今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2024 / 04 / 05
今週の“ひらめき”視点
子ども・子育て支援、議論すべき本質は政策の中身と費用対効果である

4月2日、内閣府は第3回経済財政諮問会議の会議資料「中長期的に持続可能な経済社会の検討に向けて②」を公表した。資料は2030年代における生産年齢人口の急速な減少を「国難」と位置付けたうえで、これを克服するためのシナリオを定量的に試算、人口動態の構造変化を乗り越え、財政と社会保障の長期安定性を確保するためには2060年度までの実質成長率を平均で1%以上に引き上げる必要がある、と結論づけた。

試算は、「生産性の向上」、「労働参加の拡大」、「出生率の上昇」を試算条件として3つのシナリオを想定、2025年度から2060年度までの平均実質成長率を、①現状投影シナリオの場合は0.2%程度、②長期安定シナリオで1.2%程度、③成長実現シナリオで1.7%、と予測した。2025年度から2060年度まで、①のケースで推移すると2060年度の一人当たり実質GDPは先進国で最低レベル、②の場合でドイツ並み、③を実現できればアメリカや北欧諸国と肩を並べる。

上記3つの試算条件のうち「生産性の向上」はテクノロジーの進歩とその社会実装が鍵である。本気で取り組めば不可能ではない。2045年までに “5歳の若返り” を目指す「労働参加の拡大」も今の50代が74歳まで健康でポジティブに働き続けられる環境が整えばなんとかなる。問題は「出生率の上昇」である。想定された数値は現状投影シナリオでも1.36、長期安定シナリオでは1.64、成長実現シナリオは1.8だ。翻って2023年の出生数は75万8631人、対前年比▲5.1%の大幅減少となった。したがって、2023年の出生率は過去最低となった2022年の1.26を下回ることが確実だ(発表は6月上旬)。シナリオ実現のハードルは高い。

さて、その出生率であるが、今まさに「子ども・子育て支援法等改正案」が国会審議中だ。議論の焦点は “実質的な負担は生じない” とする政府見解である。しかし、問われるべきは政策の重要性であり、施策の妥当性であって、政府はその対価すなわち負担の議論から逃げるべきではない。一方、この問題は “手当” や “給付” だけでは解決しない。婚姻率の低下こそ問題だ。ジェンダーギャップの排除、若い世代の将来に対する不安の解消は必須である。負担軽減のために社会保障をカットする、ゆえに未来は安心だ、とはならない。出生率の向上には集中的かつ総合的な取り組みが不可欠である。議論すべきは、負担の有り無し、ではなく政策の中身、負担の在り方、そして、費用対効果である。

2024 / 03 / 29
今週の“ひらめき”視点
日産、新経営計画を発表。“最適化”を越えた次元に新たな革新を!

3月25日、日産自動車は2023年度を最終年度とする「Nissan NEXT」と長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」との “架け橋” となる経営計画「The Arc」を発表した。地域ごとの販売台数、EV化率、新車投入、コスト削減等について数値目標を示したうえで、2026年度までに今年度比100万台の販売増、営業利益率6%以上、株主還元率30%以上を達成し、2030年度を目途にモビリティサービス等の新規事業で2.5兆円規模の市場創出を目指す。

「The Arc」で強調されたのは価格競争力の向上とパワートレイン×車種構成の最適化による販売増である。2026年度末までに16車種のEVを含む30車種を新型車に置き換え、2030年度内にEVコストを3割削減する。販売計画と車種構成は各地域市場ごとに提示されている。しかし、資料を見る限り、やや独りよがりの感は否めない。それぞれの市場における「勝ち方」が見えてこないし、「2025年から開始し、10万台を目指す」とする中国からの輸出も「一体、どこへ?」との疑問が残る。

もちろん、市場ごとに別途きめ細かな施策が準備されているはずであろうが、「量より価値」、「選択と集中」を謳っているわりには総花的で、あえて言えばつとめてこれまで通りの “ニッサン” らしいバランス重視のアプローチである。「The Arc」の発表に先立って日産自動車は本田技研工業と電動化と知能化領域における提携を発表した。とは言え、具体化はこれからだ。会見で日産自動車の内田社長は「戦う相手は自動車メーカーだけでない」と危機感を語ったが、であればパートナーは自動車メーカーでよかったのか。

そのホンダは2040年までにエンジン車から撤退、EVとFCVに特化すると宣言済だ。昨年10月にはソニーとの共同出資会社「ソニー・ホンダモビリティ(株)」が新型EV「AFEELA(アフィーラ)」のプロトタイプを発表、2026年春の北米でのデリバリーを目指す。グローバル通信プラットフォームのパートナーはKDDIだ。ホンダ本体からはプラグイン機能を搭載し、水素無しでも走行できる新型FCVの市場投入も決定している。もちろん、ホンダはホンダだ。しかしながら、現状の延長線上に描き出された「最適化」に筆者は緩やかな後退を感じざるを得ない。“架け橋” ではなく、2030年のその先の未来を先取りする! そんなニッサンに期待したい。

2024 / 03 / 22
今週の“ひらめき”視点
日銀、異次元緩和の終了を宣言。本物の成長に向けて再スタート!

