電子書籍周辺にまつわる考察


電子書籍の本格展開始まる、関連業界は地殻変動

電子書籍(電子ブック)がブレイクし始めた。2007年11月にアマゾン・ドットコムが「Kindle(キンドル)」を初投入し、2009年2月に「Kindle2」、6月に「DX(デラックス)」と後継機を相次ぎ投入、2008年末までの出荷の累計は50万台とされている。アマゾンは「Kindle」の出荷台数を公表していないが、2009年におけるQ3までの業績は好調と伝えられており、出荷台数も大幅増が見込まれる。2009年10月には日本を含む100カ国以上に出荷が始まった(2009年12月段階で日本語は未対応、対応時期は未定)。

同機の詳細なスペックはここでは触れないが、最新の「Kindle」は重量289g、1,500冊分の書籍を保存できる。全ての書籍は無線を通じてインターネットで60秒以内に端末から直接ダウンロードできる。アマゾンは米国で英語の書籍を35万冊以上配信しており、新聞や雑誌も購読できる。大半の利用者は月額利用料などを払わずに、米国で販売されている通常の書籍よりも割安な価格で電子書籍を購入できる。アマゾンの同事業のビジネスモデル(収益源)は端末と配信サービスである。アマゾンの最終目標は「世界中のすべての書籍を60秒以内で消費者に届ける」(アマゾンCEOジェフ・ベゾス氏)ことであるとしている。

ビジネスモデルや方法論は異なるが、「書籍のデジタル化」「デジタル配信」「電子書籍読書用端末」では、グーグル、ソニー、サムスン電子なども名乗りをあげており、「Kindle」に対抗し、日本国内でも大手出版社など出版50社が共同で有料ネット配信の実証実験に着手した。

なお、ソニーとパナソニックは2004年頃に読書用端末を投入したが、コンテンツ不足と通信環境の不備でいずれも撤退したが、ソニーは2009年末より米国中心に仕切りなおす。(※)

 

ネット配信で先行したのは音楽、映像であった。今度は書籍・新聞等の文字コンテンツの配信が本格化する。ネットによる書籍の配信が遅れたのは、紙の「本」という形態があまりに使いやすかったためである。

電子書籍のネット配信は関連業界に大きな「地殻変動」をもたらす。階層同士のまたは階層間での「主導権争い」と言い換えた方がわかりやすいかもしれない。大きく分けると①配信方法・方式、②出版業界(VS配信者:プラットフォーム)、③端末、④端末で使用される部材・材料、という4つの階層に分けることができる。

矢野経済研究所はミニコミ的特殊出版社といってもよく、出版業界の片隅に置く立場としては今後のコンテンツの売り方や価格設定という点で考えなければならないところだし、私の所属するCM&EO事業部(Chemicals,Materials&Electronics,Optics)は電子デバイスやその材料などを扱う部門なので上記③④も興味のつきないところである。それぞれについて考察してみたい。

プラットフォーマーとコンテンツ製作者で主導権はどちらが握るか

電子書籍の配信方法は、前述のアマゾンのような方式でソニーなど電機メーカーが独自の電子書籍端末を普及させ、スタンダードを狙っている。サムスンが現段階で発表している端末は通信機能を持たず、PCにつないでコンテンツをダウンロードする必要がある。通信会社も携帯電話への書籍端末サービスを拡充中。著作権関係で大きな問題を引き起こしたのがグーグルである。同社は書籍検索サービスの延長としてPCであらゆる書籍を買ったり読んだりできる世界を目指している。

配信者はプラットフォーマーであり、ネットビジネスではプラットフォーマーに利益が集中する。アマゾンではコンテンツの価格を紙の本より50~70%安く設定しており、アマゾンの取り分は60~70%とされる。

「若者の本離れ」が言われて久しいが、雑誌の相次ぐ休刊など出版業界の市場縮小傾向が続いている。こうした状況においてデジタル化は、コンテンツ制作者にとって販売機会増加の可能性は高まるが、プラットフォーマーに手数料を払う必要があり、従来より利益率が落ちるとみられる。出版サイドも指をくわえて見ているわけにもいかないので、価格設定の主導権を主張することになるだろう。

のみならず、デジタル化は、①「再販売価格維持制度」の見直し、②「委託販売制度」の見直し、③記事のバラ売り、④在庫のあり方の再考、など出版業界の再定義を促すインパクトを持つ。

「再販売価格維持制度」は、出版社が決めた販売価格を書店が維持するという日本独自の制度とみられるが、米国では書店側が販売価格を自由に決めることができる。このためアマゾンは「Kindle」経由の方が価格を安く設定できる。「委託販売制度」は書店が売れ残った書籍を出版社に返品可能な制度で書店のリスクを減少させており、このことは弱小書店を守るという意義はあったものの、出版社・取次業者への発言力を弱めていくとともに自らのマーケティング力をも弱めていくことにつながった。デジタル化による記事のバラ売りは一部で既に始まっている。音楽のアルバムCDを購入するよりも好きな曲だけダウンロードするようなものである。価格設定にもよるが、トータル収益でみた場合両刃の剣である。デジタル化されれば在庫を持つ必要もなくなってくる。必要なのは倉庫よりサーバ、管理者・デリバリー業者よりシステムエンジニアだ。

