日本マーケットシェア事典2020年版巻頭言より

フクシマそして新型コロナ、試されているのは事実と向き合う覚悟である

株式会社矢野経済研究所
代表取締役社長 水越 孝

次世代エネルギー社会の実現に向けて

東日本大震災から9年が経った。社会・生活インフラの復興は概ね目途がたちつつある。3月14日にはJR常磐線が全線開通、昨年の台風19号で再び被災した三陸鉄道も20日に開通した。バス高速輸送システムに転換した路線も含めると被災路線の全線が復旧、仙台と都心を再び特急「ひたち」がつなぐ。
とは言え、依然として4.8万人が避難状態にあり、避難の長期化に伴う災害関連死も3,757人に達している。“被災” は決して終わっていない。「福島は語る」(土井敏邦監督)、「わたしは分断を許さない」(堀潤監督)、被災がもたらした現実の一端を切り取った映画の公開が相次ぐ。止まったままの時間を抱えた多くの被災者が置き去りにされたままである現実を私たちは忘れてはならない。

一方、2011年の延長上にはなかった新しい可能性も生まれつつある。
福島県は原発事故後、「福島県再生可能エネルギー推進ビジョン」を策定、2040年を目標に県内エネルギーの100%を再生可能エネルギーとする目標を掲げたが、今年度内に目標の4割が達成できる見通しとなった。
阿武隈高原では合計70万キロワット、日本最大規模の風力発電設備群の計画が進展、南相馬から楢葉にかけての海岸でも合計12万6千キロワットの太陽光発電が完成済だ。福島県沖では浮体風力発電の実証実験も進む。
被災自治体も産業政策と一体化したスマートシティ構想を推進する。大熊町は植物由来のバイオマスガス化発電も検討、カーボンニュートラルとネルギーの地産地消の実現を目指す。双葉町も太陽光発電と蓄電設備を備えた住宅づくりを推進、避難住民の帰還促進に向けて町の再興をはかる。

3月末には福島イノベーション・コースト構想にもとづくロボット実証実験施設「福島ロボットテストフィールド」が全面開所する(南相馬市)。50㌶におよぶ敷地には500m級の無人航空機用の滑走路や水中・水上の実験施設が備わる。
新エネルギー・産業技術総合開発研究機構(NEDO)、東芝エネルギーシステムズ、東北電力、岩谷産業の「福島水素エネルギー研究フィールド」(FH2R)も稼働を開始した(浪江町)。同施設は再生可能エネルギーなどから毎時1,200Nm3(定格運転時)の水素を製造する能力を持ち、電力系統に対する需給調整を行うことで、出力変動の大きい再生可能エネルギーの電力を最大限利用する。製造された水素は、定置型燃料電池向けの発電用途やモビリティ用途などに使用される(NEDOのリリースより)。

フクシマの復興に残された課題

ただ、フクシマの問題は新産業の創造だけでは根本的な解決とはならない。
昨年末、政府は1、2号機の使用済核燃料の搬出開始を2023年度から5年遅らせることを決定した。工程表の改定はこれで5回目だ。中間貯蔵施設の整備も遅れている。放射性汚染土を収めた4百万袋を越えるフレコンバッグは仮置き状態のままである。日々増え続ける膨大な汚染水の問題もある。

原子力災害は目に見えない。ゆえに政府、行政、企業、技術、データに対する “信頼” がすべての根幹となる。しかしながら、“安全神話の徹底的な崩壊”を経験したにもかかわらず、依然として“信頼”の醸成はほど遠い。昨年10月、台風19号によって氾濫した河川が多数の汚染土入りフレコンバッグを押し流した。その一部は未だに個数も所在も不明のままである。汚染水の海洋放出問題ではトリチウム以外の放射性物質が基準値を越えて残留している可能性も指摘される。そうであればそもそもの前提が成立しない。
敦賀原発2号機では再稼働審査のために日本原子力発電が提出した書類に “データの書き換え” や “削除” があった。原子力規制委は「審査の根幹が揺らぐ」と批判した。関西電力の金品不正授受の問題も記憶に新しい。

原子力災害の処理には膨大な費用が必要だ。工程の遅れがそれを更に膨らませる。これに対して政府は再生可能エネルギーの普及や燃料の安定供給等に使途が限定されている「エネルギー需給勘定」予算を一時的に原発処理に流用することを閣議決定し、4月の施行を目指す。「福島の復興を確実に進めるため」との大義名分であるが、「廃炉、汚染水対策に国が前面にたって安全を期す」のであれば、再生可能エネルギーの育成、普及予算からの流用でなく、正面から予算確保をはかるべきである。「アンダーコントロール」などという虚構を捨て、事実を公開し、共有すること、フクシマの復興はここが原点でなければならない。

再び“開かれた世界”を取り戻そう

中国から始まった新型コロナウイルス感染症は3月22日時点で171か国・地域に広がった。伊西仏独英をはじめ欧州各国は国民に厳格な行動制限を課す。アジアでも外出禁止令、都市封鎖、商業施設や娯楽施設の閉鎖が相次ぐ。米国はすべての渡航制限に踏み切るとともに国防生産法を復活させる。ニューヨーク州は治安や医療など一部を除く全事業所の従業者に自宅待機を命じた。日本も“政府からの要請”に対する“自粛”という形での同調圧力に覆われる。「過度なグローバリズムに対する反動としての自国第一主義」といった文脈を超えて世界が一挙に閉じてゆく。

自由で開かれた世界を理想とするリベラル・デモクラシーはこれを機に終焉に向かうのか。そう、これはウイルスとの戦いであるとともに民主主義そのものが試されているのだ。
3月18日、独メルケル首相は演説で「私たちの社会は民主主義社会です。開かれた民主主義に必要なことは、政治的決断を透明にし、行動の根拠を出来る限り示して、伝達することです。民主主義は知識の共有と協力によって機能するのです」と語った。
希望はここにある。例え受け入れ難くとも社会全体で事実を共有し、事実に向き合うこと、その覚悟こそが事態を打開し、民主主義と経済の再生に向けての第一歩となる。

(2020年3月)