消費者保護と利便性追求の狭間で・・・


どのような業種・業態にあっても、事業者は何らかの法規制の枠組みの中で業を営んでいるものである。こうした法制下で、商流通を円滑なものにするための法の精神として、業界の成長、事業者の円滑な事業の推進、あるいは規制であり、一方で消費者、利用者、投資者保護を目的としている。

しかし、消費者保護を重視することで、消費者、事業者双方にメリットが生まれることもあるが、時として両者にとって必ずしもメリットにはならないケースもあるようだ。取材をしていて、よく耳にする事業者の嘆きが、「コンプライアンスと、消費者のための利便性追求・向上のどちらに重きを置くか」である。もちろん、両方とも重視した上で、どちらに比重をかけるかという意味である。こうした苦慮に直面している業態が、担当する金融業界の中で、いくつかあるので紹介したい。ここでは、単に紹介するだけであって、何らかの考察を加えるものではないので、あらかじめ断っておく。

一つは貸金業界である。これまで様々な規制やバッシングを受けてきたが、そうしたものを教訓に成長を遂げてきた業界で、いわゆる「官制不況」を乗り越えてきた業界である。現在もこうした事態の真っ只中にあると言ってもよいだろう。

直近の事例では、「貸金業の規制等に関する法律」(1983年に成立)が、2006年に「貸金業法」に改正、成立した。つまり「規制法」から「業法」に変わり、「規制」を重視していた法律から「貸金業が我が国の経済社会において果たす役割にかんがみる」ということで、要するに規制業種から我が国の国民、経済にとって重要な役割を担う業界に成長させようと、法律の目的が変わったのである。

ここまでは、何の問題もないと思われるが、結果、規制が全くなくなったのではなく、加えて我が国の経済社会において果たす役割に重きを置くために、それまで問題視されていた「多重債務」、「自己破産者増加」に対処するために、新たに「総量規制」(個人の借入総額が、原則、年収等の3分の1までに制限される)と「上限金利の引下げ」が導入されたのである。このことで、過剰な貸付、借入は抑制、これまでよりも低金利(上限29.2%が20.0%に)で借入ができるようになった。一方で、数年前までは借入ができた利用者が、上限金利が引下げられたことで同一人物であっても貸倒リスクが高い消費者という与信判断が下され借入ができなくなる、また、新たな借入ができなくなってしまった(借りたいのに借りられない)消費者も現れるという事態を引き起こしている。

そのため政府では、カウンセリング体制の充実やセーフティネットの整備、金融経済教育の強化、ヤミ金融の取締強化などについて対応している。一方、貸金事業者の中には貸付残高及び利益が減少、経営が立ち行かなくなり撤退を余儀なくされた事業者も少なくない。金融庁によると2000年3月末の貸金事業者数は29,711社、2006年3月末は14,236社、2012年3月末は2,350社と2006年以降減少数に拍車がかかっている。

生き残り策は自主努力に任されている模様である。もちろん、従来からこうした新たな規制の範囲内で事業を営み、自社への影響がないとする事業者もある。

もう一つは、FX(外国為替証拠金取引)業界である。難しく言うと、通貨等に関する店頭(相対)金融先物取引の業界である。こちらは、貸金業に比べれば影響は軽微である。

2005年に金融先物取引法が改正された時に、投資者保護を目的に幾つかの規制が導入されたが、そのうちの一つに「不招請勧誘の禁止」というものがある。これは、勧誘の要請をしていない一般の消費者・投資者・顧客に対して訪問又は電話による営業をしてはいけない、という規制で、我が国で初めて導入された規制であり、取引所以外の店頭FXを扱う事業者にのみ課せられた規制である。既にイギリスで導入されていた規制を取り入れた。

導入に至った背景には、強引な営業によって投資者が被害を被るといった社会問題があったためで、事業者の営業活動の自由より投資者保護を重視したものである。インターネットが普及していない時代であれば死活問題であったと考えられるが、各事業者はインターネットによるインバウンドの営業に切り替えたことで活路を見出し現在に至っている。

また、投資金額に対するレバレッジの比率も段階的に規制され、過剰な投機を抑制しようとした。その効果は、取引高の減少(為替相場の影響もあると思われるが)から明らかといえるが、投資者にとっては投資効率が低下するというデメリットも享受することとなった。結果、取引事業者では、取引高の増加を狙うため、為替の買値と売値の差を縮め投資意欲の減退を低下させる自助努力(事業者の中には米ドル/円で0.2とか0.3銭という事例がある。ニュースで紹介される為替レートでは2とか3銭が多い)を続けている。

ちなみに「不招請勧誘の禁止」は、2011年から商品先物業界でも導入されたが、FXほどインターネットでの口座開設や取引が盛んではないため、現段階での規制の影響は小さくはない。

一方、消費者の利便性向上から規制緩和によって新たな業態、サービスも生まれている。上記のFXも1998年のいわゆる「外為法」が改正され、外国為替業務の完全自由化によって、それまで銀行間でしか取引が行われていなかった外為取引が、一般の個人投資家でも取引に参加できるようになったものである。

この他に、消費者の利便性、サービス向上をきっかけに台頭してきたのが、インターネット銀行や証券会社、コンビニエンスストアに設置されているATM等が挙げられる。保険業界でもインターネット生命保険会社や損害保険会社もある。加えて生命保険と損害保険の両方を扱える少額短期保険という新たな保険会社もある。また、保険会社の商品を販売する代理店の中には、複数の保険会社の商品を扱い、接客窓口を設けた、いわゆる「来店型保険ショップ」という便利に活用できる業態も拡大している。

消費者ニーズの変化、サービス向上の追求、景気動向に加え法規制の強化や緩和の影響を受ける中、浮き沈みを経験しながらも成長を続けていている業界の担当者達は、日々進展する情勢の中、今日も、コンプライアンスと消費者のための利便性追求・向上の狭間で頭を抱え、知恵を絞っている。

2012年11月 主任研究員 白倉 和弘


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