
2月13日、ベトナム外務省のハン報道官は、トランプ大統領が表明した“合衆国国際開発局(USAID)”の閉鎖方針について、「医療、気候変動、災害救援など広範な分野において両国の協力関係と戦争後遺症の克服に貢献してきたUSAIDの閉鎖は遺憾だ。とりわけ地雷や不発弾の除去、枯葉剤散布による残留ダイオキシンの除染事業の中止は人々の安全や環境に深刻な影響を及ぼす」と強い懸念を表明した。
USAIDは1961年、ジョン・F・ケネディ氏のもと非軍事の海外援助機関として設立、冷戦下においては途上国における旧ソ連の影響を抑える狙いもあった。現在、紛争地域や最貧国など世界100ヶ国以上において食料、医療、教育、女性や社会的少数者の権利保護といった人道支援活動を展開している。これに対し、かねてからUSAIDを「腐敗にまみれたムダな組織」と断じてきたトランプ氏は、大統領に就任するや資金提供を停止、組織の閉鎖を宣言する。
USAID閉鎖に伴う米国に対する信任低下は強権主義国家の覇権拡張や過激主義者を勢いづかせるリスクを孕む。一方、USAIDを巡っては“別の問題”も浮き彫りになった。2月6日、トランプ氏はSNSに「USAIDの資金がフェイクニュースメディアに流れている」と投稿、これを盟友イーロン・マスク氏が拡散した。根拠が示されることなく一方的に名指しされたニューヨークタイムズやポリティコは直ちにこれを否定するが、日本にも飛び火する。
SNS上では「USAID閉鎖に関する報道がないのは不自然」といった言説が拡散した。もちろん、取り沙汰されたメディアはこれを否定、日本ファクトチェックセンターもそれが偽情報であることを確認している。背景には「USAIDはリベラル勢力による闇の権力“ディープステート”の巣窟で、メディアはカネで操作されている」との“陰謀論”がある。はたして彼ら信者たちにとっては「真偽の検証など必要ない」ということか。“いとも簡単にニュースらしきものが作れる時代、偽情報による負の連鎖を断ち、事実を埋もれさせないためにどう行動すべきか”(「災害とデモ」堀潤、集英社 )、問われているのは事実を見極め、事実と向き合う覚悟である。

2月10日、パレスチナ自治区ガザを実効支配するハマスは、イスラエルが支援物資の搬入を制限しているとして人質交換の見送りを示唆した。これにトランプ大統領は即座に反応、「15日正午までに人質が解放されなければ地獄を見ることになる」と警告した。13日、ハマスは戦闘再開を回避すべく予定どおり人質を解放する旨の声明を発表、依然として“薄氷”ではあるが、ひとまず停戦合意は維持される模様だ。
そもそもハマス側の不信の背景には4日、ネタニヤフ首相との共同記者会見の席上で発せられた「全住民を強制移住、ガザは米国が所有し、リゾート地として再開発する」とのトランプ構想がある。当然ながらアラブ諸国はもちろん国際社会は一斉にこれを非難、米国のルビオ国務長官も「復興までの一時的なもの」と釈明した。しかし、ご本人は「未来のためのディールであり、住民に帰還の権利はない」と明言、“中東のリビエラ構想”を撤回するつもりはないようだ。
先週末、筆者も運営の一端に関わっているシェア型書店「センイチブックス」(調布市仙川)で、ジャーナリスト川上泰徳氏のドキュメンタリー映画「“壁”の外と内:パレスチナ・イスラエル現地報告」を上映した。住民の目の前で住宅が破壊され、子供たちの目の前で学校が押しつぶされる。一方で拡大してゆく入植地。圧倒的な暴力に踏みにじられる生活と自由、彼らは一体どこまで耐えられるのか。報道されることのないヨルダン川西岸の現実に言葉を失う。
