今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2024 / 12 / 13
今週の“ひらめき”視点
セブンイレブン、どこへ行く? 解体されゆく総合流通企業の行方

10月10日、セブン&アイ・ホールディングス(以下、HD)は、“グループ構造の最適化をはかる” としてイトーヨーカ堂、ヨークベニマル、ロフト、赤ちゃん本舗、外食事業など非コンビニ事業(SST事業グループ)を統合した中間持株会社「ヨーク・ホールディングス」を設立、保有株式の過半を売却する手続きに入った。11月28日に締め切られた1次入札には住友商事グループ、日本産業パートナーズ(JIP)、米投資ファンドグループなどが参加、2次入札を経て2025年度中に持分法適用会社化する。

SST事業グループの切り離しはHDの独立社外役員で構成される “戦略委員会” がこの4月に提言した方向性に添うものである。とは言え、このタイミングでの実施はカナダの同業大手「アリマンタシォン・クシュタール」(ACT社)からの買収提案に対する防衛策と解するのが自然だ。創業家も動く。11月13日、HDは創業家グループから “MBOによる買収提案” を受けていることを公表、国内メガバンクや米投資ファンド、ファミリーマートを傘下に持つ伊藤忠商事などがファイナンスパートナーとして関心を示しているという。

HDにとってACT社からの買収提案は衝撃だっただろう。しかし、HDは昨年も米投資ファンド「バリューアクト・キャピタル」(VAC社)からコングロマリット構造の再編と役員陣の交代を突き付けられている。これに対してHDは「セブン&アイ・グループは食を中心とした世界有数のリテールグループ」であり、「コンビニ事業への投資を強化するとともにオッシュマンズ、フランフラン、そごう・西武、バーニーズを売却するなど構造改革を進めてきた」と反論、役員選任に関する株主提案も「VAC社が推薦する候補者は食品・小売業界における経験が乏しい」と一蹴した。

ただ、 現在進行している事態はVAC社が主張した “コンビニ事業のスピンオフ” そのものであって、VAC社提案との決定的な違いは井阪社長を含む役員全員がそのまま残っている点にある。HDはSST事業グループを切り離すことで「SST事業グループは独立した企業体として自らの成長戦略を自ら定めることができる」とその意義を説明するが、要するにHDの現経営陣は彼らの成長とシナジーを主導することが出来なかったということだ。今、国内のコンビニ市場は飽和状態にある。成長を担うのは海外だ。であれば、経営者の要件はグローバルマネジメント能力の高さである。“戦略委員会”はこの視点から経営体制の在り方を検討し、“セブンイレブン” の未来を提言いただきたく思う。

2024 / 12 / 06
今週の“ひらめき”視点
マイナ保険証で露呈、“後戻りのない” 意思決定プロセス

12月2日、従来型健康保険証の新規発行が停止された。現行保険証は1年、マイナ保険証に代わって交付される「資格確認書」は最長5年、それぞれ猶予期間が与えられるものの、実質的に従来型の健康保険証は廃止され、「マイナ保険証を基本とする仕組みに移行」(政府広報)した。

2017年にスタートしたマイナンバーカードの交付率は2020年3月時点で15%と低迷、普及促進に向けて同年9月から「マイナポイント事業」を展開する。予算規模は2兆円だ。それでも交付率が50%程度と伸び悩む中、2022年10月、河野デジタル相は唐突に従来型保険証の廃止を宣言する。これが反発を呼ぶ。国民皆保険制度を人質にとった “取得の強制” に対する批判が噴出するとともに拙速な政策決定による現場の混乱が顕在化する。こうした状況を受け、与党内でも見直しが取り沙汰されることになる。

結局、既定路線どおりに始まったわけであるが、そもそも内閣府は2017年に公表した “マイナンバーカード導入後のロードマップ(案)” に、健康保険証について「2018年度から段階的運用開始」と書き込んでいる。もちろん、これは “案” であり、また、スケジュール的にも無理があると言えるが、何故、その時点で “任意から義務化へ” に関する法改正を提議しなかったのか。ここでボタンの掛け違いを修正しておけば多額の税金をポイントや広告宣伝費に投じる必要もなかったし、より丁寧な制度設計に十分な予算と時間を割けたはずだ。

この過程で看過できないもう一点は、「紙の保険証による不正利用は年間数百万件」との言説がSNSで拡散、これが世論誘導に援用された点である。しかし、根拠とされた研究論文は「不正の多くは単純な番号ちがいや資格停止後の利用」と説明しており、実際、この問題に対する国会審議では「加入者2500万人の市町村国民健康保険において、2017年から2022年の5年間に確認された “なりすまし受診” や偽造などの不正は50件」と厚労省大臣官房審議官が答弁している。つまり、強調すべき便益はそこではないということであり、導入の正統性を “より良い医療の提供” という被保険者の利益として説明し切れなかったところに、ボタンの掛け違いを修正することなく突き進んだマイナ保険証の不幸がある。

