再生医療市場の方向感
加齢黄斑変性は、年齢の進行に伴い網膜の中心部の黄斑に障害が生じ視力が低下するなど、ものが見えにくくなる病気である。欧米では成人の失明原因の第1位、日本でも第4位という難病であるが、治療法はないか、あるとしても根治には至らないという状況にある。その一方で、現在、再生医療の技術を用いたより効果的な治療法の開発がわが国で進められている。これは人工多能性幹細胞(iPS細胞)を利用して眼の難病治療を行う世界初の臨床研究として注目されている。
再生医療とは、けがや疾病により低下・喪失した生体機能を幹細胞等により人工的に復元させる医療技術のことを言い、従来の方法では治療が困難な疾患や障害への対応が可能な未来の医療技術と期待されている。
培養細胞や培養細胞によって作られる組織といった再生医療製品の実用化の状況をみると、わが国の場合、製品のシーズともいえる臨床研究の数に比べても、上市された製品は2品目、治験中のものは4品目に過ぎず、上市製品が合わせて数十品目に及ぶ韓国や欧米諸国に比べかなり後れをとっているのが実状である。
このような状況において、国も様々な施策を打ちその実用化に向け後押しを図ると共に、法整備などにより普及のための環境整備を行っている。安倍内閣は医療分野を成長戦略の柱の1つに掲げており、たとえばiPS細胞研究の促進として10年間で1100億円規模の研究支援が打ち出されている。
また法規制の面では、再生医療の推進と安全確保などについて相次いで整備が進められてきた。従来、再生医療は、指針による臨床研究への規制などはあったものの法律に基づく規制は行われて来なかったが、2013年4月にいわゆる再生医療推進法(再生医療を国民が迅速かつ安全に受けられるようにするための施策の総合的な推進に関する法律)が議員立法により成立、次いで11月には再生医療法(再生医療等の安全性の確保等に関する法律)および改正薬事法(薬事法等の一部を改正する法律)が成立した。再生医療法では、すべての再生医療に国への計画提出や安全性などの事前審査を義務づけ、国が監視し、高リスクの治療については国も直接確認するという構成になっている。直接的な法規制のない中、安全性や効果のわからない治療が拡大してきたことへの対処という側面がある。
また、再生医療等の提供機関、特定細胞加工物製造業者および細胞培養加工施設について、基準を設けることによって再生医療の特性を踏まえ安全性を確保しつつ、その迅速な実用化を図ることが目的とされている。それら一連の法整備を通じ、これまでは医療機関に限定されていた再生医療用細胞の培養・加工を、一定の条件の下、医療機関以外に委託することを可能にし、それにより再生医療の事業化をより一層促すことが期待されている。
改正薬事法では、再生医療等製品の定義を新たに設ける一方、再生医療等製品を製造販売する際、品目ごとに承認を受けなければならないこととし、定義・条件付け等を明確にした。これにより、メーカーによる再生医療等製品の市場化のスピードアップに貢献することが期待されている。
再生医療製品の実用化において大きな課題と指摘されてきた法制度の整備も緒に就き、市場形成への途が開かれてきたところであるが、ビジネスとして本格化するまでには、物流も含んだ製造プロセス(ものづくり)の確立、収益化に要する時間の短縮という事業採算性、製造物責任をはじめとするリスクへの対応など、解決すべき多くの問題がある。数は少ないながら製品化・市場化にチャレンジする企業も既に存在し、確かな実績を残してきた。また周辺技術の開発も着実に進行しており、研究の進展や規制の運用などに拠るところはあるが、再生医療市場の本格的な幕開けはそれ程遠くないところにあるのではないだろうか。
2014年7月 理事研究員 早川 賢