企業の価値と値段を考える
原稿を書き始めた時、放送作家の永六輔さんの訃報が飛び込んできた。彼のつくった「上を向いて歩こう 涙がこぼれないように」という一節は、味わうたびに、寂しさと温かさが心にしみる。このわずかな文字数で、ここまで感動を与える歌詞は唯一無二のものと感じる。
「上を向いて歩こう」という曲の価値は何で決まるのか?
レコード・CDの売り上げ枚数、印税収入、認知度、全米ビルボード1位の名誉など、基準はさまざまであろう。
では、企業の「価値」を決める基準はどう考えればよいのか。世間では書籍やセミナーのタイトルに「企業価値向上のための」というフレーズが多用されている。企業価値には「経済価値」つまり「値段」と、定性的かつ相対的な意味の「価値」があると思うが、これらが混同して使われていることが多く、釈然としない。
企業の合併・買収(M&A)などで企業の価値(値段)を算出する場合、いくつかの代表的な手法がある。簿価純資産や時価純資産から評価を行うコストアプローチ、類似業種や類似企業との比較によるマーケットアプローチ、DCF*1法や収益還元法によるインカムアプローチなどだ。
手法によって、算出時点での企業の清算的価値に重点を置くものや、将来予測される価値を現在の価値に置き換えて評価をするなどの特徴があり、算定側は目的に応じてこれらを使い分け、企業の値段を決定する。
また、上場企業の場合、その価値を計る重要な指標に株式の時価総額がある。多くの企業が、株価を上げて時価総額を高くしようとし、株価を上げるために自己資本利益率(ROE)の向上を目指す。ROE向上を狙って株主還元をあつくし、自社株を買い、分母である自己資本を圧縮しようともする。この経営手法の是非は別として、時価総額は企業の値段であり、ROE経営も値段を短期的に上げる方法としては納得がいく。
しかし、これらはあくまで企業の「値段」である。各企業の経営活動を見ていると、一部では、自社の経営活動の結果として値段がつくというより、値段を上げるために経営活動を続けている感も否めない。
本来の企業価値は単なる「値段」ではなく、従業員、株主、顧客、社会など、企業と関わる全ての利害関係者(ステークホルダー)が感得する価値の和であると思う。これらステークホルダーが共通して求める価値は、企業が永遠に継続していくことではないだろうか。
独自の経営指標を設定し、収益性や成長性の向上を目指し、短期的に自社の値段を上げようとする企業は多い。しかし、短期的な目標よりも、企業の永遠の継続性を追求する取り組みの実現性と質が、本来の「価値」といえる。
近年、企業が社会的課題解決に取り組むことによって、社会的価値を生み、それが経済的価値にもつながるCSV*2という経営概念も登場している。企業本来の「価値」と「値段」が徐々に近づいているのだろう。
冒頭の音楽の話に戻ると、曲の価値については、売り上げ枚数ではなく、感動した人の数と感動の質で計られるべきだ。
*1 DCF:Discounted Cash Flow=割引キャッシュフロー
*2 CSV:Creating Shared Value=共有価値の創造
2016年9月 理事研究員 大仲 均
株式会社共同通信社「Kyodo Weekly」2016年8月1日号掲載