2024 / 11 / 29
今週の“ひらめき”視点
能登半島地震、長期化する被災から何を学び、どう備えるか

11月26日夜、能登地方で震度5弱を観測する地震があった。翌27日、能登半島地震の災害関連死の判定を行う13回目の専門審査会があった。審査会は石川県内から出されていた16人のうち12人を認定するよう答申、これにより能登半島地震による災害関連死は富山県、新潟県の6人を合わせ247人、直接死も含めると犠牲者は474人に達した。災害関連死の申請は未だ多くが審査待ちの状況にある。被災は収束していないということだ。

一方、遅いとの批判もあった復旧は進展した。石川県によると、1月の地震発生当時、道路は42路線87箇所が、9月の豪雨では最大25路線48箇所が通行止めとなったが、11月12日時点で、通行止めの箇所は17路線35箇所、孤立集落は実質的に解消された、という。水、電気、通信の復旧も進む。とは言え、いずれも「復旧困難地区、立入困難箇所を除き」との注釈がつく。復旧困難地区、立入困難箇所を含めると、水は輪島市で390戸、珠洲市で321戸、電気は輪島市、珠洲市、能登町の約340戸、通信は輪島市と珠洲市の37局が未だ復旧途上だ。

災害関連死は2016年の熊本地震の222人を上回る。能登半島特有の地理的特徴、被災者の多くが高齢者であったこと、観測史上最大の豪雨が被災地を襲ったことなどが、“被災” を長期化させている。初動対応の問題も指摘される。しかし、根本は災害に対する認識の甘さだ。能登だけではない。26日、内閣府の「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」は、地震発生時に実務対応を担う行政機関等を対象に行った “南海トラフ地震臨時情報” に対するアンケート結果を発表した。これによると、そもそも制度をきちんと “認知していなかった”(13.6%)も含めると “対応に戸惑った” 自治体は78%に達する。

同じ26日、「能登半島地震を踏まえた災害対応検討ワーキンググループ」が今後の災害対応に在り方に関する検討結果を公表した。提言には、地理的特徴や社会的特性を踏まえた応急体制・応援体制の強化、物資の調達・輸送体制の整備、避難者の生活環境の拡充、NPOなど民間組織との連携、複合災害への備え、などが盛り込まれた。これらは能登半島地震からの教訓だ。政府は来年の通常国会に向けて災害関連法制の改正を検討している。“備え” の強化はもちろんであるが、インフラ復旧という “区切り” に被災者が取り残されることのなきようきめ細かな対策を整備いただきたい。

2024 / 11 / 22
今週の“ひらめき”視点
「103万円の壁」を破ることの意味。未来を見据えた包括的な制度設計を

11月20日、与党2党は総合経済対策の骨子について国民民主党と協議、「103万円の壁」の引き上げを含む国民民主党の主張を大筋で受け入れることで合意した。これを受けて「103万円の壁」問題はその引上げ幅が焦点となる。国民民主党は最低賃金上昇率を根拠に178万円を提案、一方、基礎控除の趣旨に沿えば生活必需品等に対する物価連動であるべき、との批判もある。地方と国を合わせて7兆円から8兆円と試算される減収の財源問題も論点だ。

社会保険、特定扶養者控除、配偶者特別控除の扱いも放置できない。厚生労働省はこれを機に社会保険の加入要件である「106万円の壁」を撤廃し、一方、国民民主党の公約である給与所得者の “手取り増” に添うべく新たに生じる被保険者の負担を企業に肩代わりさせる言わば “抜け道” 案を検討しているとされる。しかし、この問題は税や社会保険制度の根幹をなす “原則” の問題であって、小手先の対応は必ずや将来に禍根を残す。

人手不足が解消されるとの期待も同様である。総務省によると就業調整を行っている非正規労働者は537万人、その8割が「壁」の範囲内で調整しているとされるが、(株)リクルートジョブズリサーチセンターの最新の調査によると(2024年9月)、就業調整をしている理由の第1位は「心身ともに健康的に働くため」(41.3%)であり、所謂 “年収の壁” は2位(27.8%)、これに「家事・育児・介護など他に優先すべきことがある」(23.7%)が続く。つまり、人手不足問題の解決のためには働き方改革、ジェンダーの問題、少子高齢化対策等との一体的な取り組みが不可欠であるということだ。

いずれにせよ「103万円の壁」問題は実態と制度との乖離を象徴していると言え、これを契機に制度全体を再点検し、長期的な視点に立った開かれた議論を期待したい。その意味で国会が多様性を取り戻し、議論の場としての機能を回復しつつあることを歓迎したい。そう、オルテガを引くまでもなく、自由主義的デモクラシーとは多数者が少数者に与える権利であり、意見の異なる者への寛容と共存を表明することがその本質であるのだから。

