調査会社の仕事とは
今回、この「アナリストeyes」への掲載が決まったことで、遅ればせながらここまで弊社の研究員が執筆してきた当コーナーの記事を読んでみたのだが、どれも見事なまでの分析力と文章力を有しており、手前味噌ではあるが「わが社の研究員は優秀だなあ」と感心した次第である。しかしながら同時に「自分の担当する業界に関するレポートならば、既に自社資料やプレスリリースで発信済みだよな」「このアナリストeyesという記事の目的を“弊社研究員を知ってもらう”“矢野経済研究所という会社に親しみを持ってもらう”とするならば、必ずしも業界レポートにこだわらなくても良いのでは?」という思いが首をもたげたのである。その考えに基づき、今回は少し趣向を変えて「矢野経済研究所という調査会社の研究員が普段どのような調査活動を行っているのか?」についてお話をさせて頂きたいと思う。
実際、私が調査で関わっているスポーツ業界の関係者の方からは「三石さんのところは一体どうやって”食って”いるの?」という疑問を投げ掛けられることが意外と多く、中には「何か裏で悪いことをして金儲けをしているのではないか?」と積極的に誤解してくれる方も決して少なくないのが実情である。この記事を読んで頂いた方に我々の業務実態や「目指しているもの」を知って頂くことで、少しでも「市場調査」というものへの理解を深めて頂ければ幸いである。
(なお、今回ここで紹介させて頂く内容は、あくまでも私の部署が担当している「スポーツ市場」における調査のスタイルであり、必ずしも当社の標準的な調査業務という訳ではないので予めご了承頂きたい)
私の所属する「スポーツビジネスチーム」は、主にスポーツ用品の市場全体を俯瞰した「マーケットレポート(資料)事業」と、小売段階でのスポーツ用品の販売動向を集計・分析した「YPSデータ事業」にて生計を立てている(ちなみにYPSは「Yano Panel Survey」の頭文字を取ったものである)。前者を形にするために欠かせないのが、スポーツ用品メーカー各社から得る「メーカー(ブランド)別スポーツ用品出荷量」の情報であり、後者は「各小売店の実売データ(販売数量及び金額)」である。言うまでもないことではあるが、つまるところ我々は「人様の企業活動の結果(販売実績)」をご提供頂くことで商売を成り立たせている訳である。それ故に辛口の業界関係者の方からは「お前等は業界からタダで情報を仕入れて、それを集計することで十何万円もする本を売っているのだから、良い商売だよな」といったような類のことも言われることが珍しくないのであるが・・・・・。
確かに、メーカー出荷量にせよ小売の実売情報にせよ、その結果のみを単純に集計してお金になるのであれば(換言すればそれだけの情報で我々の携わる業界の発展に寄与できるのであれば)、これほど楽な商売はないと私も思う。しかし残念なことに、世の中にそんな楽な商売はないのである。
では「楽ではない部分」、つまり調査事業における主要業務とは一体何なのであろうか?具体的には以下の2点に集約される。
1.数字の「裏付け」となる面接取材を行うこと
これは我々が調査業務を行う上で最も重要視していることであるが、メーカー、小売関係者に対する面接取材、時にはエンドユーザーへの直接インタビューを行うことで「数字の向こう側にある“何故?”を明らかにすること(数字を形成する要因について定性情報を含め情報収集を行い分析すること)」に調査時間の大半を費やしている。
2.「整合性ある市場予測」を行うこと
これはメーカー各社からの「出荷量予測回答値(自社計画値)」をベースに翌年以降の市場規模予測を行う際、必ずと言って良い程ぶつかる壁であり、我々にとって永遠の課題ともいえる事項である。
弊社のマーケットレポート(資料)では、各スポーツ用品カテゴリーにおける「来年の市場規模予測」を掲載しているが、この市場規模予測は「各メーカーの出荷量計画」の積算によって算出している。つまり、「私たちの企業は来年このくらいの販売計画を立てています」という数字の積み上げ結果を最大の基準として算出しているのであるが、各メーカーより回答されてくる予測値は「これくらいの数字をやらねばならぬ」という、「気合い」「希望的観測」の数字が織り込まれているケースが殆どである。回答側の立場に立ってみれば、これは当然のことであろう。これら「気合い」「希望的観測」が織り込まれたメーカー各社の数字を積み上げると、その結果の殆どは「対前年比150%アップ」といったレベルの数字となる訳であるが、当然のことながらその集計結果そのままに資料を発刊すれば、業界関係者から「お前たちはバカか?」というお叱りを受けるのがオチである。
これら「気合い」「希望的観測」が織り込まれた各社の数値を、如何に調整して市場の実態に即した市場予測を行うか?が、テクニカルな面における調査業務のポイントなのである。
これら整合性ある市場予測を行う際にも、上述した「面接取材によって収集された情報」が大変重要な位置づけを占めているのだが、つまるところ我々の調査業務というものは、面接取材を軸とした「コミュニケーション」を経て得られる情報によって成り立っているということができる。
よく「経済研究所の研究員」などという肩書きを見て、「普段は研究室で白衣を着て研究に没頭しているのですか?」などという質問を受けることがあるが、根本的な部分は「人と人との繋がり」またはそれに立脚した「信頼関係」によって形成されているのである。これは私が調査担当しているスポーツ業界の業界体質自体が「人と人との繋がり」を重視する、どちらかというとウエットな特性を有している所為なのかもしれないが、この会社で研究員として10年働いて得た一つの結論は「矢野経済研究所の研究員として一番必要な資質は、調査分析力よりも文章力よりも”能動的に他人との人間関係を構築できるコミュニケーション能力”である」ということである(あくまでも個人的見解であるが)。
具体的な調査手法に関しては「企業秘密」的な面が多くここでお話しすることはできないのだが、少しでも「矢野経済研究所」という会社、そして我々の調査業務についてご理解頂けたならば幸いである。最後に私の所属するスポーツビジネスチームの調査ミッションをご紹介させて頂ければと思う。
<スポーツチーム 調査ミッション>
調査、分析力をもってスポーツ業界発展に貢献する
<調査理念>
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徹底した「現場主義」の市場研究
~机上の定量数値のみでマーケットを語らない~ -
当該市場での事象のみにとらわれない
~全産業を網羅した全社的ネットワークを活用し、幅広い視野を持つ~ -
業界における客観的、第三者的立場を遵守する
~独立調査期間として、常に自社データの信頼性、正確性向上に努める~ - 常にマーケットの将来を見据え、市場のニーズに迅速に対応する
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スポーツを愛する心を持ち続ける
~消費者、ファンの視点から市場を分析する目を併せ持つ~
2011年11月 主任研究員 三石 茂樹