3月19日、日銀はマイナス金利政策の解除を決定、政策金利をマイナス0.1%から0.1%に引き上げた。同時に長短金利操作(YCC)を撤廃、上場投資信託(ETF)などリスク資産の買入終了を発表した。2013年、「2年間で2%の物価上昇」を目標に黒田前総裁のもとで始まった異次元緩和は結果的に当初目標を果たすことなく終了した。発行残高の5割を抱える国債、膨れ上がった上場投資信託(ETF)の扱いなど後遺症は残るが、日本経済は金利のある正常な金融環境の中で再スタートすることとなる。

昨年(2023年)4月、黒田氏を引き継いだ植田総裁にとって、大規模緩和の解除は最大の課題であったが、長期金利の上限引き上げで政策転換への流れを作ると同時に、徹底して「金融緩和の環境を維持する」旨のメッセージを市場に発信し続けた。こうした周到な地ならしをもって “17年ぶり” に実施された利上げは、経済界はもちろん、政界からも異論はなく、また、市場関係者からも “想定の範囲内” として静かに受け入れられた。利上げにも関わらず円安に振れた為替相場がサプライズなき政策判断の証だ。

会見で植田氏は「金利の急騰を防ぐべく一定規模の国債買入は継続する」と政策の連続性をあらためて示しつつ、「大規模緩和はその役割を終えた。今後は短期金利を主たる政策手段とする」と従来政策の終焉を宣言した。市場と対話しつつ金融政策を模索する植田氏のスタンスゆえに、当面は住宅ローンをはじめとする家計や企業活動への影響はミニマムであろう。しかし、金利のある世界への回帰は、低金利と停滞に安住してきた社会にとって大きな転換点となる。

異次元緩和はかけ声の勇ましさもあって一時的な景気浮揚感をもたらした。その功罪に関する検証は不可欠である。ただ、少なくとも “金利のない世界” という日常が財政規律の緩みと企業や事業の新陳代謝を遅らせたことは確かである。この間、構造改革に踏み出せなかった多くの企業が延命する一方、潤沢に供給されたはずのマネーは投資に回らず、少なからぬ企業で内部留保が膨れ上がった。賃上げの契機となった物価高も “円安” という外圧による。今、私たちは新たなスタートラインに立った。リスクをとって投資を回収する、という当り前の行動原理をもって停滞に甘んじ続けた体質からの脱却を急ぎたい。

2024 / 03 / 15
今週の“ひらめき”視点
東日本大震災から13年、私たちは何を伝え、何を未来へ遺すのか

1万5千人を越える命が犠牲となった東日本大震災から13年、3月11日14時46分、被災地そして日本各地で鎮魂の祈りが捧げられた。行方不明者は未だに2,520人、災害関連死は3千人を越える。原子力緊急事態宣言は発令されたままであり、福島県を中心に29,328人(2024年2月1日現在)が避難を余儀なくされている。

公共インフラの復旧、災害公営住宅の整備は既に完了した。岩手、宮城、福島3県の製造品出荷額も震災前水準を回復、コロナ禍で落ち込んだ観光宿泊者数も東北6県で震災前を上回った。浜通り地域の「福島イノベーション・コースト構想」の整備も進む。微力ながら当社も事業参画させていただいた仙台の次世代放射光施設「ナノテラス」の運用もスタートする。先端テクノロジーが集積する新たな産業基盤の形成に期待がかかる。

一方、原子力災害被災地域の復興は依然厳しい。避難指示解除エリアは段階的に拡大されつつあるが、帰還者数は想定を下回る。原子力災害被災12市町村の営農再開面積は震災前の46%(2022年度末)、福島県の沿岸漁業、海面養殖業の水揚量は22%に留まる(2022年)。ふるさと再生の担い手となるべき生産年齢人口の減少率は全国平均を大きく上回っており、高齢化も深刻だ。