2024 / 11 / 15
今週の“ひらめき”視点
COP29、波乱と懸念の中でスタート。資金拠出問題の合意なるか

11月11日から22日までの日程で、気候変動対策を協議する国際会議COP29がアゼルバイジャンの首都バクーで始まった。冒頭、議長国のババエフ環境・天然資源相は「気候変動は既にはじまっている。COP29を新たな道を切り開く瞬間にする」と合意形成への意欲を表明、国連のグテーレス事務総長も「気候変動対策への資金援助は慈善事業ではなく、投資だ。これが最後のカウントダウンであり、選択肢はない」と各国首脳に呼びかけた。

会議に先立つ7日、EUの気象情報機関が発表した観測データによると2024年1月から10月までの世界平均気温は昨年を0.16℃上回る15.36℃となった。これは過去30年間の平均気温より0.71℃高い数字であり2024年の年間平均気温は「パリ協定」で採択された目標値 “産業革命以前に対して+1.5℃以内” をはじめて超える見通しであるという。日本をはじめ世界中が記録的な猛暑や豪雨に見舞われており、危機は現実の “災害” として顕在化している。

さて、会議の最大のテーマはいかに多くの資金を低所得国のために確保できるかである。それだけに気候変動そのものを「フェイク」と批判し、パリ協定からの離脱を公言してきたトランプ氏率いる米国への懸念が高まる。各国は「米国は温室ガスの排出大国であり、その責任から逃げるべきでない」と牽制、米エクソンモービルのウッズCEOも「離脱ではなく、参加することで主張すべき」と米国の離脱に反対の立場だ。

先進国と途上国の利益が相反するCOPはそもそも合意へのハードルが高い。加えて議長国のアリエフ大統領が「欧米はダブルスタンダード、石油は神の恵み、現実的であれ」などと発言、会議は波乱含みのスタートとなった。こうした中、英国のスターマー首相がパリ協定の目標に整合する温室効果ガスの削減目標を発表、日、米、中、独、欧州委など主要国首脳が軒並み欠席する中、英国のプレゼンスが高まる。国会や外交日程もあろう。とは言え、日本のトップの不参加は残念だ。気候変動への取り組みを「日本がリードしたい」と語ってきた石破氏はまた一つ自身の “らしさ” をアピールする機会を逸した。

2024 / 11 / 08
今週の“ひらめき”視点
米大統領選、トランプ氏勝利。“予測不能”をチャンスに置き換えろ

2024年米大統領選挙が決着、トランプ氏の圧勝となった。敗者ハリス氏にとってはバイデン政権の中枢を支えてきたキャリアそのものが政治的な制約となった。また、女性、黒人、アジア系という彼女のバックグランドが、彼女の意図しないところで “取り残されているのはマジョリティであり、白人労働者だ” とのトランプ氏の主張を強化したとも言える。

いずれにせよ明らかになったのは階層、世代、性、人種、宗教、教育、地域における格差や利害が絡み合ったアメリカ社会の鬱屈した現状であり、Make America Great Againというエモーショナルで、ストレートなトランプ氏のメッセージがあたかも普遍的なものとして響いたのかもしれない。虚実が問われることなく一方の熱狂に誘引される選挙に民主主義の危さを感じざるを得ない。

トランプ氏の再登場に世界が身構える。“戦争を直ちに終わらせる” との公約は強者による妥協の押し付けが懸念される。“ドリル、ベイビー、ドリル” と石油・ガスの採掘を鼓舞してきた氏にとってパリ協定の再離脱に躊躇はないだろう。一方、経済、通商政策については未知数だ。第1次トランプ政権を振り返るとNAFTAの見直しやTPPからの離脱は実現させたものの、45%とした対中輸入関税は半分程度にとどまった。 “移民300万人の強制送還” も実施されていない。高関税や労働力不足がインフレ要因となることは自明であり、選挙期間中の過激な公約がどのように、どのタイミングで施策化されるのか、現時点ではまさに “予測不能” である。

今後4年間、米国の外交は個別取引、個別交渉が基本になるだろう。そこで問われるのは相対での損得だ。世界の分断は助長され、地政学リスクも高まりかねない。とは言え、米国が自国第一主義に閉じたまま、文字通り製造業への回帰と脱炭素へ向かうのであれば、日本にとっては国際協調、国際貿易を主導する絶好の機会となるはずだ。ただ、それでもしっかりと “その先” の覇権を見据えて行動するのが米国の強かさでもある。いずれにせよ、気の抜けない4年間となることだけは間違いない。

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