日本マーケットシェア事典2017年版巻頭言より
株式会社矢野経済研究所
代表取締役社長 水越 孝
世界の関係性が揺らぐなか、日本はどこを目指すべきか
「統制や排除からイノベーションは生まれない」とは1年前に本稿に記したメッセージである。残念ながら、再びこれを冒頭に書かざるを得ない。
トランプ政権の孤立主義が多国間経済協定の理念と意義を否定する一方、中国が「貿易と投資の自由化」を訴える。しかし、国内における統制強化と国外での覇権的な行動を鑑みればそれもまた自国利益の一方的な主張に過ぎない。そして、欧州もまたEUの理想から距離を置きはじめた。
行き過ぎた新自由主義が世界と国家の内側に新たな格差を作り出し、置き去りにされた人々の閉塞感が強力な反動を求めている、と理解すべきか。トランプ流の表現を借りれば、世界の関係性はすべてが「取引」(deal)化されてゆく。
理念なき「取引」による世界の行方は未だ不透明である。日本企業にとって新たな経営条件となるはずだったTPPも頓挫、中国や中東リスクに加えて、NAFTAやEUなど安定しているはずだった外部環境も揺らぐ。企業を取り巻く経営条件が見通せないなか、日本も根本的な戦略の再構築が求められる。
政府は「GDP600兆円」と「人口1億人の維持」を掲げた。第4次産業革命を成長戦略の中核に据える。「安定したジリ貧をとるか、痛みを伴う転換をはかるか、転換するならスピード勝負、、、」とは新産業構造ビジョン(経産省、2016年4月)からの引用である。役所の文書としては異例なまでに刺激的であり、その危機感が伺える。とは言え、痛み、つまり、誰の何をどう犠牲にするか、について政治からの言及は少ない。
そもそも人口1億人の維持も容易ではない。2015年の合計特殊出生率は1.46、国立社会保障・人口問題研究所の予測では高位推計でも2060年時点で1.60にとどまる。人口置換水準2.07の実現にはほど遠い。
それでもGDPの絶対的な大きさをKPI(重要業績評価指標)とするのであれば、移民の問題は避けられないし、そうでなければ非嫡子の社会的な容認など家族制度改革そのものに踏み込む必要がある。しかしながら、夫婦別姓すら先送りされる状況にあって、文化的変革を伴う社会システムの構造改革に踏み出す覚悟が今の日本にあるのか。ないとすれば、私たちはもう一度、私たち自身の未来について問い直す必要がある。
当社は昨年、日本社会の目指すべき方向性について上場会社の企画担当者を対象に調査を実施、「ポスト2020年の日本社会と成長産業」(2016年8月刊)としてまとめた。
以下にその一部を紹介する。
2020年までの平均成長率について
2020年までの平均成長率は1%、低成長の常態化は避けられない。産業セクター別ではICTやサービスは平均を上回るが、商業、素材、食品は平均を下回る。
日本が目指すべき未来社会について
日本が目指すべき未来社会は「環境・エコロジーに配慮した循環型の社会」であり、「先端技術に支えられた技術立国」、「研究開発型ものづくり国家」である。
上場企業の企画担当者が注目する社会的インパクトの大きい技術と事業機会について
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最上位は再生可能エネルギーの成長性や分散型ネットワークへのシフトが期待されるエネルギー分野、以下、社会システム全体への影響が大きい自動運転やAIとIT関連の応用領域が続く。
一方、農業などの成熟市場も技術革新や規制緩和によって新たな市場創出が可能であり、クールジャパン関連のソフト産業とともにジャパン・ブランドの競争優位が期待される。
さて、前述したように世界、とりわけ、先進諸国はアメリカが主導する排他的な保護主義に身構えつつも、むしろ同じ方向を向く勢力が台頭しつつある。グローバリズムに対する反動の流れは当面続くだろう。もちろん、それが調整期にあることも事実だ。
とは言え、成長力が鈍化し、利率が低下するなかにあっても不断の成長を求められる企業は引き篭もり続けるわけにはゆかない。事業は自ずと世界規模における最適化に向かう。結果、GNIとGDPの乖離は徐々に拡大するとともに、富の寡占化は国家の枠組みを越えて進行する。
新興国の成長は維持される。しかし、中間層の形成は限定的であり、成長は格差が埋まらぬまま進行するだろう。かつて日本が経験した「国民総中流化」の実現は難しいということだ。沿海部と内陸部の格差を一向に解消出来ない中国がその証左であり、政治、社会の不安定化のリスクがここに潜む。
今、世界は大きな転換点にある。世界全体が成長の現実と「その先」にあるリスクを意識しはじめた。反動の背景にある“大衆の不満”はここに起因するのだろう。
低成長、高齢化、人口減少、新たな格差の発生、、、日本はまさにそのトップランナーである。一方、分厚い中流層という遺産が世界に類のない安定と時間的な猶予を与えてくれる。その意味で「その先」にある新たな理念、新たな社会モデルを構築するためのアドバンテージが私たちにはある。
KPIは経済規模だけではない。日本の可能性はここにある。
(2017年3月)