コンテンツの制作事業と、それを表示・配信するインフラ事業との分業が進む。出版各社は今後、その両方を手掛けるか、それともどちらかに特化するのか判断を迫られる。

 

ここで話をずらし私見を述べさせていただきたい。「簡単に入手できるものは簡単に飽きられる」ということだ。レコード(塩ビ板)がCDになり、「ウォークマン」の発売以来テープ、CD、MDときてiPodの登場に至り、この間に音楽の賞味期限はどんどん短くなってきたように思われる。レコードの時代には筆者が若く金銭的な余裕がなかったせいもあるが、新譜を買ってきたときにはステレオの前でかしこまって聞いたものだ。ある曲への思い入れといったものも薄くなってきているような気がする。音楽の情報化であり、さらには記号化である。この伝で考えるとデジタル書籍はただの「情報」となり、読者にとっては、コンテンツ製作者の総合的な「思い」より、あるパーツの情報または記号だけが重要視されるようになってくるかもしれない。というか、ハードの進化は利便性を高める分、ソフトは記号化せざるを得ないのかもしれない。

端末でもコンペティション激化、電子ペーパーの技術開発進展し用途開発も活発化

現在、電子書籍向けの端末では「Kindle」のほか、「Reader」(ソニー)(※)、「SNE-50K」(サムスン電子)などが出てきており、今後も様々な機種が出てくるものとみられる。

端末では、上記のような専門端末以外に、携帯電話、NintendoDSのようなゲーム機、あるいは電子辞書なども同様な役割を担うポテンシャルスペックを有している。通信、ゲーム、学習グッズとして、それぞれの立場からアプローチ可能なポジションにある。ソニー・コンピュータエンタテイメントジャパン(SCEJ)は2009年12月よりプレイステーション・ポータブル(PSP)向けにコミック配信を開始した。任天堂も同様なことを検討しているという。

上記専門端末の機種についても詳細なスペックは割愛するが、パネルにはいずれも電子ペーパーが採用されている。電子ペーパーにも各種のメーカーが様々なタイプを発表しているが、ここでも階層内でのコンペティションが起きている。電子ペーパーだけでなく今後、液晶や有機ELとのコンペティションも勃発する。

「Kindle」で採用されている電子ペーパーは、電子ペーパーのパイオニアであるE Ink社(台湾Prime View International Co.,Ltd:PVI社の傘下に入る予定)によるもので、ソニーもE Ink製。電子ペーパーに既に参入あるいは開発を進めているメーカーとしては、ブリヂストン、リコー、LGディスプレイ、サムスン電子などがある。

いうまでもなく電子書籍はカラー化のニーズが高いが量産品ではカラー化されたものはなく、カラー化は今後の技術課題となっている。電子ペーパーは電子書籍のほか、デジタル・サイネージ、電子看板、スマートカードなどのアプリケーションが期待されており、新規参入メーカーも増えている。

電子ペーパーはメーカーにより表示原理が異なり、それに伴って製法や使用される材料も変わって来る。製法としては印刷技術の応用、Roll to Roll対応などが検討されている。材料では、透明導電性フィルムや新規ハイバリアフィルムなどが注目されている。

おわりに

冒頭で、「電子書籍のネット配信は関連業界に大きな地殻変動をもたらす」としたが、一番大きな影響を受けるのは出版業界であろう。出版業界も対策・対応に抜かりはないが、デジタル化の中でのコンテンツ製作者の今後のあり方のひとつの解は、コンテンツの有効活用、メディアミックスであろう。メディアミックスを念頭においた企画とプロデュース能力が求められる。メディアミックスは新しい戦術ではないが、映画、TV、演劇、ゲーム、玩具、紙の本、電子書籍、記事のバラ売りなど、コンテンツのポテンシャルを見極め、最適なメディアミックス化を提案していくことが社会の文化とコンテンツ業者の収益に貢献していくのではないだろうか。

(※)ソニーは電子書籍端末「Librie」を2004年に発売し2007年に生産終了したが、米国市場で2006年に発売された「Librie」の姉妹機である「Reader」は依然として生産・供給されていた。2009年に電子書籍端末の需要が急成長したことから「Reader」のテコ入れを図り、8月に「Reader Pocket Edition」「Reader Touch Edition」と新製品を相次いで投入した。これらはワイヤレス通信には対応していないものであったが、2009年12月にワイヤレス通信に対応した「Reader Daily Edition」の販売を開始した。

2009年12月 主席研究員 田村一雄


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