高機能フィルムの行方


弊社では毎年、「高機能フィルム市場の展望と戦略」というタイトルで工業・産業用フィルムに関するマーケットレポートを発刊している。当初は包装用や医療関連など幅広い産業領域を対象としていたが、液晶関連市場が盛り上がってきた2002年頃からは偏光板及びその副資材、バックライト部材、PDP光学フィルターなど、光学関連へとフォーカスしてきた。

当時、携帯電話需要の爆発的な拡大とディスプレイのカラー化、高画質化など中小型サイズの液晶需要に加え、2001年1月にシャープの「AQUOS」1号機が発売され、家庭用TVのLCD化が本格的に始まるという時期であり、偏光板、位相差フィルムや、光拡散フィルム、プリズムシート、透明導電性フィルム、反射防止フィルムやその原反であるTACフィルム、PETフィルムなどが、最先端の高機能フィルムとして注目を浴びた。その後、大画面TVにおいてLCD vs PDPの競合がLCDの勝利に決着したことや、設計・製造面でのハードルが比較的低い光拡散フィルム、プリズムシートの海外シフト進展などにより、レポートに取り上げるアイテムも変化してきた。もっとも、毎年ディスプレイ関連以外に注目されているフィルムの動向も掲載しており、必ずしもディスプレイ関連のみを取り上げているわけではない。ただ、それでもここ数年は目に見えてディスプレイ関連フィルムの状況は変化している。

LCD-TV、ノートPC、携帯電話などは発売以来10年以上が経過、製品の機能・性能・スペックはある程度完成の域に達し価格も大幅に下がってきた。ディスプレイの主力プレイヤーはシャープ、ソニーをはじめとする日本メーカーから、サムスン、LG、AUOなどの海外大手へとシフト。部材や副資材、そのベースとなるフィルムがコモディティ化したことで競争力のポイントが性能・付加価値から価格・ボリュームへと変化した、そのため、以前はディスプレイ周辺の高機能フィルムの大部分を日本メーカーが押さえていたが、最近では韓国、台湾勢など海外勢のシェア拡大が目立つ。

海外勢の武器は価格競争力の高さにある。日本メーカーがLCD関連市場立ち上がりの時期から原反メーカー、コンバーターとセットメーカーがそれぞれの技術力をブラッシュアップしながら情報交換、共同研究・開発を進め、技術や設備を一から作り上げながら時間をかけて最先端分野を切り拓いてきたのに対し、海外勢は「自社に無いものは他から買う」という姿勢で、新製品開発に必要な技術、設備、技術者を外部から導入。「既に世にある製品を効率よく生産する」ことで、日本勢が作り出し、育て、広げてきた市場をコストとボリュームで獲っていったのである。

もちろん、偏光板、位相差フィルムやその周辺のTACフィルム、TAC代替フィルム、ノルボルネン系フィルムなど、現在においても日本勢が高いアドバンテージを持つフィルムはある。これらはディスプレイのコモディティ化が進む中においても(あるいは、コモディティ化が進むからこそ)、画像品位向上、コストダウン、薄肉化のための基幹材料としてその品質、付加価値が重要視されており、新たな技術開発や提案の余地も大きい。2012年版の「高機能フィルム市場の展望と戦略」でも、ここでの日本メーカーの技術と戦略を紹介している。

一方で、偏光板周辺とともに日本メーカーが強みを見せてきたPETフィルム及びその加工フィルムでは、ディスプレイ・光学の次に来る市場・用途を攻めあぐねているように見える。国内PETフィルムメーカーはこれまで、コーティングその他の二次加工を行うコンバーターと密に連携することで、無欠陥かつ高透明・易接着の原反や難易度の高い二次加工フィルムを開発。LCDバックライトやタッチパネル、PDP光学フィルターといった用途・分野を切り拓いてきた。これらの多くは開発当初は世の中に無い製品、具体的に仕様が決まっていない製品であり、日本メーカーはその技術力・開発力を武器にディスプレイ関連市場の拡大とともに最先端市場での確固たるポジションを確立してきた。しかし、製品のコモディティ化とともにディスプレイ部材・材料は最先端製品からボリュームゾーンへと立ち位置を変え、フィルムに対しても最先端よりも「そこそこの性能・品質で手ごろな価格」が求められるようになった。これまでと同様の展開を続けていたのでは日本メーカーの強みを発揮することは難しく、ディスプレイ関連の「次」の市場、分野の開拓に苦心している。これまで有機ELや太陽電池などが注目されてきたが、これらは部材としてフィルムが使用される部分が少なく、ディスプレイの次に市場を牽引していくほどの力は見られない。

FPD市場の本格的な立ち上がりから10余年が過ぎ、韓国メーカー、台湾メーカーがシェアを拡大した現在、業界内にはPETフィルムにはもはや新たな製品開発・市場開発の余地は無くなったとの声も聞かれる。しかし、かつてPETフィルムの主力用途であった磁気テープが縮小したとき、日本のPETフィルムメーカーはプリペイドカードやグラフィック関連などの細かい需要を掘り起こしつつ「次」の開発を怠らなかった。その中で、コンバーターと技術情報を交換・共有しながら、原反のブラッシュアップと二次加工技術の取り込みを行ってきた。ディスプレイ関連も、はじめはこれら細かい開発の中から生まれた用途の一つであったのだ。

そう考えると、「新たな市場」が、現時点でディスプレイ関連市場を置き換えるだけの希望で存在しているとは考えにくい。PETフィルムメーカーは、将来の大型需要の芽を逃さないためにも、細かいニーズを確実にキャッチアップし、材料の見直しまで含めた原反の改良・ブラッシュアップを絶えず進めていかなければならない。こうした取組みは日本メーカーにしかできないはずだ。

2012年12月 主任研究員 船木 知子


コメントを残す