今週の"ひらめき"視点

鶴岡サイエンスパークにみる地方の可能性。長期的な視点と自由な発想が成功の鍵!

3月24日、山形新聞社主催セミナーで講演させていただいた後、ANAあきんど株式会社庄内支店の前田支店長にアレンジいただき鶴岡サイエンスパークを訪問した。サイエンスパークは、2001年、鶴岡市と山形県、慶応義塾大学先端生命科学研究所(先端研)の3者間協定にもとづき設立されたバイオテクノロジーの研究施設である。長期的な視点に立って産業基盤を形成したいとする鶴岡市の富塚陽一市長(当時)の熱意と設立から今日まで先端研を率いてきた冨田勝教授の「普通は0点、失敗に拍手」というパイオニア精神との共鳴・共振がすべてのはじまりだ。

市と県は設立から22年間、毎年3.5億円ずつを資金支援、先端研もこれに応えスタートアップ9社を輩出する。メタボローム解析でうつ病の診断キットを開発した “ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ” は2013年に東証マザーズに上場、他にも唾液からガンなどの疾患を検知する技術を開発した “サリバテック” や世界ではじめて人工合成クモ糸繊維の量産化に成功した “Spiber(スパイバー)” などが有名だ。一方、地元企業との共同研究や高校生を研究助手として受け入れるインターンシップなどを通じて地域との関係も深める。

さて、そんな先端研を案内してくれたのは、バイオテクノロジーのイメージからはちょっと遠い “損保ジャパン” の前橋課長代理である。え、なぜ損保ジャパン? との問いに、「損保ジャパン(当時、損保ジャパン日本興亜)は2018年に先端研と包括連携協定を締結、先端科学を活用した社会課題の解決と革新的な人材づくりを目的に “ビジネスラボ鶴岡” を開設した」とのことである。鶴岡への赴任は通常の人事異動の中で発令され、前橋氏はその2期生である。氏によると赴任に際して会社から与えられるミッションは一切なく、自分自身でテーマを見つけ、研究を進めなければならない。氏が選んだテーマは鶴岡市の関係人口づくりの創出、その一環としてANAあきんど庄内支店と連携、鶴岡市の令和4年度若者交流促進事業に応募、「つるおかミライ会議」を開催した。そうか、そういうことか。それでつながった。

先端研の世界レベルの研究は国内外の研究者、ビジネスマン、投資家を鶴岡に呼び込む。ANAあきんどの前田氏によると「羽田ー庄内線」はビジネス客が7割を占めるという。しかし、単に研究レベルの高さだけが要因ではないだろう。普通ではないこと、人と異なることを奨励する先端研の気風こそが求心力の源泉ではないか。隣接する田んぼには世界的な建築家 坂茂氏が設計した宿泊施設「ショウナイホテル スイデンテラス」(ヤマガタデザイン社)が浮かんでいる。なるほど、ここにこの施設があることも頷ける。

サイエンスパークを中核とした鶴岡の取り組みは地方創生の成功モデルの1つと言える。しかし、単に大学の研究機関を誘致するだけで “街” は生まれない。地域と一体となった、新たな文化をどう創出するかが鍵となる。そのためには前例に囚われない発想と実行力を兼ね備えたリーダーの存在が不可欠であるが、同時に産業政策の一貫性と長期投資を受け入れる懐の深さが求められる。地域の特性を活かした多様なイノベーションが次から次へと地方から生まれてくる、そんな未来の実現に当社も微力ながらお手伝いしたく思う。


今週の“ひらめき”視点 3.19 – 3.30
代表取締役社長 水越 孝