はたして住居も家財も失った住民はこの地を去ったか。否、かつて彼らの遠い祖先がそうしたように洞窟での暮らしがはじまる。その土地で生きること、それこそ彼らに残された尊厳であり、そこにトランプ構想の錯誤と傲慢さの本質がある。希望はあるのか。自身の兵役拒否で「何かが変わることを願う」と語ったイスラエルの若者の言葉にそれを見出したい。本ドキュメンタリー映画は、2月23日と24日の両日、西荻窪の「西荻シネマ準備室」で上映※される。多くの方に観ていただきたく思う。まずは知ること、そして、考えることからはじめたい。
※パレスチナ・イスラエル現地報告取材ドキュメンタリー『“壁”の外と内』上映会+トーク・質疑応答by川上泰徳(中東ジャーナリスト)@東京・西荻<2/23(日)&24(月)午後1時半より>
【日時】2025年2月23日(日)、24日(月:振替休日)13:30~16:30(開場13:00)
【場所】西荻シネマ準備室(西荻のことカフェ2F)
東京都杉並区西荻南3-6-2(JR西荻窪駅南口徒歩3分)
【参加費】2000円、大学生以下1500円
※定員30人(予約制)
※上映後、1時間のトークと質疑応答を行います。
◇予約はこちらから:https://x.com/kawakami_yasu/status/1891856613772038497

1月31日、飯田下伊那地域(長野県)の観光振興と地域経済の活性化を目的に「サザン長野田舎インバウンドコンソーシアム」が設立された。飯田市(結いターン移住定住推進課)は2020年度からNPO法人「えがおつなげて」の曽根原久司氏を代表講師に迎え、地元事業者やインバウンドに関心のある市民を対象に「田舎インバウンド講座」を主催してきた。コンソーシアムはこれを母体に欧州旅行業界に太いパイプを持つ旅行会社、ツアー・コーディネーター、メディアプロデューサーといった実務家を加えた陣容でスタート、微力ながら筆者も顧問として参画させていただいた。
4年間の「田舎インバウンド講座」で受講者は観光資源の掘り起こしやモニターツアーの開発に取り組んだ。コンソーシアムはこの成果を引き継ぐことで、欧米からの訪日リピート客を想定した9つのベーシック・プログラムを完成済みだ。天竜峡や下栗の里といった観光名所はもちろん、星空観察、五平餅づくり、茶摘み体験、秋葉街道(旧道)トレッキング、郷土芸能鑑賞など、“田舎”を五感で感じる体験型のツアー・プランが用意されている。
それにしても飯田は遠い。東京からは南アルプスを迂回し、諏訪経由でも、豊橋経由でも、高速バス、鉄道、いずれを利用しても4時間を要する。とは言え、これこそ“本物の田舎”に至る“儀式”でもある。初代コンソーシアム会長に就任した古民家旅館“燕と土と”のオーナー中島綾平氏は「下伊那地域までの行程そのものを味わって欲しい」と語るが、まさにこの4時間が豊かな自然と独自の文化がこの地域で育まれ、継承され続けてきた所以でもあろう。
コロナ禍を経てインバウンドは絶好調だ。長野県への訪問客も増えている。ただ、宿泊数ベースでは全体の1.1%(2023年、観光庁)、人気エリアは善光寺やスキー客で賑わう北信、軽井沢の東信、松本城、上高地、南木曽を擁する中信だ。このことは南信、すなわち、飯田下伊那エリアは大手資本にとって優先順位が低いことを意味する。言い換えれば、特色溢れる小規模事業者や意欲的なスタートアップにとって絶好のビジネス・フィールドであるということだ。飯田はリニア中央新幹線の途中駅が予定されている。しかしながら、規模化と効率性を戦略の軸に置いた時点で田舎の価値は減価する。田舎であること、そこでの営みに共感する需要層に絞り込んだマーケティングで、この地域ならではの持続可能な観光価値を創出していただきたい。
サザン長野田舎インバウンドコンソーシアム HPはこちら

