、忠誠心は支配者に向かう」と指摘する。なるほど、“実態の見えない多数派”の正体はまさにこれだ。日本も例外ではない。

トランプ政権下のビジネスチャンスとは

さて、トランプ氏の政策が各国の経済政策、企業の経営戦略に与える影響は小さくないだろう。しかし、予測不能の彼の言動に過度に身構える必要はない。極端で、かつ、振れ幅の大きいトランプ氏の産業政策の間隙はまさにビジネスチャンスでもある。
掘って掘って掘りまくれ、とのトランプ氏の掛け声を追い風に米国の石油・天然ガス業界は勢いを取り戻すだろう。一方、気候変動対策に対する投資は後退するはずだ。合理性のない関税の一律一斉引上げは対米輸出依存度の高い企業にとっては打撃だ。しかし、輸入コストの増加は米国内の物価を押し上げ、米製造業の競争力を低下させかねない。輸入に依存してきたサプライチェーンの国内シフトは、取引価格はもちろん、量的にも質的にも容易ではないだろう。
恐らく、一律一斉ではなく、国別品目別の交渉となるはずだ。だとすれば、問われるのは外交力と個々の品目における国際競争力である。“米国経済の失速リスク”をカードに4年後を見据えた戦略的な交渉をお願いしたい。

変化を突破するための意志と覚悟を

年末、ホンダと日産が経営統合に向けての協議に入った。三菱自も合流するとされる。日産は再び大規模な生産縮小と人員削減に追い込まれた。もはやゴーン氏による「拡大路線の後遺症」ではない。トップが引き継がれて既に8期目だ。EVで勝てず、HVもなく、販売奨励金に頼らざるを得ない現状の責任は現経営陣にある。ホンダとはEV事業における協業が既に始まっているが、経営統合のレベルに一挙に進んだ背景には鴻海精密工業による日産株取得の動きがあったという。イニシアティブは「外部」からの圧力ということだ。
10月にはセブン&アイ・ホールディングスが非コンビニ事業を統合した中間持株会社の設立を発表、保有株式の売却手続きに入った。非コンビニ事業の切り離しは既定路線だった。とは言え、このタイミングでの実施は8月に表明されたカナダの同業大手による突然の買収提案に対する防衛策であろうことは想像に難くない。こちらも「外圧」に背中を押された格好だ。経営を取り巻く外部環境変化への対応は早かった。しかし、もしそれがなかったら、まさにこの時期に、果たして自らその一歩を踏み出せていただろうか。
そもそも日産には「鴻海との資本提携のもとでグローバルEV市場を戦う」という選択肢もあったはずだ。セブンイレブンにあってもカナダ社との連携は「海外市場における成長の実現」という文脈において合理性がある。 ホンダと日産の協議について政府は「日本企業同士の経営統合を歓迎する」と声明した。セブン&アイは創業家からのMBO提案を受け、非上場化を検討するという。もはやオールジャパンを歓迎するなどという時代ではないし、資本市場からの退場が企業を守ることではない。

国内に分断を抱える欧米と、分断の存在すら封じる中国との対立が深まる。ロシア、イスラエルの軍事侵攻も落としどころが見えない。自国利益のみが複雑に絡み合う世界にあって、安定はますます遠のく。今、私たちに求められるのは変化への耐性と適応力だ。しかし、それだけは時間稼ぎに過ぎない。変化を突破するエネルギーと自らが変化の主体となる覚悟こそが問われている。
異なるものを遠ざけ、現状に閉じるだけでは未来は拓かれない。私たちはリスクをとって、外へ出て、未来を拓く。

本年もご指導、ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。