記憶の継承、コミュニティの再生、心の復興も途上であり、未だに続く被災の実相と残された課題は、これからも起こるはずの全ての自然災害に共通する。数世代先へと引き継がれる原子力災害の後始末も同様だ。2024年2月29日、国土地理院の「自然災害伝承碑」に新たに4市区町村4基が追加された。これで全国598市区町村、合計2,085基となった。目の前では能登半島で被災が進行している。もう一度、旧来の価値観を根底から揺るがした “あの日” の衝撃を思い出し、この13年という時間をどう過ごしてきたか、振り返りたい。

国土地理院 自然災害伝承碑

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2024 / 03 / 08
今週の“ひらめき”視点
東証日経平均、過去最高値を更新。実体を伴った株価形成に向けて

3月4日、日経平均株価が史上初の4万円台をつけた。人口知能(AI)需要に対する成長期待を背景に米半導体大手エヌビディアが牽引する形で米株式相場が急騰、これに触発されたかのように東京市場もハイテク関連に買いが集中、一挙に大台を越えた。株式市場は「失われた30年」を取り戻すかのように34年ぶりの活況を呈している。

円安を背景としたインバウンド関連、輸出や海外比率の高い企業業績も好調だ。3月末決算の主要企業の利益総額は3年連続で最高となる見通しであり、日本企業の収益力向上への期待と外貨建てによる割安感が海外投資家を呼び込む。中国株投資に消極的となったアジアマネーの流入も追い風だ。実際、海外勢の東京市場における売買額は6割を越えており、相場の主役は海外投資家と言っていいだろう。

もう一人、影の主役が日銀である。2013年、黒田総裁のもと始まった “異次元緩和” は従来の慣例を大きく越える規模で上場投資信託(ETF)を買い支えた。前任の白川総裁が設定した年間4500億円という上限は段階的に引き上げられ、2020年には12兆円に達した。投資額は簿価で37兆円、時価総額はその倍に迫る。異次元緩和は最後まで目標を達成できなかったものの株価の嵩上げには大きく貢献、結果、今や日銀は日本株の最大株主でもある。

ただ、“あの時代” の高揚感はない。勤労者の実質賃金は物価に追いつかない。2023年1012月期の国内需要不足は7-9月期から倍増、年換算で4兆円に達した。ダイハツ不正問題による “軽自動車” の出荷停止が2月の国内新車販売台数全体を2割押し下げたというニュースも家計の “今” を物語っている。一方、金融政策の転換が取り沙汰される中、異次元緩和の後始末問題も浮上してくる。ハードランディング回避の道筋を用意するためには円安効果を上回る実体経済の回復が必須であり、その成否は民間の持続的な成長投資にかかっている。要するにここからが勝負である。

2024 / 03 / 01
今週の“ひらめき”視点
適格性評価制度、導入へ。リスクに配慮した透明な運用に期待する

2月27日、政府は経済安全保障上の重要技術情報へのアクセスを国が認定した資格取得者に限定する適格性評価制度(セキュリティ・クリアランス)法案を閣議決定した。防衛、外交、スパイ、テロ関連情報に関する適格性評価は2014年に施行された “特定秘密保護法” にあわせて導入されており、公務員を中心に既に13.2万人に適用されている(内閣委員会調査室)。閣議決定された「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案」はこれを経済安全保障の観点から民間に拡大するもので、今国会に提出される。

AI、量子コンピュータ、バイオ、サイバーセキュリティ、ロボット、半導体をはじめとする先端技術における軍民の線引きは曖昧だ。先進7ヵ国(G7)にあって日本は経済分野における適格性評価制度が整備されていない唯一の国であり、それゆえ欧米など同盟国側の企業、大学、研究機関との技術交流や共同研究に少なからぬ制約が課されてきた。経済界はグローバルな技術提携を促進するものとして機密情報管理の法制化を歓迎する。

課題も多い。国家による身辺調査では犯罪歴、アルコールの依存症歴、借金の状況といった機微情報も対象となり得る。調査には “本人の同意” が前提とされるが、配属や昇進への懸念を鑑みれば “従業員” の立場にある個人にとって拒否することは簡単ではない。家族の理解も必要だ。企業もまた専用の区画や管理施設の設置など新たな投資が求められる。審査のための期間、費用、情報セキュリティに対するコストも無視できない。

適格性評価が情報管理における企業の信頼を高めることに異論はない。一方、国家による個人や企業に対する管理強化が自由な研究開発活動を委縮させる可能性もある。プライバシーや知る権利に対する懸念も残る。想定されるリスクを最小化するためにも審査体制、予算、情報管理の在り方、機密情報の区分や適用範囲に関する審議の公開および恣意性を排除した公正な運用を求めたい。さて、その27日、中国の全人代常務委員会もまた “国家機密保護法” の改正案を可決、情報管理のレベルを更に引き上げた。そう、どちらの側も施策の方向性は同じ、世界はますます窮屈になる。