1月28日、日本長期信用銀行を前身とするSBI新生銀行は、自己資本と親会社SBIホールディングスからの追加出資をもって公的資金1000億円を今年度内に返済、残る2300億円も早期に完済し、3度目の上場を目指すと発表した。2021年、SBIは新生銀行に対して“同意なきTOB”実施を発表する。新生銀行経営陣はこれに反発、買収防衛策の発動を探った。しかし、結局、ホワイトナイトは現れずSBI提案を受け入れることとなる。
今、牧野フライス製作所(以下、マキノ)がニデックによる“事前打診のないTOB提案”に揺れる。昨年12月27日、ニデックはマキノに対するTOBを表明、寝耳に水のマキノ側は社外取締役で構成される特別委員会を設置、TOB実施時期の先送りやTOB成立の下限を引き上げるよう要望する。しかし、ニデックは“方針どおり”を貫く構えだ。買収側と被買収側の交渉が公開で行われることは投資家にとってフェアであり、また、買い手にとってはスピード感も期待できる。一方、デューデリジェンスが甘くなる、つまり、買い意欲の高さゆえの“高値づかみ”や強引なプロセスが被買収側従業者の士気低下を招く懸念も残る。
今回の手法は“穏便な経営統合”を指向しがちな日本企業同士のM&Aにおいて異例の展開ではある。しかし、敵対的M&A自体は今や珍しくない。伊藤忠によるデサント、コロワイドによる大戸屋の買収、不成立となったが王子製紙による北越製紙、オーケーによる関西スーパーの事案も記憶に新しい。昨年暮れ、パチンコ機器メーカー“平和”がゴルフ場の最大手アコーディア・ゴルフを買収した。平和は2012年、既に傘下に収めていた業界2位のPGMを通じてアコーディアに敵対的TOBを仕掛けている。この時は、失敗に終わったが、その後、アコーディアはファンドからファンドへと譲渡され、最終的に平和は目的を達成する。
内需の成長力が低下する中、事業会社同士のM&Aも活発化するだろう。上場会社経営陣に求められるのは企業価値の向上であり、コーポレートガバナンス・コード、スチュワードシップ・コードの実践はその前提である。問われているのは合理的で蓋然性の高い経営戦略とその実現力である。身内に閉じた論理はもはや通用しない。ニデックとマキノには堂々とそれぞれの事業戦略の優位性を資本市場にアピールしていただきたく思う。ただ、今更ではあるが、そして、もちろんこれも戦術の一環であろうが、何も年末年始“奇跡の9連休”の前日に敵対的TOBを公表せずともよかったのでは? ニデックさん。

1月19日、ガザは6週間の時限が付いた第1段階の停戦期間に入った。当初、停戦開始時刻は8時30分とされたが、ハマス側からの人質名簿の提出が遅れたため、11時過ぎの停戦入りとなった。この間、イスラエル国防軍は空爆を継続、新たに19人の命が失われた。この日、ハマスは人質3人を解放、イスラエルは受刑者90人を釈放した。合意が順調に守られれば第1段階の停戦期間中にイスラエル人33人、パレスチナ人1890人が“交換”されるという。
報道では解放されたパレスチナ人を「受刑者」「囚人」と表現した。しかし、彼らは起訴や裁判にもとづく犯罪者ではない。NHKは世界の教育コンテンツの向上と文化の相互理解に貢献する映像作品を毎年“日本賞”として表彰しているが、2023年のグランプリ作品「Two Kids A Day」が思い出された。作品に登場する元少年はイスラエル兵に石を投げたという“テロ”行為によって拘束された。ヨルダン川西岸では毎年700人のこどもがイスラエル軍に逮捕されているという。タイトルの“1日に2人のこども”とはこの意味だ。
2023年10月7日、戦端はハマスによる“奇襲”によって開かれた。しかし、占領者による暴力の日常がその根底にあったことを看過すべきではない。2024年1月、国際司法裁判所(ICJ)はイスラエルに対してジェノサイド阻止の暫定措置を命令、7月には武力による領土取得と自決権の剥奪を国連憲章違反と認定した。9月、国連総会で加盟国の6割を越える124ヶ国がこれを採択、11月、国際刑事裁判所(ICC)はハマス指導者とともにイスラエルのネタニヤフ首相に逮捕状を出した。容疑は人道に対する罪と戦争犯罪だ。しかし、イスラエルの後ろ盾である米国はこれを不満としてICCに制裁を課す法案を可決、トランプ氏がこれを引き継ぐ。
