平均値が通用しない中国マーケティング
「今月のアナリストeyes」において、2010年2月の深澤裕主席研究員の「中国の急成長を支える消費者像」に続いて、個人的な経験で中国の消費者像について述べてみたいと思う。
10年以上前になるが、中国上海で勤めていた会社の社員旅行で、シンガポール・タイ・マレーシアに行くことになった。社員旅行といっても数名なので、中国現地の旅行会社が企画する観光ツアーの参加である。ツアーの旅行代金は航空チケットとホテル宿泊代程度で高くはない設定であるが、日本人である私は割高に設定された。その理由は、日本人があまり買物をしないからだという。実際に現地に行って分かったのだが、現地ガイドはみやげ物屋や宝飾店に観光客を案内し、観光客が買物をすれば、そのガイドに売上の一部が入るという仕組みである。よって、中国人観光客の旺盛な買物によって、航空チケットとホテル宿泊代程度の料金設定ツアーが成立しているともいえる。(但し、実際には入場料が不要な観光地を中心に巡り、現地に行くと別途有料のオプショナルツアーが用意されている。また、現地ガイドにはチップを支払う必要もある。)
観光旅行での買物は、自分のためというよりは、家族や友人へのプレゼントとしての買物が重要になっている。前述の会社で、今度は香港・マカオへの社員旅行の際、一緒に観光をしていた一人の同僚が腕時計専門店を見て、買物をしたいからちょっと時間をもらっていいかと相談され、一緒に入った。しばらく商品を眺めた後、「これ」と「これ」、それから「これ」という感じで、さくさくと商品を決めて、複数の腕時計を家族や恋人へのプレゼントとして買っていた。一緒に観光している私たちを待たせていることへの遠慮もあって即断即決だったのかもしれないが、それにしても決断が早かった。そして印象的だったことが、その買物を終えて代金を支払った後、うれしそうに大声で「任務完成了!」(任務完了)と、言ったことである。安堵の気持ちがこちらにも伝わってきた。香港まで旅行にきたのだから、大切な人へのプレゼントを買わなければならないという、義務感のようなものがあったに違いない。この同僚は腕時計のまとめ買い完了後、買物から解放され純粋に観光を楽しんでいた。以前、上海に出店する日系和菓子店の方から聞いた話で、贈答品目的に「一番高い商品が欲しい」という消費者もいるそうである。大切な人への贈り物は、あまり金に糸目をつけずに買物をしているようだ。
しかし、普段の消費行動はどうかというと、当時私と同年代の同僚たちは、何か特別な贅沢をするわけでもなく、身の丈にあった消費をしている人が多かった。また旅行の際に、皆が必ず家族や友人へのプレゼントを購入するわけではなく、特に何も買物をしない者もいた。中国人観光客の一人当たり消費額などの統計が発表されているが、これはあくまでも平均値であって、前述の通り、まとめ買いで大量に消費する人と、ほとんど何も買わない人もいるため、個人差が大きいと思われる。もちろん富裕層であれば消費額が大きくなるのだが、同じ所得階層の中でも、個人差が大きいだろう。また同一人物であっても、購入の目的によってその消費行動は異なる。海外旅行では大切な人へのプレゼントを大量に買い込むが、日常では自分の買物で贅沢はしない人もいる。訪日した中国人観光客は家電製品などをまとめて購入している印象があり、これは事実であるのだが、しかしこれが日常の姿ではないということ、倹約家の人もいるということを忘れてはならない。香港・マカオの社員旅行の際、私が一人バスのそば立っていたとき、ガイドが近づいてきて、「あなたと一緒に来たお友達に、カメラや時計など買物をしたいと考えている人はいないですか?」と、質問してきた。中国人観光客の全員が必ず何らかの買物をするわけではないので、ガイドも事前調査をして戦略的にニーズにあった店舗に連れて行こうとしているのだ。
調査業務において、中国の都市別統計の平均所得推移などをまとめることがあるが、どうも中国における平均値というものは、実態の感覚に比べてしっくりとこないことが多い。つまり中国のマーケティングにおける全体平均はあまり意味を持たないのである。副収入がある人もいれば、住宅の立退きで大金を手にした人もいる。同じ所得水準の人であっても収入を得た方法が異なるので価値観にも違いがあり、消費行動は様々といえる。
中国における事業展開は、ターゲットとする消費者を設定した上で、消費行動を調査分析し、平均値を意識しないマーケティング分析が必要である。
2013年3月 上級研究員 泉尾 尚紀