今週の"ひらめき"視点
独メルケル政権、対ロ・対中政策を転換。鷹は飢えても穂を摘まず、は成しえるか
ドイツ政府は意識不明のまま国内医療機関に搬送されたロシアの反政府指導者について「旧ソ連が開発した神経剤が使われた」との見解を発表した。EU、NATOもこれを強く非難、もちろん、ロシアは事実無根と否定する。
こうした中、ロシアとドイツを海底パイプラインで結ぶ天然ガス事業 “ノルドストリーム2” の中止論が現実味を帯びてきた。
ノルドストリーム2は対ロ安全保障の観点からこれまでも幾度となく見直し論が浮上した。米トランプ政権も建設関連企業に制裁措置を課す。ただ、総事業費1兆円を越えるプロジェクトの経済効果は大きく、また、脱石油、脱原発を進めるうえでの戦略インフラという背景もあり、政府は “政経分離” の方針を貫いてきた。しかし、今、ドイツ国内からも強硬論が広がる。
とは言え、もともと “政” の要請で始まったノルドストリーム2であっても、現時点で “経” の動きを止めるのは容易ではない。7日、ドイツ経済東欧委員会は「事業停止」に反対する立場を明確にした。事業にはヴィンターシャル(独)、ユニーパー(独)、ロイヤル・ダッチ・シェル(英蘭)、オーエムヴィー(オーストリア)、エンジー(仏)など、多くのエネルギー関連企業が参画する。影響はドイツ一国にとどまらない。
一方、メルケル氏は対中政策の転換も進める。2日、政府はインド・太平洋外交に関するガイドラインを閣議決定した。主張の骨子は「法の支配」の尊重であり、覇権主義を否定し、開かれた市場を重視し、自由と民主主義という基本的な価値観を共有する国との連携を強化する。すなわち、中国依存度の低減である。
しかし、こちらも簡単ではない。VW、ダイムラー、BMWは世界販売台数の3-4割を中国で占める。シーメンスはガスタービンの共同開発で国営企業と契約を締結、BASFも広東省の石油関連施設建設に100憶ドル規模の投資を表明している。政府は2017年に外国貿易管理法を改正し、以降、中国への技術流出を規制してきた。しかし、個々の企業つまり “経” にとっては14億人を有する世界第2位の経済大国に代わる市場はない、ということだ。
対ロ、対中、いずれも一筋縄ではゆかない。それでも関係の見直しに舵をきる。それほど “政”における基本的な価値観の相反が深刻になりつつある。
8日、欧米の製薬メーカー9社は新型コロナウイルスのワクチン開発に際して「安全性を最優先とし、医学の科学的・倫理的水準に従う」との共同宣言を発表した。つまり、政治的な圧力によって研究、臨床、承認のプロセスが歪められることはない、言い換えれば、“政” の “経” への介入を拒否する、と言うことだ。
そう、これこそが正しく “政経分離” であって、ドイツの方針転換は、“経”、すなわち、民の活動に不正に介入する政への加担を拒否する、ということである。
“政” と “経” は相手側のそれとの落としどころを見出すことが出来るのか。米中対立も一線を越えつつある中、世界で “政” と “経” が縺れ合う。
今週の“ひらめき”視点 9.6 – 9.10
代表取締役社長 水越 孝