二国家共存への道は遠い。憎しみの連鎖も続く。解決は容易ではない。しかし、この問題の責任は言わば“絡み合った歴史”にある。同時代を共有する私たちもまた考え続ける必要がある。来る2月8日(土)17時30分より、筆者も運営の一端に関わっているシェア型書店「センイチブックス」はジャーナリスト 川上泰徳氏を招いて、パレスチナの今を伝えるドキュメンタリー映画「“壁”の外と内」の上映会&トークイベント※を開催する。現地の空気を感じ、人々の表情に向き合い、彼らの声を聴くこと、そして、自分自身で考えることから始めたい。一緒に考えてみませんか。どうぞ、今すぐこちらから。
※ 「”壁“の外と内」上映会の詳細について
https://peatix.com/event/4222916
日時:2025年2月8日(土)PM17:30~21:00
場所(著書販売会): センイチブックス 東京都調布市仙川町1丁目19-24 リヴェール仙川202(京王線仙川駅徒歩1分)
(上映会): ツォモリリ文庫 東京都調布市仙川町1丁目25-4(京王線仙川駅徒歩3分)
入場料:3000円(内訳 参加費:2500円 +ツォモリリ文庫でのワンドリンク500円)
お申込はこちらから
【関連記事】
「パレスチナを巡り国際情勢、緊迫。まずはガザ市民に安全と食料を!」今週の"ひらめき"視点 2024.5.26 – 5.30

1月13日、米鉄鋼大手「クリーブランド・クリフス」のCEO、ローレンコ・ゴンカルベス氏は記者会見の席上、日本製鉄によるUSスチール社の買収に関連して「中国は悪だが、日本はもっと邪悪だ」などとダンピング問題を批判したうえで、「日本は1945年から何も学んでいない!」などと星条旗を握りしめながら声を荒げた。19世紀末に芽生えた「黄禍論(Yellow Peril)」そのままの、剥き出しのアジア人蔑視には辟易するが、ある意味“今”のアメリカの一端を象徴しているとも言えよう。
さて、氏の暴言はとりあえず捨て置く。看過出来ないのはフェイスブック、インスタグラムの運営会社Metaの「ファクトチェックとコンテンツ規制に関する方針転換」である。1月7日、ザッカーバーグCEOは、国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)の認証を受けた第三者プログラムの米国内での運用を停止すると発表、あわせて、政治、宗教、人種、性的指向等の文脈における不寛容の自認、排除の呼びかけ、侮蔑的な言葉への制約も緩和すると声明した。
また、「ユーザーの好みに最適化させるパーソナライズ技術を活用することで、これまで制限されてきた一部の政治的コンテンツにもストレスなくアクセス出来るようになる」とのことである。つまり、情報の真偽に関する議論は遠ざけられ、自分にとって心地よい言説だけを根拠に“歴史”や“現実”が勝手に再構成され、それが拡散、共有されるリスクが高まる、ということだ。結果、異論は排除され、分断は深まる。
多様性、公平性、包括性に関するプログラム(DEI)も後退する。ウォルマート、マクドナルド、フォード、アマゾン、、、そして、Metaだ。言うまでもなく、こちらも新政権の政策的主張に添う。トランプ氏がザッカーバーグ氏に対して「ずっと監視している」などと警告してきたことは有名だ。20日の就任式を前にブラフ(bluff)を連発するトランプ氏に早くも忖度、同調、忠誠を表明する者、一方、そこには与しないとの姿勢をとるカナダ、パナマ、グリーンランド、アップル、コストコ、、、世界はトランプ氏のペースに嵌りつつある。