今週の"ひらめき"視点

6次産業化「農水ファンド」、累損拡大。制度設計の根本から見直すべき

農水省が所管する官民ファンド「農林漁業成長産業化支援機構」(A-FIVE)の累積損失が2019年3月期時点で92億円に達した。
2013年、政府は農林漁業の6次産業化の推進を政策決定、市場規模を当時の1兆円から「2020年度には10兆円へ」との目標を掲げた。こうした中、A-FIVEは財政投融資資金300億円に民間からの19億円を加えた319億円の出資金でスタート、農林漁業者の所得向上と1次産業の新たな雇用創出を目指した。しかし、この3月までの投融資実績は111億円と事業計画はもとより当初の出資金にさえ届かない。地銀を主体に設立された53の投資組合(サブファンド)も既に10組合が解散、投資案件の1/3が減損処理を強いられるなどパフォーマンスは一向に上がらず、昨年4月には会計監査院から業務改善を求められるに至った。

A-FIVEの損失問題に関連してメディアは、出資金323百万円、資本性劣後ローン323百万円を投じた「食の劇団」の破綻と本件に関与した役員の報酬や退職慰労金の在り方を批判する。しかし、問題の本質はそこではないだろう。確かに「食の劇団」については事業計画やガバナンスに甘さがあった。A-FIVEの側の事業評価力や経営支援体制が十分でなかったことも否定できない。しかし、直接投資の失敗がこの問題の本質ではないし、成果に連動しない役員報酬の問題は別の次元での議論である。

そもそも不振の要因はその制度設計にある。農林漁業者を守る立場にある農水省は、生産者の意思を6次産業化事業体の経営に反映させるべく25%を越える議決権を生産者に持たせようとした。つまり、A-FIVE(サブファンド)が50%を引き受けた場合、2次、3次産業のパートナーの出資比率は25%未満に押さえられるということだ。例えば1億円の資本を必要とする事業プランを策定した場合、生産者は25百万円の元手が必要になる。ここに無理が生じる。生産者の資力を鑑みれば事業構想は縮小せざるを得ない。結果的に1件あたりの事業規模が小さくなるのは必然であり、投資効率の低下は避けられない。もちろん、A-FIVEも改善に動く。無議決権株式や資本性劣後ローンの活用、一定の条件下でのサブファンドの出資比率の引き上げ、といった策を講じる。しかしながら、制度の骨格が生産者第1主義である以上、制度要件をクリアしつつ事業本位の投資スキームを組み立てることは容易ではない。

そして、何よりもA-FIVEは“ファンド”である。ファンドである以上は資本コスト、出資リスクに見合う投資収益を求めるのは当然だ。しかし、民間ファンド並みのリターンを要求するのでは官製ファンドであることの大義が毀損する。加えて、エグジットに際しての制約もある。生産者支援を掲げるA-FIVEは持分売却に際して資本の論理に徹することが出来ない。エグジットの原則は出資を受けた生産者自身による株式の“買い戻し”である。一方、制度融資の金利を上回る株価での買い戻しが出資の前提となるのでは生産者にとっては単に“使い勝手の悪い高利貸付”と同じである。メリットは小さい。つまり、双方にとって中途半端であるということだ。
赤字の先行が問題ではない。まずは6次産業化の促進という政策目的を達成するために“ファンド”というスキームが適切であるのか、制度の根本から問い直す必要がある。


今週の“ひらめき”視点 6.16 – 6.20
代表取締役社長 水越 孝