化粧品メーカーの成長戦略に関する一考察
化粧品業界の市場環境
2010年度の日本の化粧品市場規模は、矢野経済研究所推計で前年比100.1%の2兆2,860億円とほぼ横這いの推移となっている。日本の化粧品市場は、人口減少や少子高齢社会の中にあって大きな成長が見込みづらい成熟市場であるが、成熟した国内市場での限られたシェアをめぐっての既存メーカーとの競争激化をはじめ、外資系メーカーのプレステージ市場の強化、さらには異業種の新規参入など、競争環境が厳しくなっている。
この様な競争環境の中、日本の化粧品メーカーは、新たな成長戦略を掲げている。
化粧品メーカーの成長戦略類型
現在、化粧品メーカーが掲げる成長戦略は様々である。そこで、このコラムでは、‘企業戦略の父’と言われるH.I.アンゾフ(1965)「企業戦略論」の成長ベクトルのフレームワークを使って、化粧品メーカーの成長戦略を整理してみたい。
マトリックスに示された4つの戦略のうち、「市場浸透」は、既存市場において既存製品でシェアを伸ばす手法であり、化粧品メーカーは、成長著しい通販ルートの強化や既存ブランドのロングセラー化・メガブランド化などを行っている。
「製品開発」は、既存市場に対して新規製品を提供することにより売上拡大を図る手法であり、化粧品メーカーは、美白、アンチエイジング、自然派などをキーワードにした製品開発などを行なっている。
「市場開発」は、既存製品で新規市場を開発して成長機会を見出していく手法であり、化粧品メーカーは、中国をはじめとしたアジアの新興市場の進出などを行っている。
「多角化」は、新規製品を新規市場に向けて開発することにより成長する方法であり、市場、製品、技術関連性の視点から、「水平型多角化」、「垂直型多角化」、「集中型多角化」、「集成型多角化」の4つに分けられる。「水平型多角化」は、現在と同じタイプの顧客に対して新規製品を販売する手法であり、化粧品メーカーは、健康食品、美容機器市場への進出などを行っている。「垂直型多角化」は、既存市場において既存製品の生産段階や流通段階に進出する手法であり、化粧品メーカーは、エステティックサロンの展開などを行っている。「集中型多角化」は、既存市場で培った技術やノウハウなどのコア・コンピタンスを活かして新規市場へ進出する手法であり、化粧品メーカーは、皮膚科学の知見を活用した医薬品市場への進出などを行っている。「集成型多角化」は既存市場と関連性のない新規市場に進出する手法であり、化粧品メーカーが採用することはほとんどない。
以上、化粧品メーカーにおける成長戦略を整理した。多くの化粧品メーカーは、4つの成長ベクトルのうちの1つのみを採用することはせず、2つ以上の成長ベクトルを併用している。4つのベクトルのうち、「市場浸透」と「製品開発」は成長戦略というよりも、むしろ生き残り戦略といった要素が強く、「市場開発」、特に海外市場の開拓が化粧品メーカーの成長戦略の大きなトレンドとなっている。これは、日本の化粧品市場は成熟していること、また、今後の人口減と少子高齢化をいう社会状況を見据えると、積極的な海外展開を戦略的に志向せざるを得ないからである。中でもアジア地域、特に急成長を続ける中国化粧品市場は市場規模も大きく、非常に魅力的な市場であることから、日本の化粧品メーカーは、中国を中心とした、成長するアジア地域の外需獲得に注力している。
一方で、「多角化」は、その不確実性が他の戦略より高いため、注力する化粧品メーカーは多くないのが現状である。
化粧品メーカーの今後の成長戦略
化粧品メーカーの成長戦略は、今後も海外市場の進出が中心になると思われる。化粧品メーカーにとって、成長するアジア地域の需要を確保しようとするのは当然であるが、もうひとつ魅力的な成長ベクトルとして、多角化戦略がある。
多角化戦略は、不確実性が高くハイリスクであるが、一方で、大きな成長も期待できる戦略であり、シナジー効果を期待できるというメリットもある。既存事業と新事業の間で技術や販売ノウハウなどに共通するものがあれば、経営資源を共有し補完することにより競争優位を確立することができる。
H.I.アンゾフがこのフレームワークを生み出した時代は、自社による多角化という前提があり、大手でない化粧品メーカーにとって多角化戦略を採用しづらい部分もあった。しかしながら現代では、M&A、提携、アウトソーシングなどの様々な選択肢があり、大手でない化粧品メーカーでも多角化戦略を採用する環境は整っている。
もちろん、明確なコンセプトや計画のない無謀な多角化は企業を破綻させる可能性があるが、自社の置かれた経営環境を十分に分析し、確かなコンセプトに基づいた多角化は、企業を成長させる原動力になりえる。今後、化粧品メーカーが更なる成長を志向するには、市場開拓戦略による海外市場開拓に加え、多角化戦略も視野に入れた成長戦略の策定を行う必要があるのではないだろうか。
2012年4月 主任研究員 浅井 潤司